悪人喰らいの契約者。

八剣晶

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異世界転移の章

12  名前を名乗ろう!

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 その後の食事までの流れは、思ったよりスムーズに進んだ。

 骨付き肉をかじる=(イコール)食べるとの、ボディコンタクトが共通認識に成ったのが多きい。

 朔が、魚を全部食べて良いと身振りで伝えると、『やっぱりこの娘は一人なんだろうか?』などと相談する声も聞こえたが、皆、手を止めずに作業をしているので、割り込むタイミングが掴めなかった。

 タルラも、横目で朔の事をチラチラ見ながらではあるが、口髭ダンディとなにやら書き物を始めた。

 ナムルも、一旦椅子には座ったものの、チェミーや他の二人が調理に専念し始めると立ち上がり、辺りを警戒していた。

 朔だけ何もする事が無かったので、チェミー達を少しでも手伝おうと、近寄ってみたのだが、何を手伝えば良いのかわからず、おろおろしていたら、チェミーに抱きしめられた後、再び椅子に座らされてしまった。

 そして、朔が捕った焼き魚に塩を振られた物と、乾し肉と乾燥野菜を煮込んだスープに、固く焼かれたパンが準備されていく。

(動くならここだ!)

 そう思い立ち、器に盛られた食事に近寄っていく朔。

 お手伝いの代名詞である配膳なら誰にでも出来る。 

 他の人が働く中、ただじっと座っているのも気まずいという、国民性も出ているのだろうが、朔としては友好的な関係を築く為にも、ここは積極的に動くべきだろうと考えた。

『お腹空いたのかな? でもまだ食べちゃ駄目ですよ?』

 朔は、近寄り抱きしめて止めようとする、チェミーを何とかかわし、器の傍まで行く。

「タルラ?」

 確認の為に、一番綺麗そうな器を指差し、その後タルラを指差して、聞いてみる。

『持っていってくれる積りなのかな?』

『かもな。 まだいっぱいあるし、渡してみればわかんだろ?』

 チェミーと皮鎧の男が相談つつ、器の乗ったトレーを渡してくれた。

 朔は、それを受け取り、後ろからの視線を感じつつも、タルラの元へと歩いていく。有名なTV番組「初めてのお買い物」の園児になった気分だ。

「タルラ」

『おぉ! 持ってきてくれたのか』

『昼の準備が出来たようですな。 続きは又、後ほどに致しましょう』

 朔が声をかけると、タルラと口髭ダンディは書き物の手を止めて、こちらを見てきた。

 朔は、タルラの前に用意されていた簡易な机の上にトレーを乗せる。

 だが、朔の狙いは他にある。これが見た目通りの歳なら、お手伝い成功で終わるのだろうが、向こうで37年間生きていた男がこれで満足するわけにはいかない。

 朔はタルラを指さし、

「タルラ」

と、話しかける。

『ん? なんだ?』

 何を言いたいのかわからず、キョトンとするタルラ。

 次に朔は、スープを盛り分けているチェミーを指差して、

「チェミー」

と言ってみる。

『私の名前覚えてくれたんだっ!』

胸の前で手を組み、嬉しそうに笑うチェミー。

 そこで朔は自分を指差し、

「朔」

と、いってみる。

『サク? それが名前なのかい?』

「朔」

 聞き返してくるタルラに、もう一度繰り返し、名乗ってみる。

『そうか、サクと言うのか、女の子にしては簡素な名前だが、良い響だ。 よろしくな、サク』

 褒めてるのか、貶してるのか、微妙な表現をするタルラ。

 「初対面の人には名前から」今は無き、田崎の教えを思い出して、何とか果たした朔であった。

 そうなれば、後は順番に聞いて行けば良い。

「なむるきょう?」

『いや、卿はは違う。 ナムルだ、わかるか? ナムル』

 タルラの後ろで周りを警戒している、大柄で黒髪の騎士に指を挿し、疑問系で声をかける朔に、タルラが優しく訂正する。

 悪魔の通訳は言葉に含まれる意志を読み取るもので、卿が君や様みたいなものだと言うのは、わかっている。 だが、言葉も判らない会話の中から拾う名前を、百発百中させるのもおかしいだろうと、少し遊んでみたのだ。

 そして、少し遊ぶと、もう少し遊びたくなるのも、男心というものだ。この気の良い人達なら、多少の事は見逃してくれると踏んでもいる。

「ダンディ!」

 口髭の騎士に指を挿し、間違えないと自身を持って言い切る。朔の中ではもはや間違い無い事なので、見せる自信は本物だった。

『だんでぃ? はて? 何を聞き間違えて私を、だんでぃと呼んでいるのでしょうか?』

 渋い中年男がする、少し困った顔で、整えられた口髭に手を当てる仕草は、朔の期待通りのもだった。

 横では、タルラが可笑しそうに、声を殺して笑っている。これも、期待通り。

『宜しいですか? 私は、トーレスと言います。 トー・レ・ス』

「とおれす?」

『そうです、トーレス』

「とうレス。…トーレス」

 馴染みの無い発音だが、二回も口にすると、すんなりと言えるようになった。これも、悪魔が言っていた、成長率云々(うんぬん)が、関係しているのだろうか?等と、考えながらも、朔は、残っている男二人を指差して、名前を聞いていった。

 一通り、名前を聞き終え、食事を済ませる頃には、タルラ達と出会って、一時間以上は経過していた。

『誰も来ませんね?』

 そう口にしたのはチェミーである。

『そうですね、もし連れが居たら、そろそろ顔を出してもおかしく無いと思いますし』

 同意するように言うナムル。

『こんな子供を、一人でここに置いて行く訳にも、いきませんしね』

 チェミーの二言目に、皆で頷(うなず)いている。

 どうやら、朔をどうするかの話し合いが始まったようだ。口髭ダンディ改めトーレスは、若い者の会話を静観している。

(作戦発動!)

 タイミングとしては、都合が良すぎるかもしれないが、食事中に考えていた方法を、試してみる事にした朔。

 近くに有った、薪(たきぎ)を手に持ち、地面に絵を描いていく、母国では御馴染みの、丸を頭に見立てて、胴体と手足を棒で描く一番簡単な人の絵だ。

 朔が最初に描いたのは三人分、一つは小さく描いておく、そしてその小さい人を指差して、「朔」と、言ってみる。

『これは? トーレスどう思う?』

『人なのでしょうか? 絵と言うよりかは、記号のようにも見えますな』

『とすると、この小さいのが、サクちゃんで、大きいのは両親かな?』

 タルラに聞かれたトーレスの考えを受けて、チェミーが思ったことを口にする。

(うん、その通り。 伝わってる、伝わってる)

 思ったより上手く行きそうだと、手応えを感じる朔。

 絵や、マークを判り易く簡素化するのは、朔の国の得意分野の一つでも有ったのだ、食事中に、言葉が駄目ならこの方法があると、閃いたのだ。

 そして、離れた所に六人の人を描き、そこから、三人の所に矢印を引っ張ってみた。

『どう言う意味だろうか?』

『うむ…』

 皆、思案げに薪を動かし続ける、朔の動きを追っている。

 朔は、小さく描いた人から矢印を何も無い方向へ走らせ、そこに新たに小さめの人を描くと、元の場所にあった、小さい人の絵を消す。

 そして、離れた所に描かれた人を指差し、「朔」と、伝える。

『はぐれたって事かな?』

『そうみたいだな』

(よしよし、もう少しだ)

 そこからはジェスチャーも交えていく朔。

 おさらいの様に、六人の所を指差した後、薪を掲げて、「うあーっ!」と声を出し、六人の所から、矢印にそって、指を動かす。そして、元々小さな人を描いていた所からも、矢印にそって指を動かし、走って逃げるジェスチャーをしてみる。

『襲われたって事じゃないっ!』

 チェミーが叫ぶように言う。

 トーレスも『うむ』と、唸るような声を上げて頷く。

(なんか、「海がめのスープ」とか、TRPGのGMをやってる気分になってきたけど…)

 描きながら、朔の頭に、向こうの世界に残してきた、娘の顔が浮かんでくる。一人ぼっちに描いた人の絵が、娘と重なってしまうのだ。

(あれ?)

 胸が締め付けられ、目頭が熱くなり、朔の目から涙が出てくる。

(歳を取ると涙もろくなるって、本当だな) 

 そんな事を思いながらも、此処で手を止めてしまったら、両親が生きているかも知れないと、誤解を受けてしまう。なので、涙に霞む目をこすりながら、最後の仕上げを始める朔。

 離れた所に描いた小さい人の絵から、再び矢印を引っ張る、その先は、残っていた二人の人の絵の所。

 そして、その絵を消して、頭を示す丸と、胴体の棒を離した絵を、二つ寝かして描き、その傍に小さい人の絵を、立ってる状態で描いた。

『これはっ!』

 声を出したのは、恐らくナムルだったろう。だが今の朔には、声を聞き分ける余裕は無かった。

 口から漏れる嗚咽(おえつ)を抑えながら、涙を流す朔の心に描かれているのは、あどけない娘の笑顔だった。

(どうして俺が、娘と離れなければいけなかったんだ! 何であんな目に遭わないといけなかったんだ!)

(情けない! あんな事になるまで、何も気が付かず、幸せの幻想に浸りきっていた自分が情けなくて、仕方なくなる)

(あんな事になる前に、もっと自分に出来る事が何か有ったんじゃないか? 田崎も他の皆も助ける事が出来たんじゃないか?)

 この世の不条理や、理不尽な仕打ちに対する悔しさとやるせなさが、朔の胸に広がっていく。

「くそーっ!」

 俯き叫び声を上げて崩れそうになった朔を、タルラが慌てて支える。

 その腕に取り縋(すが)る様に、泣き崩れていく朔。朔はもう自分でも、感情を抑えることが出来なくなっていた。

 堤防が決壊したかのように溢れ出る感情の波に揺さぶられ、タルラの腕に縋りながら、「ちくしょう、ちくしょう」と呟き、タルラの鎧を細い手で力なく殴りつける。

 裏切られ、全てを奪われ、殺されかけて、怒りと復讐心にかられて人を殺し続けた男が、ようやく涙できた瞬間であった。





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