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第一章 アリアを導く星
1.3 前祝い
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――3ヵ月後。
「いよいよ明日から冒険者かーっ。うー、緊張する~~~っ」
修行と研究の日々を終え、冒険者総合ギルドへの登録を明日に控えたアリアは、宿舎で行われるささやかなパーティのために昼から買い出しに来ていた。パーティとはいっても、ナインとの2人だけだが。
「そうだっ! サクラさんにも声を掛けてみようかな? ナインさんと知り合いなら来てくれるかもっ!」
そうなれば2人分の食材では足りなくなる。
しかし新鮮で味のいい食材はどれも高価なため、人数が増えるほど少量になってしまう。
「市場が安定してて養殖しやすく食べ応えもある……鶏肉しかない!!」
金銭的余裕のなさをカバーするためにアリアが選べる食材は他になかった。
「おじさんっ! 鶏肉を―――」
「オッサン、鶏2羽分。いつものタレも」
「はいよぉ!!」
アリアが精肉屋の主人に声を掛けようとしたとき、横から誰かが注文した。
あぅ、と声が漏れ、アリアは一歩後ずさる。
「? あぁ、ごめん。注文するとこ横入りした?」
「い、いえっ。大丈夫です!」
それは、この辺りでは見ない黒い髪の少年。
アリアよりも背は高いが細身で、成人男性に比べると華奢な部類に入るだろう。
「あれ? あんた、なんか見たことある気がする」
「ナンパですか?」
「違うよ! っていうかこっちの人もナンパって言葉使うのか……いや、ただ単に翻訳されてるだけか」
何やらブツブツと独り言を零す少年をアリアは眺める。
会った気がするといえばするような、確かに見覚えのある風体。
一体どこで会ったのか……。
「あー、あそこだ。多分職業案内所。あんたは俺の前に受けてたろ? 廊下ですれ違ってんだ」
「そういえば! ということは、あなたも明日から冒険者になるんですかっ?」
「あぁ、明日だっけ。そうだね、一応同級生? になるのかな」
「よろしくお願いしますねっ! 私はアリア=ホワイトフローラです!」
「俺はユキ=コハク。よろしく」
アリアが差し出した両手を、ユキは片手で握った。
その手のひらはとても硬くて、何度もマメが出来たのだろうと予想される。
戦いを知っている手だった。
「同級生ということは、今日はあなたもお祝いなんですねっ」
「お祝い? なんで」
「鶏をまるまる2羽分も買ってたから、てっきりそうかと……」
「あぁ。俺、金がなくて。それに鶏肉はタンパク質っていって筋肉をつける元になる栄養が多いんだ」
「ほぇー、物知りなんですねー」
「このくらい、俺のいた世界じゃ誰でも――」
「セカイ、ですか?」
「いや、国。国だった」
「国ですか。皆さん教養があるのはいい国の証拠ですね」
「あ、あぁ……」
「坊主たち、待たせたね! とっておきの鶏肉2羽分だよ!」
「ど、どうも、これ代金」
「まいど!」
鮮度の良さそうな鶏肉を受け取ったユキを見て、アリアのお腹が疼く。
今日までの節制の日々を思えば、その鶏肉は牛ステーキに匹敵する。
「お、おじさん、私もくださいっ!」
口内に滲む唾液に我慢ならなくなって、アリアは身を乗り出して注文した。
「うん? 2人一緒じゃないのか? 悪いなぁ、今ので最後だ!」
「えぇっ……!」
しかしアリアのお腹には、絶望が待ち受けていた。
「そんなぁ~……今日はパーティなのに、主役のお肉が~~……」
「う……」
泣きそうになるアリアを見て、ユキは気まずそうに声を漏らした。
元はと言えば、自分が割り込んだことが原因。このまま放っておくのは幾分忍びない。
「……アリア、これやるよ」
ユキは今しがた買ったばかりの鶏肉をアリアに向けた。
アリアはその光景に目を丸くする。
「いいのっ!? でも、ユキくんは?」
「明日は登録だけで戦うなんてことはないし、俺は適当なものでも大丈夫。気づかなくても割り込んだのには違いないから、本人に返すだけだよ」
アリアにとっては喉から手が出るほど嬉しい申し出だったが、しかしようやく出来た同年代の知り合いが空腹に苛まれるところは想像したくなかった。
少し考えてから、アリアは一つ提案をする。
「それじゃ、このお肉を一緒に食べませんか?」
「一緒に?」
「はい! 今日開くパーティーに来てほしいんですっ!」
「パーティーね……。悪いけど俺、あんまり人当たりのいいタイプじゃ……」
「大丈夫です! 今のところ、ユキさん以上に変人なマスターしかいませんから!」
「俺も変人扱いなのか……っていうか、パーティーって2人?」
「あはは……うちのギルドは人気がないもので……。その分気兼ねはいらないですし、料理もちゃんと食べられますよ! おもてなしもしますので! ぜひ!! ぜひ!!!」
「わ、分かったから!」
是非来てほしい、そして肉を食べたいというアリアの切迫感に気圧されて、ユキは頷く。
「ただ、こっちのギルドもマスターと2人でやっててさ。呼んでもいいか? 追加分の食材はこっちも持つから」
「もちろんです! やったー今日はごちそうだーっ」
表裏なく食欲を口にして喜ぶアリアに、絶対に人付き合いで苦労するだろうと思うユキだった。
◇
「――それで、その坊主とギルドマスターのジジイとサクラが追加されたのか」
買い出しを終えたアリアは、ユキの住まうギルドのマスターとサクラに声を掛けて『星の始まり』に戻って来た。
冒険者になる餞別も含めて手渡した今日の食費を全て使い切った上、人まで増やしたアリアにナインは呆れ顔を見せた。
それぞれが両手いっぱいに食料を抱え、アリア以外は何とも言えない表情でフロアを眺める。
「酒場の経営をしているとは思ってなかったけど、掃除すらしてないとは……相変わらず杜撰なマスターね、ナイン」
サクラは紫煙を吐き出しながらナインを睨みつけた。
「うるせぇ、俺は経営よりも研究の方が好きなんだ。ギルド化すれば専念できるって言ったのはお前だろ、サクラ」
「ギルド化して“人を増やせば”と言ったでしょう。ナイン」
「チッ……簡単に人を増やせないのは、お前が一番知ってるだろ」
「思った通りっ! 2人は仲が良くていいですねーっ」
「そうか……?」
2人の間に漂う険悪なムードを察していないのは、おそらく食材で頭がいっぱいなアリアだけだろうとユキは思った。
「まぁまぁ、サクラクン。掃除はワシがやろうじゃないかネ」
言い争いになりかけた2人の間を割って、ユキのギルドマスターが申し出る。
その物腰柔らかな話し方と皺だらけの細い目元が、彼の温厚さを物語る。
「すみません、ゲントクさん。私もお手伝いしますわ」
サクラも喧嘩をやめ、ゲントクと共に椅子が乗ったままのホールへ向かっていく。
「ギルド同士はライバル関係だってのに呑気な爺さんだぜ」
言いながら、ナインは腕まくりをして並べられた食材を物色し始める。
「えっ? ナインさん、料理するんですか?」
「アリア一人にこの量任せられねぇだろ。坊主、お前料理経験は?」
「いつもは丸焼きにタレか塩。楽だし美味い」
「ユキくん……」
「ま、まぁ自分で料理してるだけマシか。包丁は?」
「刃物なら使える。多分」
何とも頼りない返答に使えるかどうかを判断しかねるナイン。仕方ない、と嘆息しながら、目元に掛かった髪をかき上げて整える。
「今日の厨房は俺が仕切る! お前らは雑用だ、いいなぁっ!」
「おーっ、なんかカッコいいですね! 今日のナインさん!」
――――。
―――。
――。
1時間後。並べられた料理は元の食材からは想像できないほど豪勢なものだった。
「これも美味しい……!! ナインさんってこんな特技があったんですね!」
「ギルドを始めるときにコックを雇う金がないから、料理も研究したんだよ。重要なのは火加減もあるが、室温、湿度と……タイミングだ」
「あら、こんなところでも発揮していたのね、ナインの研究バカが」
「あぁ? サクラてめぇ、食いながら文句言うんじゃねぇ。金払わせんぞ」
「ん~~~美味しいネェ。高級レストランとしてもやっていけるヨォ。キミもそう思うダロウ? ユキくん」
「ジーサンとの修行中に食べるのは基本森の中の獣肉だったから、まともなのは本当に久々だよ」
「ユキくん……! そんなに大変な修行をしてたのに、私にお肉を恵もうとしてくれたんですかっ!」
「べ、別に修行自体が大変ってわけじゃなかったけど……」
感動したアリアに真っ直ぐ見つめられて、ユキはたじろいだ。
アリアは警戒心が薄いのか距離感が近く、人慣れしていないユキには落ち着かない存在だ。
「しかし、まさか私が紹介した中で最も珍しいギルド『終の華双』を選ぶとは思わなかったよ。ユキくん」
ナインとの言い合いに飽きたサクラが、頬ひじをつきながらユキに笑いかけた。
「ジジイんとこの剣術って変なやつだろ? 武術大会で見たことがあるが人気ないのも頷ける」
ナインの方も話し相手がいなくなったことで、話に乗っかってくる。
「おや、変人が変人扱いしてるようだね」
「うるせぇ、煙草よこせ」
「ちょっと! 私の吸いかけ取らないでよ!」
「たしかに、ジーサンの剣術は普通じゃない。まず人間相手を想定してないからね。手や足の数が何本でも……いや、手がないヤツも。その全てに対して刃を入れる技術だ。俺でも完成系が“視えて”ない。だから選んだ」
ユキは楽し気に、けれど砥がれた刃のように鈍い光を目の奥に宿しながら語る。
才能、というものは目に見えないらしいが、アリアはその眼光にはっきりとそれを感じ取った。
「こほん。私も噂は聞いているよ。剣士ギルドはおろか、全ての武術系ギルドの技術を会得して入会を蹴ったそうじゃないか。そのキミをして言わしめるとは、ようやく日の目を浴びることになりそうですね、ゲントクさん」
「マァ、普通は会得できんしワシも覚えとらん技もあるよナ。けどユキクンはすごいヨ。一度身体に憶えさせた動きは必ず再現できル。とはいえ実戦での誤差はあるが、経験を積めば彼の名を知らない者はいなくなるネ」
「おいおい、話聞いてりゃまるでこの世界の英雄が誕生するみたいな言い方だなぁ、ジジイ」
反吐が出る、とでも言いたげな表情で、ナインは話を遮った。
サクラが吸っていた煙草を吹かし、灰皿に投げつける。
「当たり前。貴方、話を聞いてなかったの? 彼に魔剣や聖剣と呼ばれる剣を持たせてみなさい、世界に平穏をもたらすのは“眼に視える”」
「気に入らねぇ言い方だが、本当なんだろうな。サクラの眼は嘘をつかない。しかし俺の作った星魔導具の可能性だけは視れないだろ?」
「星魔導具ね。くだらないガラクタじゃない」
「ガラクタだと? もういっぺん言ってみろ」
「ええ、何度でも言わせてもらう。ガラクタ。貴方は異界からのギフトとでも思っているんでしょうけど、その研究のせいで私は……!」
「あ、あの……! 当人を放っておいて皆さんで盛り上がらないでください! 冒険者になるのは私たちなので……」
激化する議論に、アリアが声を震わせて2人を止める。
争いごとが嫌いな彼女は、感じ取ってしまう敵意に怯えていた。
「あぁすまない。私としたことが熱くなってしまって……やっぱり来るんじゃなかったかな、はは……」
「フフフ。サクラクン、ナインクンに、ユキクン、そしてアリアクン。明日は晴れの日。明るく迎えようじゃないカ。ワシは期待してるヨ。キミたち全員の未来にネ」
「そうだアリア。お前の物覚えの悪さは折り紙つきだが、それでも下級二等星までの星魔導具を7つ扱えるようになった。自信持って冒険者やってこい」
「は、はい……っ!」
ナインの皮肉めいた励ましにも笑顔で答えるアリア。
しかしその笑みが微かに引き攣っているのをユキは見逃さなかった。
先ほどの言い合いを止めた時もそうだったが、不安というよりも明らかに戦いを嫌っている。
(死ぬ……かもしれないな。この子)
そう思えてしまうほどに、アリアの持つ生命意志は希薄だった。
◇
「ありがとう。料理本当に美味かった」
食事を終え大人たちが酒盛りを始め、明日のために先に帰るユキを見送りに出たアリア。
ユキが頭を下げるのはどういう意味があるのか分からなかったが、アリアはいい意味だろうと笑顔で返す。
「本当によかったです。ユキくんと知り合えて。冒険者になりなさいって神様から告げられても、やっぱり不安だったから……」
「神様か……あの人も大概適当だからなぁ……」
ユキは苦笑いをしながら、神を“あの人”と称した。
アリアが首を傾げると、ユキは「何でもない」と両手を振って誤魔化す。
「とにかく、明日からは同じ駆け出し冒険者だ。お互い頑張ろう」
「はいっ、頑張りましょうっ!」
「あー言い忘れてた。敬語じゃなくていいよ。普段使われないから慣れないんだ」
「敬語? そうですよね……じゃなかった! うんっ、分かった。明日からは普通に話すねっ」
「ありがと。じゃ、またな」
「またね、ユキくん」
去っていくユキを見送りながら、アリアは夜空を見上げ一つ深呼吸をした。
昼間の往来のある時間と違って、夜は土埃が立たなくて空気が気持ちいい。
冷たい白色の月明りが、アリアの不安を洗い流してくれるようだった。
冒険者になればいずれは戦わなければならない。それでも友人が増えたことで今日はよく眠れそうな気がする。
「明日はいい日になりますように」
星に願いごとをして、アリアはギルドに戻るのだった。
「いよいよ明日から冒険者かーっ。うー、緊張する~~~っ」
修行と研究の日々を終え、冒険者総合ギルドへの登録を明日に控えたアリアは、宿舎で行われるささやかなパーティのために昼から買い出しに来ていた。パーティとはいっても、ナインとの2人だけだが。
「そうだっ! サクラさんにも声を掛けてみようかな? ナインさんと知り合いなら来てくれるかもっ!」
そうなれば2人分の食材では足りなくなる。
しかし新鮮で味のいい食材はどれも高価なため、人数が増えるほど少量になってしまう。
「市場が安定してて養殖しやすく食べ応えもある……鶏肉しかない!!」
金銭的余裕のなさをカバーするためにアリアが選べる食材は他になかった。
「おじさんっ! 鶏肉を―――」
「オッサン、鶏2羽分。いつものタレも」
「はいよぉ!!」
アリアが精肉屋の主人に声を掛けようとしたとき、横から誰かが注文した。
あぅ、と声が漏れ、アリアは一歩後ずさる。
「? あぁ、ごめん。注文するとこ横入りした?」
「い、いえっ。大丈夫です!」
それは、この辺りでは見ない黒い髪の少年。
アリアよりも背は高いが細身で、成人男性に比べると華奢な部類に入るだろう。
「あれ? あんた、なんか見たことある気がする」
「ナンパですか?」
「違うよ! っていうかこっちの人もナンパって言葉使うのか……いや、ただ単に翻訳されてるだけか」
何やらブツブツと独り言を零す少年をアリアは眺める。
会った気がするといえばするような、確かに見覚えのある風体。
一体どこで会ったのか……。
「あー、あそこだ。多分職業案内所。あんたは俺の前に受けてたろ? 廊下ですれ違ってんだ」
「そういえば! ということは、あなたも明日から冒険者になるんですかっ?」
「あぁ、明日だっけ。そうだね、一応同級生? になるのかな」
「よろしくお願いしますねっ! 私はアリア=ホワイトフローラです!」
「俺はユキ=コハク。よろしく」
アリアが差し出した両手を、ユキは片手で握った。
その手のひらはとても硬くて、何度もマメが出来たのだろうと予想される。
戦いを知っている手だった。
「同級生ということは、今日はあなたもお祝いなんですねっ」
「お祝い? なんで」
「鶏をまるまる2羽分も買ってたから、てっきりそうかと……」
「あぁ。俺、金がなくて。それに鶏肉はタンパク質っていって筋肉をつける元になる栄養が多いんだ」
「ほぇー、物知りなんですねー」
「このくらい、俺のいた世界じゃ誰でも――」
「セカイ、ですか?」
「いや、国。国だった」
「国ですか。皆さん教養があるのはいい国の証拠ですね」
「あ、あぁ……」
「坊主たち、待たせたね! とっておきの鶏肉2羽分だよ!」
「ど、どうも、これ代金」
「まいど!」
鮮度の良さそうな鶏肉を受け取ったユキを見て、アリアのお腹が疼く。
今日までの節制の日々を思えば、その鶏肉は牛ステーキに匹敵する。
「お、おじさん、私もくださいっ!」
口内に滲む唾液に我慢ならなくなって、アリアは身を乗り出して注文した。
「うん? 2人一緒じゃないのか? 悪いなぁ、今ので最後だ!」
「えぇっ……!」
しかしアリアのお腹には、絶望が待ち受けていた。
「そんなぁ~……今日はパーティなのに、主役のお肉が~~……」
「う……」
泣きそうになるアリアを見て、ユキは気まずそうに声を漏らした。
元はと言えば、自分が割り込んだことが原因。このまま放っておくのは幾分忍びない。
「……アリア、これやるよ」
ユキは今しがた買ったばかりの鶏肉をアリアに向けた。
アリアはその光景に目を丸くする。
「いいのっ!? でも、ユキくんは?」
「明日は登録だけで戦うなんてことはないし、俺は適当なものでも大丈夫。気づかなくても割り込んだのには違いないから、本人に返すだけだよ」
アリアにとっては喉から手が出るほど嬉しい申し出だったが、しかしようやく出来た同年代の知り合いが空腹に苛まれるところは想像したくなかった。
少し考えてから、アリアは一つ提案をする。
「それじゃ、このお肉を一緒に食べませんか?」
「一緒に?」
「はい! 今日開くパーティーに来てほしいんですっ!」
「パーティーね……。悪いけど俺、あんまり人当たりのいいタイプじゃ……」
「大丈夫です! 今のところ、ユキさん以上に変人なマスターしかいませんから!」
「俺も変人扱いなのか……っていうか、パーティーって2人?」
「あはは……うちのギルドは人気がないもので……。その分気兼ねはいらないですし、料理もちゃんと食べられますよ! おもてなしもしますので! ぜひ!! ぜひ!!!」
「わ、分かったから!」
是非来てほしい、そして肉を食べたいというアリアの切迫感に気圧されて、ユキは頷く。
「ただ、こっちのギルドもマスターと2人でやっててさ。呼んでもいいか? 追加分の食材はこっちも持つから」
「もちろんです! やったー今日はごちそうだーっ」
表裏なく食欲を口にして喜ぶアリアに、絶対に人付き合いで苦労するだろうと思うユキだった。
◇
「――それで、その坊主とギルドマスターのジジイとサクラが追加されたのか」
買い出しを終えたアリアは、ユキの住まうギルドのマスターとサクラに声を掛けて『星の始まり』に戻って来た。
冒険者になる餞別も含めて手渡した今日の食費を全て使い切った上、人まで増やしたアリアにナインは呆れ顔を見せた。
それぞれが両手いっぱいに食料を抱え、アリア以外は何とも言えない表情でフロアを眺める。
「酒場の経営をしているとは思ってなかったけど、掃除すらしてないとは……相変わらず杜撰なマスターね、ナイン」
サクラは紫煙を吐き出しながらナインを睨みつけた。
「うるせぇ、俺は経営よりも研究の方が好きなんだ。ギルド化すれば専念できるって言ったのはお前だろ、サクラ」
「ギルド化して“人を増やせば”と言ったでしょう。ナイン」
「チッ……簡単に人を増やせないのは、お前が一番知ってるだろ」
「思った通りっ! 2人は仲が良くていいですねーっ」
「そうか……?」
2人の間に漂う険悪なムードを察していないのは、おそらく食材で頭がいっぱいなアリアだけだろうとユキは思った。
「まぁまぁ、サクラクン。掃除はワシがやろうじゃないかネ」
言い争いになりかけた2人の間を割って、ユキのギルドマスターが申し出る。
その物腰柔らかな話し方と皺だらけの細い目元が、彼の温厚さを物語る。
「すみません、ゲントクさん。私もお手伝いしますわ」
サクラも喧嘩をやめ、ゲントクと共に椅子が乗ったままのホールへ向かっていく。
「ギルド同士はライバル関係だってのに呑気な爺さんだぜ」
言いながら、ナインは腕まくりをして並べられた食材を物色し始める。
「えっ? ナインさん、料理するんですか?」
「アリア一人にこの量任せられねぇだろ。坊主、お前料理経験は?」
「いつもは丸焼きにタレか塩。楽だし美味い」
「ユキくん……」
「ま、まぁ自分で料理してるだけマシか。包丁は?」
「刃物なら使える。多分」
何とも頼りない返答に使えるかどうかを判断しかねるナイン。仕方ない、と嘆息しながら、目元に掛かった髪をかき上げて整える。
「今日の厨房は俺が仕切る! お前らは雑用だ、いいなぁっ!」
「おーっ、なんかカッコいいですね! 今日のナインさん!」
――――。
―――。
――。
1時間後。並べられた料理は元の食材からは想像できないほど豪勢なものだった。
「これも美味しい……!! ナインさんってこんな特技があったんですね!」
「ギルドを始めるときにコックを雇う金がないから、料理も研究したんだよ。重要なのは火加減もあるが、室温、湿度と……タイミングだ」
「あら、こんなところでも発揮していたのね、ナインの研究バカが」
「あぁ? サクラてめぇ、食いながら文句言うんじゃねぇ。金払わせんぞ」
「ん~~~美味しいネェ。高級レストランとしてもやっていけるヨォ。キミもそう思うダロウ? ユキくん」
「ジーサンとの修行中に食べるのは基本森の中の獣肉だったから、まともなのは本当に久々だよ」
「ユキくん……! そんなに大変な修行をしてたのに、私にお肉を恵もうとしてくれたんですかっ!」
「べ、別に修行自体が大変ってわけじゃなかったけど……」
感動したアリアに真っ直ぐ見つめられて、ユキはたじろいだ。
アリアは警戒心が薄いのか距離感が近く、人慣れしていないユキには落ち着かない存在だ。
「しかし、まさか私が紹介した中で最も珍しいギルド『終の華双』を選ぶとは思わなかったよ。ユキくん」
ナインとの言い合いに飽きたサクラが、頬ひじをつきながらユキに笑いかけた。
「ジジイんとこの剣術って変なやつだろ? 武術大会で見たことがあるが人気ないのも頷ける」
ナインの方も話し相手がいなくなったことで、話に乗っかってくる。
「おや、変人が変人扱いしてるようだね」
「うるせぇ、煙草よこせ」
「ちょっと! 私の吸いかけ取らないでよ!」
「たしかに、ジーサンの剣術は普通じゃない。まず人間相手を想定してないからね。手や足の数が何本でも……いや、手がないヤツも。その全てに対して刃を入れる技術だ。俺でも完成系が“視えて”ない。だから選んだ」
ユキは楽し気に、けれど砥がれた刃のように鈍い光を目の奥に宿しながら語る。
才能、というものは目に見えないらしいが、アリアはその眼光にはっきりとそれを感じ取った。
「こほん。私も噂は聞いているよ。剣士ギルドはおろか、全ての武術系ギルドの技術を会得して入会を蹴ったそうじゃないか。そのキミをして言わしめるとは、ようやく日の目を浴びることになりそうですね、ゲントクさん」
「マァ、普通は会得できんしワシも覚えとらん技もあるよナ。けどユキクンはすごいヨ。一度身体に憶えさせた動きは必ず再現できル。とはいえ実戦での誤差はあるが、経験を積めば彼の名を知らない者はいなくなるネ」
「おいおい、話聞いてりゃまるでこの世界の英雄が誕生するみたいな言い方だなぁ、ジジイ」
反吐が出る、とでも言いたげな表情で、ナインは話を遮った。
サクラが吸っていた煙草を吹かし、灰皿に投げつける。
「当たり前。貴方、話を聞いてなかったの? 彼に魔剣や聖剣と呼ばれる剣を持たせてみなさい、世界に平穏をもたらすのは“眼に視える”」
「気に入らねぇ言い方だが、本当なんだろうな。サクラの眼は嘘をつかない。しかし俺の作った星魔導具の可能性だけは視れないだろ?」
「星魔導具ね。くだらないガラクタじゃない」
「ガラクタだと? もういっぺん言ってみろ」
「ええ、何度でも言わせてもらう。ガラクタ。貴方は異界からのギフトとでも思っているんでしょうけど、その研究のせいで私は……!」
「あ、あの……! 当人を放っておいて皆さんで盛り上がらないでください! 冒険者になるのは私たちなので……」
激化する議論に、アリアが声を震わせて2人を止める。
争いごとが嫌いな彼女は、感じ取ってしまう敵意に怯えていた。
「あぁすまない。私としたことが熱くなってしまって……やっぱり来るんじゃなかったかな、はは……」
「フフフ。サクラクン、ナインクンに、ユキクン、そしてアリアクン。明日は晴れの日。明るく迎えようじゃないカ。ワシは期待してるヨ。キミたち全員の未来にネ」
「そうだアリア。お前の物覚えの悪さは折り紙つきだが、それでも下級二等星までの星魔導具を7つ扱えるようになった。自信持って冒険者やってこい」
「は、はい……っ!」
ナインの皮肉めいた励ましにも笑顔で答えるアリア。
しかしその笑みが微かに引き攣っているのをユキは見逃さなかった。
先ほどの言い合いを止めた時もそうだったが、不安というよりも明らかに戦いを嫌っている。
(死ぬ……かもしれないな。この子)
そう思えてしまうほどに、アリアの持つ生命意志は希薄だった。
◇
「ありがとう。料理本当に美味かった」
食事を終え大人たちが酒盛りを始め、明日のために先に帰るユキを見送りに出たアリア。
ユキが頭を下げるのはどういう意味があるのか分からなかったが、アリアはいい意味だろうと笑顔で返す。
「本当によかったです。ユキくんと知り合えて。冒険者になりなさいって神様から告げられても、やっぱり不安だったから……」
「神様か……あの人も大概適当だからなぁ……」
ユキは苦笑いをしながら、神を“あの人”と称した。
アリアが首を傾げると、ユキは「何でもない」と両手を振って誤魔化す。
「とにかく、明日からは同じ駆け出し冒険者だ。お互い頑張ろう」
「はいっ、頑張りましょうっ!」
「あー言い忘れてた。敬語じゃなくていいよ。普段使われないから慣れないんだ」
「敬語? そうですよね……じゃなかった! うんっ、分かった。明日からは普通に話すねっ」
「ありがと。じゃ、またな」
「またね、ユキくん」
去っていくユキを見送りながら、アリアは夜空を見上げ一つ深呼吸をした。
昼間の往来のある時間と違って、夜は土埃が立たなくて空気が気持ちいい。
冷たい白色の月明りが、アリアの不安を洗い流してくれるようだった。
冒険者になればいずれは戦わなければならない。それでも友人が増えたことで今日はよく眠れそうな気がする。
「明日はいい日になりますように」
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◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
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