天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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一橋家と縁のある御膳奉行の高尾惣十郎信福と山木次郎八勝明

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「その時の…、ひろめの際の二人の様子…、その山名やまな荒三郎こうざぶろう高尾たかお惣兵衛そうべえの様子はどうでしたか?」

 平蔵は名主なぬし明田あけた惣蔵そうぞうさらに質問をびせた。

「どうとは…」

 問い返す明田あけた惣蔵そうぞうに対して平蔵は誘導ゆうどう訊問じんもん仕掛しかけた。すなわち、

「迷惑そうな様子ではありませんでしたか?」

 そう尋ねたのであった。すると明田あけた惣蔵そうぞうもその時のことを思い出したらしく、「そう言えば…」と切り出すや、

「確かに、迷惑そうな表情をしておりました」

 明田あけた惣蔵そうぞうはそう認めたのであった。

 それから明田あけた惣蔵そうぞうは奉行の景漸かげつぐの頼みに応じて、小野おの章以あきしげ診療しんりょうじょ住居じゅうきょ見張みはるための見張みはりじょへと定町じょうまちまわり同心どうしんを案内すべく、その定町じょうまちまわり同心どうしんを引き連れて、奉行所をあとにした。

 そうしてふたたび、奉行の景漸かげつぐと二人きりとなった平蔵は、

小野おの章以あきしげ意図いとは明らかですな…」

 そう切り出したのであった。すると景漸かげつぐはそれに対して、

まんいつそなえて、だの?」

 そう確かめるように平蔵にぶつけたのであった。

「ええ。仮に、れて一橋ひとつばし治済はるさだ思惑おもわく通り、御台みだい様や萬壽ます姫様のお命を頂戴ちょうだいすることができたとして…、小野おの章以あきしげが用意した毒キノコ…、シロテングタケか、あるいはドクツルタケの効果…、遅効ちこう性にして、それも致死ちし性のある毒キノコだと、それが確かめられたとして、その場合には小野おの章以あきしげ最早もはや用済ようずみとして始末しまつされるやも知れぬと…」

 平蔵がそう言うと、あとの言葉を景漸かげつぐが引き取ってみせた。

小野おの章以あきしげ自身、それが分かっていたからこそ、そのまんいつの場合にそなえて、本銀町一丁目の家屋敷を買うに際してわざわざ保証人に一橋家の陪臣ばいしん山名やまな荒三郎こうざぶろうを立ててみたり、あるいは代金の受け渡しを一橋ひとつばし邸、それも一橋ひとつばし御門ごもんないにある、わばかみ屋敷やしきにて行ってみたり、あまつさえ、ひろめに…、町内の挨拶あいさつ回りに、山名やまな荒三郎こうざぶろうさらに同じく一橋ひとつばし家の陪臣ばいしんである高尾たかお惣兵衛そうべえまでも引き連れた…、これらはひとえに己が一橋ひとつばし家とえにしがあることを周囲に見せつけるためであり、ひいては己の身にまんいつのことあらば、一橋ひとつばし家に嫌疑けんぎが向くように…」

 まさしくその通りであり、平蔵はそれを考えていたのだ。いや、小野おの章以あきしげ用済ようずみ…、それもくちふうじのために一橋ひとつばし家から消されたところで、流石さすが一橋ひとつばし家にその嫌疑けんぎまでは向けられないかも知れないが、しかし、小野おの章以あきしげつながりが、所謂いわゆる

かん

 それがあるということで、事情ぐらいはかれるよう、小野おの章以あきしげは「保険」の意味で周囲に対して一橋ひとつばし家とのえにしを「アピール」したのやも知れぬ。

「ところで…、曲淵まがりぶち様は先ほど、名主なぬし明田あけた殿が高尾たかお惣兵衛そうべえの名を口にされた途端とたん、顔色を変えたように見受けられましたが…」

 平蔵は気になっていたことを尋ねた。すると景漸かげつぐは目を丸くした。

「気付かれたか…、いや、良い眼をしている…」

 景漸かげつぐはまずは平蔵をそう持ち上げた上で、その理由について語った。

「されば高尾たかおなる苗字みょうじに聞き覚えがありましてな…」

「お知り合いで?」

「いや、知り合いというわけではないが…、もしかしたら旗本の高尾たかお惣十郎そうじゅうろう信福のぶとみ殿の縁者えんじゃではあるまいかと…」

高尾たかお…、惣十郎そうじゅうろう、殿でござるか…」

 似ていると平蔵は思った。通称つうしょうが、である。

 武士の世界においては通称つうしょう大抵たいてい、父から嫡男ちゃくなんへと受けがれるものである。

 平蔵の場合、「平蔵」が正にそうであり、父・宣雄のぶおも「平蔵」の通称つうしょうを名乗っていた。

 そして嫡男ちゃくなん以外の次男坊、三男坊も通称つうしょうかしら文字もじされることが多かった。

 してみると、旗本の高尾たかお家では代々、「惣十郎そうじゅうろう」の通称つうしょう嫡男ちゃくなんへと受けがれており、嫡男ちゃくなん以外の次男坊、三男坊はそのかしら文字もじの「そう」がされるものと考えられ、そうであれば高尾たかお惣兵衛そうべえ高尾たかお惣十郎そうじゅうろう信福のぶとみ叔父おじか弟か、あるいは我が子にして次男坊か、三男坊に相当そうとうする可能性があり得た。

「その高尾たかお殿…、旗本の高尾たかお惣十郎そうじゅうろう殿の今のよわいは…」

 平蔵のその問いの意味するところを景漸かげつぐぐにさとったらしく、

「正確なところは分からぬが、見たところ40代ゆえ、されば高尾たかお惣兵衛そうべえなる者…、一橋ひとつばし家の陪臣ばいしんから察するに、高尾たかお惣十郎そうじゅうろう殿にとっては叔父おじか、さもなくば弟に相当そうとうする人物ではないかと…」

 高尾たかお惣兵衛そうべえ高尾たかお惣十郎そうじゅうろうの子供、それも次男や三男である可能性は低いのではあるまいかと、景漸かげつぐ示唆しさしたのであった。

無論むろん高尾たかお殿のそく…、次男や三男の可能性がまったくないわけではないが…」

 景漸かげつぐ慎重しんちょうにそう付け加えることも忘れなかった。

「してその高尾たかお殿…、旗本の高尾たかお惣十郎そうじゅうろう殿は何らかのお役にいているので?」

 平蔵が景漸かげつぐにそう尋ねると、景漸かげつぐから「何ゆえに左様さように思われる?」と聞き返された。

「されば無役むやくの旗本なれば登城とじょうせし機会も限られており…、一方、この平蔵が曲淵まがりぶち様に対して高尾たかお殿…、旗本の高尾たかお殿のよわいにつき尋ねましたるところ、曲淵まがりぶち様は見たところと、左様さよう前置まえおきされましたるところから察するに、曲淵まがりぶち様は御城おしろにて高尾たかお殿と顔を合わされたことがあるのではないかと…、つまりは高尾たかお殿は御城おしろ勤めをしているのではないかと、左様さように思いまして…」

「やはり…、平蔵殿は中々なかなかに良い眼の…、かんの持ち主らしい…」

 景漸かげつぐがまずは平蔵のその「かんばたらき」を称揚しょうようしてみせた上で、

如何いかにも平蔵殿がご推察すいさつの通り、高尾たかお殿は御城おしろ勤めをしておられる…」

 平蔵の「推理」を認めたのであった。

「して、如何いかなるお役に?」

「されば御膳ごぜん奉行ぶぎょうであったと…」

「それは…、本丸ほんまる御膳ごぜん奉行ぶぎょうという意味でござるか?」

如何いかにも…」

「されば本丸ほんまるにて、おそれ多くも上様うえさまの…、上様うえさまがおしあがりになられしお食事の毒見どくみになわれし…」

 平蔵がそこまで言うと、景漸かげつぐも何ゆえに平蔵がそこまでクドクドと念押しするように尋ねるのか、その真意しんいに気付いた様子であり、「まさか…」とうめき声を発した。

 すると平蔵もその通りだと言わんばかりにうなずいてみせたので、

「今度はおそれ多くも上様うえさまを…、上様うえさまのお命をねらうと申すのかっ!?一橋ひとつばしは…」

 景漸かげつぐはやはりうめくようにそう尋ねたのであった。

無論むろん、今の一橋ひとつばし治済はるさだ家老かろうを始めとせし陪臣ばいしん共々ともども一橋ひとつばし御門ごもんないにありし屋敷やしきにて謹慎きんしんの身、しかもご公議こうぎより厳重げんじゅうなる監視かんしに置かれておることゆえ、一橋ひとつばし治済はるさだおそれ多くも上様うえさまのお命を…、大納言だいなごん様が死の真相が明らかになる前に…、それも上様うえさまがお知りになられし前に何としてでも上様うえさまのお命をうばえとは…、かる指図さしずを下すことは今の一橋ひとつばし治済はるさだには不可能でござろうが…、なれど前もって計画していたことなれば如何いかがでござろう…」

 平蔵が謎かけするようにそう言うと、「前もって、だと?」と景漸かげつぐは聞き返した。

左様さよう…、さればこれはあくまでこの平蔵の想像でござるが…」

 平蔵はまずはそう前置まえおきしてからその己の推理を景漸かげつぐ披瀝ひれきした。

「されば…、まんいつ…、まさに今の場合を想定してでござるが…、大納言だいなごん様の死の真相…、大納言だいなごん様の死はまことは毒殺にて、しかも己が…、一橋ひとつばし治済はるさだこそがその黒幕くろまくであると、おそれ多くも上様うえさまに気付かれしあかつきには、いや、それどころかいまだ気付かれずとも、気付かれようとしているその時には、上様うえさまのお命もうばえと…」

「前もって左様さよう御膳ごぜん奉行ぶぎょう高尾たかお惣十郎そうじゅうろう殿、いや、高尾たかお惣十郎そうじゅうろうめに指図さしずしておいたと申すのか?一橋ひとつばし治済はるさだは…」

無論むろん高尾たかお惣兵衛そうべえかいして、でござろうが…」

 まさかに天下の御三卿ごさんきょうである一橋ひとつばし家の当主たる治済はるさだみずか高尾たかお惣十郎そうじゅうろうの元へと足を運ぶわけにもゆかず、さりとて高尾たかお惣十郎そうじゅうろう一橋ひとつばし邸にまねくのも考えものであった。

 そこで高尾たかお惣十郎そうじゅうろう縁者えんじゃである高尾たかお惣兵衛そうべえわば、「メッセンジャー」の役目をさせたのではないかと、平蔵はそう考え、そんな平蔵の考えに景漸かげつぐも同感だと言わんばかりにうなずいた。

「されば一橋ひとつばし治済はるさだがことは…、清水様共々ともどもおそれ多くも大納言だいなごん様の死に関与かんよせし嫌疑けんぎにより蟄居ちっきょ謹慎きんしんを命じられ、あまつさえ厳重なる監視かんしに置かれしことは御膳ごぜん奉行ぶぎょう高尾たかお惣十郎そうじゅうろうの耳にももう届いている頃にて…」

「そこで高尾たかお惣十郎そうじゅうろう縁者えんじゃである高尾たかお惣兵衛そうべえかいしてだが、前もって一橋ひとつばし治済はるさだより命じられていた通り、おそれ多くも上様うえさまがおし上がりになられしお食事に毒を…、やはりシロタマゴテングタケか、あるいはドクツルタケを混入こんにゅうして、上様うえさまのお命も奪うと?」

御膳ごぜん奉行ぶぎょうなればそれも可能かと…」

「なれどおそれ多くも上様うえさま御城おしろにておし上がりになられしお食事ともなると、御膳ごぜん奉行ぶぎょう毒見どくみの後に、さら小納戸こなんど毒見どくみもあるのだぞ?」

「されば小納戸こなんどの中にも一橋ひとつばし治済はるさだいきのかかりし者たちがおりますれば…」

岩本いわもと正五郎しょうごろう正倫まさとも松下まつした左十郎さじゅうろう正邑まさむらがことだな?」

「ええ。まず初めにお話申し上げました通り…、って言っても意知おきともさん…、いえ、田沼様からの受け売りなんですが、岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうは共に岩本いわもと家…、次期将軍に内定ないていせし豊千代とよちよぎみの実母、おとみの方の実家である岩本いわもと家の縁者えんじゃ、それも岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろう従兄弟いとこ同士の間柄あいだがらにて、しかも本丸ほんまる小納戸こなんどつとめており、あまつさえ、二人はかつてはおく差配さはいせし御膳ごぜんばんとして組んでおり…、そうであればおそれ多くも上様うえさまのお食事の毒見どくみに際しても、この二人…、岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうが組んで当たっているのやも…」

「だが仮にそうだとしても、小納戸こなんどは…、本丸ほんまる小納戸こなんど岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうの二人のみならず、他にも数多あまたおるゆえ、さればおそれ多くも上様がおし上りになられしお食事の毒見どくみ…、小納戸こなんどによる毒見どくみ輪番りんばんせいであろうから、おそれ多くも上様うえさま大納言だいなごん様が死の真相を…、一橋ひとつばし治済はるさだ黒幕くろまくだと気付くその前に、都合つごう良く、岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうばん…、上様がおし上がりになられしお食事を毒見どくみせし番が、いや、正確には毒見どくみをしない番が回ってくるとは限らず…」

 景漸かげつぐの言う通りであった。

「第一、岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうが今でも組んで毒見どくみになっているか、それは分からず…」

 やはりこれも景漸かげつぐの言う通りで、平蔵は思わずうなった。

「それに毒見役の御膳ごぜん奉行ぶぎょうにしても同じことが言えるぞ…」

「と申されますと?」

 平蔵は首をかしげた。

御膳ごぜん奉行ぶぎょうは一人にあらず…、されば高尾たかお惣十郎そうじゅうろうの他にも、あと二人おるのだ…」

「あと二人…」

左様さよう。されば坂部さかべ三十郎さんじゅうろう廣保ひろやす殿と山木やまき次郎八じろはち勝明かつあきら殿がそうなのだ」

「つまり御膳ごぜん奉行ぶぎょうは定員が3人と…」

左様さよう。さればその3人でもって毒見どくみに当たるのだ。何しろおそれ多くも上様うえさまがおしあがりになられしお食事だが、ご朝食とご昼食は二の膳、ご夕食は一の膳ではあるが、大きな膳であり、ともあれすべてのお食事しょくじ御膳ごぜん奉行ぶぎょうが二人…、三人のうち二人がになうのだ」

「一人ではなく二人…」

左様さよう。されば仮に、御膳ごぜん奉行ぶぎょう高尾たかお惣十郎そうじゅうろう毒見どくみ最中さなか、お食事に毒でも混入こんにゅうせしものなら…」

相役あいやくに気付かれると?」

「そういうことだ」

「なれどそれなら…、そう、小納戸こなんどなれば…」

「確かに小納戸こなんども、御膳ごぜん奉行ぶぎょう毒見どくみませしそのお食事をさら毒見どくみいたす」

「それなれば、小納戸こなんどが…、岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうが…、この二人が毒を混入こんにゅうせしことは十分じゅうぶんに可能なのでは?」

「確かに…、小納戸こなんど二人が密室みっしつにて二人だけで毒見どくみを行うのであればそれも可能であろうな…」

「と申されますと…」

左様さよう…、されば小納戸こなんどによる毒見どくみ御膳ごぜん奉行ぶぎょう立ち会いのもとで行われるのだ」

「えっ…」

「さればおそれ多くも上様うえさまがおしあがりになられしお食事の毒見どくみだが、まずは中奥なかおく御座之間ござのまの近く…、御座之間ござのま三之間さんのま笹之間ささのまとの間にはさまれし御膳ごぜん建之間だてのまにて御膳ごぜん奉行ぶぎょう…、二人の御膳ごぜん奉行ぶぎょうによる毒見どくみが行われ、それがむと御膳ごぜん奉行ぶぎょうの手により囲炉裏之間いろりのまへと、その毒見どくみませし食事が運ばれるのだ」

「二人の御膳ごぜん奉行ぶぎょうみずからが毒見どくみをした食事…、上様うえさまがおしあがりになられる食事を囲炉裏之間いろりのまへと運ぶ、と?」

左様さよう。されば囲炉裏之間いろりのま小納戸こなんどが待ち受けており、御膳ごぜん奉行ぶぎょう立ち会いのもと小納戸こなんどがもう一度、毒見どくみをした後、囲炉裏いろりでその食事を温め直して、上様うえさま御前ごぜんへと、御膳ごぜんが運ばれるのだ。小納戸こなんどの手によって…」

「それでは…、運ぶ途中とちゅうに…」

「そのような器用きよう真似まねが出来ると思うか?それに第一、廊下ろうかでは人目ひとめもあろうぞ」

 景漸かげつぐにそう反駁はんばくされて、さしもの平蔵も押し黙った。

 すると景漸かげつぐ不意ふいに何かを思い出したらしく、「いや、待てよ…」と口にした。

「どうかされましたか?」

「いや…、坂部さかべ殿はかく、いまひとり…、山木やまき次郎八じろはち殿は確か、父上…、養父は一橋ひとつばし家老であったわ…」

 景漸かげつぐのその言葉に平蔵は目をいた。

「それはまことでっ!?」

 平蔵は勢い込んで尋ねた。

まことぞ。しかも坂部さかべ殿は確か今年でおんとし71ゆえ、お毒見ももっぱら、ご朝食とご昼食に限られており…」

「ご夕食は…、ご夕食の毒見どくみは免除されている、と?」

左様さよう。ご夕食の毒見どくみともあらば畢竟ひっきょう宿直とのいとなるゆえに…」

「それでは…、ご夕食の毒見どくみもっぱら、一橋ひとつばし家とえにしのある高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはちになうと?」

「そういうことだ」

「それなら…、ご夕食の毒見どくみにないし御膳ごぜん奉行ぶぎょう高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはちが二人共、一橋ひとつばし家とえにしがあるならば、御膳ごぜん建之間だてのまにおいて、その御膳ごぜん奉行ぶぎょう高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはち毒見どくみしょうして、上様うえさまがおしあがりになられるそのご夕食に毒物を混入こんにゅうせしことも可能ならば、あるいは囲炉裏之間いろりのまにおいて高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはちが立ち会いのもと、いや、黙認もくにんもと小納戸こなんど岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうがその高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはちの二人が運んで来たそのご夕食に毒物を混入こんにゅうせしことも…」

左様さよう…、無論むろん高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはち毒物どくぶつ混入こんにゅうせし場合でも、もう一度、毒見どくみにな小納戸こなんど岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうが望ましいがの…」

 景漸かげつぐの言う通りであった。仮に御膳ごぜん奉行ぶぎょう高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはちが夕食に毒物を混入こんにゅうする場合、もう一度、毒見どくみを行う小納戸こなんど岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろう以外の、つまりはよもや御膳ごぜん奉行ぶぎょう高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはちが夕食に毒物を混入こんにゅうしたなどとは知らない小納戸こなんどであった場合、その小納戸こなんどもまた律儀りちぎに夕食に口をつけるであろうから、その事情を知らない小納戸こなんどまでが毒物の犠牲ぎせいとなる。

 いや、これで家基いえもとの命を奪ったのと同じシロタマゴテングタケ、あるいはドクツルタケという遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒物でもって上様うえさまこと将軍・家治を毒殺するつもりなら、事情を知らない小納戸こなんど犠牲ぎせいになると言っても、すぐには死なないわけだから、一橋ひとつばし治済はるさだサイドにしてみれば、小納戸こなんどの一人や二人、犠牲ぎせいになったところで一向いっこうかまわないのであろう。

 だが一橋ひとつばし治済はるさだサイドにとって今はまさに、

事態じたい切迫せっぱくしている…」

 その状態であった。そうであればいまぐにでも将軍・家治の命を奪おうとするであろう。いや、高尾たかお惣十郎そうじゅろう山木やまき次郎八じろはちあるいは岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうといった一橋ひとつばし家と縁のある者ならば、一橋ひとつばし治済はるさだ胸中きょうちゅうをそう忖度そんたくしている頃に違いなかった。

 そうであれば即効そっこう性のある毒物でもって将軍・家治を毒殺しようと考えるはずであり、そうであれば最後に毒見どくみにな小納戸こなんど岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうが望ましい、と言うよりはそれしかあり得なかった。

 なぜならそれ以外の事情を知らぬ小納戸こなんどが最後の毒見どくみになおうものなら律儀りちぎ即効そっこう性の毒物入りの夕食にはしをつけ、そうなれば小納戸こなんどさきに死亡し、当然、大騒ぎとなって、家治にその毒入りの夕食を食べさせることなど不可能になるからだ。

高尾たかお惣十郎そうじゅうろう山木やまき次郎八じろはち、それに岩本いわもと正五郎しょうごろう松下まつした左十郎さじゅうろうは何としてでも、それこそ今夕にでも毒見どくみを…、ご夕食の毒見どくみにないたいと望むところでしょう…」

 平蔵はそんな見立てを口にして、景漸かげつぐうなずかせた。

「そうであれば彼奴等きゃつらめは何をおいてもまずは毒物を…、即効そっこう性のある毒物を手に入れようとするはずです…」

「だが、如何いかにして?」

 景漸かげつぐは身を乗り出して尋ねた。

「さればここはやはり、遊佐ゆさ信庭のぶにわたよるのではないかと…」

遊佐ゆさ信庭のぶにわがそれを…、毒物どくぶつ調達ちょうたつ…、それも即効そっこう性のある毒物どくぶつ調達ちょうたつになうと申すか?」

左様さよう。何しろ医者ゆえ…、いや、もしかしたら遊佐ゆさ信庭のぶにわを通じて、小野おの章以あきしげに用意させるかも…」

 平蔵のその「見立みたて」に景漸かげつぐも、「確かに…」と応ずると、

「そうであればいよいよもって、小野おの章以あきしげ見張みはりが重要になってくるな…」

 そう感想をらした。
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