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家治は家基の死に疑問を抱いた水上興正のその死に不審なものを感ずる 2
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「興正は今、生きておれば何歳であろうかのう…」
家治が呟くようにそう告げると、忠恕は家治のその呟きだけで家治の「真意」を悟った。
「されば水上美濃守が今、生きておわせば72歳にて…、水上美濃守が身罷りしは畏れ多くも大納言様がご薨去あそばされましたる2年前の安永8(1779)年にて、美濃守は70歳にて卒しましてござりまするが、同じく70代の佐野右兵衛尉とは違い申しまして、身罷りし直前まで至って意気軒昂にて…」
「されば病死などする風には見受けられなんだと、申すのだな?」
家治が念押しするように尋ねると、「御意」と忠恕は答えた。
「にもかかわらず、評定所の式日を前日に控えし10日に身罷ったと…」
「御意…」
これはいよいよキナ臭いと、家治はそう思わずにはいられなかった。
いや、11日の評定所の式日ではまだ家基の件が…、家基が殺されたのではないかと、そのことを持ち出される恐れがないことぐらい黒幕も…、一橋治済もそうと察してはいただろうが、それでもあえて評定所式日の前日に亡くなった…、そのことに家治には何か敵の…、一橋治済のさしずめ、
「メッセージ」
それが込められているような気がしてならなかった。即ち、
「家基が件を評定にて取り上げるようものなら、興正のようになるぞ…」
そのような「メッセージ」が込められているような気がしたのだ。無論、興正の死に関しては病死として届け出られている筈であった。
それでも老中に対しては…、とりわけ興正より相談を受けたに違いない老中に対しては十分にその「脅し」の効果が見込めるというもので、事実、興正より相談を受けた老中の板倉勝清は興正が死ぬと同時に、口を閉ざしたのだから。
そう考えると家治には興正の死があまりにもタイミングが良過ぎるように思えてならず、それがひいては興正までが実は殺害されたのではないかと、その疑いを強くした。
さて、それから家治は思い出したように、家基の最期の鷹狩りに従った小納戸と小姓の人選の経緯についても尋ねた。
「小納戸からは三浦左膳義和と石場弾正政恒が…、小姓からは大久保靱負…、そこな余に御膳番として仕えし大久保半五郎が息・靱負忠俶がそれぞれ、従うたようだが…、奇しくも皆、清水家に所縁のある者たちばかりにて…」
家治がそう尋ねると、忠恕にしろ親房にしろ、「ああ」という顔付きに変化した。どうやら人選の過程で何かがあったようだ。
「されば…、それらの人選につきましても小笠原若狭守が…」
忠恕が恐る恐るといった体でそう言いかけたので、
「小笠原若狭めが主導、それに筆頭の佐野右兵衛尉が引きずられたと申すのだな?」
家治がそう先回りして尋ねるや、忠恕は、「御意…」と認めた。
「それにしても今も申した通り、皆、清水家に所縁のある者たちばかりだの…」
「さればその儀につきましてはやはり水上美濃守が問題視し…」
「清水家に所縁のある者たちばかりでのうて、他の者も召し加えてはと、左様に申したと?興正は…」
「御意。なれど畏れ多くも上様が只今、仰せになられましたる通り、小笠原若狭守が主導、押し切り、これに佐野右兵衛尉が引きずられ、さらに小姓頭取衆からも小笠原大炊頭政久までがこれに…、小笠原若狭守の意見に賛同し…」
「同じ小笠原一族なれば、賛同するのは当たり前ではあるまいか…」
家治は呆れた口調でそう言った。
「御意。それも小笠原大炊頭はその息・彌之助政明の室として、小笠原若狭守が娘を娶っておりますれば…」
忠恕がそのような註釈を加えたので、家治はいよいよもって呆れた。
「されば尚のこと、その小笠原大炊が小笠原若狭めの意見に賛同せしむるは当然と申すものではあるまいか…」
「御意。されば水上美濃守もやはりその点を問題にされ…、要は公平性に欠けると…、なれど小姓頭取衆の一人には相違なく、その意見は重いと…」
「小笠原若狭めが左様なことを申したのか?」
だとしたら我田引水が過ぎるであろう。
「いえ、筆頭の佐野右兵衛尉が…」
流石に小笠原信喜も同族である小笠原政久のその意見を重いなどと主張することはなかったようだ。
「それに加えまして、小納戸衆からも小笠原若狭守がその人選を支持せし声が起こりまして…」
「そは真か?」
家治は首をかしげた。
「真でござりまする…、されば小納戸の丹羽讃岐守長視と、同じく小納戸の中島三左衛門行敬がこれに賛同致しましてござりまする…」
「よもや…、二人共、清水家に所縁のありし小納戸ではあるまいの?」
「そのよもやにて…、されば丹羽讃岐守はその娘が清水殿の家中の丹羽帯刀長供に嫁しておりまして、また丹羽讃岐守が本家筋に当たりし、書院番士を勤めし丹羽五左衛門長裕が弟・帯刀長義は清水宮内殿に近習として仕えており…、ちなみにそれな帯刀長義が息こそ、丹羽讃岐守が娘が嫁しておりまする帯刀長供にて…」
「何とまぁ…」
「また、中島三左衛門は叔母が安祥院様に仕え奉り、されば叔父も…、大三郎行和もまた清水宮内殿に仕えておりますれば…」
「その二人にしても同じく、清水家と所縁のある者ではあるまいか…」
「御意…」
「さればその二人が、己と同じく清水家に所縁のありし者が家基の鷹狩りに従うことに賛同せしは当たり前ではあるまいか…」
家治は一層、呆れた口調であった。それと言うのも、彼ら清水家に所縁のある者たちがその人選…、清水家に所縁のある者たちで占められたその人選が小笠原信喜の、ひいては一橋治済の仕掛けた罠とも知らず、家基の鷹狩りに従えることを素直に、いや、暢気に喜んでいるその姿が家治にはひどく滑稽に思えたからだ。
いや、清水家に所縁のある彼らのその反応も当然と言えた。何しろ己が小納戸、あるいは小姓として仕える次期将軍、なり、あるいは征夷大将軍なりのその鷹狩りに従えることはとてつもない栄誉だからだ。それゆえ彼ら清水家に所縁のある者たちが己が仕える家基の鷹狩りに従うことが出来て素直に、そして暢気に喜ぶのも当然であったのだ
家治はそうと思い直すと、彼ら清水家に所縁のある、家基に仕えていた小納戸や小姓が哀れに思え、その分、そんな彼ら清水家に所縁のある者たちを利用した一橋治済のことが一層、憎く思われたのであった。
家治が呟くようにそう告げると、忠恕は家治のその呟きだけで家治の「真意」を悟った。
「されば水上美濃守が今、生きておわせば72歳にて…、水上美濃守が身罷りしは畏れ多くも大納言様がご薨去あそばされましたる2年前の安永8(1779)年にて、美濃守は70歳にて卒しましてござりまするが、同じく70代の佐野右兵衛尉とは違い申しまして、身罷りし直前まで至って意気軒昂にて…」
「されば病死などする風には見受けられなんだと、申すのだな?」
家治が念押しするように尋ねると、「御意」と忠恕は答えた。
「にもかかわらず、評定所の式日を前日に控えし10日に身罷ったと…」
「御意…」
これはいよいよキナ臭いと、家治はそう思わずにはいられなかった。
いや、11日の評定所の式日ではまだ家基の件が…、家基が殺されたのではないかと、そのことを持ち出される恐れがないことぐらい黒幕も…、一橋治済もそうと察してはいただろうが、それでもあえて評定所式日の前日に亡くなった…、そのことに家治には何か敵の…、一橋治済のさしずめ、
「メッセージ」
それが込められているような気がしてならなかった。即ち、
「家基が件を評定にて取り上げるようものなら、興正のようになるぞ…」
そのような「メッセージ」が込められているような気がしたのだ。無論、興正の死に関しては病死として届け出られている筈であった。
それでも老中に対しては…、とりわけ興正より相談を受けたに違いない老中に対しては十分にその「脅し」の効果が見込めるというもので、事実、興正より相談を受けた老中の板倉勝清は興正が死ぬと同時に、口を閉ざしたのだから。
そう考えると家治には興正の死があまりにもタイミングが良過ぎるように思えてならず、それがひいては興正までが実は殺害されたのではないかと、その疑いを強くした。
さて、それから家治は思い出したように、家基の最期の鷹狩りに従った小納戸と小姓の人選の経緯についても尋ねた。
「小納戸からは三浦左膳義和と石場弾正政恒が…、小姓からは大久保靱負…、そこな余に御膳番として仕えし大久保半五郎が息・靱負忠俶がそれぞれ、従うたようだが…、奇しくも皆、清水家に所縁のある者たちばかりにて…」
家治がそう尋ねると、忠恕にしろ親房にしろ、「ああ」という顔付きに変化した。どうやら人選の過程で何かがあったようだ。
「されば…、それらの人選につきましても小笠原若狭守が…」
忠恕が恐る恐るといった体でそう言いかけたので、
「小笠原若狭めが主導、それに筆頭の佐野右兵衛尉が引きずられたと申すのだな?」
家治がそう先回りして尋ねるや、忠恕は、「御意…」と認めた。
「それにしても今も申した通り、皆、清水家に所縁のある者たちばかりだの…」
「さればその儀につきましてはやはり水上美濃守が問題視し…」
「清水家に所縁のある者たちばかりでのうて、他の者も召し加えてはと、左様に申したと?興正は…」
「御意。なれど畏れ多くも上様が只今、仰せになられましたる通り、小笠原若狭守が主導、押し切り、これに佐野右兵衛尉が引きずられ、さらに小姓頭取衆からも小笠原大炊頭政久までがこれに…、小笠原若狭守の意見に賛同し…」
「同じ小笠原一族なれば、賛同するのは当たり前ではあるまいか…」
家治は呆れた口調でそう言った。
「御意。それも小笠原大炊頭はその息・彌之助政明の室として、小笠原若狭守が娘を娶っておりますれば…」
忠恕がそのような註釈を加えたので、家治はいよいよもって呆れた。
「されば尚のこと、その小笠原大炊が小笠原若狭めの意見に賛同せしむるは当然と申すものではあるまいか…」
「御意。されば水上美濃守もやはりその点を問題にされ…、要は公平性に欠けると…、なれど小姓頭取衆の一人には相違なく、その意見は重いと…」
「小笠原若狭めが左様なことを申したのか?」
だとしたら我田引水が過ぎるであろう。
「いえ、筆頭の佐野右兵衛尉が…」
流石に小笠原信喜も同族である小笠原政久のその意見を重いなどと主張することはなかったようだ。
「それに加えまして、小納戸衆からも小笠原若狭守がその人選を支持せし声が起こりまして…」
「そは真か?」
家治は首をかしげた。
「真でござりまする…、されば小納戸の丹羽讃岐守長視と、同じく小納戸の中島三左衛門行敬がこれに賛同致しましてござりまする…」
「よもや…、二人共、清水家に所縁のありし小納戸ではあるまいの?」
「そのよもやにて…、されば丹羽讃岐守はその娘が清水殿の家中の丹羽帯刀長供に嫁しておりまして、また丹羽讃岐守が本家筋に当たりし、書院番士を勤めし丹羽五左衛門長裕が弟・帯刀長義は清水宮内殿に近習として仕えており…、ちなみにそれな帯刀長義が息こそ、丹羽讃岐守が娘が嫁しておりまする帯刀長供にて…」
「何とまぁ…」
「また、中島三左衛門は叔母が安祥院様に仕え奉り、されば叔父も…、大三郎行和もまた清水宮内殿に仕えておりますれば…」
「その二人にしても同じく、清水家と所縁のある者ではあるまいか…」
「御意…」
「さればその二人が、己と同じく清水家に所縁のありし者が家基の鷹狩りに従うことに賛同せしは当たり前ではあるまいか…」
家治は一層、呆れた口調であった。それと言うのも、彼ら清水家に所縁のある者たちがその人選…、清水家に所縁のある者たちで占められたその人選が小笠原信喜の、ひいては一橋治済の仕掛けた罠とも知らず、家基の鷹狩りに従えることを素直に、いや、暢気に喜んでいるその姿が家治にはひどく滑稽に思えたからだ。
いや、清水家に所縁のある彼らのその反応も当然と言えた。何しろ己が小納戸、あるいは小姓として仕える次期将軍、なり、あるいは征夷大将軍なりのその鷹狩りに従えることはとてつもない栄誉だからだ。それゆえ彼ら清水家に所縁のある者たちが己が仕える家基の鷹狩りに従うことが出来て素直に、そして暢気に喜ぶのも当然であったのだ
家治はそうと思い直すと、彼ら清水家に所縁のある、家基に仕えていた小納戸や小姓が哀れに思え、その分、そんな彼ら清水家に所縁のある者たちを利用した一橋治済のことが一層、憎く思われたのであった。
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