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しおりを挟む「そろそろ再就職しないとなぁ……」
俺――村瀬刀一が、ブラックでもホワイトでもない、グレーな感じの会社を辞めてちょうど一年になる。
たいして貯金もしていなかったのに、よく持ったもんだと思う。
しかしそろそろ働かないとマズイ。
マジでマズイ……主に資金的に。
ずっとゴロゴロしていたいけれど、こればっかりは仕方ない。現代日本では……。
いや、日本じゃなくてもだな……。
働いたら負けだとは思ってはいるが……。
「はぁ……就職活動するしかないか……。……うん、明日からだな」
嘆息を溢し、『善処します』とか『前向きに検討します』のような、『それ絶対やらない人っ!』という感じの台詞を呟く。
俺は『やだなぁ』と思いつつも、現実逃避するため、ゲーム・ネット小説を嗜みゴロゴロし始め、ゆっくりと意識を飛ばしていった。
◇ ◇ ◇
……ん?
「……」
「あっ……目覚めました?」
……んんんっ⁉
「……」
「おーい……聞こえてますかぁ?」
「えーっと……誰ですか?」
いや、誰だよ、マジでっ? つーか何処だよっ、ここ?
気が付くと、俺は全てが白い空間にいた。
目の前には知らない女性とちゃぶ台……なんで『ちゃぶ台』?
「私は『女神ヘルベティア』と申します。気軽にティア、とお呼びください」
「はあ……えっと……この状況を教えてもらえますか?」
えっ、女神って……マジかよ。
……いやいや、これはまさかアレですか? アレですよね?
ラノベやネット小説でよくあるアレですよね?
「はい、あなたの考えている通り、『異世界転移』と呼ばれている現象です」
「……マジですか……?」
「マジです」
女神様が人差し指を立てて、少し詰め寄ってきた。
……ちょっと何言ってるか分からないんですけど?
だが、しかし……これはマズイ。いや、マズイよ。
何がマズイって……少しだけ『召喚とか転移とかしねぇかなぁ』とか思っていた事もあるけれど、いざ自分の身に起こるとマジで嫌すぎる。いやホントに。
俺はもうオッサンなんだぞ。それはもう、これこそオッサン全盛期ってぐらい。
……う~ん、う~ん……よし、断ろう。
「……え~……あんの~……お断りする事は……」
「すみません、これは異世界の国の召喚魔法のため、キャンセルができないのです」
「……はっ?」
「私達神々による『召喚・転移』という事ならば、キャンセルも可能だったのですけれど……」
ごめんなさいねぇ、と頬に掌を当てて、申し訳なさそうにしている女神様。
……よく見ると物凄い美人だな、この人。
白金に輝くサラサラロングの髪に、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる抜群のスタイル。
小さい顔に整った目鼻立ちにぷるんとした唇。……さすが女神……いや、そうじゃなくて……。
「そんなぁ……物凄い美人だなんてぇ……」
今度は両の掌を頬に当ててクネクネしている……なんか可愛いなこの人。
「そんなぁ……可愛いだなんてぇ……」
さすが女神……いや、もういいよっ、この件。
つーか、考えている事が読まれてるよね、コレ?
「女神ですからぁ」
「はぁ……それで、俺はこの後どうなるんでしょうか?」
俺は嘆息を一つ溢して聞いてみるが……これはもう諦めるしかなさそうだな……。
……やだなぁ。
◇ ◇ ◇
諦めた俺は女神の説明を聞く事にした。
「では改めて……村瀬刀一さん。あなたは異世界の国から、召喚魔法で喚ばれています。あなたの向かう異世界は、地球での中世程度の文明を持ち、剣と魔法が発達した世界です。そして魔獣や魔物が存在します」
うーん、ザ・テンプレって感じだな……。
「現代の地球から喚ばれた方には非常に危険なので、異世界に行く前に、私達神の間に留め、スキル等の特典を授けてから送り出しています。所謂チートスキルですね」
そりゃ、ここで神様に会ったのになんの特典もなく送られたら、温厚な俺でもキレるだろう。……って、ドヤ顔カワイイなおいっ!
「あなたへの特典は、スキル定番セット+選べるスキル五個+若返りです」
……多くね?
「……なんか多くないですか?」
「さっき褒めてくれたじゃないですかぁ……美人とか可愛いとか……なのでサービスです……ぽっ」
……チョロい! チョロいよ女神様(カワイイ)。
「チョロくないですっ!」
「カワイイ! カワイイよ、この生き物(あっ、どうもすみません)」
「声と考えが逆ですっ! もうっ!」
おっと……声に出てたか……まあいい。
「まあいい、じゃないですっ! もうっ! 先に進めますよ」
「あっ、はい」
「……はい、これでスキルの付与は終わりました。……次はもう、異世界に送って終わりになりますが、質問等ありますか?」
質問……か。
「ん~、そうですね……この召喚に使命とか、そういったものはあるんでしょうか?」
すこぶる嫌だが、召喚については諦めた。すこぶる嫌だがっ!
だが、俺にはまだ諦めていない事がある。
「私達神々からの使命等はありません。召喚した国、もしくは人からのお願いはあると思います」
「ふむ……それは必ず受けなければいけませんか?」
「どのようなお願いかは、私にも分かりません。私達神々は、あなたのように勝手に召喚されてしまった人が、簡単に理不尽に亡くならないように特典を授けています。今回のような勝手な召喚のお願いが仕様もない事なら、断っても構わないと思っています」
「そうですか、分かりました」
そう、俺はまだ『自由』を諦めてはいない。
「私達は召喚者を戻してあげる事ができません。そのお詫びも兼ねての特典なのです」
……なるほどな。
それなら、ある程度の納得はできる……かな?
「……なので、これからは自由に生きてください。強いて言えば、これが私達からのお願いです」
くっ、こんな無職のおっさんに、なんて優しい女神様や。
惚れてしまうだろっ! つーか抱いてくれぇっ!
「……も、もうっ! 今は真面目なとこだったでしょうっ!」
「ごめんなさい」
そうだ、心読まれるんだった……。
◇ ◇ ◇
「まったく、もう。……あとは送るだけですね。……あっ、一応、付与したスキルの確認をしてくださいね。『ステータス』と念じれば自分だけ、『ステータスオープン』と発声すると自分以外にも見られるようになっていますので」
「なるほど……了解」
そうだな、一応確認しておかないとな。『ステータス』と念じてみる。
フッと、目の前に半透明のスクリーンが現れた。
「これが俺のステータスか……」
名前:村瀬刀一(18)
種族:人間
職業:無職
称号:召喚されし者
レベル:1
HP:200 MP:100
力:100 敏捷:120
魔力:80 精神:100
器用:140 運:80
【スキル】
鑑定EX アイテムボックスEX 言語理解
健康EX マップEX ステータス隠蔽・偽装
【戦闘系スキル】
剣術EX
【魔法系スキル】
空間魔法EX
【生産系スキル】
【固有スキル】
女神の恩寵
多いな……。
「……なんか多くね?」
「サービスです♪」
「……いや、多……」
「サービスです♪」
「あっ、はい……アリガトウゴザイマス」
……うん……まあ、よしとしよう。
つーか職業っ! なしならともかく無職って嫌がらせかよっ! 泣けるっ!
それと……。
「……あの、EXとか恩寵とかって……」
「サービスです♪」
「あっ、ハイ」
よし、細かい事はあとで考えよう。うん、そうしよう。
「確認できました?」
「ん~……あっ、ちょっと待ってください」
ステータスの偽装は先に済ませておこうか……。
名前:スワード・ヴィレッジ(18)
種族:人間
職業:無職
称号:召喚されし者
レベル:1
HP:200 MP:100
力:100 敏捷:120
魔力:80 精神:100
器用:140 運:80
【スキル】
鑑定 言語理解 健康 マップ
【戦闘系スキル】
剣術レベル1
【魔法系スキル】
【生産系スキル】
【固有スキル】
……ん~~~、よし、こんなもんだろ。
「すみません、お待たせしました」
「はい、ではお送りします。……さっき言った通り、これからは自由に生きてください。無茶や無理をせず、楽しく人生を送ってくださいね。気を付けて……行ってらっしゃい」
「女神様、ありがとうございました。行ってきます!」
直後、俺の足元に魔法陣が現れ、輝き始めた。
俺はあまりの眩しさに目を瞑り、召喚先へと送られていった。
◇ ◇ ◇
「女神ティアよ」
「あっ、主神様」
「サービスしすぎだったのではないか?」
「若い子と違って、話の理解度が高く説明も楽でしたからね」
「お前はチョロいからのう……」
「チョロくないですっ! もうっ、もうっ!」
「……まったく……」
◇ ◇ ◇
「いやぁ、いい女神様だったなぁ。最近のテンプレだと、神様がろくでもない奴とかもあるもんなぁ。……多分、俺は当たりだったんだろう、うん」
俺は今、よく分からん空間を進んでいる……と言うより、引っ張られている感じかな? 一人で暇だったので、女神様を思い出し独り言ちているところだ。
「凄ぇ美人で可愛いかったし……若干チョロかったけど、うん、当たり当たり」
ただ最初がよかっただけに、この後が心配だ。
うん、これ、フラグだな……。
「ま、まあ自由に生きていいって言われてるし、好きにさせてもらおうかね」
しばらくすると、引っ張られてる先に光が見えてきた。多分、出口だろう。
「召喚主って言っていたから、人間だとは思うんけど……さて、どんなのが来るかねぇ……」
◇ ◇ ◇
「よしっ、召喚成功だっ!」
「おお、よくやったっ!」
光を通り抜けると、俺は神殿のような建物内の、巨大な魔法陣の上にいた。
周りには召喚魔法を行使したであろう、魔法使いっぽい人が数人。
その外側に騎士っぽい人が数人。
さらに外側に、偉そうにしている、趣味の悪い豪華な服を着ている太い奴がいる。
俺はすぐに全員に『鑑定』を使う。
……うん、まあ大体予想していた面子が揃ってる感じだな。
『鑑定』がEXのせいか余計な情報も見えるけど……。
……で、鑑定結果はこんな感じ。
ラード・フォン・ポークレア
職業:国王
十三代国王。肥え太った豚。バカ一。
ハーロゲン
職業:宰相
成金。禿げ一。
マースルー
職業:将軍
脳筋。バカ二。
ハイゲン
職業:魔法師団長
禿げ二。
うん、情報と言うか……アレだ、悪口だね。
誰だよっ、この鑑定結果作った奴。危うく噴き出すとこだったわっ!
とりあえずろくでもなさそうな感じだし、逃げる準備をしつつ、話を聞くふりでもしますかね。
「勇者様、よくぞ召喚に応じてくださいました。どうかお話を聞いてくださいませんでしょうか?」
「へっ……はっ……えっ? 何、何処だよ、ここ?」
「落ち着いてください、勇者様。これから説明します故……」
「勇者? 俺がっ? ……って何、ドッキリ?」
くっ……しまった。
四十過ぎたおっさんがこんな演技をしてしまった。恥ずかしい……やめときゃよかった!
あっ、でも今は十八なんだっけ……。うん、でもやっぱ恥ずいわ。
「勇者様、落ち着いてください。我が王がおられます。どうか話をお聞きください」
「えっ、えっ? 王? 王様っ?」
国王が近付いて来る。うん、近くで見てもマジで豚だわ。
人間? オークとかの間違いじゃないの? (笑)
「勇者よ。我はラード・フォン・ポークレア。このポークレア王国十三代国王である。どうか話を聞いてはくれないだろうか?」
おっ、最初だからか下手に出てきたか?
……ちっ、仕方ない。話くらい聞いてやるか。
◇ ◇ ◇
「え~……あ~っと、そのぉ~……状況がいまいち掴めてないんですが、とりあえずお話はお聞きします」
「おお、それはよかった。では場所を移すとしましょう、勇者殿」
そして豚が神殿のような建物から出て行き、禿げ一が話しかけてきた。
おっさんに用はない。おいっ、近くに来んなっ。
「では勇者様、私のあとを付いてきてください」
「あっ、ハイ。分かりました」
俺は仕方なく……本当に仕方なく、禿げ一のあとについて、神殿のような建物を後にする。
そして移動中にスキル『マップEX』を起動。
場所の探査・把握を始め、『空間魔法:転移』で逃げる準備を万全にしておく。
現在、王城内の廊下を移動中。
さっきの場所は、王城地下の大規模魔法儀式場らしい。
俺を召喚するのに、魔法師団長含め魔法使い八人が魔力を半年間注ぎ、漸く起動したとの事。ふーん、あっそ。どうでもいい話だ……。
「っ!」
むむっ! 綺麗なメイドさん発見! メイドさん、いいなぁ……しかし俺はここにはいられない運命。また何処かで会いましょう……なんて益体もない事を考えている間に、目的の場に着いたようだ。
「こちらが応接室になっております。すぐに王も参りますので少々お待ちください」
「あのっ、俺、作法とか分かりませんが大丈夫でしょうか?」
ぬうっ、もう演技がキツイっ! だがもう少しの辛抱だ。頑張れ、俺!
「た、多分、大丈夫ですよ。では王を呼んで参ります」
おい、多分ってなんだ、コラっ! ちょっと待てっ!
そそくさと、禿げ一が応接室から出ていく。
……逃げた、逃げたよ、アイツ。……ちっ。
仕方ない……と俺は応接室内を見渡すが……やたら値の張りそうな物が並べられている。
あぁ、趣味悪いなぁ……と思いつつ、下座になるだろうソファーに腰を落とす。
チッ、いいソファー、置いてやがるな……。
「ふ~っ、疲れた……」
……さて、どんな話になる事やら……。
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