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3巻

3-3

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 翌日、俺はエジルさんに紹介してもらったリディアさんと会うべく大公邸前に来ていた。
 門番のエルフにエジルさんの紹介状を見せると、すんなり通された。
 大きい門をくぐり広い庭を通り抜け玄関に到着すると、扉が開いておじいちゃんエルフが現れる。執事さんかな?
 イケメンお爺ちゃんとか、エルフはなんかアレだ……得だな。

「ようこそいらっしゃいました。あるじがお待ちです。こちらへどうぞ」
「あ、はい。お願いします」

 執事さんの後について歩く。
 長い廊下を進み奥の部屋の前まで行き、執事さんがノックをする。ドアの向こうから「どうぞ」と声が聞こえた。
 ドアが開くと中にはとんでもない美女がいた。美術品のように整った相貌そうぼうにはどこかつやがあり、エメラルドグリーンに輝くロングの髪が鮮やかに映えている。やや露出が多い緑のワンピースに身を包んでいるんだが、これがまたとても似合っているんだな。

「初めまして、リディア・フォン・エルフリアです。貴方のお名前を聞いても?」
「……あ、すみません。トーイチ・ムラセと申します。突然の訪問にもかかわらずご対応いただき、感謝します」

 俺はペコリと頭を下げる。
 ヤベェ……執事さんは気が付いたら消えていて、二人きりだしっ。

「どうぞ、お座りになってください」
「あ、はい。失礼します」

 俺がソファーに座ると立っていたリディアさんはその対面に座り、こちらをまっすぐ見つめる。
 やめてっ! 正面から見られるとちょっと緊張するからっ!
 脳内で若干テンパっていると、リディアさんはクスリと笑う。

「フフ……そんなに緊張しなくていいわよ。楽にして」

 ニコリと微笑みながら、そう言われたら――。
 惚れてまうやろおおおおおおおっ!
 そう声に出さなかった俺は偉いと思う。

「ああ……すみません」

 ペコリと頭を下げる俺に、リディアさんは艶っぽい声で言う。

「じゃあ、まずはその堅い口調をやめちゃおっか?」
「……はっ?」

 いきなり、何を?

「私、お堅いのは苦手なの。だから、いつも通りの口調で構わないわよ。貴方も面倒でしょう?」
「良いんですか?」
「もちろん。じゃなきゃ言わない」
「ふぅ……じゃあ、そうさせてもらう」
「フフ、それでオーケーよ。あ、でも他の人がいる時は元のままにしてもらえると助かるかな。一応立場上、ね」
「オーケー、理解した」
「フフ、話が早くて助かるわ」

 やっとリディアさんとの距離感が定まったところで、彼女は本題に触れる。

「で、転移者である貴方は何故、神々のことなんて知りたいの?」
「疑問に思ったからだよ」
「……疑問?」
「ああ。俺が疑問に思ったのは大きく三点だな。まず、転移者が少なくない人数いることだ。そして、俺の知る範囲では転移者が日本人しかいないというのが二点目。さらに、それにもかかわらず転移に関わった神々の名前が伝わっていないのも不自然に感じた」
「待って。貴方は転移に関わっている神のことを知っているの?」
「実はこちらの世界に来る前に、俺は女神ヘルベティアに会ったんだ。その時にヘルベティアは『私達神はスキルを与えてから転移者を送り出している』と言っていた。ってことは神と会ったのは俺だけじゃないってことだろ?」

 リディアさんは黙って話の続きを待っているようだ。

「だけど神々はその称号のみで、名すら知られていないとなると、意図的に情報が隠されているとしか思えないんだよな」

 俺はそこで言葉を一旦切り、リディアさんの表情をうかがう。
 ややあって、リディアさんは口を開く。

「私は、立場上一般人よりは神についての情報を持っているつもりよ。神に名前があることとかね。残念ながら貴方の知らない情報を出せるわけではないけど……。もっとも貴方が疑問に思ったことは私も疑問に思っていたわ」
「そうか」

 ん~、手詰まりかな?
 内心落胆していると、リディアさんはさらに言葉を続けた。

「ただ、手掛かりがないわけじゃない。私が調べられたのはアライズ連合国の中だけだからね」
「他国に行けば情報が得られるかもしれない……と?」
「他国でも市民の認識には差がないと思うわ。だけど――」
「国の上層部なら何かを知っているかもしれない……?」
「正解♪ と言っても確証はないけどね」

 なるほど、ひとまずまったくの無駄骨というわけではなかったようだ。いろいろな国の上層部に神々について聞くというのが、旅の目的に加わったわけだからな。

「大して役に立てなくてごめんね」
「いや、疑問を持ったのが俺だけじゃないと分かって良かった。ありがとう」

 さて、おいとましますかね……。そう思っていた俺を、リディアさんの魅力的な声が引き留める。

「じゃあ次は貴方のこと、聞かせてね?」
「……は?」
「せっかくの転移者だし、いろいろ聞かせてくれるよね?」

 アレ? 一瞬で間合いを詰められた?
 そしてリディアさんはそのまま腕に抱きついて……ちょ、近い近い柔らかい近い良い匂い! しかも、力強っ! 抜け出せないっ!

「教えてくれるよね♪」

 狩られるっ!
 俺はそう思いました。


 翌朝俺は「知らない天井だ……」と呟き起床。
 ぼうっとした頭のまま朝食をいただいて大公邸を出た。
 大公邸を出た後、一度宿に戻る。その後人がいないところに『転移』してからタバコで一服を済ませ、再度散策へ出発した。
 港の市場がまだ開いていたので見て回る。
 朝一ではないので最高級品は売れてしまっているが、残っているものでもまだまだ新鮮だ。
『鑑定EX』で調理法を調べつつ、いろいろな魚類や貝類を物色する。
 エビ・カニに似たものがあるな。海藻類も欲しい。
 しかし、くまなく見てもタコやイカのようなものだけ見当たらないので市場の人に尋ねると、信じられないものを見たとでもいうような反応が返ってくる。
 どうやらどちらもデカくて恐れられている魔物だったらしい。食べるなんてとんでもないと言われた。
 寿司とかカルパッチョとか美味いのにな。残念だ……。
 この港では見つけ次第リディアを呼んで魔法で仕留めてもらっているとのこと。……じゃあ俺が倒してもらっていってもいいよな。
 そう考えた俺は、人気ひとけのない海岸へ移動した。
『マップEX』でサーチ……見つけた。
 しかし、デカいな。
 距離は結構あるから、魔法で倒すしかない。
 俺は『マグナム』を海に向けて撃つ。
 ……やはり海中だと魔法の威力が減衰しちゃうな。
『ライフル』でもギリキツいか? だが、『マグナム』や『ライフル』よりも威力の強い攻撃魔法の『ランチャー』は派手すぎるんだよなぁ……。

「……ふむ、『ライフル』を近いところから撃つのが一番いいか」

 俺は『アイテムボックスEX』からオリハルコン製の小型移動砲台――スクエアビットを六基出す。こいつは、俺の魔力によって自在に操れるファンネルのようなものだ。ちなみに魔力さえ送り込めば『マグナム』などの攻撃魔法を撃てるし『結界』も張れる。さらには物理攻撃にも使える優れモノである。
 俺は浮遊するそれに指示する。

「行けっ‼」

 六基のスクエアビットは様々な軌道で目標の海上まで飛んでいく。
 付与しなくてもいい音魔法を付与し、飛んでいく効果音をバッチリ再現したのは、俺のこだわりだ。
 再現度の高さにちょっとニヤニヤしてしまったのはご愛嬌あいきょう
 スクエアビットは目標の海上にたどり着くと旋回を始める。そこへ俺は『ライフル』六発分の魔力を送り込む。

「当たれっ‼」

 俺の掛け声とともに、スクエアビットは『ライフル』六発を一斉発射。目標はあっさり沈黙した。
 そのままスクエアビットを使って獲物を回収した。便利だ……。
 運ばれてきたそれを『鑑定EX』にかける。

『キングクラーケン』

 しかもレベルは63か。
 デカいと思ったけど、なんか凄そうなヤツを倒してしまったらしい。……まあ、いっか。
 そのまま『アイテムボックスEX』に入れ、その中で解体して不要部分はゴミ箱へ。
 おお、魔石が結構デカいな。他の部分は……素材にはなりそうにないか。だが、食える!
 ちょうどお昼時だし、海岸だし……よし、バーベキューだな!
 俺は結界を展開してバーベキューの準備を始める。
 火を起こしつつ、ビールを飲みながら先程市場で買った魚で刺身の盛り合わせを作り、クラーケンは……よし、カルパッチョにしようか。
 そして火が良い感じになったところで魚、貝、海老を焼き始める。
 焼き上がるのを待ちながら刺身やカルパッチョを白飯と一緒に食べ進め、焼けたらそちらも一緒に食う。……美味い!
 特にクラーケンのカルパッチョは最高だった。
 イカとタコ、両方の良いとこ取りな味わいなんだよな。
 白飯との相性も良かった……。ごちそうさまでした。
 腹が満たされたところで、せっかくの浜辺なのでタブレットでビーチチェアとビーチパラソルを購入。
 横になりながらキンキンに冷やしたビールをあおる。

「……ぷはぁ……美味っ!」

 なんて贅沢なんだ……。もう一口もう一口と飲み進める。
 ただ、う~ん、何か足りないな……。なんだろう?
 そうだ、格好が海に適していない!
 思い立つや否や俺はもう一度タブレットを出し、水着にビーチサンダル、サングラス、ついでにアロハシャツを購入。
 即着替えて、ビーチチェアへ座り直し、再度ビールを呷る。

「……ぷはぁ……これだな」


 大満足したところで、ふんわりとこれからのことを考える。
 国の上層部かぁ……。面倒な匂いしかしねぇ。
 情報がおおやけになっていない以上、正面から尋ねても大した情報は得られないだろう。別のアプローチを考える必要がある。
 国家の他に権力を持っている機関といえばなんだろうか。

「教会とか……?」

 そうだ、教会。
 前に俺が拾った小狼のニクスを狙ってネフィリス教のヤツらが襲ってきたことがあり、教会に関わるのを避けていたが、どの国でも宗教は大きな力を持っているはずだ。
 いろんな国の教会巡りでもしてみるか。
 まずはプエルトの教会に寄ってみようかな……明日から。
 そう決めた後、俺はもう一本ビールを購入。
 貝をちょいちょいつまみながら一缶空けたところで、良い感じに日が傾いてきたので片付けて宿に戻る。
 教会を探しながら宿への道を歩いていたんだが、見つけられなかった。
 っていうかすれ違う人々にやたら見られていたな。……サングラスとアロハシャツが目立っていたのか。次回は気をつけよう。
 そんな反省もありつつ宿に着いた俺は受付に向かい、夕食は遅めでとお願いして部屋へ。
 すぐに『洗浄』『乾燥』で体を綺麗にして普段着に着替える。
 間違いなく魔法によって綺麗になったはずなのだが、潮のべたりとした感触が残っている気がして……風呂に入りたい。
 風呂……風呂か。
 こっちに来てすぐの時は入りたかったけど、生活魔法のおかげで汚れないから、すっかり忘れていたな。
 思い出したら無性に入りたくなってきた……。
 うん、教会なんか後でいいや。風呂を探そう。
 日本人としては天然温泉を味わいたいところだな。
 まず温泉を探して、風呂付きの拠点を手に入れよう。
 いや……俺は出不精でぶしょうだからな。拠点なんか作ったら旅をしなくなりそうなんだよなぁ……。
『転移』があったとて出かけなくなってしまうかもしれん。
 まぁそれは見つけてから考えればいっか。
 とりあえず明日、図書館で温泉の情報を探して、温泉巡りへ出かけよう。
 こうして俺は行動指針をあっさり教会巡りから温泉巡りにシフトした。
 しょうがないよな……俺の中の日本人のDNAが温泉を欲しているんだもの……。


 翌日、俺は図書館に行き温泉の本を探す。

「コレだけか……」

 見つかったのは一冊だけ。
 どうも『洗浄』で体を清潔に保つこと自体はできてしまうからか、温泉の需要はほとんどないみたいだ。
 とりあえず本を読んで場所を確認。
 アライズ国内であればフォディーナからさらに北に進んだところにあるのか。
 国外だと、北の方の魔王国にも温泉があるらしい。

「……ふむ」

 ひとまず国内の温泉に入って、その後は魔王国に行ってみるか。
 しかし本を読んでも正確な位置まではっていない。足で探すしかない、と……。
 先輩とマサシに聞いてみてもいいかもしれないな。
 その前にとりあえずサルトゥスに戻って洋品店に頼んでいた装備を受け取ろう。
 俺は宿に戻りチェックアウトして外に出る。
 プエルトを出る前にランチにするか。
 初日に行った、港にある魚介の美味い店へと足を向ける。ランチもやっているな、と確認して店内へ。
 絶品海鮮丼大盛を平らげて店を出たところで……。

「見つけた♪」

 リディアに拉致らちられた……。


       ◇ ◇ ◇


 翌日、「……この前見た天井だ」と目を覚まし大公邸を出る。
 まさか強襲されるとは……。
 頼んでいた装備を取りに行くためサルトゥスへと向かう。早く着きすぎて、装備がまだできてないなんていう事態を避けるために、サルトゥスまでは徒歩だ。
 狩りと野営を繰り返しつつ歩く。
 森を突っ切る街道の中で多数の魔物に遭遇した時は、練習がてらスクエアビット十二基によるオールレンジ攻撃をお見舞いしてやり、野営中は貝の酒蒸しや焼肉などを一緒になった人達と楽しんだ。
 こうして数日かけて、サルトゥスに到着。
 夕方に到着したので宿にチェックインし、夕食を済ませてから歓楽街へ向かった。そして俺は再度ナンバーワンのダークエルフさんに返り討ちにあうのだった。


 その次の日、装備を受領するために洋品店へ。
 店主から受け取った装備は一見ただの黒のマントだが、糸状のミスリル魔合金を編み上げた布地が使われた特別製だった。さらに、糸状のオリハルコンやグリフォンの羽根まで要所要所に縫い込まれている。
 それだけじゃない。表面には、魔力を通して脳波の受信・発信を可能にする石――感応石かんのうせきを液体にしたものが塗布とふされており、スクエアビットの操作性が底上げされている。
 そこに、各物理耐性に魔法耐性、風属性耐性、感応アップ、魔力増幅まで付与されているというえげつない代物……。

「おお、なんか凄いのできましたね」
「ありがとうございます。職人も良い仕事ができたと満足しておりました」

 代金を渡そうとすると「受け取らない」と店主に言われた。さすがにそれは気が引けるので、代わりにレア素材を提供することにした。
 それからコートを『アイテムボックスEX』に入れて退店しようとしたところ、店主に引き留められた。コートに合わせて厚手の服も作ってくれたとのこと。
 こちらは上下ともにミスリル糸によって編まれており、各物理耐性、防寒、防熱が付与されている。
 俺は服を受け取り、改めて店長さんと職人さんに礼を言って、洋品店を出た。


 店を出た後は、教会を探しながら図書館へ。

「やはり教会は見あたらないか……」

 図書館で温泉の本を探すも、プエルトの図書館にあったのと同じ本があるだけだった。
 俺は諦めて、昼食をとることにした。近くにレストランがあったので、そこで腹を満たした。
 昼食後は野営で減った分の食料を買い込んでから宿へ戻る。
 ん~、やはり海産物は売ってないか……。いや、あるにはあるんだが、並んでいるのは乾物ばかりで鮮魚はないんだよなぁ……。
 まあ、欲しくなったら『転移』でプエルトに飛べばいっか。
 夕食を済ませて部屋に戻り、誰にも見られないよう外へ『転移』してタバコで一服。

「……すぅ……ふぅ……」

 タブレットで買った缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲む。そしてちびちびと中身を減らしながら、明日の予定を頭の中で立てて、モチベーションを上げていく。
 明日はフォディーナ方面に行くんだ。温泉、楽しみだなぁ……。
 缶の中身がなくなったのを確認してから、俺はタバコの火を消して携帯灰皿へ入れ、コーヒーの空き缶と一緒に『アイテムボックスEX』へしまう。
 そして『転移』で宿の部屋に戻り、一息ついてから……。

「よし、行くか」


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