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記念日

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二十八歳で結婚した。

相手は家電メーカーに勤める営業社員で、二十六歳で営業課長となり、
「重役候補の一人」
と目されているエリートサラリーマンだ。

イケメンで、実家は相当な資産を持っている。

私の家は経済状況があまり良くなく、幼い頃から常に我慢を強いられていた。

高給取りでお金のある家の子である彼と結婚したら、何不自由のない生活ができて幸せになれる。

そう思った私は、彼に猛烈アタックを繰り返し、半年後、私は彼の妻の座を手に入れた。

長男なので結婚したら彼の家族と同居をして、病気がちのお母さんの面倒を見る事を条件として提示されたが、私は二つ返事で引き受けた。

ところが、いざ彼の家族との生活をはじめてみると、思いもよらない存在が気になってきた。

義理の妹の美結である。

彼と年齢差のある美結は、まだ高校生だった。

とても礼儀正しくて頭の回転がよく、私の事も本当の姉のように慕ってくれる。

病気がちの姑に代わっていっさいの家事を引き受けていたせいで、私より家事が出来る。

そんな彼女の何が気に入らないのかというと、私の学力不足で受験すら許されなかったレベルの高い県立女子高に通っていて、そして、実家の事情で許されなかった大学進学を、当たり前のように目指しているという事だ。

若く溌剌としているのも癪に障る。

美結の曇りのない澄んだ目と無邪気な笑顔を見ると腸が煮えくり返ってくる。

私はちょっとだけ美結を困らせてやろうと、悪戯を仕掛けてやる事にした。

美結が第一志望である旧帝大に合格し、入学準備に追われていたある日、美結と彼と義理の両親が揃って外出した時である。

私は自分のバッグを数点、美結の部屋に隠した。

どれも借金して買ったハイブランドのものである。

そして彼らが帰宅すると、私は彼に
「私のブランドもののバッグが失くなってしまった」
と、訴えた。

全員目を丸くして驚いている。

「空巣だろうか」
と言い合う彼らに、私は
「疑いたくないけど、美結ちゃんかも知れない」
と言った。
「結婚前から美結ちゃんは私のバッグを羨ましそうに見てた。その時は、年頃の女の子だからブランドに興味があるのかと思っただけでしたが」

私の言葉に、美結は
「違います。私、ブランドとかに興味なんてないです」
半狂乱になって主張するが、美結の部屋を調べた彼と姑によって私のバッグは部屋に隠されていたと判明した。

美結が小言を言われて終わると思いきや、なんと義理の両親は、
「お前が盗みを働くとは思わなかった。しかも、良くしてくれる義理の姉さんの持ち物を」
美結を「泥棒」だとなじったのである。

美結は必死に無実を主張したが聞き入れてもらえずに
「嘘つきの泥棒はこの家にいらない」
と、大学の学費は四年分前納してやるからその代わり、高校を卒業したら即刻出ていけ。二度と家の敷居を跨ぐなと絶縁を言い渡したのだった。

困らせてやるだけのつもりが、思わぬ方向に話が進んで驚いた。

だけど目の上の瘤がいなくなるのは有難い。

合格したと聞いた時、これから美結が大学に通う姿を少なくとも四年間も見せつけられるのかとウンザリしていたのだ。

高校の卒業式は、私は勿論、彼も義理の両親も出席しなかった。

卒業式の日に有給休暇をもらっていた彼は、私を近所の寿司屋に連れていってくれた。

義理の両親は日帰りで温泉に行った。

その日から美結の姿を見る事はなかった。

私達が外出している間に家を出たらしい。

鬱陶しい義妹が消えてくれて、ホッとした。

三年後、私は女の赤ちゃんを出産し、「めぐみ」と名付けた。

成長するにしたがって、めぐみはイケメンの彼によく似た可愛らしい女の子になっていく。

義理の両親もめぐみを可愛がってくれて、私は幸せな毎日を過ごしている。

ある日、めぐみが体調不良を訴え幼稚園を早引けした。

病院に連れて行くと、めぐみは
「小児骨髄白血病」
と診断された。

早くドナーを探して骨髄移植手術を受けないと、めぐみはあと何年も生きられないと医師に宣告された。

宣告された直後、私と彼は適合検査を受けたが、どちらも不適合という結果であった。

義理の両親も、適合しなかった。

骨髄バンクからドナーを探しても見つからない。

時間だけが流れていく。

一人だけ、ドナーになってくれるかも知れない人間がいる。

美結だ。

彼の友人から、美結は大学在学中から通訳と翻訳のアルバイトをしていて、現在は絵本と児童文学書の翻訳家として成功をおさめていると聞いている。

私がなりたくてもなれなかった仕事に就いたのかと歯軋りしたのを覚えている。

あの女に頭を下げるなんて嫌だったが、背に腹は代えられない。

久しぶりに連絡した。

「あら、私を泥棒に仕立てたお義姉さん。今更何の御用でしょうか?」

久々に連絡したのに、なんて挨拶だと腹が立った。

いや。それよりも、彼女はいつ、あの事は私が仕組んだ事だと気づいたのだろう。

不思議に思っていると、それを察した美結が淡々とした口調で説明を始めた。

美結が出ていってから一年後、大学に姑が美結宛てに手紙を出したらしい。

「よく考えたら、翻訳か通訳の仕事をしたいと勉強を頑張り、家の事も色々してくれていた優しい美結が、家族のブランドもののバッグを盗むなんて変な話だ。もしかしたら、あれは美結を陥れる為の嫁の自作自演だったのではないか。カッとなり一方的に責めてしまったけれど、もし無実だとしたら、美結には悪い事をしてしまった」

そういう内容だったという。

この手紙に対して、美結は
「今更どうでもいい。私はあなた達の事は忘れたい」
そう返事を送ってそれきり連絡をしていないという。

ある時から姑の態度が妙によそよそしいと思っていたら、それだったのか。

「それで、何の用件ですか。泥棒に仕立ててまで追い出した義理の妹に」

美結に急かされて、私は娘が白血病になり、骨髄移植手術を受けなければならないがドナーが見つからない。私達はドナーとして不適合という結果が出た。美結にも協力してほしいと、恥を忍んで頭を下げた。

屈辱でどうにかなりそうだった。

断られるのも承知で連絡したのに、美結は検査を受けてくれるという。

小さい子どもの危機は放っておけないのだろう。

検査の結果、美結は見事に適合した。

これでめぐみは助かる。
美結に骨髄を提供してもらえたら、めぐみは元気になる。

彼も義理の両親も、そしてめぐみも泣いている。

ところが、美結は冷たくこう言い放ったのだ。

「何か勘違いしていませんか?検査を受けるように頼まれたから受けましたけど、適合したからと骨髄を提供するなんて約束した覚えはありません」

呆気に取られていると、
「それじゃ、頼まれた検査は終わったので帰ります。仕事がたまっていて忙しいので」
ニッコリと微笑んでそう言うと、美結は病室を出て行った。

それからもドナーを探しながらめぐみの看病を続けたが、その甲斐もなく、めぐみは五歳で短い生涯の幕を閉じた。

それからすぐ、美結の報復が始まった。

月命日になると、美結から手紙が届く。

「めぐみちゃん、本当に残念でしたね。もっと生きたかったでしょうに」

そんな内容の手紙である。

誕生日には、
「天国のめぐみちゃんへ」
というバースデーカードと共におもちゃやキャラクターグッズが届く。

クリスマスには
「天国のめぐみちゃんに食べてほしいので」
と大きなケーキが届く。

生きていたら小学校に入学していた年にはランドセルと文房具セットが、秋になると子ども向けの振り袖と千歳飴が届いた。

その度に姑は泣き、彼と舅は私に冷たい視線を向ける。

ブランドバッグの件について美結は無実だと、舅と彼もいつの間に知ったようだ。

誰も美結を責めない。

悪いのは、美結を信じずに追い出した自分達にあるからだ。

やがて近所の人にもこの一件が耳に入り、私達一家は白い目で見られるようになった。

挨拶しても無視される。

中学に入学する年齢になると、地元中学校の制服とピンクのリュックサックが届いた。

めぐみの誕生日とクリスマスには、毎年必ず荷物が届く。

十六歳の誕生日には、めぐみの名前が彫られているボールペンと万年筆を寄越してきた。

二十歳の誕生日に届いたのは、振り袖とブランドものの財布であった。

「天国の成人式で着てほしいから」
というメッセージと一緒にだ。

二十三歳の誕生日には、
「生きていたら、幸せな結婚をしていたかも知れないと思うと残念です」
というカードと共にウェディングドレスが送られた。

いつまで美結の報復が続くのかと思うと、どうにかなってしまいそうだ。

一度だけ、信頼できる友だちに相談した事がある。

いい知恵を授けてくれると思ったのに、友だちは
「仕方ないよ。十八歳の女の子から家族と居場所を奪ったのだから。当然の報いだね」
そう言っただけだった。

永遠に美結の報いを受けるのかと、目の前が真っ暗になった。

精神的に参ってしまった義理の両親は、今、施設の御世話になっている。

重役候補だった彼は美結の影に怯えて仕事でミスを繰り返すようになり、不景気による人員削減の憂き目にあって退職し、一日中部屋にこもって廃人同様の生活を送っている。

私がアルバイトを掛け持ちして施設の費用と生活費を稼いでいる。

美結からは、今も月命日になると手紙が届き、記念日には豪華なプレゼントが届く。

昨年はシャネルの香水が送られた。

もしも、あの時。

そう考えずにいられない。

若くて溌剌とした美結に嫉妬せず、実の姉のように接してくれた美結を裏切るような事をしなければ、めぐみは今も生きていて、私達一家は別の人生を歩んでいたかも知れない。

後悔の念に押し潰されそうになる。

今日はめぐみの三十歳の誕生日だ。

今年も美結から何か届くのかと思うと、背中に嫌な汗が伝う。

仕事を終えて帰るなり、荷物が届いた。

美結からである。

ダイヤのネックレスとイヤリングであった。

「もう、やめて。どんな償いでもするから、赦して」

たまらずに叫んだけれど、私の声が美結に届くはずもなくむなしく宙に消えた。

一時の感情に流されて、美結からすべてを奪ってしまった事を悔やみながら、私はこれからも生きていく。

めぐみとの思い出だけが、救いだった。






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