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次期将軍に内定していた一橋豊千代の実母・富も将軍・家治の御台所であった倫子に対する殺人の疑いで目付の堀帯刀によって遂に逮捕さる。
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それから治済は鼻血を垂らしながら辰ノ口の評定所へと連行され、そして評定所内の仮牢に収監…、ぶち込まれたのであった。
同時に、御膳奉行の高尾惣十郎とその相役…、同僚である山木次郎八の二人も再び、仮牢へと移送されたのであった。
その仮牢には既に、「先客」とも言うべき留守居の依田政次と、それに奥御膳所台所頭の重田彦大夫と賄頭の森山忠三郎の姿があり、そこへ新たに治済までが加わったことで、とりわけ依田政次は愕然としたものであった。
それもその筈、政次にしてみれば、
「直ぐに解き放ちになる筈…」
その自信があったからだ。
即ち、将軍・家治が毒殺されれば直ぐに解き放ちになる筈…、新たに将軍となる一橋豊千代の実父である治済によって解き放ちになる筈と、政次にはその自信があればこそ、己の身柄を拘束した高井直熙に対して泰然自若としていられたのであった。
それが治済までがここ、辰ノ口の評定所内の仮牢へと「ご招待」されたとあっては、将軍・家治の毒殺が失敗に終わったことを物語っていた。
のみならず、己の命運も尽きたことをも物語っており、政次はそうと悟ったゆえに愕然としたのであった。
同じ頃、一橋邸にもいったんは引き揚げた筈の大番組…、本堂親房が頭として束ねる三番組が将軍・家治の命により再び、差し遣わされ、邸内を取り囲んだのであった。
のみならず、先手鉄砲頭である杉浦長門守勝興とその配下の與力10騎に同心50人、同じく先手鉄砲頭の大久保彌三郎忠厚とその配下の與力5騎に同心30人をも一橋邸へと差し向けたのであった。勿論、本堂親房とその配下の番士や與力、同心らを援護させるべく、であった。
即ち、一橋邸内にて捕物を行わせるとなれば、当然、不測の事態が予測され、そこで家治はその不測の事態に備えて番方…、軍事部門のそれも鉄砲隊である先手鉄砲頭とその配下の與力・同心らに大番組を援護させることにし、そこで今宵が宿直であった杉浦勝興と大久保彌三郎の二人をその各々の與力や同心らと共に、一橋邸へと差し遣わしたわけである。
そうしてまずは大番組が…、三番組の番士とそれに與力と同心らが組頭の差配により一橋邸を取り囲ませるや、用意しておいた龕灯でもって一橋邸を照らしたのであった。
これには邸内にいた一橋家の臣たちも驚いた。
とりわけ屋敷の主である治済の股肱の臣とも言うべき岩本喜内がそうであった。
「一体、何事ぞっ!」
喜内は未だに、目付の末吉善左衛門らと祝宴…、将軍・家治が死に、そして晴れて主君・治済の嫡子の豊千代が将軍として本丸入りを果たすであろうその前祝の最中であり、そこへ外部から龕灯でもって屋敷内を照らされたわけだから、驚きの余り、思わずそう怒鳴り声を上げたのも当然と言えた。
いや、驚いたのは何も岩本喜内だけではない。その場にいた皆が驚き、そんな中、目付の末吉善左衛門は真っ先に立ち上がるや、それこそ、
「おっとり刀で…」
光源へと駆け出して行ったものである。
そうして末吉善左衛門は脇門より邸外へと出てみると、いや、出ようとしたが、脇門の前にも既に人が…、大番組の同心の姿があり、善左衛門を改めて驚かせたものである。
それでも善左衛門は、「一体、何事ぞっ」と精一杯の声を張り上げたものであった。
だがそんな善左衛門に対して、相役…、同僚の堀帯刀が冷たく応じた。堀帯刀もまた、将軍・家治の命によりここ一橋邸へと差し遣わされたのであった。
精一杯の声を張り上げてみせる、と言うよりは虚勢を張ってみせる善左衛門の前へと堀帯刀が進み出るや、
「随分と顔が赤いようだの…」
堀帯刀はまずはそう言い放った。
目付たる者が役目も忘れて酒にうつつを抜かすとは何事ぞ…、堀帯刀は暗にそう非難していたのだ。
それに対して善左衛門も流石にバツが悪くなったようで決まりの悪い顔をしたものの、それでも直ぐに持ち前の「厚顔無恥」ぶりを発揮して態勢を立て直すや、
「それより畏れ多くも一橋卿様のお屋敷を取り囲むとは何事ぞっ!」
そう反論してみせた。どうやらそれで皆が退くに相違あるまいと、善左衛門はそう信じて疑わない様子であった。
そんな善左衛門の様子を見せ付けられた堀帯刀は思わず噴出しそうになった。善左衛門のその様子が堀帯刀の瞳には滑稽に映ったからだ。
それでも堀帯刀は何とか噴出すのを堪えるや、善左衛門を平伏させるに十分過ぎる書状をその懐中より取り出したのであった。
言うまでもなく、それは「上意」であり、堀帯刀は将軍・家治の命によりここ一橋邸へと差し遣わされるに当たり、家治よりその直筆の「上意」を預かっていたのだ。
その「上意」の中身たるや、今、堀帯刀の目の前に立つ、いや、「上意」を前にして今や、地面に平伏した善左衛門を始めとする、将軍・家治の毒殺未遂、それに次期将軍・家基毒殺に関与した者たちを捕縛せよとの、謂わば、
「逮捕状…」
であったのだ。
堀帯刀はその上意、もとい「逮捕状」を目の前にて平伏す末吉善左衛門に対して読み聞かせるや、直ぐに大番組の同心に命じてまずは一匹…、奸臣とも言うべき善左衛門を召し捕らせたのであった。
と同時に、善左衛門の手によって開け放たれたままの脇門より邸内へとドッと、大番組の與力や同心らが雪崩れ込むと、中から大門を開け、そうして残る大番組の番士に與力や同心ら、それに鉄砲を構えた先手鉄砲組の與力らも邸内へと雪崩れ込んだのであった。
その様はまるで、彼の有名なる「赤穂義士」を髣髴とさせた。いや、家基の仇を討つという側面があるので、その点、赤穂義士に似ているやも知れなかった。
ともあれそうして一斉に吉良邸ならぬ一橋邸へと雪崩れ込んだ大番組の番士らは土足で屋敷の中へと侵入して行った。堀帯刀も勿論、その中の一人であった。
「慮外者めがっ!一体、ここをどこと心得えておるっ!」
善左衛門と同様、治済の股肱の臣である岩本喜内もまた、土足で侵入した大番組の番士らに対してそう精一杯の声を張り上げた。
尤も、岩本喜内は声を張り上げただけで、その腰のものには手をかけようとはしなかった。それは「数の力」によるところもあろうが、それ以上に大番組の番士らの背後に控える「鉄砲隊」の威力によるところ大であった。
要は下手に腰のものに手をかけて、
「射掛けられてはかなわぬ…」
つまりは我が身可愛さから、もっと言うなら命惜しさから岩本喜内は腰のものには手をかけなかったというわけだ。これで自爆覚悟で応戦したならば、
「敵ながら天晴れ…」
というものであろうが、生憎、堀帯刀らが相手にする敵、もとい岩本喜内はそれとは正反対の、何よりも己の命が惜しい臆病者であった。治済の股肱の臣を自認しながらも、所詮はこの程度であった。
ともあれ堀帯刀はやはりこの岩本喜内に対しても、善左衛門の時と同様、上意もとい「逮捕状」を示して岩本喜内をもやはり平伏させると、大番組の同心に命じてこの岩本喜内をも捕縛、逮捕させたのであった。
堀帯刀はそういった要領で次々とその上意もとい「逮捕状」に認められていた「被疑者」らを大番組の同心らに召し捕らせたのであった。
そしてその中には次期将軍に内定していた豊千代の実母である富も含まれていた。被疑事実は勿論、
「将軍・家治の御台所であった倫子に対する殺人の疑い」
であった。
同時に、御膳奉行の高尾惣十郎とその相役…、同僚である山木次郎八の二人も再び、仮牢へと移送されたのであった。
その仮牢には既に、「先客」とも言うべき留守居の依田政次と、それに奥御膳所台所頭の重田彦大夫と賄頭の森山忠三郎の姿があり、そこへ新たに治済までが加わったことで、とりわけ依田政次は愕然としたものであった。
それもその筈、政次にしてみれば、
「直ぐに解き放ちになる筈…」
その自信があったからだ。
即ち、将軍・家治が毒殺されれば直ぐに解き放ちになる筈…、新たに将軍となる一橋豊千代の実父である治済によって解き放ちになる筈と、政次にはその自信があればこそ、己の身柄を拘束した高井直熙に対して泰然自若としていられたのであった。
それが治済までがここ、辰ノ口の評定所内の仮牢へと「ご招待」されたとあっては、将軍・家治の毒殺が失敗に終わったことを物語っていた。
のみならず、己の命運も尽きたことをも物語っており、政次はそうと悟ったゆえに愕然としたのであった。
同じ頃、一橋邸にもいったんは引き揚げた筈の大番組…、本堂親房が頭として束ねる三番組が将軍・家治の命により再び、差し遣わされ、邸内を取り囲んだのであった。
のみならず、先手鉄砲頭である杉浦長門守勝興とその配下の與力10騎に同心50人、同じく先手鉄砲頭の大久保彌三郎忠厚とその配下の與力5騎に同心30人をも一橋邸へと差し向けたのであった。勿論、本堂親房とその配下の番士や與力、同心らを援護させるべく、であった。
即ち、一橋邸内にて捕物を行わせるとなれば、当然、不測の事態が予測され、そこで家治はその不測の事態に備えて番方…、軍事部門のそれも鉄砲隊である先手鉄砲頭とその配下の與力・同心らに大番組を援護させることにし、そこで今宵が宿直であった杉浦勝興と大久保彌三郎の二人をその各々の與力や同心らと共に、一橋邸へと差し遣わしたわけである。
そうしてまずは大番組が…、三番組の番士とそれに與力と同心らが組頭の差配により一橋邸を取り囲ませるや、用意しておいた龕灯でもって一橋邸を照らしたのであった。
これには邸内にいた一橋家の臣たちも驚いた。
とりわけ屋敷の主である治済の股肱の臣とも言うべき岩本喜内がそうであった。
「一体、何事ぞっ!」
喜内は未だに、目付の末吉善左衛門らと祝宴…、将軍・家治が死に、そして晴れて主君・治済の嫡子の豊千代が将軍として本丸入りを果たすであろうその前祝の最中であり、そこへ外部から龕灯でもって屋敷内を照らされたわけだから、驚きの余り、思わずそう怒鳴り声を上げたのも当然と言えた。
いや、驚いたのは何も岩本喜内だけではない。その場にいた皆が驚き、そんな中、目付の末吉善左衛門は真っ先に立ち上がるや、それこそ、
「おっとり刀で…」
光源へと駆け出して行ったものである。
そうして末吉善左衛門は脇門より邸外へと出てみると、いや、出ようとしたが、脇門の前にも既に人が…、大番組の同心の姿があり、善左衛門を改めて驚かせたものである。
それでも善左衛門は、「一体、何事ぞっ」と精一杯の声を張り上げたものであった。
だがそんな善左衛門に対して、相役…、同僚の堀帯刀が冷たく応じた。堀帯刀もまた、将軍・家治の命によりここ一橋邸へと差し遣わされたのであった。
精一杯の声を張り上げてみせる、と言うよりは虚勢を張ってみせる善左衛門の前へと堀帯刀が進み出るや、
「随分と顔が赤いようだの…」
堀帯刀はまずはそう言い放った。
目付たる者が役目も忘れて酒にうつつを抜かすとは何事ぞ…、堀帯刀は暗にそう非難していたのだ。
それに対して善左衛門も流石にバツが悪くなったようで決まりの悪い顔をしたものの、それでも直ぐに持ち前の「厚顔無恥」ぶりを発揮して態勢を立て直すや、
「それより畏れ多くも一橋卿様のお屋敷を取り囲むとは何事ぞっ!」
そう反論してみせた。どうやらそれで皆が退くに相違あるまいと、善左衛門はそう信じて疑わない様子であった。
そんな善左衛門の様子を見せ付けられた堀帯刀は思わず噴出しそうになった。善左衛門のその様子が堀帯刀の瞳には滑稽に映ったからだ。
それでも堀帯刀は何とか噴出すのを堪えるや、善左衛門を平伏させるに十分過ぎる書状をその懐中より取り出したのであった。
言うまでもなく、それは「上意」であり、堀帯刀は将軍・家治の命によりここ一橋邸へと差し遣わされるに当たり、家治よりその直筆の「上意」を預かっていたのだ。
その「上意」の中身たるや、今、堀帯刀の目の前に立つ、いや、「上意」を前にして今や、地面に平伏した善左衛門を始めとする、将軍・家治の毒殺未遂、それに次期将軍・家基毒殺に関与した者たちを捕縛せよとの、謂わば、
「逮捕状…」
であったのだ。
堀帯刀はその上意、もとい「逮捕状」を目の前にて平伏す末吉善左衛門に対して読み聞かせるや、直ぐに大番組の同心に命じてまずは一匹…、奸臣とも言うべき善左衛門を召し捕らせたのであった。
と同時に、善左衛門の手によって開け放たれたままの脇門より邸内へとドッと、大番組の與力や同心らが雪崩れ込むと、中から大門を開け、そうして残る大番組の番士に與力や同心ら、それに鉄砲を構えた先手鉄砲組の與力らも邸内へと雪崩れ込んだのであった。
その様はまるで、彼の有名なる「赤穂義士」を髣髴とさせた。いや、家基の仇を討つという側面があるので、その点、赤穂義士に似ているやも知れなかった。
ともあれそうして一斉に吉良邸ならぬ一橋邸へと雪崩れ込んだ大番組の番士らは土足で屋敷の中へと侵入して行った。堀帯刀も勿論、その中の一人であった。
「慮外者めがっ!一体、ここをどこと心得えておるっ!」
善左衛門と同様、治済の股肱の臣である岩本喜内もまた、土足で侵入した大番組の番士らに対してそう精一杯の声を張り上げた。
尤も、岩本喜内は声を張り上げただけで、その腰のものには手をかけようとはしなかった。それは「数の力」によるところもあろうが、それ以上に大番組の番士らの背後に控える「鉄砲隊」の威力によるところ大であった。
要は下手に腰のものに手をかけて、
「射掛けられてはかなわぬ…」
つまりは我が身可愛さから、もっと言うなら命惜しさから岩本喜内は腰のものには手をかけなかったというわけだ。これで自爆覚悟で応戦したならば、
「敵ながら天晴れ…」
というものであろうが、生憎、堀帯刀らが相手にする敵、もとい岩本喜内はそれとは正反対の、何よりも己の命が惜しい臆病者であった。治済の股肱の臣を自認しながらも、所詮はこの程度であった。
ともあれ堀帯刀はやはりこの岩本喜内に対しても、善左衛門の時と同様、上意もとい「逮捕状」を示して岩本喜内をもやはり平伏させると、大番組の同心に命じてこの岩本喜内をも捕縛、逮捕させたのであった。
堀帯刀はそういった要領で次々とその上意もとい「逮捕状」に認められていた「被疑者」らを大番組の同心らに召し捕らせたのであった。
そしてその中には次期将軍に内定していた豊千代の実母である富も含まれていた。被疑事実は勿論、
「将軍・家治の御台所であった倫子に対する殺人の疑い」
であった。
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