91 / 197
品川東海寺にて家基が口にした茶菓子、その毒見と給仕をそれぞれ担った小納戸と小姓が都合良く重好に縁があることに益五郎は疑いを抱く
しおりを挟む
それに対して他の者たち…、三浦左膳義和の名にはピンとこなかった益五郎を除いた、他の全ての者たちは大久保靱負の名にしか驚きを見せなかったその益五郎とは正反対に、三浦左膳義和の名に驚いたものであった。それも心底、大久保靱負の名以上に驚かされたものであった。
それと言うのも三浦左膳義和は重好の母堂・安祥院の甥に当たるからだ。安祥院の実弟にして先手鉄砲頭まで務め上げた三浦靱負義如の嫡男なのである。
つまり重好と三浦左膳は従兄弟の間柄にあるのだ。ちなみに重好の方が年上であり、36歳であるのに対して、三浦左膳は30歳である。
「えっ、でもそれじゃあ、話の辻褄が合わねぇだろ…、家基様が口にしたその、毒入りと思しき茶菓子、そいつの毒見をした小納戸か、あるいは小姓は一橋と関係のある野郎でねぇとさ…」
正しく益五郎の言う通りであった。
家基を殺した黒幕は一橋治済である…、その仮説を成り立たせるには、家基の鷹狩りに同行した小納戸や小姓は一橋家と関係のある者でなければならない。
もっと言えば家基一行が鷹狩りの帰途、立ち寄った品川の東海寺にて家基に供された茶菓子、その毒見をした小納戸、あるいは給仕をした小姓の何れかの者か、それとも全ての者が一橋家の関係者、それも例えば、岩本正五郎のような縁者である必要があった。
だが実際にはそれら小納戸や小姓は一橋家と縁があるどころか、清水家と縁がある者たちばかりであった。ことに三浦左膳は清水重好とは従兄弟同士である。これでは家基を殺した黒幕は一橋治済ではなく、清水重好ということになる。
「いや、待てよ…、毒見役なら確か、もう一人の小納戸がいただろ…、石場何とかって野郎が…」
益五郎はそこに「希望」を繋ぐことにした。
だがその「希望」もすぐに打ち砕かれた。
「それなのだが…」
横田準松が暗い表情で割って入った。
「石場弾正政恒は…、清水殿に仕えし弟を持っているのだ…、采女定門と申して…、それも采女は清水殿がまだそのご幼名であらせられし萬次郎君と名乗られし砌より近習として仕えてこられ、今でも清水邸にて清水殿の側近くに仕えておる…」
準松の「解説」に益五郎は思わず、「まじかよ…」と呟き、それに対して準松も力なく頷いた。
「でも…、何か、出来過ぎじゃね?」
益五郎はそんな疑問を吐き出した。
「出来過ぎとは?」
家治が聞き返した。
「いえね…、二人の毒見役が清水家に縁のある小納戸なら、給仕を担った小姓までが清水家に縁がある…、ああ、あんたの倅だよな?」
益五郎は大久保半五郎の方を向いて確かめるようにそう言い、それに対して半五郎も頷いた。
「でも、考えてみれば変じゃねぇか?こうも都合良く、清水家に縁のある者ばっかりが集まるなんて…、これじゃあまるで、家基様を殺した黒幕は清水重好ですよ、って喧伝するようなもんだろ?」
確かに益五郎の言う通りだと、家治は深く頷いた。そこには重好は黒幕ではない、裏を返せば、
「一橋治済こそが家基殺しの黒幕であって欲しい…」
その願望が、「無きにしも非ず」であったが、それ以上に益五郎のその主張そのものに説得力を感じたからであり、それが証拠に、家治のみならず、他の者たちも益五郎のその主張に対して、家治と同じく深く頷いていた。
「一体、誰が決めたんだ?この面子…、家基様の鷹狩りに従ったこいつらを決めたのは…」
益五郎がそう尋ねると、その問いには準松と正明が声を揃えて答えた。
「御側御用取次であろう…」
流石に二人は御側御用取次だけあって即答した。
「ああ…、西之丸にも御側御用取次っておかれんの?」
益五郎が無邪気にそう尋ねると、これにはさしもの準松も正明も心底、呆れた様子を覗かせた。
「当たり前であろうが」
やはり準松と正明はそう声を揃えた。
「それじゃあ…、当時の西之丸にいた…、家基様に仕えていた御側御用取次に聞けば何か分かるってこと?こいつらを家基様の鷹狩りに従わせることにした経緯について…」
益五郎が今度はそう尋ねると、準松も正明も深く、そして同時に頷いた。
「それで…、その当時の御側御用取次は…」
益五郎のその問いには御側御用取次見習いの泰行が答えてくれた。まるで己の「存在感」をアピールするかの如く、であった。
「さればその当時…、畏れ多くも大納言様がお最期のご放鷹、それに従わせしむる士籍を決めしその当時…、安永8(1779)年2月、それも21日より前の御側御用取次は佐野右兵衛尉茂承、水上美濃守興正、そして小笠原若狭守信喜の三名にて…」
泰行はいやに丁寧に説明するなと、益五郎はそう思った。これもやはり、手前の有能さを見せつけるためかと、益五郎はてっきりそう早合点したが、違った。
「されば今も存命の者は佐野右兵衛尉と小笠原若狭守の二人にて…」
泰行がそう付け加えたので、それで益五郎も泰行がわざわざ丁寧な前置きをしたことに漸くに合点がいった。と同時に、
「えっ、それじゃあ…、水上ってのは死んだの?」
その疑問を泰行にぶつけ、そして泰行は益五郎のその不躾な疑問にもやはり丁寧に答えてくれた。
「左様…、されば畏れ多くも大納言様がお隠れあそばされし2月の24日、それから一月もせぬうちに…、3月10日に亡くなられたのだ…」
「家基様が亡くなられてから直に死んだってこと?」
益五郎は疑わしげな様子で泰行にそう尋ねた。事実、益五郎はその死に…、水上興正が死んだ「タイミング」を疑っていたのだ。
すると泰行にもそれが通じたらしく、
「益五郎は…、水上美濃守が死に何か不審な儀でもあると申すか?」
泰行はズバリ尋ねた。
「いやぁ…、不審って程でもねぇけどさ…、でも…、家基様が亡くなってから一月も経たねぇうちに死ぬなんて、何だかなぁ、ってさ…」
「気に入らぬ、と申すのだな?」
家治が尋ねたので、「左様で…」と益五郎は会釈しつつ首肯した。
それと言うのも三浦左膳義和は重好の母堂・安祥院の甥に当たるからだ。安祥院の実弟にして先手鉄砲頭まで務め上げた三浦靱負義如の嫡男なのである。
つまり重好と三浦左膳は従兄弟の間柄にあるのだ。ちなみに重好の方が年上であり、36歳であるのに対して、三浦左膳は30歳である。
「えっ、でもそれじゃあ、話の辻褄が合わねぇだろ…、家基様が口にしたその、毒入りと思しき茶菓子、そいつの毒見をした小納戸か、あるいは小姓は一橋と関係のある野郎でねぇとさ…」
正しく益五郎の言う通りであった。
家基を殺した黒幕は一橋治済である…、その仮説を成り立たせるには、家基の鷹狩りに同行した小納戸や小姓は一橋家と関係のある者でなければならない。
もっと言えば家基一行が鷹狩りの帰途、立ち寄った品川の東海寺にて家基に供された茶菓子、その毒見をした小納戸、あるいは給仕をした小姓の何れかの者か、それとも全ての者が一橋家の関係者、それも例えば、岩本正五郎のような縁者である必要があった。
だが実際にはそれら小納戸や小姓は一橋家と縁があるどころか、清水家と縁がある者たちばかりであった。ことに三浦左膳は清水重好とは従兄弟同士である。これでは家基を殺した黒幕は一橋治済ではなく、清水重好ということになる。
「いや、待てよ…、毒見役なら確か、もう一人の小納戸がいただろ…、石場何とかって野郎が…」
益五郎はそこに「希望」を繋ぐことにした。
だがその「希望」もすぐに打ち砕かれた。
「それなのだが…」
横田準松が暗い表情で割って入った。
「石場弾正政恒は…、清水殿に仕えし弟を持っているのだ…、采女定門と申して…、それも采女は清水殿がまだそのご幼名であらせられし萬次郎君と名乗られし砌より近習として仕えてこられ、今でも清水邸にて清水殿の側近くに仕えておる…」
準松の「解説」に益五郎は思わず、「まじかよ…」と呟き、それに対して準松も力なく頷いた。
「でも…、何か、出来過ぎじゃね?」
益五郎はそんな疑問を吐き出した。
「出来過ぎとは?」
家治が聞き返した。
「いえね…、二人の毒見役が清水家に縁のある小納戸なら、給仕を担った小姓までが清水家に縁がある…、ああ、あんたの倅だよな?」
益五郎は大久保半五郎の方を向いて確かめるようにそう言い、それに対して半五郎も頷いた。
「でも、考えてみれば変じゃねぇか?こうも都合良く、清水家に縁のある者ばっかりが集まるなんて…、これじゃあまるで、家基様を殺した黒幕は清水重好ですよ、って喧伝するようなもんだろ?」
確かに益五郎の言う通りだと、家治は深く頷いた。そこには重好は黒幕ではない、裏を返せば、
「一橋治済こそが家基殺しの黒幕であって欲しい…」
その願望が、「無きにしも非ず」であったが、それ以上に益五郎のその主張そのものに説得力を感じたからであり、それが証拠に、家治のみならず、他の者たちも益五郎のその主張に対して、家治と同じく深く頷いていた。
「一体、誰が決めたんだ?この面子…、家基様の鷹狩りに従ったこいつらを決めたのは…」
益五郎がそう尋ねると、その問いには準松と正明が声を揃えて答えた。
「御側御用取次であろう…」
流石に二人は御側御用取次だけあって即答した。
「ああ…、西之丸にも御側御用取次っておかれんの?」
益五郎が無邪気にそう尋ねると、これにはさしもの準松も正明も心底、呆れた様子を覗かせた。
「当たり前であろうが」
やはり準松と正明はそう声を揃えた。
「それじゃあ…、当時の西之丸にいた…、家基様に仕えていた御側御用取次に聞けば何か分かるってこと?こいつらを家基様の鷹狩りに従わせることにした経緯について…」
益五郎が今度はそう尋ねると、準松も正明も深く、そして同時に頷いた。
「それで…、その当時の御側御用取次は…」
益五郎のその問いには御側御用取次見習いの泰行が答えてくれた。まるで己の「存在感」をアピールするかの如く、であった。
「さればその当時…、畏れ多くも大納言様がお最期のご放鷹、それに従わせしむる士籍を決めしその当時…、安永8(1779)年2月、それも21日より前の御側御用取次は佐野右兵衛尉茂承、水上美濃守興正、そして小笠原若狭守信喜の三名にて…」
泰行はいやに丁寧に説明するなと、益五郎はそう思った。これもやはり、手前の有能さを見せつけるためかと、益五郎はてっきりそう早合点したが、違った。
「されば今も存命の者は佐野右兵衛尉と小笠原若狭守の二人にて…」
泰行がそう付け加えたので、それで益五郎も泰行がわざわざ丁寧な前置きをしたことに漸くに合点がいった。と同時に、
「えっ、それじゃあ…、水上ってのは死んだの?」
その疑問を泰行にぶつけ、そして泰行は益五郎のその不躾な疑問にもやはり丁寧に答えてくれた。
「左様…、されば畏れ多くも大納言様がお隠れあそばされし2月の24日、それから一月もせぬうちに…、3月10日に亡くなられたのだ…」
「家基様が亡くなられてから直に死んだってこと?」
益五郎は疑わしげな様子で泰行にそう尋ねた。事実、益五郎はその死に…、水上興正が死んだ「タイミング」を疑っていたのだ。
すると泰行にもそれが通じたらしく、
「益五郎は…、水上美濃守が死に何か不審な儀でもあると申すか?」
泰行はズバリ尋ねた。
「いやぁ…、不審って程でもねぇけどさ…、でも…、家基様が亡くなってから一月も経たねぇうちに死ぬなんて、何だかなぁ、ってさ…」
「気に入らぬ、と申すのだな?」
家治が尋ねたので、「左様で…」と益五郎は会釈しつつ首肯した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる