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4 僕の名前
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さっそくアカネは喫茶店の二階に案内してくれた。二階はメンバーの生活空間になっているようだった。階段を上がるとすぐにリビングがあり、ソファーがテーブルを囲むように並んでいる。その奥には小さなキッチンがあった。
「ここでみんなと一緒にご飯食べるよ。リビングは来たいときに来ていいからね! 私はたいていリビングにいるから、困ったときにはここに来て」
アカネは簡単に説明すると廊下に進んでいく。廊下には両端に二つずつと一番奥に部屋があった。ロキが手前右、フロストとリトが手前左、アカネが奥右らしい。
アカネは一番奥の部屋の前で止まると申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめん! 今ここの部屋物置になってて。超特急で片づけるけど、しばらくは二人同じ部屋でもいい?」
僕が別にいいよと答えようとすると、横からユシアの焦った声が聞こえてきた。
「えっ! それはちょっと……」
僕がユシアに会ってから一番大きい声だった。顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振っている。
「できればあたしの部屋に来るべきなんだろうけど、あたしの部屋ちっちゃくってさー。少しだけだから! お願い!」
アカネに押し負けて、ユシアは俯きながら小さくはいと返事した。顔から湯気が出そうなほど赤くなっている。
「よかった! じゃあお二人とも仲良くね!」
アカネは僕たちを部屋の中に押し込むと嵐のようにいなくなってしまった。
部屋は小さなテーブルと二つの椅子、ベッドが置いてあるだけのこぢんまりとした部屋だった。ランプがオレンジ色の光で部屋全体を照らしている。もう外はだいぶ暗くなり始めていた。
二人の間にしばしの沈黙が流れる。
「とりあえず座ろう」
僕はそう言って小さな椅子に腰かけた。ユシアも後に続く。テーブルに乗っている砂時計を弄んでいるとリビングのほうから夕飯だよー! とアカネの声が聞こえた。
アカネの夕飯を食べ、お風呂を済ませるともう寝る時間になっていた。ユシアと部屋へ戻り二人で一つのベッドに潜り込む。ユシアは顔を赤くしてすぐに壁のほうへ体を向けてしまった。
「今日は、いろいろあったね」
僕は何となくユシアに話しかける。ユシアは小さくうんと相づちを打った。しばらく沈黙が続く。僕は何か話題はないかと考えたが特に思いつかなかった。僕が黙っているとユシアは寝返りを打って僕の方を向いた。ユシアの白髪が暗闇の中でよく見える。
ユシアはしばらく僕の目を見つめた後、嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ、ラスターっていうのはどう?」
「え?」
急にユシアから発せられた言葉に僕は動揺する。ユシアはおかしそうに笑ってもう一度言った。
「君の名前。ラスターっていうのは金の光沢のこと。君の瞳って金色でキラキラしてて綺麗だから。どうかな」
僕は黙ってラスターという言葉を心の中で復唱した。何もなかった僕に光が差したような気がした。
「……うん、気に入ったよ。ありがとう、ユシア」
僕は心からそう言った。ユシアは安心したように吐息を漏らす。
「よろしくね、ラスター」
「うん」
僕は嬉しくて笑顔で頷いた。
「ユシア」
ラスターは目をつぶって眠りに入ろうとしていたユシアを呼んだ。ユシアは眠そうにどうしたのと不思議そうに言う。
「僕はユシアに以前、会ったことある?」
ラスターは今日一日ずっと思っていたことをユシアに投げかけた。ユシアは特に驚いた様子もなく理由を聞く。
「どうして?」
「なぜか分からないけれど、ユシアと一緒にいるとすごく安心する。ほかの人とは違うんだ。ユシアだけそう感じる」
ラスターは自分の思いのままをユシアに伝えた。ユシアは少し黙った後、きっぱりと言った。
「ないよ。私は今日初めてラスターに会った」
ラスターは断言したユシアの言葉を素直に受け取った。ラスターが覚えていない誰かとユシアを重ね合わせただけかもしれない。
「変なこと言ってごめん。おやすみ」
ラスターはさらに布団を深くかぶった。ユシアは大丈夫とささやいて目をつぶった。すぐに小さな寝息を立て始める。
ラスターも瞳をつぶると、すぐに睡魔に襲われ眠りに落ちた。
「失礼します」
全身黒革は自分の背丈より二倍ほどあるドアを二回ノックして、部屋に入った。薄暗い大きな部屋の中を壁に掛けられた無数のろうそくがゆらゆらと照らしている。ドアから続いているレットカーペットに沿って進む。繊細な彫刻が施された黒い王座の前で片膝をついた。
「エヴェレットの鍵を発見、攻撃しましたが、オトギの砂時計に妨害され取り逃がしました」
王座に足を組み、ひじ掛けに頬杖をついた者はそうかと受け流す。
「申し訳ございません、父上」
全身黒革は顔を上げずに謝罪する。父上は軽く鼻で笑い、全身黒革に言葉を浴びせた。
「別に構わん。元からフレゼリク、貴様には期待していない」
フレゼリクは父上にばれないよう下を向きながら歯ぎしりをした。そのまま報告を続ける。
「エヴェレットの鍵は記憶喪失になっており、こちらのことは覚えていないと思われます」
「ほう。それは好都合だ」
父上は薄く微笑み、ゆっくりと息を吸いながら天井を見上げた。
「エヴェレットの鍵が手に入れば、新たな世界を作り出せるのだ。ラウムツァイトのおかげでこの世界は不安定になり崩壊を始めている……あいつらは滅ぼさなければならない。
そして、グラヴィシオンだけの世界をまた一から作り直す」
フレゼリクと同じ金色の瞳が父上の野望と呼応するようにギラギラと光っている。見開かれた瞳にフレゼリクは映っていない。
「次は必ず」
フレゼリクは強い口調で断言した。父上はフレゼリクのことを見下す。
「本来なら別の者を向かわせるべきだが……まあ、よい。もう一度チャンスをやろう。ただ、失敗したらどうなるか分かっているな」
フレゼリクは深く頷き、立ち上がった。そして失礼しますと頭を下げ、速足でその場から立ち去る。フレゼリクによって乱暴に閉められたドアの音が部屋に響き渡った。
「ここでみんなと一緒にご飯食べるよ。リビングは来たいときに来ていいからね! 私はたいていリビングにいるから、困ったときにはここに来て」
アカネは簡単に説明すると廊下に進んでいく。廊下には両端に二つずつと一番奥に部屋があった。ロキが手前右、フロストとリトが手前左、アカネが奥右らしい。
アカネは一番奥の部屋の前で止まると申し訳なさそうに手を合わせた。
「ごめん! 今ここの部屋物置になってて。超特急で片づけるけど、しばらくは二人同じ部屋でもいい?」
僕が別にいいよと答えようとすると、横からユシアの焦った声が聞こえてきた。
「えっ! それはちょっと……」
僕がユシアに会ってから一番大きい声だった。顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振っている。
「できればあたしの部屋に来るべきなんだろうけど、あたしの部屋ちっちゃくってさー。少しだけだから! お願い!」
アカネに押し負けて、ユシアは俯きながら小さくはいと返事した。顔から湯気が出そうなほど赤くなっている。
「よかった! じゃあお二人とも仲良くね!」
アカネは僕たちを部屋の中に押し込むと嵐のようにいなくなってしまった。
部屋は小さなテーブルと二つの椅子、ベッドが置いてあるだけのこぢんまりとした部屋だった。ランプがオレンジ色の光で部屋全体を照らしている。もう外はだいぶ暗くなり始めていた。
二人の間にしばしの沈黙が流れる。
「とりあえず座ろう」
僕はそう言って小さな椅子に腰かけた。ユシアも後に続く。テーブルに乗っている砂時計を弄んでいるとリビングのほうから夕飯だよー! とアカネの声が聞こえた。
アカネの夕飯を食べ、お風呂を済ませるともう寝る時間になっていた。ユシアと部屋へ戻り二人で一つのベッドに潜り込む。ユシアは顔を赤くしてすぐに壁のほうへ体を向けてしまった。
「今日は、いろいろあったね」
僕は何となくユシアに話しかける。ユシアは小さくうんと相づちを打った。しばらく沈黙が続く。僕は何か話題はないかと考えたが特に思いつかなかった。僕が黙っているとユシアは寝返りを打って僕の方を向いた。ユシアの白髪が暗闇の中でよく見える。
ユシアはしばらく僕の目を見つめた後、嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ、ラスターっていうのはどう?」
「え?」
急にユシアから発せられた言葉に僕は動揺する。ユシアはおかしそうに笑ってもう一度言った。
「君の名前。ラスターっていうのは金の光沢のこと。君の瞳って金色でキラキラしてて綺麗だから。どうかな」
僕は黙ってラスターという言葉を心の中で復唱した。何もなかった僕に光が差したような気がした。
「……うん、気に入ったよ。ありがとう、ユシア」
僕は心からそう言った。ユシアは安心したように吐息を漏らす。
「よろしくね、ラスター」
「うん」
僕は嬉しくて笑顔で頷いた。
「ユシア」
ラスターは目をつぶって眠りに入ろうとしていたユシアを呼んだ。ユシアは眠そうにどうしたのと不思議そうに言う。
「僕はユシアに以前、会ったことある?」
ラスターは今日一日ずっと思っていたことをユシアに投げかけた。ユシアは特に驚いた様子もなく理由を聞く。
「どうして?」
「なぜか分からないけれど、ユシアと一緒にいるとすごく安心する。ほかの人とは違うんだ。ユシアだけそう感じる」
ラスターは自分の思いのままをユシアに伝えた。ユシアは少し黙った後、きっぱりと言った。
「ないよ。私は今日初めてラスターに会った」
ラスターは断言したユシアの言葉を素直に受け取った。ラスターが覚えていない誰かとユシアを重ね合わせただけかもしれない。
「変なこと言ってごめん。おやすみ」
ラスターはさらに布団を深くかぶった。ユシアは大丈夫とささやいて目をつぶった。すぐに小さな寝息を立て始める。
ラスターも瞳をつぶると、すぐに睡魔に襲われ眠りに落ちた。
「失礼します」
全身黒革は自分の背丈より二倍ほどあるドアを二回ノックして、部屋に入った。薄暗い大きな部屋の中を壁に掛けられた無数のろうそくがゆらゆらと照らしている。ドアから続いているレットカーペットに沿って進む。繊細な彫刻が施された黒い王座の前で片膝をついた。
「エヴェレットの鍵を発見、攻撃しましたが、オトギの砂時計に妨害され取り逃がしました」
王座に足を組み、ひじ掛けに頬杖をついた者はそうかと受け流す。
「申し訳ございません、父上」
全身黒革は顔を上げずに謝罪する。父上は軽く鼻で笑い、全身黒革に言葉を浴びせた。
「別に構わん。元からフレゼリク、貴様には期待していない」
フレゼリクは父上にばれないよう下を向きながら歯ぎしりをした。そのまま報告を続ける。
「エヴェレットの鍵は記憶喪失になっており、こちらのことは覚えていないと思われます」
「ほう。それは好都合だ」
父上は薄く微笑み、ゆっくりと息を吸いながら天井を見上げた。
「エヴェレットの鍵が手に入れば、新たな世界を作り出せるのだ。ラウムツァイトのおかげでこの世界は不安定になり崩壊を始めている……あいつらは滅ぼさなければならない。
そして、グラヴィシオンだけの世界をまた一から作り直す」
フレゼリクと同じ金色の瞳が父上の野望と呼応するようにギラギラと光っている。見開かれた瞳にフレゼリクは映っていない。
「次は必ず」
フレゼリクは強い口調で断言した。父上はフレゼリクのことを見下す。
「本来なら別の者を向かわせるべきだが……まあ、よい。もう一度チャンスをやろう。ただ、失敗したらどうなるか分かっているな」
フレゼリクは深く頷き、立ち上がった。そして失礼しますと頭を下げ、速足でその場から立ち去る。フレゼリクによって乱暴に閉められたドアの音が部屋に響き渡った。
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