悪人喰らいの契約者。

八剣晶

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辺境の奴隷狩り

13  初めての街

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 ガタンッ!

 朔は体を突き上げられる様な揺れを感じて、目が覚めた。 背中に当たるごつごつとした感じは、何かの荷台だろう……。

(はっ!)

 一瞬にして湧き上がる既視感(デジャビュ)に、飛び起き、膝立ちで身構える朔。

 朔にかけられていた毛布の様な物が、ハラリと床に落ちる。

『あ、起きた。 おはよー』

 朔の傍をパタパタと飛ぶ悪魔の声に、全身に浮んだ冷汗が引いていく。 周りを見渡せばどうやら馬車の中のようだった。 木でしっかりと組まれた荷台を、麻の様な物できつく編みこまれた布と皮で出来た幌が覆っている。 防水の為だろう、幌に塗りこまれた油の匂いが鼻についた。

「……ふぅ。 俺、寝てたのか?」

『うん、すっごく泣いて、静かになったと思ったら、すやすや~とね』

 状況を理解できた朔が悪魔に応える。

『あんたが寝ちゃった後、他の人間達、怒ったり泣いたりしてたから、どうなるかと思ったけど、大丈夫だったみたいだね』

「俺が寝た後、何かあったのか?」

『見てる分には、何も無かったよ?』

「うーん」

 考えられるとしたら、朔が描いた絵物語だろう。 あのままどうしようもなく泣き崩れてしまったから、もらい泣きされたのかもしれない。

(少しやりすぎたかな?)

 別に狙って泣いたわけではないが、子持ちだった身としては、例え作り話だったとしても、子供が親から離される内容には、くるものが有るのだ。 ましてや、自分の境遇を考えると尚更堪え切れなくなってしまう朔であった。

『あ、朔ちゃん、起きたんだ』

 荷台の物音か、朔の声に気が付いたんだろう、御者台の傍に座っていたチェミーが振り返り、かけてきた声を、悪魔が通訳する。

(こいつ意外と健気だな)

 などと律儀に通訳してくれる悪魔に、感心する朔。

『大丈夫?』

 朔が他事を考えているうちにチェミーは近寄り、朔の横に座ると、左手で包み込むように、頭を優しく撫で付けて来る。

 羞恥なのか緊張なのか、一瞬で朔の身が固くなる。

『大丈夫よ。 大丈夫。 もう怖いことは無いからね』

 そんな朔の変化を勘違いしたのか、今度は右手を朔の耳の上辺りに当てて、チェミーの方へもたせ掛ける様に、促してくる。

 言葉が通じないのは分かっているだろうに、それでも語りかけてくる声音には、包み込むような優しさが篭められており、朔の体に入っていた力が自然と抜けていく。

 そして、朔が頭を預けるように倒したチェミーの胸元は、ふにゅりとした柔らかいもので、迎え入れてくれた。

 決して狙ったわけじゃない。 身長差から、そうなっただけの話である。

 それに、不安がって、泣いたり縮(ちぢ)こまっている子供には、胸に抱き寄せて宥めるのは、普通の事である。

(あぁ、膝枕は夢だったけど、これは、夢の更に先に有る極楽かもしれない!)

 相手が普通の子供であったなら、と注釈は付くが。

 初めて会った時は、やはり緊張していたのだろう、沈黙を保ち、渋いダンディの様に静観を決め込んでいたが、朔の目前に有る服の上からでも解るポッチに、相手は無防備で、警戒する必要が無いと感じたのだろう、朔の下半身ではパオパオさんがパオ~~ンと、その鼻をもたげ様としていた。

(まずい! まずい、まずいっ!)

 何(いず)れは、男である事を伝えなければと、考えていた朔だが、このシュチエーションで、しかもパオ~~ンしてしまってるのが見つかったらどうなるのか想像もつかない。

 朔は慌てて足元の毛布を引き寄せ、腰の上に厳重に被せた。

『ほんと、朔ちゃんは恥ずかしがりやさんね。 女の子同士なのだから、気にしなくてもいいのに。 それよりも、今は安心して休みなさい』

 十六歳位に見える少女の、らしからぬ大きな柔らかい膨らみに頭を乗せて、そのポッチを見せつけながら、決して安心できない状態に追いやった本人の優しい声音に罪悪感を高めつつ、朔にとって天国とそのすぐ目の前に有る地獄とを乗せた荷馬車は、軽快に進んでいくのであった。


 **********


 三十分位すると、馬車が右に曲がった。

 荷台から後方へと流れて行く景色を見やる。十字路で街道を外れたようだ。

 此処がもし北半球なら、太陽の位置からして、街道は東西に走っており、西に進んでいた馬車が北に曲がった事になる。

 さっきまで朔を狂おしいほどに恐ろしいコンボに嵌(は)めていたチェミーは、今は朔の横で、安心しきったように、眠りながら休んでいる。

 道はひと回り細くなり、眺めているとこの道から枝分かれした更に細い道の先に寒村の様な物も見える。 遠目ではよく分からないが、余り豊かな生活はしてい無さそうだ。

(それなりの身分と、お金をもって居そうな人に、拾われたみたいだけど、何処に向かっているんだろう? 女性領主とか、領主の娘か何かで、このままお屋敷にご招待なんて事になるのかな?)

 都合のいい考えに浸(ひた)りながら、朔はぼんやりと馬車からの風景をしばし楽しんでいた。

 どれ位そうしていたか、馬車が止まるのを感じて朔は前に目を向ける。

 道の脇の開けたスペースでタルラがトーレスに何かを話しかけた後、トーレスは一人馬を走らせ先行して行った。

『先触れ待ちだ、チェミー、何か飲み物でも淹れてく…れ? って、こいつ寝てやがる! 俺には「今日は町に泊まるから、夜警の為の昼寝は無しよ」とか言っときながら、何考えてやがるんだ? ったく』

『まぁ、そう言うな、この娘(こ)も疲れてるんだ、寝かせといてやろう』

 後ろを振り向いて、話かけた相手が寝ている事に愚痴を漏らすテットンを、ツゥエルが宥めながら、馬車を脇に寄せていく。

『なぁ、ツゥエル、お前どうする積りだ?』

『どうするって何がだ?』

『いや、俺らのリーダーはお前だから、その決定には従う積りだが』

 声を潜めて話しかけるテットンに、ツゥエルが少し声を落として応じると、話し難(にく)そうな、言い辛そうな感じで口篭るテットン。

 内緒話のようだ、そうとなれば聞かねばなるまい。 朔はそう思うと、二人には見えないように、荷台の前へと静かに移動する。

『サクと会ったせいか、どうやらお嬢様は本腰を入れることに決めたみたいだぜ』

『だな、と、すると、契約の延長も有るのか』

『まぁな、リーダーとしては、どうするつもりだ?』

『別に良いんじゃないか? この後の予定も有る訳じゃないし、チェミーにしても、中途半端じゃ引くに引けないだろう?』

『まぁ、ツゥエルがそう言うなら、仕方ねぇな。 付き合ってやるか』

『ほー。 仕方なくねぇ? テットンだって泣いてたくせに、仕方なく? ねぇ? ほーう』

『ほーって、なんだよ! 俺は別に同情したわけじゃなねぞ! 俺がもともと捨て子だったのは知ってんだろ? だから、両親は居なくて当たり前なんだよ!』

『ほーう?』

『だからその、「ほーう」ってのは、止めろよ!』

(なんだろう…。 この青臭いノリは)

 盗み聞きしておいて、文句をたれる朔だが、こう言うのも嫌いではなかった。

 なんか、男の友情って感じで、混ざりたくなったりもする。

「ほーーう」

 いや、混ざっていた。 例え作り話とは言え、朔のために動こうとしてくれる気持ちが嬉しくて、つい口にしてしまったのだ。

『うをっ! 真似してんじゃねぇ! この悪餓鬼が!』

 だが、いきなり後ろから声が聞こえたテットンからは、お返しとばかりに、頭に照れ隠しの拳骨(げんこつ)を落とされてしまう朔であった。

 手加減はしてくれたのだろう、ちょっとズキズキするが、叩かれても笑顔が出てしまう拳骨であった。

『テットン殿、少し話が有る。 こっちに来てくれないか?』

 だが、そんな年齢も世界も関係ない男同士の機微を、解さない者に見られていたようで、タラルは口だけ笑顔の形を作り、笑っていない目でテットンを呼び出した。

 ツゥエルはと言えば、俺は関係ないとばかりに、そそくさと御者台から降り、馬車馬の手綱を適当な棒に、くくり付け始めている。

 当然朔も、そんなツゥエルのほうへ視線を向けて、そ知らぬ顔だ。

『ちょ、お前ら見捨てる気か!?』

「見捨てるも何も、先に手を挙げたのは、タットンだし~」

 慌てるタットンに、視線を反らして嘯く朔。

『ひ、ひで』

 言葉は理解できなくても、通じるものは有る様で、非難がましい目を向けてくるタットンだったが、『タットン殿!』、続くタルラの呼びかけに、『はひっ!』と応え、走っていっく。

 向こうから、『だからそれはですね…』とか、『女の子に手を挙げるなど…』とか、楽しそうな悪魔の通訳が聞こえたような気もしたが、朔は心の耳を塞ぎやりすごすのであった。

 その後、いつの間にか起きていたチェミーの淹れた香茶を飲みながら、暫く待っていると、トーレスが戻ってきて、一行は再び進みだした。

 それから丘を回るように進む道を五分も行くと、城門の様な物が見えてくる。

 所々崩れかけ、修繕もされないままに、放置してある石壁に申し訳程度の木で出来た門扉が取り付けてある。

(この壁役に立ってるのかな?)

 城の造りや、構造物に関する知識がない朔から見ても、ロープを引っ掛けて引っ張れば簡単に崩れそうな石壁に、不安を覚えてしまう位だ。

 左右に立つ衛兵も磨り減った皮鎧に、柄の歪んだ槍を持って、一行を迎え入れていた。あの槍なら、盗賊が持っていた槍の方がましに見える。

 そんな石壁に挟まれた門を潜り、街の中へと入って行く馬車。

 街自体そんなに大きくはないのであろう、高い建物は中央にある砦のような城だけだ。 馬車の中からでも、円を描くように取り囲む街の反対側の石壁が見て取れる。 良くて直径二百メートルと言った所か、比較するものが無いので何ともいえないが、もう少し狭いかもしれない。

 その中を進むタルラ達一行が、とある建物の前で進むのを止める。

 ガラス窓など無いのであろう、大きな木窓と両開きの大きな扉が建物で、そのどちらも、開け放たれており、中が良く見える。

 洋服屋なのだろう、朔が覗くと、扉から見える建物の中には、沢山の衣服が並べられていた。 

 そこで朔は馬車を降ろされ、タルラとチェミーの後ろに付いてトーレスにエスコートされながら店の中へと案内されていくのであった。 






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