悪人喰らいの契約者。

八剣晶

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異世界転移の章

10  言葉と又房の壁に、立ち向かえ

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 いそいそと服を着ようとする朔だったが、いざ着始めてみるとサイズがかなり合わない。

 シャツの類は何とかなりそうだ、首周りに大きく隙間が出来、袖の半分くらいまでしか腕は届いていないが、着れる事は着れる。袖も、長さに合わせて切ってしまえばいいだろう。

 だが、問題は下だ。ズボンは腰の辺りを紐で結ぶようになっているが、いざ履いてみると、又の部分が太腿の真ん中より少し下に来てしまう。これでは歩くたびに引っかかり、とても動けそうに無い。ズボンは諦めるしか無さそうだった。

 仕方なく朔は、動きやすい物だけを身に着けることにした。

 丸首の肌着っぽい白シャツの腰の辺りをベルトで軽くとめただけ。簡易のワンピースだ。首周りが大きく開いているので、普通に着てても鎖骨の半ばまで見えていて、どちらかに偏(かたよ)れば、肩が出てしまうだろう。

 気温は元の世界で言う六月くらいに相当していて、少し汗ばむ位だから、これ以上着たくは無い。着たとしても、サイズが大きい上に、やたらと硬く縫い絞められた服は、大きく動きを邪魔してしまう。

 今着ているシャツも、大きいとは言っても、元は男が上半身に着ていた物で、朔がワンピースに見立てて着ても、裾が膝より少し上になってしまうので気になって仕方ない。その下には何も着けていないのだ。

 流石の朔でも、この気温の中、男の適度に蒸された股間の下着を剥ぐ勇気を持てなかったので、下着(パンツ)はそのまま置いてきた。

 つまり、しゃがんだら丸見え、文字通りの「ハイテナイ」状態であった。

『そう言えば、気にっなってたけど、なんで人間は服を着るの?』

「いや、それは、裸だと恥ずかしいだろ?」

『恥ずかしい、ねぇ?』

 悪魔には無い感覚なのだろう、首を傾げ、考え深げにしている。

「それに裸だと、どっかに引っ掛けたら、すぐ怪我とかするだろ?」

『それもそうね』

 悪魔と話す間に、朔は長すぎて邪魔な袖をダガーで切り払う、適当に切ったせいで左右の長さが違うが、多少余らせて切ったのでまくれば大丈夫だろう。

 次に剣を装備してみたが、鞘ごと腰に吊るすと手の長さが足りなくて、最後まで抜けない。

 手にもつしか無さそうだが、そうなると、今度は槍と剣、どっちを持つかが、問題になってくる。

 暫く悩んだ末、槍を持ち、剣を悪魔の方に差し出した。

『しまえばいいの?』

「あぁ、頼む」

 朔の言葉に悪魔は嬉しそうに「はいは~い」と、剣を内空間へと消し去ってしまった。

 悪魔は、もともとこの能力を、持っていなかった。

 この便利能力に目覚めたのは、

「そんなにいっぺんに食べて大丈夫なのか? お腹が有るかどうか知らないが、壊したりしないのか?」

テロリストの拠点で、朔が映像資料を眺めている時に、ふと疑問に思って、横で暴食する悪魔に聞いてみたのがきっかけだった。

『ングッ。 大丈夫よ。 昔戦場で、余りにも多すぎて味わえなかったから、アタシの中に悪魔袋を作って、とりあえずその中に飲み込んでおく事にしたのよ。 そうして置けば、後で口に戻して、ゆっくり味わえるようになるからね』

 「アタシ賢いでしょう」と言いたげに、こちらを見ながら説明する悪魔。

 良く言えばリスの頬袋、現実的に見るなら、牛の反芻。どちらにせよ、元社長の断末魔を思い出し、繰り返し食べられる魂の苦痛を思うと、朔は眉を顰(しか)めたくなる。

「なぁ、それって、魂じゃ無きゃ駄目なのか? 例えば、ここにある武器とかも飲み込んでおいて、後で取り出すとか出来無いか?」

『ん~、やったこと無いけど、出来なくも無い……かも?』

 とりあえず試してみようと、色々実験をし始める二人。

 その結果が、今の能力に繋がっているが、細かい検証はまだまだ必要な状態でもあった。

 とりあえず分かっている事は、生き物は入れると死んでしまう、中での時間経過は分からない、悪魔は物が持てないので、朔が押し込むしかない、出す時は、内空間から悪魔が魔力で押し出す。

 そんな所だった。

 ただ、後ろ二つに限れば、魔力が外に漏れると、元の世界の監視者に見つかってしまうから、との理由によるものだったらしい。

 盗賊との戦いの時みたいに、魔力で物を操る事がこの世界で出来るのなら大分(だいぶ)変わってくる。その辺も含めて、これからの検証はまだまだ必要だろう。

『それで、どうするの?』

「なにが?」

『こっちに向かってくる人間達よ』

「悪い人たちじゃ無さそうなら、とりあえず普通に遭うしかないと思うけど?」

『でも、言葉話せないじゃない。 どうすんの?』

「あぁ~、なんとかしたいけど……」

 悪魔に通訳を頼めば、向こうの言っている事はわかる。でも、こちらの言いたい事は伝えられない。

 相手としても、喋る事は理解しているのに、何も言わないのは変に思うだろう。

(いっそ、口が聞けない振りをするか?)

 それもそれで有りだが、この先ずっと喋らないのは不便で仕方ない。出来る事なら言葉を覚えて、話せるようになりたい。これから来る人たちとずっと一緒に居るとは限らないが、後々自分で自分の首を絞めるような事はしたくない。

「一応通訳はしてくれ、俺は、言葉が解らない振りをして、相手しようと思うから」

『わかった! どうしようもないなら殺しちゃっても良いよ! すっごく不味そうなのも居るけど、 アタシ我慢してあげるから!』

 上から目線で物騒なこと言う悪魔だが、すッごく不味そうとは、かなり良い人なのだろう、朔自身保身のために他人を殺す気もないし、初めて遭う子供に身の危険を及ぼすような人とは思えない。

「そんな気はないから。 初めてまともに話せそうな人達に遭うんだ、出来るだけ穏便(おんびん)にしたいかな」

 そんな話をしている間にも、街道の先から、小さな影のように見えていた一団の姿が近づいてくるのがわかる。

 馬に乗った人が三人、馬車が一台。 彼らは何か話しながら馬の歩を進めてくるが、ここからではまだ遠くて、悪魔にも良く聞き取れないみたいだ。

(馬に馬車。やっぱり良くある中世風な世界なのかな?)

 馬に乗っている者たちは、皆金属で出来た鎧を身に着けている。特に目を引くのは、先頭で馬に乗る、綺麗な装飾をされた白い鎧に身を包んだ、恐らく女性であろう人物だ。鎧の作り自体、胸の辺りには女性らしい膨らみが施されたいて、ウェストも男にしては括(くび)れている。

 太陽の位置を見るに、時刻はお昼頃だろう、朔は意を決して、焼きさ魚を片手に持ち、彼らが近づくのを待って、声をかけた。

「よかったら、お昼でも一緒にどうですか?」

 もちろん、母国語でだ。 通じるか通じないかより、言った者勝ちの精神である。

 思い出したくもない、海外勤務の経験が後押ししてくれる。

 朔の言葉が聞こえたのだろう、白い鎧の人物が兜の顔の部分上に持ち上げ、後ろにいる仲間達に声をかける。

 まだ若く、そしてかなりの美人だった。意志の強そうな細く流麗な眉毛、その下では少し切れ長の目にはハシバミ色の瞳が、凛とした輝きを放っている。白い肌に筋の通った鼻、聞き取りやすい清んだ声は女性にしては少し低めだが、よく通るようだ。

 男装をしているわけでは無さそうだが、その玲瓏とした雰囲気にあてられ、朔の頭にヅカとか、麗人ととかいう言葉が浮かんでくる。

(この人の「クッコロ」18禁作品があったら、発売日に並んででも買うぞっ!)

 朔はその顔に見蕩れながら、心の中でこの世界で意味を成さない誓いを立てる、世界を渡る前までは娘を一人持つ既婚者の37歳の男。

『『今の言葉、誰かわからないか?』だって』

 朔の隣では悪魔が、通訳してくれる。

『いえ、聞いた事もない言葉です』

 他の人達も首を振っている。

 首を横に振るのは否定のジェスチャー。これは同じらしい。彼らの行動を観測しながら、出来るだけの情報を集めようと、朔は頭がフル回転状態でやり取りを見つめている。

(装備からしたら、騎士とそのお供という感じかな? それとも…、冒険者とか居たら良いなぁ~)

 等々、余計な事も考えては居るが、なんとか、コミュニケーションの糸口を探している状態である。

『そうか、こまったなぁ』

「うん、困ってる」

 どうせ通じないのだからと、適当に返しながら、多少あざとく行こうと、朔は空いている左手の指を唇にあて、首を捻ってみた。

 所謂(いわゆる)「首カックン」。子供らしい仕草で、頭に浮かんだのはこれしかないから、仕方がない。

『うっ』

 その姿に、下からこみ上げる何かに身震いするような動きを見せた後、女騎士はいそいそと馬から降りた。

『あぁ、その、そんなに緊張しなくて良い。私は王立魔法騎士団(マジック・ナイツ)の一員で、タルラと言う者だ。此処には任務で赴いてきている。 決して怪しいものでは無い、だから、逃げる必要も無い』

 そう言いながら、真剣な顔でにじり寄るように、朔の元へやってくる女騎士。

 朔の肩辺りの高さで構えるように差し出している指は、心なしかワシャワシャと動いているような気がする。

 はっきり言って、怖い。

 言っている事からして、それなりの立場の人間であり、悪魔も食指を動かされていない所からも、悪人では無さそうなのだが、一歩寄られる度に後ずさりしたくなる。いや、朔の右足はすでに半歩引いている。

 そして、朔にとって、本能的に逃げ出したくなる気持ちを我慢できる、ギリギリの距離まで詰められた瞬間。何か柔らかいものに横から抱きしめられた。

『『タルラ様! そんな顔して近寄ったら、怯えてしまうでしょう。 見たところ言葉も通じていないのだから、いくら口で騎士団だ何だといっても、他国の子供には解りませんよ! ほんとに不器用なんだから。 もしかして、未だに猫や犬を撫でようとして、捕獲者紛いの近寄り方で、逃げられているんじゃありませんか?』って、何っ? この女!? なれなれしい!』

 完全に不意打ちで横から胸元に抱きしめられながら、悪魔の通訳に左耳を傾ける朔。

 右耳は大きなフニュフニュとした感触に、顔と共に埋まっている。

(この世界のブラには、ワイヤーは入ってないのか~)

 等と、スポーツブラの様に、硬さの感じない服の上からも解る柔らかい膨らみに包まれて、朔は現実逃避(男の夢を堪能)していた。

『大丈夫よ。 この怖そうなお姉さんも(・)可愛い物には目が無いだけで、本当は優しい人ですからね~』

 言いながら、頭を撫で続けられる朔。そろそろ息が苦しくなってきた、でも、狭い隙間で息をすると、甘い良い香りの御褒美が。

『だ、誰が怖いお姉さんだ! そ、それに私は魔法騎士団(マジック・ナイツ)の一員だ、可愛いものになど興味は……無いわけではない、普通だ』

 タルラと名乗った女騎士は、毅然と言い切ろうとして、朔と目が合った途端、言い淀(よど)みながら軌道修正を行い、言い終わる頃には少し涙目なっている。

 だが、今はそんな事より、そろそろ脱出を考えねば、危ないかもしれない、でもまだもう少しと、朔の本能は甘い罠にからめ取られて動けない。

『ぅおっほん。それにしても、こんな所に子供一人とは、親はどうしているのでしょうか?』

 兜を外し、口げを生やした四十絡みの男が、声をかけてきた所で、朔は我(われ)を取り戻す。

 タルラも同じようで、ハッとしたような顔をした後、

『そうだな、この辺りにも件(くだん)の奴隷狩りの一味が、出ないとも限らないしな』

と、答えを返している。

『お嬢様、此処は一旦休息を兼ねて、食事でもしながら待ってみては如何でしょうか? もしかしたらこのお譲ちゃんの親なり、お連れの方なりが戻ってくるかもしれません』

 どうやら、朔は女の子扱いされているらしい。今の所、否定する方法が思い浮かばないのが、恨めしい。 まさか意味も無く、ここでノーパンたくし上げをする訳にもいかないだろう。 そんな事をすれば、不自然極まりないし、この先どんな目で見られるか知れたものじゃない。

 そして、彼女ら一行はここで一息入れる事に決めたようだ。

 そうなれば、朔としても動かなければいけない。なんとかして、朔が一人であることを伝えなければ、このまま皆で、待ちぼうけになってしまうのだ。 他人に迷惑をかけるのを嫌う国民性は、朔にだって受け継がれているのだ。

 まずは脱出と、朔は非力な腕に力を入れ、桃源郷の柔らかな丘を押しながら、否定の意味を篭めて首を横に振る。幼い子供が良くやる『イヤイヤ』なのだが、朔本人は気が付いていない。

『ん? どうしたの?』

 朔の動きに気が付いたローブの女性が、少しだけ身を放し、朔の顔を覗き込んでくる。

(近い! 近い!)

 茶色い大きな瞳が、朔のすぐ目の前に有る。胸に押し付けられ無くなっただけで、左手は朔の腰をしっかりホールドしており、これ以上は放してくれない。

 朔の女性経験は、一人だけ、それも朔の気が付かない間に仕組まれた予定調和の中の、あの妻だけなのだ。

 朔自身は、はっきり言って、初心(うぶ)でヘタレな、ムッツリ野郎なのである。それなのにこんな近くに十人中七、八人は可愛いと答えるであろう顔を寄せられると、一気に赤面症の発作を起こしてしまうのだ。

『うくぅ~~~~。可愛い!!』

 そして顔を赤くし俯いた朔は、何故か再び抱締められてしまう。 第一次脱出作戦失敗の瞬間であった。

 朔はその後、第四次脱出作戦にて、友軍の口髭の騎士から「チェミーいい加減にしなさい、お譲ちゃんが困ってますよ」との援護射撃を経て、なんとか魔の桃源郷からの脱出を果たすのだった。


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