天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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偽証 2

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「何と…、池原いけはら長仙院ちょうせんいん家基いえもとたかりにしたがわせようと、半五郎はんごろう一學いちがくが望んだことと申すのか?」

 家治が確かめるように尋ねると、正明まさあきらはやはり「御意ぎょい」と答えた。

「どうも話が見えぬな…、さればくわしい経緯けいいを聞かせてくれぬか?」

 家治が正明まさあきらにそううながすと、正明まさあきらは、「ははぁっ」と応じてから経緯けいいを語り始めた。

「されば、大久保おおくぼ半五郎はんごろう吉川よしかわ一學いちがくがそれがしめの元へと…、だんじ部屋べやへと姿を見せましたることが発端ほったんにて…」

「それは陳情ちんじょうがあってのことか?」

御意ぎょい…、されば半五郎はんごろう一學いちがくは二日後にひかえておりましたるおそれ多くも大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう…、お最期さいごのご放鷹ほうようおく池原いけはら長仙院ちょうせんいんしたがわせしめたいと…」

「二人は…、半五郎はんごろう一學いちがく左様さようなる陳情ちんじょうを持ちかけたと申すか?」

御意ぎょい…」

「なれど分からぬな…、されば半五郎はんごろう一學いちがくもここ本丸ほんまるにてつかえし小納戸こなんどではあるまいか…、それが何ゆえに西之丸にしのまるがことに…、家基いえもと放鷹ほうように口出しいたしたか…」

 家治は首をかしげてみせた。

「そのことなれば、それがしも気になり申しまして、されば半五郎はんごろう一學いちがくにその真意しんいにつきまして問いただしましてござりまする…」

「ふむ、して如何いかに?」

「されば二人と申し上げますよりは主に半五郎はんごろうが頼みにて…」

「何と…、半五郎はんごろうが頼みとな?」

御意ぎょい…」

くわしく申せ」

「ははっ。されば半五郎はんごろうそく西之丸にしのまる小姓こしょうにて…」

 正明まさあきらがそう言いかけるや、

「おお、そうであったわ…、靱負ゆきえ忠俶ただあつは確かに家基いえもと小姓こしょうであったわ…」

 家治が正確にそらんじてみせたので、やはり皆を畏怖いふさせた。本丸にて己につかえる役人のみならず、かつて西之丸にしのまるにて家基いえもとつかえていた小姓こしょうのフルネームまで覚えているとは…、皆は改めて将軍・家治に畏怖いふを覚えたのだ。

 正明まさあきらもまた、将軍・家治に対して改めて畏怖いふを覚えた一人であるが、それを必死にかくして、「御意ぎょい」と答えると、先を続けた。

「さればそれな靱負ゆきえより、池原いけはら長仙院ちょうせんいんめをしたがわせしめたいと、そのように父・半五郎はんごろうに頼み申し、それに対して半五郎はんごろうそくの願いとあらばということにて、これを承知しょうちし、相役あいやくの…、半五郎はんごろう相役あいやく一學いちがくとも談合だんごうの上、二人はそろうてそれがしの元へと陳情ちんじょうに…」

「何と…、一學いちがくまでもが半五郎はんごろうよりその件を…、そく靱負ゆきえよりの願いを実現すべく、御側おそば御用ごよう取次とりつぎであるそなたに陳情ちんじょうせしことに賛同いたしたと申すか?」

御意ぎょい…、なればこそ半五郎はんごろう一學いちがくは二人そろうてそれがしの元へと陳情ちんじょうに訪れましてござりまする…」

「ふむ…、だが靱負ゆきえは何ゆえに池原いけはら長仙院ちょうせんいんしたがわせたいとねごうたのだ…」

 家治が新たな疑問を口にした。

「さぁ…、そこまではそれがしにも分かりかねまするが…」

 正明まさあきらは首をかしげてみせつつも、推論すいろんを口にした。

「なれど大方おおかた靱負ゆきえ池原いけはら長仙院ちょうせんいんより頼まれ申したか、あるいはもそっと別の思惑おもわくがあり申したか…」

 正明まさあきらの思わせぶりな推論すいろんに、家治は「なに?」と聞きとがめた。

「いえ…、されば池原いけはら長仙院ちょうせんいんおそれ多くも大納言だいなごん様におちかづきになりたいと願い、そこで…」

靱負ゆきえに対して、家基いえもと放鷹ほうようしたがいたいと、左様さよう陳情ちんじょういたしたと申すか?」

御意ぎょい。何しろ靱負ゆきえおそれ多くも大納言だいなごん様がお最期さいごのご放鷹ほうようしたがたてまつりし唯一ゆいいつ小姓こしょうにて…」

池原いけはら長仙院ちょうせんいんもそれを知り、そこで靱負ゆきえ左様さよう陳情ちんじょういたしたと申すか?」

御意ぎょい…」

「なれど、そなたは、あるいはもっと別の思惑おもわくもあると申したな?」

 それこそが家治が聞きとがめた部分であった。

「…御意ぎょい

「そは、如何いかな意味ぞ?」

「この場にて申し上げましてもよろしゅうござりまするか?」

 正明まさあきらは家治にそう確かめた。

「許す。申せ」

「ははっ。されば…、靱負ゆきえ叔父おじは…、半五郎はんごろうが弟は清水宮内くない殿につかえ申しておりますれば…」

 正明まさあきらがそう口にしただけで、周囲がざわめいた。

「清水重好しげよしこそが家基いえもとの死に関与した…」

 正明まさあきらの今の言葉はそう示唆しさしたも同然どうぜんだからだ。

 家治も無論むろん、その示唆しさに気付き、

正明まさあきら、今、己が何を申したか、分かっているな?」

 そうドスをかせて尋ねた。それに対して正明まさあきら流石さすがに家治のその威圧いあつに身をふるわせたものの、それでも何とか、「御意ぎょい…」と答えることができた。

重好しげよしこそが家基いえもとが死に関与していると申すか?」

 家治はズバリんだ。

「その可能性はあるのではないかと…」

 正明まさあきらかろうじてそう答えると、

「されば半五郎はんごろう相役あいやく吉川よしかわ一學いちがくは清水殿家老の吉川よしかわ摂津せっつそくにて…」

 そう付け加えたのであった。

 一方、家治はと言うと、正明まさあきらより、

「可能性」

 その一言ひとことかたけられてしまえば、それは如何いかにもその通りであったので、家治としてもそれ以上、正明まさあきらへの攻め手がなく、「先へ続けろ」と話を本題に戻すよう命じたのであった。

「ははっ。されば半五郎はんごろう一學いちがくはそれがしがおりましただんじ部屋べやに参りまして、そこでおく池原いけはら長仙院ちょうせんいんを二日後にひかえており申した、おそれ多くも大納言だいなごん様がお最期さいごのご放鷹ほうようしたがわせしめたいと、左様さよう陳情ちんじょういたしましてござりまする…」

「そう言えば、先程さきほども二日後と申したが、されば家基いえもとは21日に…、2月の21日に放鷹ほうよういたしたゆえ、されば二日後と申すからには二日前の19日に陳情ちんじょうを受けたと?」

御意ぎょい…」

「それで、そなたはそれな陳情ちんじょうに何と?」

「ははっ。さればおそれ多くも大納言だいなごん様がご放鷹ほうよう西之丸にしのまるおくではのうて、本丸ほんまるおくしたがたてまつりし前例が果たしてあるのか、またこの、二人の直属の上司とも申し上げるべき小納戸こなんど頭取とうどりしゅうは承知しているのかと…」

「二人に…、半五郎はんごろう一學いちがく左様さように尋ねたわけだな?」

御意ぎょい

「して二人は何と?」

「さればそれがしめの問いに満足に答えられず…」

左様さようか…、してその後は?如何いかがいたしたのだ?」

「さればまずは二人の直属の上司の小納戸こなんど頭取とうどりしゅうと良く相談いたすのがすじであろうと、二人にさとし、同時に小納戸こなんど頭取とうどりしゅうを…、稲葉いなば主計かずえだんじ部屋べやに呼び出しましてござりまする…」

「そこで稲葉いなば正存まさよしが登場するわけだな?」

 家治の口調くちょうはやや皮肉ひにくじりであった。一方、正明まさあきらはそうとは気付かずに、「御意ぎょい」と邪気じゃきに答えた。

「ふむ…、して二人は…、半五郎はんごろう一學いちがく正存まさよしに対してもそれな陳情ちんじょうかえしたわけだな?」

 家治のその問いに対しては、正明まさあきらに加えて正存まさよしも「御意ぎょい」と答えた。

「それで…、正存まさよしはそれな陳情ちんじょうに対して何と答えたのだ?」

 家治は正存まさよしに尋ねた。

「ははっ。されば前例がないのではないかと…」

難色なんしょくを示したわけだな?池原いけはら長仙院ちょうせんいんしたがわせしむることにつき…」

 家治が尋ねると、正存まさよしは「御意ぎょい」と答え、正明まさあきらも「如何いかにもその通りでござりまする…」といの手を入れた。
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