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岳父・大橋與惣兵衛親英 5
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進物番の採用基準は両番…、書院番、小姓組番の両方の番…、その両番のうちの何れかの番に所属する番士であることが絶対条件であり、更に、その中から今、與惣兵衛が口にした通り、頭脳明晰にして眉目秀麗の者が選ばれるのであった。
そうであれば西之丸にて家基に書院番士として仕える、いや、仕えていた平蔵がその進物番を兼務している以上、與惣兵衛が平蔵のことを、
「頭脳明晰」
「眉目秀麗」
そう評したのは決して間違いではなく、それどころか正しいとさえ言えた。
それでも與惣兵衛は平蔵の岳父である。その岳父である男から、例え事実であったとしても、
「頭脳明晰」
「眉目秀麗」
そのように評されては身贔屓に過ぎるように思われ、平蔵は気恥ずかしさの余り思わず赤面した。
すると案の定、與惣兵衛に見破られてしまった。
「照れることはあるまいて…、わしはあくまで事実を申したのみぞ…」
與惣兵衛は正に、
「臆面もなく…」
そう言うものだから、益々もって平蔵を赤面させた。そんなまだ初心とも言える平蔵を岳父・與惣兵衛は微笑ましく思ったものだ。
それから與惣兵衛は一転、表情を引き締めるや、
「ともあれ、己に自信がある…、そうであろう?」
平蔵にそう問い、それに対して平蔵もそれも正しくその通りであったので、今度は赤面することなしに、「如何にも」と自信を持って答えることができた。
「されば山口勘兵衛なる男、そのような…、平蔵殿のような自信のある男が苦手なのだ。それも大の、な」
平蔵は目を丸くした。今まで平蔵は山口勘兵衛をそのように見たことは一度たりともなかったからだ。
「まぁ、平蔵殿が目を丸くするのも致し方あるまいて…、いや、これは何も平蔵殿に限った話ではあるまいて、されば平蔵殿と同じく己に自信のある男は山口勘兵衛のような権門頼みの小さな男なぞ、元より眼中にないと申すものにて…」
確かにそれもまた與惣兵衛の言う通りであった。平蔵は山口勘兵衛を気にしたことなど一度たりともなかった。
「されば平蔵殿は己に自信がある男なれば、山口勘兵衛のような権門頼りの情けない男とは違い…」
與惣兵衛のその言葉に平蔵は危うく頷きかけた。ここで馬鹿正直に頷いてしまっては、己が岳父である與惣兵衛は権門ではないと、そう言うに等しく、実際、その通りではあるのだが、せめてもの礼儀というものがあるので、
「いえ、私めには義父上という立派な権門がおりますゆえ…」
そう方便を口にして、岳父・與惣兵衛を爆笑させた。
「いやいや、その年で左様なる方便を口に出来るとは大したものよ。父上を…、備中守殿を超えられるであろうぞ…」
與惣兵衛は冗談めかしてそう言うや、やはりすぐに表情を引き締め、その上で、
「冗談はともあれだ、山口勘兵衛は己とは正反対の、権門に頼らぬ男が大の苦手なれば、平蔵殿が正しくそれ…、権門に頼らぬ男なれば勘兵衛めも平蔵殿には手出しが出来ず…、いや、平蔵殿に限らず…、平蔵殿と同じく進物番を兼務せし男に対しては皆、そうだ…」
山口勘兵衛なる男の性分を徹底的に「解剖」してみせ、平蔵を驚かせた。
「いや、進物番を兼務せし両番…、書院番士、あるいは小姓組番士に限らず、権門を頼らずに己のみを…、己の実力のみを頼みとするそのような男に対しても同様に、勘兵衛は恐れをなして手出しはしまいて…」
與惣兵衛はやれやれといった調子でそう告げた。
「さればそのような、小心者の勘兵衛が畏れ多くも大納言様を直に毒殺せしなど、斯かる大それた真似が出来るとは到底、思えず…」
確かに、と平蔵は応じた。
「いや、なれど平蔵殿が申した通り、山口勘兵衛は大納言様を害し奉りし黒幕と通じており…、それも黒幕の手先として大納言様をあの品川の東海寺へと誘き寄せたに相違なく…」
與惣兵衛は平蔵のその推量を認めた。
「されば…、黒幕は岳父の小笠原若狭守殿でござりましょうや…」
本来、家基にとっての最期の鷹狩り、それに従う筈であった徒歩組番は筒井内蔵が徒歩頭として率いる十六番組の徒歩組番のみであった。
それが直前になり、小笠原信喜の「ごり押し」により、山口勘兵衛が徒歩頭として率いる十七番組の徒歩組番までが家基の鷹狩りに加わった。
そのような経緯がある以上、その山口勘兵衛がさしずめ「犯行現場」である品川の東海寺へと家基を誘き寄せた以上、その山口勘兵衛にそのような、家基を「犯行現場」へと誘き寄せる、鷹狩りへの扈従…、随従という絶好の機会を与えた小笠原信喜こそが家基殺しの黒幕であると、平蔵がそう考えるのは至極、当然のことであり、與惣兵衛にしても平蔵のその「思考回路」そのものは認めはしたものの、「されど…」と続けて、小笠原信喜こそが黒幕であると、そう認定することには與惣兵衛は躊躇を覗かせた。
「小笠原若狭守殿にしても黒幕と通じておる可能性は高いやも知れぬが、なれど…」
與惣兵衛がそこで言葉を途切れさせたので、平蔵がその先を継いだ。
「なれど、黒幕とするには些か、力不足だと?」
「左様…、されば大納言様殺しともなると、御側御用取次でも黒幕とするには力不足であろうぞ…」
「されば黒幕は一体…」
「それは今さら申すまでもあるまい…」
確かに與惣兵衛の言う通りであった。
「されば清水宮内卿殿か、あるいは一橋治済殿…」
平蔵がそう告げると、與惣兵衛は頷いた。確かのこの二人が「家基殺し」の黒幕である疑いが強まったので、家臣…、附人や附切、そして抱入といった家臣共々、その邸にて…、清水邸なり一橋邸なりに事件が…、家基殺しの全容、即ち、黒幕が解明されるまでの間、蟄居謹慎を申し付けられたのであった。それも将軍・家治より直々に…。
そして平蔵は岳父の與惣兵衛に対して己が将軍・家治より家基の死の真相について探索を命じられたと、そのことを打ち明ける過程において既にそれを…、清水重好と一橋治済の両名に嫌疑が…、家基の死に何らかの形で関与しているんではないか、もっと言えば次期将軍の座をめぐって、家基を殺したのではないかと、その嫌疑がかかったために、家基の死の真相が明らかになるまでの間、各々、その邸にて蟄居・謹慎せよと、将軍・家治より清水重好、一橋治済の両名に対してそう命じられたことを打ち明けていたのだ。
そうであればこそ、與惣兵衛にしても、
「されば黒幕は一体…」
今になってそのようなことを言う平蔵に対して、「今さら申すまでもあるまい…」とそう返したのであった。
そうであれば西之丸にて家基に書院番士として仕える、いや、仕えていた平蔵がその進物番を兼務している以上、與惣兵衛が平蔵のことを、
「頭脳明晰」
「眉目秀麗」
そう評したのは決して間違いではなく、それどころか正しいとさえ言えた。
それでも與惣兵衛は平蔵の岳父である。その岳父である男から、例え事実であったとしても、
「頭脳明晰」
「眉目秀麗」
そのように評されては身贔屓に過ぎるように思われ、平蔵は気恥ずかしさの余り思わず赤面した。
すると案の定、與惣兵衛に見破られてしまった。
「照れることはあるまいて…、わしはあくまで事実を申したのみぞ…」
與惣兵衛は正に、
「臆面もなく…」
そう言うものだから、益々もって平蔵を赤面させた。そんなまだ初心とも言える平蔵を岳父・與惣兵衛は微笑ましく思ったものだ。
それから與惣兵衛は一転、表情を引き締めるや、
「ともあれ、己に自信がある…、そうであろう?」
平蔵にそう問い、それに対して平蔵もそれも正しくその通りであったので、今度は赤面することなしに、「如何にも」と自信を持って答えることができた。
「されば山口勘兵衛なる男、そのような…、平蔵殿のような自信のある男が苦手なのだ。それも大の、な」
平蔵は目を丸くした。今まで平蔵は山口勘兵衛をそのように見たことは一度たりともなかったからだ。
「まぁ、平蔵殿が目を丸くするのも致し方あるまいて…、いや、これは何も平蔵殿に限った話ではあるまいて、されば平蔵殿と同じく己に自信のある男は山口勘兵衛のような権門頼みの小さな男なぞ、元より眼中にないと申すものにて…」
確かにそれもまた與惣兵衛の言う通りであった。平蔵は山口勘兵衛を気にしたことなど一度たりともなかった。
「されば平蔵殿は己に自信がある男なれば、山口勘兵衛のような権門頼りの情けない男とは違い…」
與惣兵衛のその言葉に平蔵は危うく頷きかけた。ここで馬鹿正直に頷いてしまっては、己が岳父である與惣兵衛は権門ではないと、そう言うに等しく、実際、その通りではあるのだが、せめてもの礼儀というものがあるので、
「いえ、私めには義父上という立派な権門がおりますゆえ…」
そう方便を口にして、岳父・與惣兵衛を爆笑させた。
「いやいや、その年で左様なる方便を口に出来るとは大したものよ。父上を…、備中守殿を超えられるであろうぞ…」
與惣兵衛は冗談めかしてそう言うや、やはりすぐに表情を引き締め、その上で、
「冗談はともあれだ、山口勘兵衛は己とは正反対の、権門に頼らぬ男が大の苦手なれば、平蔵殿が正しくそれ…、権門に頼らぬ男なれば勘兵衛めも平蔵殿には手出しが出来ず…、いや、平蔵殿に限らず…、平蔵殿と同じく進物番を兼務せし男に対しては皆、そうだ…」
山口勘兵衛なる男の性分を徹底的に「解剖」してみせ、平蔵を驚かせた。
「いや、進物番を兼務せし両番…、書院番士、あるいは小姓組番士に限らず、権門を頼らずに己のみを…、己の実力のみを頼みとするそのような男に対しても同様に、勘兵衛は恐れをなして手出しはしまいて…」
與惣兵衛はやれやれといった調子でそう告げた。
「さればそのような、小心者の勘兵衛が畏れ多くも大納言様を直に毒殺せしなど、斯かる大それた真似が出来るとは到底、思えず…」
確かに、と平蔵は応じた。
「いや、なれど平蔵殿が申した通り、山口勘兵衛は大納言様を害し奉りし黒幕と通じており…、それも黒幕の手先として大納言様をあの品川の東海寺へと誘き寄せたに相違なく…」
與惣兵衛は平蔵のその推量を認めた。
「されば…、黒幕は岳父の小笠原若狭守殿でござりましょうや…」
本来、家基にとっての最期の鷹狩り、それに従う筈であった徒歩組番は筒井内蔵が徒歩頭として率いる十六番組の徒歩組番のみであった。
それが直前になり、小笠原信喜の「ごり押し」により、山口勘兵衛が徒歩頭として率いる十七番組の徒歩組番までが家基の鷹狩りに加わった。
そのような経緯がある以上、その山口勘兵衛がさしずめ「犯行現場」である品川の東海寺へと家基を誘き寄せた以上、その山口勘兵衛にそのような、家基を「犯行現場」へと誘き寄せる、鷹狩りへの扈従…、随従という絶好の機会を与えた小笠原信喜こそが家基殺しの黒幕であると、平蔵がそう考えるのは至極、当然のことであり、與惣兵衛にしても平蔵のその「思考回路」そのものは認めはしたものの、「されど…」と続けて、小笠原信喜こそが黒幕であると、そう認定することには與惣兵衛は躊躇を覗かせた。
「小笠原若狭守殿にしても黒幕と通じておる可能性は高いやも知れぬが、なれど…」
與惣兵衛がそこで言葉を途切れさせたので、平蔵がその先を継いだ。
「なれど、黒幕とするには些か、力不足だと?」
「左様…、されば大納言様殺しともなると、御側御用取次でも黒幕とするには力不足であろうぞ…」
「されば黒幕は一体…」
「それは今さら申すまでもあるまい…」
確かに與惣兵衛の言う通りであった。
「されば清水宮内卿殿か、あるいは一橋治済殿…」
平蔵がそう告げると、與惣兵衛は頷いた。確かのこの二人が「家基殺し」の黒幕である疑いが強まったので、家臣…、附人や附切、そして抱入といった家臣共々、その邸にて…、清水邸なり一橋邸なりに事件が…、家基殺しの全容、即ち、黒幕が解明されるまでの間、蟄居謹慎を申し付けられたのであった。それも将軍・家治より直々に…。
そして平蔵は岳父の與惣兵衛に対して己が将軍・家治より家基の死の真相について探索を命じられたと、そのことを打ち明ける過程において既にそれを…、清水重好と一橋治済の両名に嫌疑が…、家基の死に何らかの形で関与しているんではないか、もっと言えば次期将軍の座をめぐって、家基を殺したのではないかと、その嫌疑がかかったために、家基の死の真相が明らかになるまでの間、各々、その邸にて蟄居・謹慎せよと、将軍・家治より清水重好、一橋治済の両名に対してそう命じられたことを打ち明けていたのだ。
そうであればこそ、與惣兵衛にしても、
「されば黒幕は一体…」
今になってそのようなことを言う平蔵に対して、「今さら申すまでもあるまい…」とそう返したのであった。
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