天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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岳父・大橋與惣兵衛親英 2

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「さればうわさでは御側おそば御用ごよう取次とりつぎ小笠原おがさわら若狭わかさ殿…、若狭守わかさのかみ信喜のぶよし殿ではあるまいかと…」

小笠原おがさわら若狭守わかさのかみ殿と申されれば、今は本丸ほんまるにてそばしゅうを勤めておられし…」

左様さよう、その小笠原おがさわら殿よ…」

「それにしても小笠原おがさわら殿は何ゆえにかる変更を…」

「いや、小笠原おがさわら殿が変更を加えたと申すはあくまでうわさにて…」

 與惣兵衛よそべえさきばしる平蔵に「ブレーキ」をかけたのであった。

 それに対して平蔵は、「それは承知しょうちいたしております…」とそう答えたものの、しかし内心では小笠原おがさわら信喜のぶよしが変更を加えたに違いないとそう確信かくしんしていた。

 すると與惣兵衛よそべえもそんな平蔵の心中を察してか、やれやれと言わんばかしの苦笑くしょうを浮かべつつも、さらに驚くべきことを打ち明けてくれたのであった。

もっとも、平蔵殿が確信する通り、仮に変更を…、大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう扈従こしょうせしそつを急に変えしが小笠原おがさわら殿だとして、徒歩かちぐみの変更にはうなずけるものがあるがの…」

 與惣兵衛よそべえが実に思わせぶりなことを口にした。

「と申されますと、徒歩かちまでも変更が加えられたと?直前に…」

 平蔵が確かめるように尋ねるや、與惣兵衛よそべえは「左様さよう…」と答えた。

「されば一体、如何いかな差しえが行われたと?」

「いや、此度こたびは正確には新たに加わったと申すべきであろうな…」

「それでは差しえが行われたわけではない、と?」

左様さよう…、されば十六番組が本来、扈従こしょうせしことに…」

 西之丸にしのまるには徒歩かちぐみばんが5組がそんしていた。そうであれば必然ひつぜん的に、一組から五組までとなりそうだが、ことこの徒歩かちぐみばんと、それに小十人こじゅうにんぐみばんの二つのばんかたに限って、本丸ほんまる西之丸にしのまるを合わせた数え方をするのであった。

 すなわち、小十人こじゅうにんぐみばん本丸ほんまるには7組が置かれていたので、一番組から七番組までとなり、すると西之丸にしのまるにも置かれている小十人こじゅうにんぐみばんは八番組から始まり、西之丸にしのまるにはその小十人こじゅうにんぐみばんが4組置かれているので、八番組から十一番組という数え方になるのであった。

 そしてそれは徒歩かちぐみばんにも言え、本丸ほんまるに置かれている徒歩かちぐみばんは15組あり、それゆえ本丸ほんまる徒歩かちぐみばんの数え方は一番組から十五番組までとなり、そして西之丸にしのまるには徒歩かちぐみばんが全部で5組存在するので、十六番組から二十番組という数え方になる。

 徒歩かちぐみばんが全部で5組しかないのに十六番組から数えるのはそのためであり、この数え方は小十人こじゅうにんぐみばん徒歩かちぐみばんにのみ適用され、他のばんかた…、武官ぶかんには適用されず、それが証拠しょうこに例えば、書院しょいん番組ばんぐみであれば本丸ほんまるには8組あり、一番組から八番組という数え方となる。

 そして西之丸にしのまるには書院しょいんばんぐみは4組あり、しかし、小十人こじゅうにんぐみばん徒歩かちぐみばんとは違い、九番組から数えることはなく、きちんと一番組から数えるのであった。つまり一番組から四番組というわけだ。それは小姓こしょうぐみばんしんばんぐみにも共通する。

 さて、岳父がくふ與惣兵衛よそべえが申すには、家基いえもと最期さいごたかりにおいて、家基いえもと扈従こしょうする徒歩かちぐみばんは十六番組であったそうな。

 この徒歩かちぐみばんとは将軍出行しゅつぎょう、つまりはたかりなどで外出する折、将軍一行にさきけて、道中どうちゅう異常いじょうがないかを点検てんけんするのが主な仕事であった。

「されば徒歩かちぐみばんの十六番組に加えて、十七番組も扈従こしょうせしことに…」

「十七番組も…」

左様さよう…、さればこれなどは明らかに、小笠原おがさわら殿ががね、それも贔屓びいきによるものであろうと、ひそかにうわさされたものよ…」

「何ゆえに十七番組をも扈従こしょうせしことが…、それなる変更が小笠原おがさわら殿の贔屓びいきあいるので?」

 平蔵は本当に分からず、岳父がくふ與惣兵衛よそべえに尋ねた。すると與惣兵衛よそべえは深い溜息ためいきをついた後、

「そなたはまだ若いの…」

 そう告げるや、「若い」平蔵のために教えてくれた。

「されば十七番組がかしら…、徒歩かちがしら山口やまぐち勘兵衛かんべえ直良なおよし殿なのだ」

山口やまぐち…、勘兵衛かんべえ…」

 平蔵はその名を反芻はんすうした。

左様さよう。されば小笠原おがさわら殿…、天下の御側おそば御用ごよう取次とりつぎ小笠原おがさわら若狭守わかさのかみ殿がむすめ婿むこ殿よ」

 與惣兵衛よそべえ揶揄やゆ気味ぎみにそう告げたので、それで平蔵にもようやくに、岳父がくふ與惣兵衛よそべえが口にした、

贔屓びいき

 その意味するところに気付いた。

「されば小笠原おがさわら殿はむすめ婿むこ可愛かわいさから、そのおのむすめ婿むこ徒歩かちがしら山口やまぐち勘兵衛かんべえ殿を大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう扈従こしょうせしそつの一人としてし加えたと?」

「と申すがささやかれておるうわさよ…」

左様さようで…、にしても仮に…、仮にでござるが、大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう扈従こしょうせしそつを直前になって変更せしがまこと御側おそば御用ごよう取次とりつぎ小笠原おがさわら殿だとして、小笠原おがさわら殿はその大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう扈従こしょうせし書院しょいんばんぐみ小姓こしょうぐみばん、あるいは目付めつけにつきては、えという手を使ったのに対して、今回は…、徒歩かちぐみばんにつきてはえなる手ではのうて、新たに加えるという手を使ったので?」

「それは…、やはり相役あいやく殿に気をつかわれたからに相違そういあるまいて…」

相役あいやく?」

左様さよう…、されば御側おそば御用ごよう取次とりつぎ小笠原おがさわら殿がその相役あいやく水上みずかみ美濃守みののかみ殿に気をつかわれた…、そういうことよ」

「まさかに…、本来、大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう扈従こしょうせし徒歩かちぐみばんである十六番組、その十六番組をたばねし徒歩かちがしらもまた、御側おそば御用ごよう取次とりつぎ水上みずかみ美濃守みののかみ殿がご縁者えんじゃとでも?」

 平蔵がそうかんを働かせるや、岳父がくふ與惣兵衛よそべえ婿むこのそのかんの良さに実に満足な様子で、「左様さよう」と応ずるや、さらくわしい事情を打ち明けてくれた。

「されば徒歩かちぐみばんの十六番組をたばねし徒歩かちがしら筒井つつい内蔵くら忠昌ただまさ殿なのだが、実は御側おそば御用ごよう取次とりつぎ水上みずかみ美濃守みののかみ殿が次男なのだ…」

「いかさま…、それゆえ小笠原おがさわら殿もその、相役あいやくである水上みずかみ美濃守みののかみ殿がご次男、筒井つつい内蔵くら殿が徒歩かちがしらとしてたばねし十六番組の徒歩かちぐみばんから、おのむすめ婿むこが…、山口やまぐち勘兵衛かんべえ殿が徒歩かちがしらとしてたばねし十七番組の徒歩かちぐみばんへと、大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう扈従こしょうせし徒歩かちぐみばんを変えようものなら、それこそ相役あいやく水上みずかみ美濃守みののかみ殿がだまってはいまい、と?」

左様さよう…、されば此度こたび…、大納言だいなごん様にとって最期さいごとなられしご放鷹ほうようだが、なかば、筒井つつい殿がためにもうけられたような側面そくめんもあってな…」

 岳父がくふ與惣兵衛よそべえは思い出すようにしてそう切り出した。

「それは一体、如何いかな意味にて?」

「されば筒井つつい殿は今までに一度として、大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう扈従こしょうせし機会きかいめぐまれなくてのう…、まぁ、めぐり合わせが悪かったのであろうが…」

 平蔵はそれを聞いて、思わず「一度も?」と首をかしげて聞き返した。到底とうてい、信じられなかったからだ。

 すると岳父がくふ與惣兵衛よそべえはそんな平蔵のためにその理由を説明してくれた。
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