悪人喰らいの契約者。

八剣晶

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辺境の奴隷狩り

15  アボーテ男爵

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 服屋を出たタルラ達は、再び街の中を進み、中央にある城の前へと辿り着いた。

 城は切り出された石を積み上げて作られた立派な城壁に囲まれ、その上にはでこぼことした矢狭間が均等に並んでいる。無造作に積み上げられ、劣化も激しい街を囲む外壁とは違い、金をかけ修復された跡もある。

(街の外壁もこれくらいしっかり作り直せば良い物を。 あれでは街の者も安心して過ごせまい)

 街と城を隔(へだ)てるように聳(そび)える城壁を見て、タルラは心の中で愚痴る。

 領地の運営は各領主に任せられるのが決まりであり、部外者のタルラが口を挟める問題ではないが、ここまで来るのに遠めに見えた寒村や、この街の雰囲気からして、とても領地の運営が全(まっと)うに行われているようには見えなかった。

 ましてや今回はの任務は、領地の視察などではなく、あくまで国境の緩衝地帯に出没する奴隷狩りの調査なのだ、任務が終わるまでは、近隣領主とは友好な関係に心を砕く必要もある。

 任務としては調査し、王都に帰り報告をするのが筋なのであろうが、サクと出会い、あの涙を見てしまったからには、一刻も早い解決をタルラは望んでいる。 もし引き続きの調査で犯人達の居場所や尻尾の一房でも握れるものなら、この領主に兵を借りてでも、これ以上非道が起こらぬ様に、禍根を断つ積りで居るのだ。

 タルラ達が城門の前に着いたタイミングで分厚い扉が開かれ、出迎えに来た家人の案内で中へと入って行く。

 元々砦だったのだろうが、領主の城は所々改装がなされ、砦と王都でよく見る邸宅が合わさったような外見に成り代わっている。

(ここの領主は馬鹿か?)

 タルラがそう思うのも無理も無い。 この地は隣国シメール王国との緩衝地帯に近いのだ。 今はシメールと友好的な関係を結んでいるとは言え、いざ事が起これば、真っ先に狙われる可能性は高い。 なのに、街の外壁は放置したまま、城の城壁だけを修復し、その中にある建物と言えば、砦だったころの面影も無く、城壁を越えられたら攻められ放題な造りに建て直されている。

 いかに辺境と言えど、街道を挟んで反対側にあるイベール子爵領と対をなすかたちで造られた、サルバー王国最東端の街なのだ。 些か守りに手を抜きすぎているような気がしてならない。

 魔王との戦いと、その後に各地で巻き起こった戦乱が漸(ようや)くの収束を迎えたのは、今から約百年前の話である。

 建国来千年間、先の天魔戦争に生き残り、魔王にも屈せず、戦乱に勝ち残ったサルバー王国ではあったが、その傷跡は深く、戦乱が治まる頃には人口国力共に大きく減少していた。

 その歴史の中でこの辺り一帯の領地は、一度失われてしまったのだ。 人々は逃げ出し、治める領主も居らず、荒れ果てた土地。

 隣国シメールとの友好を元にこれまで放置されていた国境緩衝地帯近隣に、ようやく旧領の復興を兼ねた、再入植が行われる事となったのは今から八年前の話だ。

 それまでは、この地より更に西へ馬車で半日ほど戻った峠に築かれた砦が、サルバー王国最東端の王化の地であり、未だにシメールを行き来する者の入国管理はそこで行われている。

 もし隣国シメールからの侵攻が有れば、その砦がサルバー王国の防衛ラインと成る事は変わりはしないが、その前の出城としての役目もこの領地は担っているはずである。

 シメール軍がこの領地へ兵を向ければ、峠の砦と南のイベール子爵領の軍にて敵の側背(そくはい)を突き、イベール子爵領に兵を向ければ、ここの領主軍と、峠の砦の兵が動く。

 シメール軍が、南北両領地を無視して峠の砦へ進むのであれば、通過後にそれぞれ南北から進軍して、シメール軍の後背を扼(やく)す。

 もっとも警戒する流れとしては、シメール王国が大軍を擁(よう)して、街道の南北の領地と峠の砦の三箇所を、同時攻略に踏み切る場合であろう。

 だがそれでも、大軍が三つにわかれる分、峠の砦への圧力が減り、以西の領地からの援軍が到着するまでの時間を稼ぎやすくはなる。

 それまでの間、街に篭り、味方の反撃が始まるまでの間、守りきれれば勝ちなのである。

 それに、何年後になるかは分からないが、この先、タルラ達が通ってきた森を擁する容(かたち)で、峠の砦の代わりと成る、国境の防壁を築く計画もあるのだ。

 実現するには、森の奥に巣食う魔物や妖魔達の討伐も必要となるであろうし、防壁を築くにも莫大な資金と、人足達の食料が不可欠となるであろう。

 その時、食料提供等の後方支援及び、資材の中継地として考えれば、この街周辺の発展は欠かせないものとなる。

 つまり、この街の発展次第で、国境防衛の防壁に着工する時期を早める事ができるのだ。

 防壁さえ完成してしまえば、この街も何時までも敵の脅威におびえなくて済む様にも成る。

 そのような戦略思想に基づいて復興を始めた街だと言うのに、外壁の修復もせず、居城は好き勝手に改築し、街や周辺の村への配慮も見受けられない。

 タルラが心の中で苦言を呈(てい)したくなるのも、頷ける話である。

 ましてや、タルラ達は森を抜け国境の緩衝地帯へ向かう前に、南にあるイベール子爵領へ立ち寄っている。 今は食料などの補給のために一旦戻ったところであった。

 行きにイベール子爵領に寄り、半日掛けて森を抜けその先の緩衝地帯で一日調査を行い、一度森を戻ってこの領地で食料など必要な消耗品を補充して、再び緩衝地帯へ向かい調査を行う。 任務に出発する時にあらかじめ決められていたルートだ。

 三日前そのルートに沿ってイベール子爵領に寄った際には、このような事は無かったのだ。 確かに国境の復興開拓地での暮らしは楽ではない事は見て取れたが、それでも住民たちは未来に目を向けているような気がしたのだ。

 今日より明日、と言うほど短絡的ではないが、五年後、十年後を見据え各々出来る事をしている。 そんな印象を受けた。 自分の頑張り次第では、孫子の代には安全で広く豊かな農地を残せると信じて努力している、そんな顔をしていたのだ。

 イベール子爵からして、国王に領地近隣の森での討伐と狩猟の許可を取り付け、兵の訓練を兼ねて領地に被害を及ぼしそうな妖魔や獣を狩っていた。 獲った獲物は家人が食べる分を除いて、領民達に安く時には物々交換で配っても居る。

 無論子爵にも執務があり、毎日狩りや討伐に行く訳でもの無いので、猟師の生活を脅かすほどでもない。 もとより食料が不足がちな開拓地の生活である、領主の狩りは数少ない肉を安く食べられる日と領民達にも喜ばれていた。

 それに比べ、ここの領地はタルラが道と街をここまで進んだだけでも、その違いが手に取る様に分かるほど荒(すさ)んでいた。

 その日の食べ物にも苦労していそうな、あばら家ばかりの寒村に、今にも崩れそうな外壁に囲まれた街は、メインを一本入ればバラック小屋が其処彼処(そこかしこ)に見受けられ、タルラが貴族と見るや、目を落とし隠れるように逃げていく住民達。

(領主の在(あ)り様(よう)でここまで差が出てしまう物なのか…)

 タルラは家人に案内され城の玄関に着くまでの間、街道を挟んだ南北の街の余りの違いにショックを隠し切れずに居た。

「これはこれは、ようこそボナホート伯爵令嬢殿。 このような何も無い田舎ではございますが、このイドニス・アボーテ、精一杯の歓迎をさせて頂きます。 どうぞご滞在中は御緩(ごゆる)りとお過ごし下さいませ」

 そして、案内された先、城の玄関の前でタルラ達を待っていたのは、この地の領主イドニス・アボーテ男爵、その人だった。

「これは男爵様自らのお出迎え、痛み入ります。 魔法騎士団(マジック・ナイツ)が一人、タルラ・ボナホートにございます」

「まこと噂に違わぬ美しさにございますな。 お父上や兄君もさぞや鼻が高いことで御座いましょう」

「いえ、私などがさつなだけで、それほどのこともございません」

「これは、これは、ご謙遜もお上手な事で、これほどの麗しい伯爵の御令嬢であらば、王都ではさぞや引く手数多な事でしょうな。 このような田舎でお傍にすら居られぬわが身が恨めしく思えます」

「それを言うのならば、アボーテ男爵様こそ、こうような要所を任されるほどの信任、まっこと貴族の誉れでございましょう」

 先触れでは、騎士団の任務と伝えたにも拘らず、あくまで貴族の令嬢として接しようとするアボーテ男爵に苛立ちを覚え、アボーテ男が以前に起こした事件のせいでこの地に赴任された事を、それとなく突いて、意趣返しを諮(はか)るタルラ。

「…おぉっ、このような所での立ち話など、レディに対して失礼でございましたな。 気が着かずご無礼致しました。 夕餉の支度も整ってございます。 どうぞ中へ」

 アボーテ男爵は多少顔を引く付かせた物の、どうにか立て直したようだ。

 タルラにとっては面倒この上ない貴族同士の挨拶では有ったが、世話になる以上しかたないと諦め、案内されるままに城へと入っていくのであった。

 


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