愚か者のためのオラトリオ

外鯨征市

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第2想定 4

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 作戦を終了した俺たちはそのまま飛行機に隠れて東京に行き、折り返しの便で基地へと帰ってきた。もう夕方だ。待機室には隊員の面々。訓練に出ていた第一戦闘班も戻っていた。
 彼らは作戦の顛末を知っている。特に何かを思っているような表情ではなかったが、それでも俺にとっては彼らの視線が痛かった。
 愛梨に厳しいことを言われるだろう。そう考えていたが彼女は何も言ってこなかった。厳しい言葉で俺をズタボロにしてほしかった。
 一人になってくる――そう姪乃浜に言い残した俺は装備品を倉庫に戻して屋上に登った。
 夕日で赤く染まった西の空に旅客機の影が映る。ノーズアップで降下してきたその機体は綺麗にランウェイ六〇に接地。滑走路との摩擦で降着装置が白煙をあげる。
 ヤンデレワールドで射殺された彼女は現実世界に存在してはいけなかった。ヤンデレワールドが消滅したからといって現実世界で突然消えるというわけではない。現実世界へと切り替わった機内で彼女は何事もなかったかのように空の旅を楽しんでいたが、突然心臓麻痺を起こして意識不明に。機内には医師が同乗していなかった。医療関係者を探し回りながら必死に心肺蘇生を行うCAたち。それに慌てふためく信昭。羽田空港で待機していた医師によって彼女は死亡判定が下された。仮想ヤンデレワールドで姿が見えなくなっていた俺はそれをじっと見ていることしかできなかった。
「おう宗太郎、感傷に浸ってどうしたんだ」
 三間坂二等愛情保安士だった。
「………………」
「実は俺、先月まで初級幹部特別集合教育課程レンジャー訓練に参加していた」
 初級幹部特別集合教育課程――あらゆる状況に対応し、部隊を統率できる隊員を養成するための訓練だ。全国のSSTから選抜されたごく一部の隊員のみが訓練に参加することができる。しかもこの訓練をクリアできれば幹部昇任だ。
 想定される訓練は市街地戦から森林戦まで。ヤンデレとの戦闘が想定される場所であればどのような状況でも行動できるように訓練されるのだ。陸上自衛隊の訓練をパクったこともあり、単にレンジャー訓練とも言われている。
「今回は基礎訓練で怪我をして脱落したけど、前回は第四想定まで残っていた」
 特別集合教育課程は前半五週間で格闘術やサバイバル技術などの基礎訓練が実施される。そして後半の八週間で九段階の想定訓練という実践訓練が行われるのだ。
 第四想定で脱落したとはいえ、三間坂二士は訓練に参加した。彼ならば分かるかもしれない。
「あの状況で、三間坂さんはどうしました?」
「ん~、無理だろうな」
 あっさりとした答えだった。
「操縦士が殺されていたんだろう? それならばその場の戦力で対応するしかない。着陸して増援の突入は無理だ。上岡三正はあのカップルを引き離すことでヤンデレの注意を自分自身に向けたんだろう。少しでも時間を稼ぐためにな。その直後に宗太郎はヤンデレと喧嘩を始めただろ? それも注意を逸らすために上岡三正が仕組んだことだっただろうな」
「注意を逸らす?」
「パイロットを殺害したため二度と着陸することができない、ということを気づかせない必要があった。それを知ってしまったらヤンデレは発狂するしかなかったからな」
 あの状況では機内の誰一人もが生還は不可能だった。
 ヤンデレにとっては他の乗客のことはどうでもよかっただろう。
 愛する人が死んでしまう。その未来がヤンデレはどうしても耐えられず発狂した。
 しかし彼女をその状態に追い込んでしまったのは俺だ。彼女が愛する人と共に死ぬと言い出してくれれば作戦を続行できたが、彼女はそうは考えなかった。
「俺があんなことを言わなければ……」
「いや、宗太郎が言わなくても時間の問題だった。ヤンデレの狂気が少しでも落ち着いたときに自分で気づいただろう」
「………………」
 それでも俺が殺したことに変わりはない。俺があんなことを言わなければ――いやあんな言い方をしなければ別の未来があったかもしれない。俺が発狂までの時間を縮めなければ姉ちゃんが別の解決法を発見したかもしれない。
 時間の問題だったと言われたって、俺が手を下したことに変わりはないのだ。
「そしてヤンデレの発狂により彼女の殺意は彼女自身へ向いた。彼女が自殺してしまえば作戦は失敗。爆発によって機体は墜落。そうはならなかったとしてもパイロットが殺害されたままで他の乗客乗員が生還できないことに変わりはなかっただろう」
 ヤンデレの狂気により、ヤンデレの周囲にはヤンデレワールドという別空間が発生する。これはヤンデレを鎮圧することで消滅し、その空間内で殺害された人や破壊された物は元通りになる。しかしヤンデレの鎮圧に失敗するとヤンデレワールドと現実世界の境界が崩壊し、ヤンデレの影響が現実世界へと侵食する。そうなれば殺害された人間は死んだままだし、破壊された物だって壊れたままとなる。
 あの状況で彼女自身へと向いた殺意は達成されてはならなかった。ヤンデレ鎮圧に失敗となってヤンデレワールドの境界が崩壊するから。
「発狂したあの状況では鎮圧は困難だった。他の乗客乗員を助けるためにはヤンデレを射殺する以外に選択肢はなかった。それは宗太郎も気づいただろう?」
「………………」
「もちろん空自による撃墜まで時間は残っていた。それまでにヤンデレを射殺すれば問題なかったが、その間もヤンデレは苦しみ続けなければならない。上岡三正はヤンデレを苦しみから一刻も早く解放するため、あの場で射殺を決断した……といったところなんじゃないか?」
 確かにヤンデレを一刻も早く苦しみから解放するという姉ちゃんの判断は正しかったと思う。
 だとしてもその状況を作ってしまったのは俺の責任だ。
「宗太郎、強くなりたいか?」
「………………」
 俺はこのまま部隊にいてもいいのだろうか。また何かをやらかして誰かを殺してしまうかもしれない。
 しかし三間坂二士はその沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
「ならば初級幹部特別集合教育課程レンジャー訓練に参加するといい。資格を取ると毎月手当が三百円支給されるぞ」
「割りに合わねぇよ!」
 3か月間も死の淵を彷徨ったご褒美が毎月三百円って。
「それに宗太郎が行ってくれれば、俺が行かなくて済む」
「おい!」
「それに幹部昇任だ。手当だって支給される」
「仕事増えるじゃねぇか。姉ちゃんが毎日サービス残業してるの知ってるんだからな!」
 彼は優秀な愛情保安官だった。この仕事は人の心のデリケートな部分に触れる必要がある。そのため人間の心理に精通していなければならないし、相手の思考を把握しなければならない。三間坂二士と話していると少しだけ心が楽になった気がした。
 しかし完全に回復したわけではない。
 こうして三間坂二士の冗談にツッコミを入れているが、それは空元気だ。
≪ビーーーーーー≫
 少し気持ちが楽になったところにブザーが響き渡る。
『出動指令。児湯郡、高鍋町、蚊口浦。高鍋海水浴場。海難救助。出動部隊、特殊二、七〇八空』
 俺たちの部隊の出動だった。
 よし、一丁助けてくるか。
「おら! レンジャー宗太郎! 行ってこい!」
 三間坂二士の声を聞きながら、俺は屋内へ通じる扉をくぐった。

 指令室に入ると他の隊員は揃っていた。窓から見える格納庫では緊急発進SCRAMBLEの表示板が点灯し、ヘリむくどりがエプロンに牽引されているところだった。
「宮崎海上保安部からの応援要請だ。高鍋海水浴場で女性一名が沖に流された」
 姪乃浜が地図を広げながら状況を説明する。
「通報者は海水浴場のライフセーバーから。要救助者は浮き輪などの装備は持っていないらしい」
 浮力となるものを持っていないということであれば体力との戦いだ。浮き輪を付けていれば一日ぐらいの猶予はあっただろうが、持っていないものは仕方ない。
「海保のヘリは出払っている。だからSSTに応援要請がきたわけだ。近くの消防本部から救助隊が出動中。そして日向海上保安署から巡視艇ほこかぜが現場に向かっている」
 日向市と高鍋町はだいたい四〇キロ離れている。巡視艇が三〇ノットで飛ばしたとしても到着には四〇分以上はかかる。それに捜索も必要だから一時間以上、いや数時間は見ておかないといけないかもしれない。
 すべては要救助者の体力次第、時間との勝負になる。
「出動要員は専門訓練を受けているありさは確定だな」
「姉ちゃん、そんな訓練も受けていたのか」
「特別集合教育課程に含まれているんだよ。簡単な海難救助だったらできるよ」
 さすがに沈没船の中に入っての潜水救助や荒天下での救助活動はできないそうだが、漂流者を確保するぐらいのことならできるらしい。
「ありさ、他に誰を連れて行く?」
「そうだね……愛梨と宗太郎で」
「ちょっとありさ!」
 姉ちゃんの判断に異を唱えたのは愛梨だった。
「宗太郎は海難救助の訓練を受けてないわよ。それに今の精神状態で現場に出すのは危険よ」
 俺はついさっきの任務でヤンデレを死に追いやった。
 三間坂二士に励まされて少しは元気が出たけど、メンタルがやられていることに変わりはない。
 そんな今の精神状態ではろくに任務をこなせるとは思えなかった。
「宗太郎はただの捜索要員。降下しての救助はしないよ。それに宗太郎の精神状態がこの状態だから連れて行くんだよ」
「この状態って……」
「少しでも現場で経験を積ませたいからね」
 任務を成功させるには自信というものが必要だ。それは訓練や実戦によって裏打ちされる。今の精神状態が悪く自信を失っているとしても、自信を取り戻すためには前線に出なければならない。
 今回の任務は救助活動だ。それに実際に降下するわけではなくただの捜索要員だ。それぐらいのことだったら今の状態でも問題なくこなせるだろう。
 俺は姉ちゃんに参加する意思を伝えた。
「それじゃあウェットスーツに着替えてヘリに集合。救助資機材も積み込んで」
 ヘリが離陸したのはそれから数分後のことだった。

 離陸してから十数分後。むくどりは現場海域に到着した。
 そして捜索が始まってそろそろ十分が経過する。整備士である高橋さんは赤外線カメラで、それ以外の手空き要員は双眼鏡や肉眼で海面を舐め回す。
 今はまだ十八時頃。夏のこの時間帯はまだ明るい。
 日が暮れれば捜索が難しくなる。それに要救助者の体力も尽きてしまう。時間との戦いだった。
 しかし海面はキラキラと太陽の光を反射するだけ。
 浮遊物すら浮かんでいない。
 要救助者は浮力となるようなものを持っていない。まさか溺れて海に沈んだんじゃ……。
 最悪のことを想像した。先日の水路上陸訓練の記憶が脳裏をよぎる。海面に口を出して空気をするのが精一杯だった。体が重くなり、すーっと海へと沈んでいった。
 要救助者は誰にも見守られることなく、孤独のままただ一人、海へと沈んでいった。
 顔も知らない要救助者の最期を想像する。
 いや、まだ沈んだと決まったわけじゃない。俺の任務は遭難者の捜索。きっとこの海域のどこかで俺たちの救助を待っているはずだ。
 むくどりは右旋回で進路を変更する。ヘリは適当に飛んでいるわけではない。遭難者がいると思われる海域を漏れがないように、筆で塗りつぶすように飛行している。
 ヘリの旋回が終了。
 新たな海面を捜索。
 今頃消防も海面を捜索している。海保はこちらに向かっているところ――都農町と川南町の間といったところだろうか。
 広い機内にエンジンの爆音が響く。捜索しては旋回、捜索しては旋回。この作業は燃料が足りなくなるか要救助者が見つかるまで続けられる。
「?」
 双眼鏡を動かした一瞬の間になにか違和感があった。俺はさきほど双眼鏡で舐めた海面をくまなく探す。
「八時の方向、要救助者らしい!」
「よし宗太郎、目を離すなよ」
 高橋さんからの指示。
 赤外線カメラで確認するんだろう。
 俺は見つけた要救助者を見失わないようにぎゅっと目に力を入れる。
 双眼鏡に映ったその女性はただひたすら海面に口を出している。こちらに向かって手を振る様子はない。そんな余力は残されていないようだ。
「………………捉えた。宗太郎、もう大丈夫だぞ」
「目標の位置送れ」
「方位二二六、距離二〇〇〇」
「了解。ユーハブコントロール」
「アイハブコントロール」
「左旋回で降下」
「了解」
 操縦は副操縦士である若宮三等愛情保安正が握るようだ。
 彼女は今年操縦士になったばかりの新人であるが、専門的な訓練を受けている。その操縦は安定したものだ。
 こちらでは姉ちゃんが足ひれフィンを装着しながら若宮三正に予定を伝える。
「ホイストで降下して確保します」
「了解」
「よし若宮、要救助者直上二十メートルに持っていけ」
「了解」
 小川さんが詳細な飛行ルートを彼女に教えた。
 高度三メートルといえば海面スレスレだ。一歩間違えば墜落してしまう。
 続いて姉ちゃんは俺と愛梨に指示をだす。
「まずはボクがホイストで降下する。要救助者を確保するから、そのあとに続いて愛梨が得backハーネスを持って降下」
「俺は何をすればいい?」
「宗太郎は機内で待機。救助作業をよく見ておいて」
 現実として今の俺にできることは何もなかった。海難救助は高度な技術を要求される。海上保安庁でさえ潜水士資格を持っていない保安官は入水しての救助は禁止されているぐらいだ。おぼれている要救助者がパニックを起こして救助者にしがみつき、そのまま道連れにされるというケースだってありうるのだ。
 この状況下で降下して要救助者を確保できるのは特別集合教育課程で海難救助の専門教育を受けている姉ちゃんだけだ。
 高橋さんがヘリテレの操作を別の特務員と交代した。
 まもなく救助作業が開始される。
「むくどりより姪乃浜。これより救助作業を実施する」


「ドア開きます」
 高橋さんが報告を入れてドアを開放、ホイストを操作してフックを取り出した。それを姉ちゃんが受け取り腰のハーネスに接続。命綱を切り離してヘリの外へと体を振り出した。
「要救助者、水没」
 むくどりが現場直上に到着する寸前、ヘリテレを操作していた特務員が叫んだ。
 さっきまで海面に浮いていた要救助者がとうとう沈んだのだ。俺もその姿を見ていた。遭難者が救助寸前で力尽きることはよくあると聞いている。やっと助けられると思って安心して沈んでしまったのだろう。
「予定通りホイストで降下する」
「了解」
 ホイスト降下は時間がかかってしまう。しかしもうここまで来たらヘリの高度を落として飛び降りるよりも早いだろう。それに
「はい、一番員、降下開始」
 ホイストマンである高橋さんが機械を操作して姉ちゃんのホイスト降下が始まった。すぐにヘリのドアから見えなくなり、俺はヘリテレへと視線を送る。
 さっきまで要救助者が浮かんでいた海面にはなにもない。
 姉ちゃん、早く助けてやってくれ。
 ヘリテレの画面に姉ちゃんの姿が映った。しばらくすると海面に到着。ホイストフックを切り離し、要救助者に取り付けるための簡易フロートを放棄。水没した要救助者の捜索のために素潜りによる潜水を開始した。
 要救助者が沈没してから一分以上が経過した。
 気を失って水没した人間はしばらくすると意識を取り戻して海中で暴れるらしい。もしかしてパニック状態に陥った要救助者にしがみつかれて姉ちゃんも一緒に……。
 嫌な想像が頭の中をぐるぐると回る。
 海難救助で最も難しいのは要救助者の確保。その時にしがみつかれて一緒に溺れるという二次災害に最も注意しなければならないのだ。
 早く浮いてきてくれ。
 俺はただひたすら天に祈った。
 それくらいのことしかできない。
俺は無力だ。
 潜水開始から数十秒後、姉ちゃんが要救助者を背後から抱きかかえて浮上してきた。
二人とも無事だ。
 その間にもフックがドアの向こうに吊り上がってきた。高橋さんはそれを回収して愛梨に手渡す。彼女も姉ちゃんと同じように腰のハーネスにそれを接続した。
「宗太郎、モニターの準備を頼む」
「了解」
「はい、二番員、降下開始」
 作業に取り掛かった俺を傍目に高橋さんがホイストを操作して愛梨を海面へと降下させていた。
 生体情報モニター。簡単に言うと心電図だ。
 高橋さんの指示を受けた俺はモニターの電極などを用意する。要救助者を収容したら念のためにこれを使って検査をするのだ。この機械が分析した情報をもとに応急処置をするのは救急救命士の資格を持つ高橋さんの仕事だが、準備ぐらいのことだったら俺にだってできる。
 愛梨がホイスト降下を開始。海面はヘリの下降気流ダウンウォッシュで白く波立っている。彼女はあっという間に現場へと到着した。
 高橋さんがヘリの位置を修正するために、若宮三正に細かい指示を出す。海面では姉ちゃんと愛梨が協力しながら要救助者に吊り上げ資機材エバックハーネスを装着している。
 吊り上げ要請が来るまで時間はあまりかからなかった。愛梨からのサインを受け取った高橋さんがホイストを操作する。
 普通に暮らしていてホイストで吊り上げられるなんてことは災害に巻き込まれないかぎり経験しないだろう。俺は入隊したばかりの頃、訓練で吊り上げられたことを思い出していた。あの浮遊感は体験したことがないもの。それは恐怖以外の何者でもなかった。
 要救助者も恐怖していることだろう。しかしそれ以上に安堵しているはずだ。漂流して数十分、周りに誰もいない孤独にさらされ、自然の恐怖と戦っていた。それと比べたら今の恐怖なんて微々たるものだろう。これから陸地に戻れるのだから。
 ホイストがケーブルを巻き上げる。愛梨は要救助者を抱きかかえながら片手をこちらに向けて大きく回している。「そのまま吊り上げろ」という合図だ。
 やがてドアの横まで吊り上がってきた。俺と高橋さんの二人がかりで吊り上がってきた二人を機内に収容する。
「要救助者、意識正常」
 二人をホイストフックから切り離すと、海面に残された姉ちゃんを揚収するために高橋さんが再びホイストを操作する。俺はさっきまで漂流していた女性からエバックハーネスを取り外し、バスタオルをかぶせる。AS332《むくどり》の機内は広い。彼女を機体後部のほうへと推し進める。
「ありがとう……ありがとう……」
「頑張りましたね。もう大丈夫ですから」
 救助された安心感からか、彼女は泣きながらお礼を言い続けていた。
「ちょっと心拍数測りますね」
 俺は訓練通りに生体情報モニターを起動し、電極を彼女の胴体にはりつける。モニターに線が描かれ、ピッ、ピッ、ピッと鳴りだす。
「暑かったでしょう」
 数十分の間この日差しに晒されていたんだ。熱中症の疑いもある。スポーツドリンクを取り出しキャップを開けて彼女に渡すと、がぶがぶと飲み始めた。500ミリのペットボトルを一気飲みだ。相当消耗していたんだろう。
 空になったペットボトルを俺に返すと、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。モニターを確認したが特に変化はない。疲れがどっと出たのだろうか。眠っているようだった。
「高橋さん、要救助者が眠りました」
「ちょっと待ってな」
 機首のほうでは姉ちゃんの揚収が終わり、ホイストの収納も終わったところだった。
「ドア閉鎖」
「むくどりより姪乃浜、救助作業が完了した」
『了解。北高鍋高校に向かってください。救急車が待機しています』
「了解、アイハブコントロール」
「ユーハブコントロール」
 目標地点まで機長である小川さんが操縦するらしい。着陸もよりスムーズにいくだろう。
「バイタルは正常だな」
 救命士の資格を持つ高橋さんがモニターを除き込んで確認する。彼は女性の目にライトを当てて瞳孔などを確認していく。
「宗太郎、よくやったね」
 姉ちゃんがヘルメットを脱ぎながら話しかけてきた。真っ黒のウェットスーツは海水に濡れて光っている。
「別に俺は何もやってないよ」
「降下寸前で要救助者が水没したでしょ。もう少し発見が遅れていたら、ボクでもさすがに助けきれなかったよ」
 宗太郎が見つけたんだから自信を持って。と俺は姉ちゃんに肩を叩かれた。
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