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真実に触れる頃
テキル星(10)街で出会った女
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「おはようございます。御使い様方」
と、国王と王妃、そして子供達が朝食会場に入って来るところだった。
いつもの朝食会場で、既に俺達は座席に着いていた。
そこにいつも通りの時間にやって来た国王とその家族。
今日もいつも通りに朝食会場は豪華な食事に彩られているが、朝食会場に入って来た国王と王妃は、俺達の姿を見て「おお!」と声を上げた。
そう、いつもと違うのは、俺とティア、そしてシーナの衣装だ。
国王は、努めて平静を保とうとしている様だが、
「御使い様、今日は何か特別なご用事が御座いましたか?」
と訊きながら、ぎこちない作り笑いをしている。
「ああ、今日は俺達3人は街に出る予定にしていてな」
と言って、「まあ、席に着くがいいぞ」
と国王達を席に着かせた。
国王は席に着くと、
「街に出ると申されますか。では護衛として、騎士を数名付かせましょう」
と進言する。
まあ、普通に気遣いしてくれたつもりなんだろうが、今日はそういうのは邪魔になるんだよな。
「いや、今日は俺達3人だけでいい」
「いや、しかしそれでは・・・」
と国王が心配そうにしているので、俺は敢えて
「随行は許さん。神の使いとして成さねばならん事をする為だ。その姿を見る者は、龍神の怒りに触れるぞ」
と言って、国王を黙らせる事にした。
「ハハッ! 出過ぎた事をしてしまい、申し訳御座いません!」
と国王が慌てて頭を下げる。
(いや、別にあんたは悪くないんだけどな。なんか、ごめんな。)
と、冷や汗ダラダラになっている国王を見て、俺は心の中でそう言った。
「まあいい。あと、国王には頼みがあるのだが」
と俺が言うと、国王はほっとした様に「何なりと」と言って作り笑いをした。
「国王よ、近いうちにこの国の貴族達と騎士達、およびその家族全員を集めて欲しい。そして、神の使いである俺達に謁見する機会を与えたいんだが、可能か?」
と俺が訊くと、国王はその場で膝を着いて、
「なんという寛大なお心遣い! 誰もが喜びに咽《むせ》ぶ事でしょう! 喜んでお引き受け致します!」
と言って、「早速、明日の午後にでもこちらの部屋にて如何でしょうか!」
と、こちらの思惑も知らずに喜んでらっしゃる。
「ああ、そうするが良い。その時には、あの魔術師も連れて来い。解呪の経過も聞きたいしな」
と俺が付け足すと、国王は少しだけ肩を震わせたが、
「ははっ! 御使い様の仰せの通りに!」
と言って頭を下げた。
それからはいつも通りの食事をしていた訳だが、食事を盛りつけてくれるメイドの仕事の丁寧さがいつも通りでは無かった。
特に、俺とティアとシーナの3人の料理を盛りつけるメイドの仕事ぶりは、昨日までの無機質なサービスとは明らかに異なり、何か高貴な仕事をしているかの様な所作で料理を盛りつけてくれていた。
うむ、これも衣装の効果かも知れんな。
今日は国王とあまり会話をしなかったが、国王も王妃も、ついでに子供達も、俺達の衣装を気にしている様だった。
俺達が食事を終えて、いつも通りに
「ごちそーさまでした」
と言って席を立つと、これまたいつも通りにメイド達が俺達を部屋まで案内するのだが、自室に戻るまでの間のメイドの様子は全然いつもと違った。
俺達を先導するメイドは何故かいつもより鼻が高い様子だし、廊下ですれ違うメイド達は俺達の姿を見て息を飲んで見ているかと思えば、俺達と目が合うとサっと顔を伏せてしまう。
ふむ、これは凄いな。
俺とティアとシーナの案内をするメイドにとっては「特別な仕事をしている」という気分になるのだろう。
イクス達やメルス達の誘導も充分に高貴な仕事のはずなのだが、俺達3人に付いたメイドの所作とは、仕事への姿勢というか、やる気みたいなものが全然違う気がするんだよな。
ほんと、ミリカの衣装の力はすげーよ。
ただ服を変えただけなのに、ピグマリオン効果が絶大だよ。
そうして俺達は、一旦自室に戻ってひと息ついてから、各自の自由時間へと移行する事にした。
ライドとメルスはいつも通りに裏庭で自動車制作だ。
昨日はサスペンションの改善を求めたから、今日は色々作業が忙しくなるだろうな。
イクスはいつも通りに食料研究だし、ミリカは今度は自分達の衣装制作を頑張る様だ。
ミリカにとっても俺達が今着ている衣装は、かなりの自信作だろうから、メイド達や国王達の反応を見て、少しは自信が付いたんじゃないのかな。
で、俺達はというと朝食の時にも言った通りで、バティカの街の散策に出るつもりだ。
ティアとシーナも昨夜からそれが楽しみで仕方が無い様だったし、俺も街の情報はちゃんと得ておきたい。
そもそも、宇宙船アリア号の中で得ていた情報だと、この星にはプレデス星人が500人くらい居るって話だったはずだ。
なのに王族と貴族を含めても、純血のプレデス星人なんて50人も居ればいい方だというのがシーナの分析だ。
ならば、残りの450人位は、街で生活する人に紛れているはずなんだよな。
だって、あの自称ルークも純血のプレデス血統だが、本来は貴族じゃないのに、デバイスを使って魔術師を騙ってるだけの、単なる「街の住民」だもんな。
それに、バティカ王国では、貴族になるのを望まないプレデス星人も居るはずだ。
例えば、クレア星から派遣された「移住者グループ」の連中などは特にそうだ。
だって、プレデス星人は基本的にコミュ障だ。
それが、いくら自由に生きていいからって、コミュ力の高いテキル星の国民達と、すぐに仲良くなれるとは思えねーんだよな。
自称ルークが召喚したという、奴隷扱いされているプレデス星人以外にも、以前から王国公認で召喚した「移住者」も居たはずだ。
それらも含めて500人くらいのプレデス星人がこの国には住んでるはずなんだ。
俺が想像するに、移住者グループの連中の殆どが、わざわざ高度なコミュニケーション能力を要する貴族社会などには関わりもせず、恐らくは、あまり人と会う必要の無い、例えば街の工房とかそういう所で何かしらの生産業とか商売をしていると思っている訳だ。事実、この国の歴史を見てもそんな感じだしな。
なので、今日は主にそういった連中を探してみようと思っている訳だな。
「ティア、シーナ。準備はいいか?」
「もちろん!」
とティアもシーナも準備は万全らしい。
「よし、行くか!」
と俺達は部屋を出て、王城の正面玄関へと向かう。
ミリカが作った衣装の効果は本当に絶大で、玄関扉に向かうまでの廊下ですれ違うメイド達は、さっきまでと同様に全員が俺達の姿を見て、ハッと息を飲んで頭を下げて下を向いた。
恐らく「軽々しく見て良いものじゃない」と思わせる「神々しさ」なのか、又は「威圧感」の様なものを感じているのかも知れないな。
事実、着ている本人も気分が高揚するし、ティアやシーナにはピグマリオン効果をビンビン感じている筈だ。
この衣装を着た途端に、立ち姿でさえ違ったもんな。
いつもより背筋が伸びてるし、完全に衣装の高貴さに引っ張られている。
だけど、俺の存在に見合う自分自信になる事が「求めている自分像」の様だから、その「自分像」にグンと近付けてくれるこの衣装には、相当に満足しているだろうな。
俺達はこれから街に出るが、街の人々の衆目に晒される事で、ティア達は「自分がショーエンと共に居るのに相応しい存在かどうか」を確かめようとしているに違いない。
前世でも、新しく服を買った女子が、休日にその服を着て街に出るのを、まるで戦いにでも行くかの様な顔で出かけていくのをよく見かけたもんだ。
彼女達は、「その服を着ている自分が街でどれくらい評価されるか」を確かめに行っていたのかも知れないな。
それが「自尊心」のバロメータになり、その日の気分を左右する事になるんだけどな。
でも、例えその日は結果が悪くても、何度も何度も色々なファッションを試し、場所を変えてチャレンジして行くうちに「自分が自分で居られる場所」が見つかっていくんだろう。
前世では、渋谷や原宿を通る度に奇抜なファッションに身を包む若い子達を見て、当時の俺は、訳が解らず通り過ぎていたが、今思えば、あれはあの子達の「自分らしく居られる場所」を探す為の戦いだったんだろうな。
夢も希望も持てない社会の中で、必死に居場所を求めて衆目と戦っていたに違いない。
そう考えると、ミリカが作った衣装の威力はハンパない。
この世界の誰もが、この衣装を着た俺達を一目見ただけで、「この人達は特別な存在なのだ」と思い知る。
ほんと、この衣装はミリカの最高傑作と言っても過言じゃ無いぜ。
とはいえ、街の住民は誰も俺達の事は知らされていない。
今回の街の散策に騎士の護衛を付けるという申し出を断ったのも、俺達だけが街を歩いて、街の人々の純粋な反応を確かめたかったからだ。
騎士が付いてきたんじゃ、街の人の反応が俺達に向けられたものなのか、騎士に向けられたものなのか、分からなくなっちまうからな。
そんな事を思いながら、俺達は王城を出て、南側にある「正門」に向かうのだった。
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王城の正門を潜ると、正面には南北に走る大通りがあって、通りの名前を「城南筋」というらしい。
この街の道路は東西南北に碁盤の目の様に走っていて、東西に走る中央の大通りは、王城より西が「城西通り」、東側が「城東通り」で、南北に走る大通りは、王城より北が「城北筋」、南側を「城南筋」と名付けているそうだ。
なるほど、東西を「通り」と呼んで、南北を「筋」と呼ぶのか。
なんだか、前世で大阪に行った時に聞いた道路の覚え方に似ているな。
親戚に迎えに来てもらう時に「御堂筋と千日前通りの交差点で待っといて~」みたいに言われて「そんな説明で解るかよ」と思っていたが、いざ現地に行くとすごく解りやすかったのを思い出す。
まさか、大阪の道路もバティカの道路も、名付け親はクラオ団長じゃないだろうな?
そんな事を考えながら城南筋を南に向かって歩き出した。
城南筋の道沿いには3階建てくらいの建物が等間隔に立っているが、1棟あたりの建物のサイズが、初日に城東通りで見た街並みの建物よりもかなり大きい様だ。
よく見てみると、どうやら城南筋の西側が鉄鋼業の作業所や倉庫、他に制作工房などが集まる区域の様で、東側は石材加工や木材加工が盛んなエリアの様だ。
所々に飲食店があったり宿屋らしき建物もあるが、道行く人々の多くが「作業着にエプロン姿」という恰好な辺り、やはりこの辺りは「工業地帯」なんだな。
中には普通のローブや衣服を着ている買い物客らしき者も居るが、王城の正門から延びる幹線道路がこんな工業地帯って事は、やはりバティカ王国ってのは「この星の技術大国」という位置づけで間違い無いだろうな。
街行く人を眺め見ると、客や工房の人なども気さくに会話しているようだし、ここでは普通に会話によるコミュニケーションも、身体を触れ合うスキンシップも日常的に行われている様だ。
しかしそんな中を、俺とティアとシーナが目立つ衣装で歩いているものだから、道行く人々は俺達を物珍しそうに見て、一緒に居る者とコソコソと何かを話していたりする様だ。
特に畏怖を感じている様子は無いが、俺達がそちらを見ると、目を逸らして見てないフリをするあたり、何か得体の知れない者達だと感じている事は間違い無いだろう。
誰かに話しかけるタイミングがあればとも思ったが、みんな遠巻きに俺達を見ているだけで、どこまで歩いてもそれは変わらず、とうとう城南筋の突き当りにある検問所のような所まで辿り着いてしまった。
検問所には兵士が4人立っていて、門の内側と外側に2人ずつ配置されている。
門の内側の兵士が二人、顔を見合わせながらコソコソと何か話をしていて、やがて二人は俺達の方に歩み寄って来た。
「あの、少しお話をいいですか?」
と兵士の一人が声を掛けてきた。
屈強な体つきで俺よりも背の高いその兵士は、槍を左手に持って、右手で検問所のある方を指さしている。
どうやら検問所へ来る様にと促しているようだ。
(ふむ・・・。 神の使いが検問所で尋問を受ける姿ってのも、様にならない気もするな)
俺は、そんな思いから、
「ここで聞こう」
とその場で仁王立ちのまま言った。
ティアとシーナは俺の両脇に控え、ただじっと俺の腕を掴みながら兵士の方を見据えている。
「あの、あなた方はどこかの貴族の方々でいらっしゃいますか?」
と、見た目に似合わず丁寧な口調だ。
俺が首を横に振ると、シーナが代わりに
「私達は、龍神の使いなのです。今日は街の様子を見る為、王城より出て来たのです」
と答えた。
兵士は
「御使い様!?」
と仰天した様に姿勢を正し、
「こ、これは御使い様とは知らず、申し訳ありません!」
と言って、地面に膝を着いて槍を置き、その場で頭を下げた。
それを見たもう一人の兵士も、あわてて地面に膝を着いて頭を下げている。
俺は一つ頷き、
「頭を上げるがいい。何か聞きたい事があるんだろ?」
と尋ねた。
すると兵士が
「お、恐れながら御使い様方。わ、私共の元には、何用でいらっしゃったのかと・・・」
と言いながら恐る恐る顔を上げる。
俺はそれを見てまた一つ頷き、
「気に病む事は無い。お前達が幸福に暮らしているか、見て回っているだけの事だ」
と言いながら、情報津波を試してみる事にした。
軽い痺れが俺の頭を襲い、目の前の兵士についての情報が流れ込んで来る。
男の名前はゾルティア。28歳の青年で遺伝子は完全な現地人。軍の兵士で位は三人長だから、この門番の3人の長という事だろう。24歳の嫁が一人と3歳と1歳の子供がいて、1歳の子供が熱を出していて嫁が看病しているが、子供の事が気がかりで訓練中に右腕を負傷。傷は治りかけているが、まだ槍を持てる状態では無い為、槍を左手に持っている。今月は南門の当番だが、当番が無い時には西の丘に広がる農地を耕す実家の手伝いをしているらしい。
(なんだ、いい奴じゃん。ちっともクラオ団長が言う様な「野蛮な遺伝子」の持ち主には思えないぜ。)
「それから、お前に言っておこう」
と俺は両手を広げ、「お前の子を思う気持ちには同情するが、もっとお前の妻の働きを信じてやれ」
と言った。
ゾルティアという兵士は
「は?」
と言って顔を上げ「それは一体どういう・・・」
と言葉の意味を探している様子だ。
「お前の右腕の怪我は、妻を信じ切れぬが故に招いた怪我だ。その怪我は、お前の妻を余計に心配させるだろう? 反省し、お前が出来る範囲で良いから、妻と子を大切にするがいい」
と俺は、振り返りながらそう言った。
「なぜ・・・ なぜ怪我の事を?」
とゾルティアは目を見開いて俺を見る。
情報津波で見たからとは言えないしな。
ここはやっぱアレでしょ。
俺は、神の御使いらしく静かに微笑み
「龍神の目を通してお前を見ているからだ」
と、適当な事を言っておいた。
ゾルティアはその一言で俺に心酔したようで、
「は、はい! 家族を大切に致します!」
と言って地面に頭をこすり付ける勢いでひれ伏した。
「うむ、良きにはからえ」
と俺はその場で踵を返し、「次はどこかの工房でも覗いて見るか」
とティアとシーナに言いながら、城南筋を北に向かって歩き出した。
その後ろ姿を兵士はいつまでも見届け、
「龍神の御使い様が、俺に声を掛けて下さった・・・」
と震える足で立ち上がりながら呟き、部下の兵士の方を振り返ると、「お、おい!さっきの見たか?」
と両手を広げて叫んだ。
「は、はい! 見ました!」
と部下の兵士も興奮気味だ。
「龍神様は王族としかお話をされないと思っていたが・・・」
とゾルティアは王城を見ながら、「やはり、東門の門番が言っていた話は本当だったんだな!」
と、何やら確信めいた面持ちで背筋を伸ばし、門の外にいる兵士にも声を掛けた。
「おいっ、お前達!」
とゾルティアが呼ぶと、「ハッ!」と言って門の外から兵士が駆け寄って来る。
「昨日、東門の連中が言ってたろう。3日前の早朝に、天が光の杖を王城に刺し、7人の御使いを遣わしたのを見たとかって話を」
「はい! しかし、東門の奴らはいつも仕事をサボってるから、夢でも見たんだろうって話でしたよね?」
「ああ、俺もそう思っていたが、さっき俺は御使い様を名乗る方のお声を直接聞いたんだが、隠していた子供の病の事や、俺の怪我の事まで見透かしていらっしゃったんだ!」
「おお! という事は、御使い様が降臨されたという話は本当の事だったと?」
「ああ! そうに違い無い! 俺は隊長に報告に向かう。お前達は不審者が街に入り込まぬ様に、全力で門を守っていろよ!」
「ハッ!」
ゾルティアはガシャガシャと鎧を鳴らしながら、詰所の脇に繋いだ馬の元へと走って行くのだった。
△△△△△△△△△△△△
「ショーエン、さっきのは何の話だったの?」
とティアが俺に訊いてきた。
俺達は城南筋を北上しながら、王城の方面へと歩いていた。
「ああ、あれな。あの兵士がいい奴そうだったから、きっと家族思いの男なんだろうと思ってな。これからも家族を大切にしろよって言っただけだぞ」
と俺は言った。
「ショーエンの観察力は凄いのです。私には全然分からなかったのです」
とシーナは俺に心酔しているようだ。
情報津波の話はまだ誰にも出来ない。
とりあえずは「観察力がハンパ無い」って方針で行くしかないよな。
(しかし・・・)
と俺は思う。
あのゾルティアという兵士は、情報津波で得た情報だと、生粋の「現地人」だ。
だけど、野蛮な人間だなんて事は全然無さそうだった。
つまり、クラオ団長が前任の団長から引き継いだ情報からしてが疑わしいよな。
この星の人間についてもそうだ。
さっきの兵士にしても、子供が2人居るって事は、嫁とも相思相愛な訳だろ?
で、まだ1歳の子供が熱を出してるってんで嫁は一生懸命看病している訳だ。
その子供の事が心配で訓練に身が入らず、怪我までしてるって事は、子供思いのいいパパでもあるよな?
しかも仕事が無い時は実家の両親の農場仕事も手伝ってるってんだから、めっちゃいい奴じゃん?
それに、俺達が「龍神の御使い」だと知って、態度を改めたあたり、少なくともバティカの兵士が龍神を信仰しているのは確かだ。
ここは龍神だけを神として信奉する「一神教」な訳だから、人々が一つの宗教を信仰してるって事は、価値観もある程度統一されているはずだよな。
だって、宗教ってのは「価値軸」を示し、「何が正しくて、何が間違った事か」をみんなで共有する為に布教する訳だもんな。
プレデス星には宗教は無かった。
そもそも「神」という概念さえ無かった。
そりゃそうだ。プレデス星は「神様候補生の器を作る生産工場」みたいなもんだからな。
神の器として身体と魂を綺麗な状態にしておく事が重要な訳で、その為に「善行を行えば良い」として「強欲・傲慢」を禁じていたのだろう。
クレア星でも概ね同じ感じだったが、善行の定義を「生産する事」としていて、「怠惰」を禁じて来た。
では、龍神を崇めるこの星の人々が認識している「善行と禁忌」とは何なんだろう?
禁忌の一つは「龍神を怒らせない事」なのは確かだろうが、それ以外の禁忌って何なんだろうな。
善行についてもそうだ。何をすれば褒められるのか、よく分からないところがある。
前世の日本では、聖徳太子が掲げた17条憲法で「和を以て尊しと成す」という価値軸を一番の善行としていた歴史がある。
つまり「みんなで仲良く助け合って、調和を大切にする事が最も尊いんだよ」って事だ。
バティカの街を見ていると、確かに調和が取れているようにも見えるけど、「人間同士の調和」というよりは、「自然との調和」みたいな感じがするんだよな。
俺がそんな事を考えていると、ティアが俺の袖を引っ張って、
「ねえ、ショーエン。あの店って何を作ってるのかな?」
と、城南筋の西側に面した区画の中に、小さな建物が軒を連ねる区画があるのを指さして言った。
俺がティアの指さした方を見ると、小さな店舗が5軒並ぶ区画に、街の人が20人ほどだろうか、真ん中にある店を囲む様に集まっている。
「何だろうな。行って見よう」
と俺はティアとシーナを連れて、その区画に近づいてゆく。
集まっている街の人々は皆、男女共にダブついたズボンを履いていて、首と腕を通す穴が開いただけの筒状の服を上から被って、腰の部分を紐で縛っただけの簡単な衣装を着ていた。
靴は無いようで、植物の藁を編んで作った様な、草履の様なものを履いている。
(恐らくこの国の平民階級の中でも、比較的貧しい人々なんじゃないか?)
と俺は思いながら、一番左にある店の壁に沿うにしてみんなの様子を伺った。
真ん中の店には、白いローブを着てフードを被った女が、身体の前に置いた台の上に小さなコンロを置いて、鍋に入れた水を沸かそうとしている様だ。
「そしてこのレバーをこうすると・・・」
とその女は、コンロに付いた小さなレバーを蛇口をひねる様に時計回りに回転させると、コンロの炎が大きくなった。
すると、人だかりから「おお・・・」と小さな歓声が上がる。
なるほど、王城の厨房ではガスコンロがあったけど、街には煙突があって細い煙が出ているあたり、この街の住民は、火を起こすのに薪を使っているのかも知れない。
きっとこの工房で開発したコンロをお披露目しているのだろう。
やがて鍋の湯が沸騰してきて、それを見た人だかりが
「おお!こんなに早く湯が沸くのか!」
「あんなに小さな、しかも青い炎なのに!」
と口々に感想を述べている。
それを見ていたシーナが俺の袖を引っ張り、
「ショーエン、みんなは何を驚いているのですか?」
と訊いてきた。
するとシーナの声を聞いた人だかりが、一斉に俺達の方を見た。
「ヒッ」
っとシーナは小さな悲鳴を上げて俺の影に隠れる。
人だかりが俺達の姿に驚きを隠せない様だが、好奇心からか徐々に人の輪が広がり、鍋を沸かすローブの女と俺達を取り囲む様な形になった。
街の人間の表情は、皆一様に警戒感を持っている様に見える。
俺達の衣装を見て、やはり何か特別なものを感じている様だ。
少しの静寂の後、店の女がコンロの火を緩めながらこちらを向いて、
「あなた達は?」
と訊いてきた。
「ああ、俺達は龍神の使いだ。街の様子を見ていたら、ここに人だかりができていたのでな。興味があって近づいただけだ」
と俺は言いながら、ローブの女の目を見て情報津波を使っていた。
ジューン・トリーブ21歳。プレデス星の出身で惑星開拓研修学園を昨年Dクラスで卒業後、移住者グループに入った様だ。学園在籍時には「資源活用」について研究していた様だな。
卒業後すぐにクラスメイトと結婚したが、夫は移住者グループに入ってからは毎日を怠けて暮らしていた様で、数か月後に「怠惰の罪」によりレプト星へ送還されたみたいだ。
その後ジューンはクレア星での孤独に耐えられず、9か月前に新天地を求めてテキル星への移住要請を受け、4か月前にテキル星への移住が実現したらしい。
ところが、テキル星に来ると魔術師が飲ませた薬によって意識を失い、気が付けば騎士の性奴隷として扱われ、妊娠を強要されたがうまくいかず、遺伝子異常と判断されて、騎士は事もあろうに街の外にある森の奥深くにジューンを捨てて帰ってしまったんだとか。
しかし、テキル星はクレア星よりも重力が弱い為に、森の木に登って地理を確認し、2週間前にこの街に帰って来たばかりの様だ。
夜のうちに塀を乗り越えてこの工房区に忍び込み、翌朝、厨房機器の工房を見つけて、工房長に「売れる物が作れるなら雇ってやる」と言われてこのコンロを作り、完成したのが昨日の事らしい。
「龍神の使い?」
とその女は苦笑しながら俺を見る。「おかしな事を言うのね」
とジューンは俺達の衣装を見ても臆する素振りも見せない。
驚いているのは、この会話を聞いている観衆の方だ。
不安そうな顔で俺達のやり取りを固唾と飲んで見ている。
明らかに「神の御使いらしい姿の3人」に対し、臆する事無く話しかける女。
この女が何者かという疑問も湧くだろうし、そもそも龍神の怒りに触れて危害を加えられないかと不安になるのも当然だ。
俺は両手を顔の前に上げて
「ジューン、龍神の使いってのは本当の事だぜ」
と言った。
ジューンはハッとした様に俺を見上げ
「何故、私の名前を? まさかあなた騎士団の・・・」
と言うのを俺は制し、
「いやいや、騎士団は関係無い。街の様子を見ていたのも、お前を探していたからだ」
と言った。
別に嘘じゃない。
ジューンを探していた訳じゃないが、移住者グループから派遣されたプレデス星人を探していたのは本当だもんな。
「私・・・を?」
とジューンは信じられないという顔で「私をどうするつもりなの?」
と訊いてきた。
俺は神の使いらしく、
「お前を保護してやる。そして王城に連れて行く」
と言った。
すると観衆が「おおお・・・!」と騒めきだし、
「御使い様が王城に連れて行く様な人が作ったものなら、このガスコンロってのは良い物に違いないぞ」
と観衆の一人が声を上げた。
すると他の者達も、
「王城に連れて行かれたら、もう手に入らなくなるかも知れねぇ。今すぐにこれを買わせてくれ!」
と次々にコンロを購入しようとするものが現れた。
俺は頷きながら、
「客の相手をしてやれ」
とジューンに言い、しばらく待っている事にした。
ジューンは店の奥から在庫を運び出し、飛ぶ様に売れる商品を次々に客へ手渡していった。
その騒ぎを遠巻きに見ていた通りすがりの者達も「何事だ?」と近づいて来て、
「龍神の御使い様のお墨付きのコンロだよ!」
と言う他の客の声を聞いて
「こりゃ大変だ! 私も買うぞ!」
と次々と客が集まり、100人近くは集まったであろう客たちは、それぞれにコンロを手にして満足気に帰っていった。
コンロは丁度100個準備していた様で、残り2個を残して他は全部売れてしまった様だ。
はあはあと肩で息をするジューンは、ひと息つく様にその場に座り込み、
「あなた達のおかげで、コンロはほぼ完売したわ。ありがとう」
と俺達を見て言った。
周囲に誰も居なくなったのを見て、
「で、私を王城に連れて行って何をさせる気?」
というジューンに
「お前には、証人になってもらおうと思っている」
と俺は答えた。
「お前は、クレア星から来た移住者グループの一員だろ?」
「ええ、そうよ」
「しかも、まだ来てからそう年数も経っていないのだろう」
「ええ、そうね」
「恐らくは、ルークと名乗る魔術師におかしな薬を飲まされて、奴隷として貴族か騎士に売られたのだろう?」
「ええ・・・そ、そうね。騎士の家だったわ」
と少しジューンが俯いた。
俺は情報津波で得た情報と相違ない事を確認しながら頷き、
「俺は移住者グループを奴隷にしてきた魔術師を裁く為に、必要となる証人を探していたんだ」
と言った。「明日、王城で貴族や騎士達が集い、龍神の使いである俺達に謁見を行う機会を与えた。だから俺達は、当事者であるお前を必要としているんだ」
これまで黙って聞いているだけだったティアとシーナも俺の目的を理解した様で
「そうね。あなたと同じ境遇の人も助けたいし、協力をして欲しいわ」
とティアが言い、
「ショーエンに任せておけば、全てがうまくいくのです」
とシーナが続いた。
「ショー・・・エン?」
とジューンは目を見張った。
「どうした?」
と俺はジューンを見て言った。
「私がテキル星の移住を決めた頃、学園にものすごい天才が現れたって噂を聞いた事があるわ」
とジューンが語りだす。
「既に卒業していた私には興味がある話ではなかったけど、クレア星を飛び立つ直前に、食堂のメニューがものすごく改善されたの」
ああ…あの頃か。
と俺は思いながら聞いていた。
「それを成したのが学園のセブンスターと呼ばれる7人で、そのリーダーが確か、ショーエン・ヨシュア…」
とジューンは言いながら「まさか…、あなたがショーエン・ヨシュアなの?」
と訊いて来た。
「ああ、そうだ。俺がショーエン・ヨシュアだ」
と俺は言った。
そして後ろで
「私はティア・ヨシュア。ショーエンの妻よ」
「私はシーナ・ヨシュア。ショーエンの妻なのです」
とティアとシーナが「妻」という所の語気を強めて言った。
「そう… わかったわ。あなたの言う通りにするわ」
とジューンが言いながら立ち上がると、店の奥の扉が開き、工房長らしい貫禄のある男が入って来た。
男は店の中が空っぽになっているのをキョロキョロと見ながら、
「おい、ジューン。コンロは売れたのか?」
と言いながら近づいてくる。
そして俺達の姿を見てハッと息を飲む様な仕草を見せたかと思うと、
「あ…あの、王城の方々で?」
と訊いて来た。
俺は首を横に振り、
「龍神の使いだ。今は王城に世話になっているがな」
と答えた。
工房長は「はは~!」と言ってその場で地面に膝を着き、
「あ、あの…何かお気に障る事があったのなら、悪いのはこの女です!」
とジューンを指さして言い、
「せっかく雇ってやるチャンスをやったのに、何をしでかしたんだ!」
とジューンを怒鳴りつけた。
(あ~あ、これはダメな上司だ。)
とは思ったが、ジューンを雇ってやろうって思ったのは確かだからな。
少し温情を加えておくとするか。
俺は右手を上げて工房長を制し、
「ご主人よ、ジューンの身柄は俺達が貰い受ける。稼いだ金はここに置いて行こう」
と言ってジューンの手を引っ張って立たせ、「異論はあるか?」
と少し凄みを効かせた目で工房長を見た。
工房長は、胸の前で両手を組み、
「ままま、まさか異論なんて! わ、私は何か…罰を受けるのでしょうか?」
と不安そうに訊いて来た。
「いや、お前を罰する理由など無い。良きに計らえ」
と俺は言って、ジューンを連れてその場を立ち去る事にした。
ティアとシーナも踵を返し、工房長をチラリと横目で見ただけで、すぐに俺の腕を掴んで付いて来た。
「あ、あんた達は夫婦なんだよね」
と訊くジューンに、ティアとシーナは頷いて
「そうよ。私達の結婚を龍神クラオが承認したの」
とティーナが答え、シーナも
「この星の最高の承認者の名がデバイスにも記録されているのです」
と誇らしげに言った。
「デバイス…」
とジューンは呟き、「この星ではデバイスは何の役にも立たないわ。あの魔術師以外はデバイスを持ってる人を見た事無いもの」
と俺に向かって言っている様だ。
「そうだな。国王と王妃だけがこの星では公式にデバイスを持っている様だ。魔術師は自分で作ったバイスを隠れて装備しているだけだがな」
と俺が言うと、
「デバイスを自分で作った?」
と驚いて声を上げた。「そんな事が出来るの?」
「500年前の技術で作った代物だから、大した機能は使えないけどな」
と俺は首を振りながら「しかし、移住者グループでこの星に来た者は他にも居るだろうに、そいつらと連絡は取れないのか?」
と俺はジューンに訊いてみた。
「連絡を取りたかったけど、これだけ広い街で散り散りになっちゃったら、デバイスが使えないこの星じゃ通信は届かないし、どうしようも無いよ」
とジューンが肩をすくめた。
「なるほどな・・・」
と俺は頷きながら、「なあシーナ。中継器を使えば、この街のデバイスを持ったプレデス人を集められるんじゃないか?」
と俺が言うと、シーナは頷き
「この街は広いけど、土地が平坦なので、一番背が高い王城の屋根に中継器を仕込んで、あとは4か所か5か所位、放射状に囲めば通信は隅々まで行き届くはずなのです」
と言った。
「なるほど、それはいいな」
と俺はニヤリとして「今夜の内に中継器を王城に仕掛けて、この街のプレデス星人全員にメッセージを送ろう」
と言うと、シーナは事も無げに頷き、そのやりとりを見ていたジューンは目を丸くして見ていたのだった。
△△△△△△△△△△△△
しばらく歩いているうちに王城の正門が見えて来た。
「街の他のエリアも見て回りたかったが、まずはジューンの保護を優先したい。それでいいか?」
と俺はティアとシーナを見て言った。
「ええ、もちろん」
と二人は頷いた。
本当は街でデート気分を味わいたかったろうに、二人とも健気だよな。
実際には国内の陰謀の共謀者を炙り出し、その為の証人を連れて歩いている訳で。
(しかも、明日の午後には、最低でも人が一人処刑されるってのにな・・・)
俺はそんな事を思いながら歩き続け、近付いてくる王城の正門を見上げていたのだった・・・
と、国王と王妃、そして子供達が朝食会場に入って来るところだった。
いつもの朝食会場で、既に俺達は座席に着いていた。
そこにいつも通りの時間にやって来た国王とその家族。
今日もいつも通りに朝食会場は豪華な食事に彩られているが、朝食会場に入って来た国王と王妃は、俺達の姿を見て「おお!」と声を上げた。
そう、いつもと違うのは、俺とティア、そしてシーナの衣装だ。
国王は、努めて平静を保とうとしている様だが、
「御使い様、今日は何か特別なご用事が御座いましたか?」
と訊きながら、ぎこちない作り笑いをしている。
「ああ、今日は俺達3人は街に出る予定にしていてな」
と言って、「まあ、席に着くがいいぞ」
と国王達を席に着かせた。
国王は席に着くと、
「街に出ると申されますか。では護衛として、騎士を数名付かせましょう」
と進言する。
まあ、普通に気遣いしてくれたつもりなんだろうが、今日はそういうのは邪魔になるんだよな。
「いや、今日は俺達3人だけでいい」
「いや、しかしそれでは・・・」
と国王が心配そうにしているので、俺は敢えて
「随行は許さん。神の使いとして成さねばならん事をする為だ。その姿を見る者は、龍神の怒りに触れるぞ」
と言って、国王を黙らせる事にした。
「ハハッ! 出過ぎた事をしてしまい、申し訳御座いません!」
と国王が慌てて頭を下げる。
(いや、別にあんたは悪くないんだけどな。なんか、ごめんな。)
と、冷や汗ダラダラになっている国王を見て、俺は心の中でそう言った。
「まあいい。あと、国王には頼みがあるのだが」
と俺が言うと、国王はほっとした様に「何なりと」と言って作り笑いをした。
「国王よ、近いうちにこの国の貴族達と騎士達、およびその家族全員を集めて欲しい。そして、神の使いである俺達に謁見する機会を与えたいんだが、可能か?」
と俺が訊くと、国王はその場で膝を着いて、
「なんという寛大なお心遣い! 誰もが喜びに咽《むせ》ぶ事でしょう! 喜んでお引き受け致します!」
と言って、「早速、明日の午後にでもこちらの部屋にて如何でしょうか!」
と、こちらの思惑も知らずに喜んでらっしゃる。
「ああ、そうするが良い。その時には、あの魔術師も連れて来い。解呪の経過も聞きたいしな」
と俺が付け足すと、国王は少しだけ肩を震わせたが、
「ははっ! 御使い様の仰せの通りに!」
と言って頭を下げた。
それからはいつも通りの食事をしていた訳だが、食事を盛りつけてくれるメイドの仕事の丁寧さがいつも通りでは無かった。
特に、俺とティアとシーナの3人の料理を盛りつけるメイドの仕事ぶりは、昨日までの無機質なサービスとは明らかに異なり、何か高貴な仕事をしているかの様な所作で料理を盛りつけてくれていた。
うむ、これも衣装の効果かも知れんな。
今日は国王とあまり会話をしなかったが、国王も王妃も、ついでに子供達も、俺達の衣装を気にしている様だった。
俺達が食事を終えて、いつも通りに
「ごちそーさまでした」
と言って席を立つと、これまたいつも通りにメイド達が俺達を部屋まで案内するのだが、自室に戻るまでの間のメイドの様子は全然いつもと違った。
俺達を先導するメイドは何故かいつもより鼻が高い様子だし、廊下ですれ違うメイド達は俺達の姿を見て息を飲んで見ているかと思えば、俺達と目が合うとサっと顔を伏せてしまう。
ふむ、これは凄いな。
俺とティアとシーナの案内をするメイドにとっては「特別な仕事をしている」という気分になるのだろう。
イクス達やメルス達の誘導も充分に高貴な仕事のはずなのだが、俺達3人に付いたメイドの所作とは、仕事への姿勢というか、やる気みたいなものが全然違う気がするんだよな。
ほんと、ミリカの衣装の力はすげーよ。
ただ服を変えただけなのに、ピグマリオン効果が絶大だよ。
そうして俺達は、一旦自室に戻ってひと息ついてから、各自の自由時間へと移行する事にした。
ライドとメルスはいつも通りに裏庭で自動車制作だ。
昨日はサスペンションの改善を求めたから、今日は色々作業が忙しくなるだろうな。
イクスはいつも通りに食料研究だし、ミリカは今度は自分達の衣装制作を頑張る様だ。
ミリカにとっても俺達が今着ている衣装は、かなりの自信作だろうから、メイド達や国王達の反応を見て、少しは自信が付いたんじゃないのかな。
で、俺達はというと朝食の時にも言った通りで、バティカの街の散策に出るつもりだ。
ティアとシーナも昨夜からそれが楽しみで仕方が無い様だったし、俺も街の情報はちゃんと得ておきたい。
そもそも、宇宙船アリア号の中で得ていた情報だと、この星にはプレデス星人が500人くらい居るって話だったはずだ。
なのに王族と貴族を含めても、純血のプレデス星人なんて50人も居ればいい方だというのがシーナの分析だ。
ならば、残りの450人位は、街で生活する人に紛れているはずなんだよな。
だって、あの自称ルークも純血のプレデス血統だが、本来は貴族じゃないのに、デバイスを使って魔術師を騙ってるだけの、単なる「街の住民」だもんな。
それに、バティカ王国では、貴族になるのを望まないプレデス星人も居るはずだ。
例えば、クレア星から派遣された「移住者グループ」の連中などは特にそうだ。
だって、プレデス星人は基本的にコミュ障だ。
それが、いくら自由に生きていいからって、コミュ力の高いテキル星の国民達と、すぐに仲良くなれるとは思えねーんだよな。
自称ルークが召喚したという、奴隷扱いされているプレデス星人以外にも、以前から王国公認で召喚した「移住者」も居たはずだ。
それらも含めて500人くらいのプレデス星人がこの国には住んでるはずなんだ。
俺が想像するに、移住者グループの連中の殆どが、わざわざ高度なコミュニケーション能力を要する貴族社会などには関わりもせず、恐らくは、あまり人と会う必要の無い、例えば街の工房とかそういう所で何かしらの生産業とか商売をしていると思っている訳だ。事実、この国の歴史を見てもそんな感じだしな。
なので、今日は主にそういった連中を探してみようと思っている訳だな。
「ティア、シーナ。準備はいいか?」
「もちろん!」
とティアもシーナも準備は万全らしい。
「よし、行くか!」
と俺達は部屋を出て、王城の正面玄関へと向かう。
ミリカが作った衣装の効果は本当に絶大で、玄関扉に向かうまでの廊下ですれ違うメイド達は、さっきまでと同様に全員が俺達の姿を見て、ハッと息を飲んで頭を下げて下を向いた。
恐らく「軽々しく見て良いものじゃない」と思わせる「神々しさ」なのか、又は「威圧感」の様なものを感じているのかも知れないな。
事実、着ている本人も気分が高揚するし、ティアやシーナにはピグマリオン効果をビンビン感じている筈だ。
この衣装を着た途端に、立ち姿でさえ違ったもんな。
いつもより背筋が伸びてるし、完全に衣装の高貴さに引っ張られている。
だけど、俺の存在に見合う自分自信になる事が「求めている自分像」の様だから、その「自分像」にグンと近付けてくれるこの衣装には、相当に満足しているだろうな。
俺達はこれから街に出るが、街の人々の衆目に晒される事で、ティア達は「自分がショーエンと共に居るのに相応しい存在かどうか」を確かめようとしているに違いない。
前世でも、新しく服を買った女子が、休日にその服を着て街に出るのを、まるで戦いにでも行くかの様な顔で出かけていくのをよく見かけたもんだ。
彼女達は、「その服を着ている自分が街でどれくらい評価されるか」を確かめに行っていたのかも知れないな。
それが「自尊心」のバロメータになり、その日の気分を左右する事になるんだけどな。
でも、例えその日は結果が悪くても、何度も何度も色々なファッションを試し、場所を変えてチャレンジして行くうちに「自分が自分で居られる場所」が見つかっていくんだろう。
前世では、渋谷や原宿を通る度に奇抜なファッションに身を包む若い子達を見て、当時の俺は、訳が解らず通り過ぎていたが、今思えば、あれはあの子達の「自分らしく居られる場所」を探す為の戦いだったんだろうな。
夢も希望も持てない社会の中で、必死に居場所を求めて衆目と戦っていたに違いない。
そう考えると、ミリカが作った衣装の威力はハンパない。
この世界の誰もが、この衣装を着た俺達を一目見ただけで、「この人達は特別な存在なのだ」と思い知る。
ほんと、この衣装はミリカの最高傑作と言っても過言じゃ無いぜ。
とはいえ、街の住民は誰も俺達の事は知らされていない。
今回の街の散策に騎士の護衛を付けるという申し出を断ったのも、俺達だけが街を歩いて、街の人々の純粋な反応を確かめたかったからだ。
騎士が付いてきたんじゃ、街の人の反応が俺達に向けられたものなのか、騎士に向けられたものなのか、分からなくなっちまうからな。
そんな事を思いながら、俺達は王城を出て、南側にある「正門」に向かうのだった。
△△△△△△△△△△△△
王城の正門を潜ると、正面には南北に走る大通りがあって、通りの名前を「城南筋」というらしい。
この街の道路は東西南北に碁盤の目の様に走っていて、東西に走る中央の大通りは、王城より西が「城西通り」、東側が「城東通り」で、南北に走る大通りは、王城より北が「城北筋」、南側を「城南筋」と名付けているそうだ。
なるほど、東西を「通り」と呼んで、南北を「筋」と呼ぶのか。
なんだか、前世で大阪に行った時に聞いた道路の覚え方に似ているな。
親戚に迎えに来てもらう時に「御堂筋と千日前通りの交差点で待っといて~」みたいに言われて「そんな説明で解るかよ」と思っていたが、いざ現地に行くとすごく解りやすかったのを思い出す。
まさか、大阪の道路もバティカの道路も、名付け親はクラオ団長じゃないだろうな?
そんな事を考えながら城南筋を南に向かって歩き出した。
城南筋の道沿いには3階建てくらいの建物が等間隔に立っているが、1棟あたりの建物のサイズが、初日に城東通りで見た街並みの建物よりもかなり大きい様だ。
よく見てみると、どうやら城南筋の西側が鉄鋼業の作業所や倉庫、他に制作工房などが集まる区域の様で、東側は石材加工や木材加工が盛んなエリアの様だ。
所々に飲食店があったり宿屋らしき建物もあるが、道行く人々の多くが「作業着にエプロン姿」という恰好な辺り、やはりこの辺りは「工業地帯」なんだな。
中には普通のローブや衣服を着ている買い物客らしき者も居るが、王城の正門から延びる幹線道路がこんな工業地帯って事は、やはりバティカ王国ってのは「この星の技術大国」という位置づけで間違い無いだろうな。
街行く人を眺め見ると、客や工房の人なども気さくに会話しているようだし、ここでは普通に会話によるコミュニケーションも、身体を触れ合うスキンシップも日常的に行われている様だ。
しかしそんな中を、俺とティアとシーナが目立つ衣装で歩いているものだから、道行く人々は俺達を物珍しそうに見て、一緒に居る者とコソコソと何かを話していたりする様だ。
特に畏怖を感じている様子は無いが、俺達がそちらを見ると、目を逸らして見てないフリをするあたり、何か得体の知れない者達だと感じている事は間違い無いだろう。
誰かに話しかけるタイミングがあればとも思ったが、みんな遠巻きに俺達を見ているだけで、どこまで歩いてもそれは変わらず、とうとう城南筋の突き当りにある検問所のような所まで辿り着いてしまった。
検問所には兵士が4人立っていて、門の内側と外側に2人ずつ配置されている。
門の内側の兵士が二人、顔を見合わせながらコソコソと何か話をしていて、やがて二人は俺達の方に歩み寄って来た。
「あの、少しお話をいいですか?」
と兵士の一人が声を掛けてきた。
屈強な体つきで俺よりも背の高いその兵士は、槍を左手に持って、右手で検問所のある方を指さしている。
どうやら検問所へ来る様にと促しているようだ。
(ふむ・・・。 神の使いが検問所で尋問を受ける姿ってのも、様にならない気もするな)
俺は、そんな思いから、
「ここで聞こう」
とその場で仁王立ちのまま言った。
ティアとシーナは俺の両脇に控え、ただじっと俺の腕を掴みながら兵士の方を見据えている。
「あの、あなた方はどこかの貴族の方々でいらっしゃいますか?」
と、見た目に似合わず丁寧な口調だ。
俺が首を横に振ると、シーナが代わりに
「私達は、龍神の使いなのです。今日は街の様子を見る為、王城より出て来たのです」
と答えた。
兵士は
「御使い様!?」
と仰天した様に姿勢を正し、
「こ、これは御使い様とは知らず、申し訳ありません!」
と言って、地面に膝を着いて槍を置き、その場で頭を下げた。
それを見たもう一人の兵士も、あわてて地面に膝を着いて頭を下げている。
俺は一つ頷き、
「頭を上げるがいい。何か聞きたい事があるんだろ?」
と尋ねた。
すると兵士が
「お、恐れながら御使い様方。わ、私共の元には、何用でいらっしゃったのかと・・・」
と言いながら恐る恐る顔を上げる。
俺はそれを見てまた一つ頷き、
「気に病む事は無い。お前達が幸福に暮らしているか、見て回っているだけの事だ」
と言いながら、情報津波を試してみる事にした。
軽い痺れが俺の頭を襲い、目の前の兵士についての情報が流れ込んで来る。
男の名前はゾルティア。28歳の青年で遺伝子は完全な現地人。軍の兵士で位は三人長だから、この門番の3人の長という事だろう。24歳の嫁が一人と3歳と1歳の子供がいて、1歳の子供が熱を出していて嫁が看病しているが、子供の事が気がかりで訓練中に右腕を負傷。傷は治りかけているが、まだ槍を持てる状態では無い為、槍を左手に持っている。今月は南門の当番だが、当番が無い時には西の丘に広がる農地を耕す実家の手伝いをしているらしい。
(なんだ、いい奴じゃん。ちっともクラオ団長が言う様な「野蛮な遺伝子」の持ち主には思えないぜ。)
「それから、お前に言っておこう」
と俺は両手を広げ、「お前の子を思う気持ちには同情するが、もっとお前の妻の働きを信じてやれ」
と言った。
ゾルティアという兵士は
「は?」
と言って顔を上げ「それは一体どういう・・・」
と言葉の意味を探している様子だ。
「お前の右腕の怪我は、妻を信じ切れぬが故に招いた怪我だ。その怪我は、お前の妻を余計に心配させるだろう? 反省し、お前が出来る範囲で良いから、妻と子を大切にするがいい」
と俺は、振り返りながらそう言った。
「なぜ・・・ なぜ怪我の事を?」
とゾルティアは目を見開いて俺を見る。
情報津波で見たからとは言えないしな。
ここはやっぱアレでしょ。
俺は、神の御使いらしく静かに微笑み
「龍神の目を通してお前を見ているからだ」
と、適当な事を言っておいた。
ゾルティアはその一言で俺に心酔したようで、
「は、はい! 家族を大切に致します!」
と言って地面に頭をこすり付ける勢いでひれ伏した。
「うむ、良きにはからえ」
と俺はその場で踵を返し、「次はどこかの工房でも覗いて見るか」
とティアとシーナに言いながら、城南筋を北に向かって歩き出した。
その後ろ姿を兵士はいつまでも見届け、
「龍神の御使い様が、俺に声を掛けて下さった・・・」
と震える足で立ち上がりながら呟き、部下の兵士の方を振り返ると、「お、おい!さっきの見たか?」
と両手を広げて叫んだ。
「は、はい! 見ました!」
と部下の兵士も興奮気味だ。
「龍神様は王族としかお話をされないと思っていたが・・・」
とゾルティアは王城を見ながら、「やはり、東門の門番が言っていた話は本当だったんだな!」
と、何やら確信めいた面持ちで背筋を伸ばし、門の外にいる兵士にも声を掛けた。
「おいっ、お前達!」
とゾルティアが呼ぶと、「ハッ!」と言って門の外から兵士が駆け寄って来る。
「昨日、東門の連中が言ってたろう。3日前の早朝に、天が光の杖を王城に刺し、7人の御使いを遣わしたのを見たとかって話を」
「はい! しかし、東門の奴らはいつも仕事をサボってるから、夢でも見たんだろうって話でしたよね?」
「ああ、俺もそう思っていたが、さっき俺は御使い様を名乗る方のお声を直接聞いたんだが、隠していた子供の病の事や、俺の怪我の事まで見透かしていらっしゃったんだ!」
「おお! という事は、御使い様が降臨されたという話は本当の事だったと?」
「ああ! そうに違い無い! 俺は隊長に報告に向かう。お前達は不審者が街に入り込まぬ様に、全力で門を守っていろよ!」
「ハッ!」
ゾルティアはガシャガシャと鎧を鳴らしながら、詰所の脇に繋いだ馬の元へと走って行くのだった。
△△△△△△△△△△△△
「ショーエン、さっきのは何の話だったの?」
とティアが俺に訊いてきた。
俺達は城南筋を北上しながら、王城の方面へと歩いていた。
「ああ、あれな。あの兵士がいい奴そうだったから、きっと家族思いの男なんだろうと思ってな。これからも家族を大切にしろよって言っただけだぞ」
と俺は言った。
「ショーエンの観察力は凄いのです。私には全然分からなかったのです」
とシーナは俺に心酔しているようだ。
情報津波の話はまだ誰にも出来ない。
とりあえずは「観察力がハンパ無い」って方針で行くしかないよな。
(しかし・・・)
と俺は思う。
あのゾルティアという兵士は、情報津波で得た情報だと、生粋の「現地人」だ。
だけど、野蛮な人間だなんて事は全然無さそうだった。
つまり、クラオ団長が前任の団長から引き継いだ情報からしてが疑わしいよな。
この星の人間についてもそうだ。
さっきの兵士にしても、子供が2人居るって事は、嫁とも相思相愛な訳だろ?
で、まだ1歳の子供が熱を出してるってんで嫁は一生懸命看病している訳だ。
その子供の事が心配で訓練に身が入らず、怪我までしてるって事は、子供思いのいいパパでもあるよな?
しかも仕事が無い時は実家の両親の農場仕事も手伝ってるってんだから、めっちゃいい奴じゃん?
それに、俺達が「龍神の御使い」だと知って、態度を改めたあたり、少なくともバティカの兵士が龍神を信仰しているのは確かだ。
ここは龍神だけを神として信奉する「一神教」な訳だから、人々が一つの宗教を信仰してるって事は、価値観もある程度統一されているはずだよな。
だって、宗教ってのは「価値軸」を示し、「何が正しくて、何が間違った事か」をみんなで共有する為に布教する訳だもんな。
プレデス星には宗教は無かった。
そもそも「神」という概念さえ無かった。
そりゃそうだ。プレデス星は「神様候補生の器を作る生産工場」みたいなもんだからな。
神の器として身体と魂を綺麗な状態にしておく事が重要な訳で、その為に「善行を行えば良い」として「強欲・傲慢」を禁じていたのだろう。
クレア星でも概ね同じ感じだったが、善行の定義を「生産する事」としていて、「怠惰」を禁じて来た。
では、龍神を崇めるこの星の人々が認識している「善行と禁忌」とは何なんだろう?
禁忌の一つは「龍神を怒らせない事」なのは確かだろうが、それ以外の禁忌って何なんだろうな。
善行についてもそうだ。何をすれば褒められるのか、よく分からないところがある。
前世の日本では、聖徳太子が掲げた17条憲法で「和を以て尊しと成す」という価値軸を一番の善行としていた歴史がある。
つまり「みんなで仲良く助け合って、調和を大切にする事が最も尊いんだよ」って事だ。
バティカの街を見ていると、確かに調和が取れているようにも見えるけど、「人間同士の調和」というよりは、「自然との調和」みたいな感じがするんだよな。
俺がそんな事を考えていると、ティアが俺の袖を引っ張って、
「ねえ、ショーエン。あの店って何を作ってるのかな?」
と、城南筋の西側に面した区画の中に、小さな建物が軒を連ねる区画があるのを指さして言った。
俺がティアの指さした方を見ると、小さな店舗が5軒並ぶ区画に、街の人が20人ほどだろうか、真ん中にある店を囲む様に集まっている。
「何だろうな。行って見よう」
と俺はティアとシーナを連れて、その区画に近づいてゆく。
集まっている街の人々は皆、男女共にダブついたズボンを履いていて、首と腕を通す穴が開いただけの筒状の服を上から被って、腰の部分を紐で縛っただけの簡単な衣装を着ていた。
靴は無いようで、植物の藁を編んで作った様な、草履の様なものを履いている。
(恐らくこの国の平民階級の中でも、比較的貧しい人々なんじゃないか?)
と俺は思いながら、一番左にある店の壁に沿うにしてみんなの様子を伺った。
真ん中の店には、白いローブを着てフードを被った女が、身体の前に置いた台の上に小さなコンロを置いて、鍋に入れた水を沸かそうとしている様だ。
「そしてこのレバーをこうすると・・・」
とその女は、コンロに付いた小さなレバーを蛇口をひねる様に時計回りに回転させると、コンロの炎が大きくなった。
すると、人だかりから「おお・・・」と小さな歓声が上がる。
なるほど、王城の厨房ではガスコンロがあったけど、街には煙突があって細い煙が出ているあたり、この街の住民は、火を起こすのに薪を使っているのかも知れない。
きっとこの工房で開発したコンロをお披露目しているのだろう。
やがて鍋の湯が沸騰してきて、それを見た人だかりが
「おお!こんなに早く湯が沸くのか!」
「あんなに小さな、しかも青い炎なのに!」
と口々に感想を述べている。
それを見ていたシーナが俺の袖を引っ張り、
「ショーエン、みんなは何を驚いているのですか?」
と訊いてきた。
するとシーナの声を聞いた人だかりが、一斉に俺達の方を見た。
「ヒッ」
っとシーナは小さな悲鳴を上げて俺の影に隠れる。
人だかりが俺達の姿に驚きを隠せない様だが、好奇心からか徐々に人の輪が広がり、鍋を沸かすローブの女と俺達を取り囲む様な形になった。
街の人間の表情は、皆一様に警戒感を持っている様に見える。
俺達の衣装を見て、やはり何か特別なものを感じている様だ。
少しの静寂の後、店の女がコンロの火を緩めながらこちらを向いて、
「あなた達は?」
と訊いてきた。
「ああ、俺達は龍神の使いだ。街の様子を見ていたら、ここに人だかりができていたのでな。興味があって近づいただけだ」
と俺は言いながら、ローブの女の目を見て情報津波を使っていた。
ジューン・トリーブ21歳。プレデス星の出身で惑星開拓研修学園を昨年Dクラスで卒業後、移住者グループに入った様だ。学園在籍時には「資源活用」について研究していた様だな。
卒業後すぐにクラスメイトと結婚したが、夫は移住者グループに入ってからは毎日を怠けて暮らしていた様で、数か月後に「怠惰の罪」によりレプト星へ送還されたみたいだ。
その後ジューンはクレア星での孤独に耐えられず、9か月前に新天地を求めてテキル星への移住要請を受け、4か月前にテキル星への移住が実現したらしい。
ところが、テキル星に来ると魔術師が飲ませた薬によって意識を失い、気が付けば騎士の性奴隷として扱われ、妊娠を強要されたがうまくいかず、遺伝子異常と判断されて、騎士は事もあろうに街の外にある森の奥深くにジューンを捨てて帰ってしまったんだとか。
しかし、テキル星はクレア星よりも重力が弱い為に、森の木に登って地理を確認し、2週間前にこの街に帰って来たばかりの様だ。
夜のうちに塀を乗り越えてこの工房区に忍び込み、翌朝、厨房機器の工房を見つけて、工房長に「売れる物が作れるなら雇ってやる」と言われてこのコンロを作り、完成したのが昨日の事らしい。
「龍神の使い?」
とその女は苦笑しながら俺を見る。「おかしな事を言うのね」
とジューンは俺達の衣装を見ても臆する素振りも見せない。
驚いているのは、この会話を聞いている観衆の方だ。
不安そうな顔で俺達のやり取りを固唾と飲んで見ている。
明らかに「神の御使いらしい姿の3人」に対し、臆する事無く話しかける女。
この女が何者かという疑問も湧くだろうし、そもそも龍神の怒りに触れて危害を加えられないかと不安になるのも当然だ。
俺は両手を顔の前に上げて
「ジューン、龍神の使いってのは本当の事だぜ」
と言った。
ジューンはハッとした様に俺を見上げ
「何故、私の名前を? まさかあなた騎士団の・・・」
と言うのを俺は制し、
「いやいや、騎士団は関係無い。街の様子を見ていたのも、お前を探していたからだ」
と言った。
別に嘘じゃない。
ジューンを探していた訳じゃないが、移住者グループから派遣されたプレデス星人を探していたのは本当だもんな。
「私・・・を?」
とジューンは信じられないという顔で「私をどうするつもりなの?」
と訊いてきた。
俺は神の使いらしく、
「お前を保護してやる。そして王城に連れて行く」
と言った。
すると観衆が「おおお・・・!」と騒めきだし、
「御使い様が王城に連れて行く様な人が作ったものなら、このガスコンロってのは良い物に違いないぞ」
と観衆の一人が声を上げた。
すると他の者達も、
「王城に連れて行かれたら、もう手に入らなくなるかも知れねぇ。今すぐにこれを買わせてくれ!」
と次々にコンロを購入しようとするものが現れた。
俺は頷きながら、
「客の相手をしてやれ」
とジューンに言い、しばらく待っている事にした。
ジューンは店の奥から在庫を運び出し、飛ぶ様に売れる商品を次々に客へ手渡していった。
その騒ぎを遠巻きに見ていた通りすがりの者達も「何事だ?」と近づいて来て、
「龍神の御使い様のお墨付きのコンロだよ!」
と言う他の客の声を聞いて
「こりゃ大変だ! 私も買うぞ!」
と次々と客が集まり、100人近くは集まったであろう客たちは、それぞれにコンロを手にして満足気に帰っていった。
コンロは丁度100個準備していた様で、残り2個を残して他は全部売れてしまった様だ。
はあはあと肩で息をするジューンは、ひと息つく様にその場に座り込み、
「あなた達のおかげで、コンロはほぼ完売したわ。ありがとう」
と俺達を見て言った。
周囲に誰も居なくなったのを見て、
「で、私を王城に連れて行って何をさせる気?」
というジューンに
「お前には、証人になってもらおうと思っている」
と俺は答えた。
「お前は、クレア星から来た移住者グループの一員だろ?」
「ええ、そうよ」
「しかも、まだ来てからそう年数も経っていないのだろう」
「ええ、そうね」
「恐らくは、ルークと名乗る魔術師におかしな薬を飲まされて、奴隷として貴族か騎士に売られたのだろう?」
「ええ・・・そ、そうね。騎士の家だったわ」
と少しジューンが俯いた。
俺は情報津波で得た情報と相違ない事を確認しながら頷き、
「俺は移住者グループを奴隷にしてきた魔術師を裁く為に、必要となる証人を探していたんだ」
と言った。「明日、王城で貴族や騎士達が集い、龍神の使いである俺達に謁見を行う機会を与えた。だから俺達は、当事者であるお前を必要としているんだ」
これまで黙って聞いているだけだったティアとシーナも俺の目的を理解した様で
「そうね。あなたと同じ境遇の人も助けたいし、協力をして欲しいわ」
とティアが言い、
「ショーエンに任せておけば、全てがうまくいくのです」
とシーナが続いた。
「ショー・・・エン?」
とジューンは目を見張った。
「どうした?」
と俺はジューンを見て言った。
「私がテキル星の移住を決めた頃、学園にものすごい天才が現れたって噂を聞いた事があるわ」
とジューンが語りだす。
「既に卒業していた私には興味がある話ではなかったけど、クレア星を飛び立つ直前に、食堂のメニューがものすごく改善されたの」
ああ…あの頃か。
と俺は思いながら聞いていた。
「それを成したのが学園のセブンスターと呼ばれる7人で、そのリーダーが確か、ショーエン・ヨシュア…」
とジューンは言いながら「まさか…、あなたがショーエン・ヨシュアなの?」
と訊いて来た。
「ああ、そうだ。俺がショーエン・ヨシュアだ」
と俺は言った。
そして後ろで
「私はティア・ヨシュア。ショーエンの妻よ」
「私はシーナ・ヨシュア。ショーエンの妻なのです」
とティアとシーナが「妻」という所の語気を強めて言った。
「そう… わかったわ。あなたの言う通りにするわ」
とジューンが言いながら立ち上がると、店の奥の扉が開き、工房長らしい貫禄のある男が入って来た。
男は店の中が空っぽになっているのをキョロキョロと見ながら、
「おい、ジューン。コンロは売れたのか?」
と言いながら近づいてくる。
そして俺達の姿を見てハッと息を飲む様な仕草を見せたかと思うと、
「あ…あの、王城の方々で?」
と訊いて来た。
俺は首を横に振り、
「龍神の使いだ。今は王城に世話になっているがな」
と答えた。
工房長は「はは~!」と言ってその場で地面に膝を着き、
「あ、あの…何かお気に障る事があったのなら、悪いのはこの女です!」
とジューンを指さして言い、
「せっかく雇ってやるチャンスをやったのに、何をしでかしたんだ!」
とジューンを怒鳴りつけた。
(あ~あ、これはダメな上司だ。)
とは思ったが、ジューンを雇ってやろうって思ったのは確かだからな。
少し温情を加えておくとするか。
俺は右手を上げて工房長を制し、
「ご主人よ、ジューンの身柄は俺達が貰い受ける。稼いだ金はここに置いて行こう」
と言ってジューンの手を引っ張って立たせ、「異論はあるか?」
と少し凄みを効かせた目で工房長を見た。
工房長は、胸の前で両手を組み、
「ままま、まさか異論なんて! わ、私は何か…罰を受けるのでしょうか?」
と不安そうに訊いて来た。
「いや、お前を罰する理由など無い。良きに計らえ」
と俺は言って、ジューンを連れてその場を立ち去る事にした。
ティアとシーナも踵を返し、工房長をチラリと横目で見ただけで、すぐに俺の腕を掴んで付いて来た。
「あ、あんた達は夫婦なんだよね」
と訊くジューンに、ティアとシーナは頷いて
「そうよ。私達の結婚を龍神クラオが承認したの」
とティーナが答え、シーナも
「この星の最高の承認者の名がデバイスにも記録されているのです」
と誇らしげに言った。
「デバイス…」
とジューンは呟き、「この星ではデバイスは何の役にも立たないわ。あの魔術師以外はデバイスを持ってる人を見た事無いもの」
と俺に向かって言っている様だ。
「そうだな。国王と王妃だけがこの星では公式にデバイスを持っている様だ。魔術師は自分で作ったバイスを隠れて装備しているだけだがな」
と俺が言うと、
「デバイスを自分で作った?」
と驚いて声を上げた。「そんな事が出来るの?」
「500年前の技術で作った代物だから、大した機能は使えないけどな」
と俺は首を振りながら「しかし、移住者グループでこの星に来た者は他にも居るだろうに、そいつらと連絡は取れないのか?」
と俺はジューンに訊いてみた。
「連絡を取りたかったけど、これだけ広い街で散り散りになっちゃったら、デバイスが使えないこの星じゃ通信は届かないし、どうしようも無いよ」
とジューンが肩をすくめた。
「なるほどな・・・」
と俺は頷きながら、「なあシーナ。中継器を使えば、この街のデバイスを持ったプレデス人を集められるんじゃないか?」
と俺が言うと、シーナは頷き
「この街は広いけど、土地が平坦なので、一番背が高い王城の屋根に中継器を仕込んで、あとは4か所か5か所位、放射状に囲めば通信は隅々まで行き届くはずなのです」
と言った。
「なるほど、それはいいな」
と俺はニヤリとして「今夜の内に中継器を王城に仕掛けて、この街のプレデス星人全員にメッセージを送ろう」
と言うと、シーナは事も無げに頷き、そのやりとりを見ていたジューンは目を丸くして見ていたのだった。
△△△△△△△△△△△△
しばらく歩いているうちに王城の正門が見えて来た。
「街の他のエリアも見て回りたかったが、まずはジューンの保護を優先したい。それでいいか?」
と俺はティアとシーナを見て言った。
「ええ、もちろん」
と二人は頷いた。
本当は街でデート気分を味わいたかったろうに、二人とも健気だよな。
実際には国内の陰謀の共謀者を炙り出し、その為の証人を連れて歩いている訳で。
(しかも、明日の午後には、最低でも人が一人処刑されるってのにな・・・)
俺はそんな事を思いながら歩き続け、近付いてくる王城の正門を見上げていたのだった・・・
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