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家基死去時の本丸にて御膳番を兼務する小納戸二人が二人共、都合良く清水徳川家の縁者であることが益五郎は気に入らない
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「いや、別に無理じゃねぇぜ?無論、一橋治済こそが黒幕だ、なんて言ったあんたの手前、ってこともないとは言わねぇが…」
益五郎はまずは冗談めかしてそう切り出し、平蔵を苦笑させた。
それから益五郎はすぐに真顔になると、
「だが、まじな話、どうにも気に入らねぇんだよ…」
そう告げた。すると平蔵も益五郎につられて真顔になると、「気に入らねぇ?」と聞き返した。
「ああ。どうにも出来すぎっつうか…、何だかこう、気に入らねぇんだよ…、二人も揃って重好様と関係があるのが…」
都合が良過ぎるだろう…、益五郎はそう付け加えた。
「うむ…、確かに…」
平蔵は一橋治済こそが黒幕だとする己の主張が受け入れられたからということもあるが、益五郎のその「勘働き」に頷いてみせた。
「いや、まぁ、俺の勘働きだから、当てにはならねぇが…」
益五郎は再び、冗談めかして、自嘲気味にそう言った。
するとそれに対して平蔵は真顔のまま、「そんなことはない」と強い調子で、それこそ益五郎を諫めるように益五郎の今の自嘲を否定してみせた。
「その手の勘働きは大事ぞ。決して侮ってはならぬ…」
平蔵はそう付け加えた。「勘働き」の重要性を誰よりも知っている平蔵の言葉だけに説得力があった。
「そりゃどうも…」
益五郎は首を竦めてみせた。
「ともあれ、まずは事実の確認こそが肝要ぞ…」
意知はそう言うと、立ち上がった。どうやら意知自ら、「聞き込み」に当たるようだ。そうと理解した益五郎は思わず、「いってらっしゃい」と意知を見送ろうとした。
「何を暢気に構えておる…、益五郎殿、そなたも共に参るのだ」
意知にそう言われると、平蔵からも「行け」と目で促されたので、益五郎もそれで渋々立ち上がった。
意知はそれから平蔵と玄通に対してどうするか尋ねた。
それに対して平蔵は、
「聞き込みをしたい相手がおりますゆえ…」
そのためにもう早いが下城することを告げ、意知もこれに納得すると、次いで玄通を見た。
すると意知の視線に気付いた玄通は、日記と名簿をもう少し読み込みたいと願い出て、やはり意知はこれを了承した。
そして意知はそれこそ、
「意気揚々…」
益五郎を従えて、まずは山本茂孫の詰めている小姓部屋へと足を向けたのであった。
小姓の詰所は御側御用取次衆の詰所、通称、談部屋のすぐ隣にあり、意知と益五郎がその小姓部屋へと足を踏み入れるなり、小姓頭取衆と共に、お目当ての人物とも言うべき茂孫によって出迎えられた。
「これはこれは意知様、いえ、大和守様…」
小姓頭取衆の一人、新見大炊頭正則はとりわけ…、小姓頭取衆の中でも誰よりも意知を歓迎した。
それは意知と益五郎が小姓部屋に姿を見せるや、誰よりも真っ先に立ち上がり、あまつさえ、「意知様」と意知の諱を口にしたことからもそれは察せられた。
「大炊頭様…」
意知もその新見正則に対してそう返すや、深々と腰を折ってみせた。意知は仮にも大名、それも今をときめく老中・田沼意次の息である。
その意知が旗本を相手に腰を折るとは、それも深々と折ってみせるとは異例なことであったが、それでも意知があえて旗本である彼らに深々と腰を折ってみせたのは他でもない、彼らがただの旗本ではなく、将軍・家治に近侍する小姓だからだ。
意知は幼少の砌より父・意次から中奥役人の重要性について、それこそ、
「耳に胼胝《たこ》ができるほどに…」
懇々と諭されてきたものである。それゆえ意知は最早、条件反射的に中奥役人に対しては腰を低くする習慣が身についていたのだ。
一方、他の小姓頭取衆や、それに山本茂孫を含めたその他の小姓にしても、仮にも大名、それも老中・田沼意次の息・意知に頭を下げられたとあっては、それも深々と頭を下げられたとあっては、如何に将軍・家治に近侍する中奥役人、それも将軍・家治の側近中の側近とも言うべきその小姓と言えども、これをやり過すわけにはまいらなかった。
他の小姓頭取衆や、それに茂孫を含めた他の小姓らも皆、一斉に立ち上がると、意知に対して深々と頭を下げたものである。それゆえ意知の隣に立っていた益五郎も嫌々ではあったが、会釈程度ではあったが頭を下げたのであった。
それから皆が頃合を見計らって頭を上げると
「して、大和守様。本日は一体、何用で?やはり…、探索の件で?」
正則が声を潜ませてそう尋ねた。どうやら意知たちが家基の死の真相について…、つまりは家基の殺害と、そこから派生したと思われる今回の奥医師・池原良誠斬殺事件、それら一連の事件について将軍・家治より直々に探索を命じられたことは少なくともここ中奥においては既に、
「周知の事実…」
その様子であるようだった。
ともあれ意知としてはその通りであったので、「左様…」と答えると、
「されば御小姓の山本伊予守殿に頼みがあって斯様に参りました次第にて…」
意知はあくまで低姿勢でそう告げた。
すると正則にもそんな意知の「誠意」が十二分に伝わったのか、
「左様でござりましたか…、伊予」
正則は、「伊予」と山本茂孫を呼びつけた。
茂孫は正則の隣へと進み出ると、「ははっ」と正則に対して叩頭してみせた。
「聞いての通りぞ。大和守様がそちに頼みがあるそうな…、謹んで承るが良いぞ…」
正則は茂孫にそう命じた。すると茂孫はやはり、正則に対して「ははっ」と頭を下げ、そして顔を上げると、今度は意知と、それにその隣に立つ益五郎の方へと向くと、茂孫はしかし、一瞬だが躊躇いを覗かせた後、意知に対して改めて叩頭した。
茂孫が一瞬とは言え、意知に対して叩頭することをに躊躇いを覗かせたのは他でもない、それは意知がどこぞの馬の骨とも分からぬ下賤なる成り上がり者だから…、では勿論なく、意知の隣に益五郎までが並んで立っていたからだ。
意知に頭を下げるということは即ち、意知の隣に立つ益五郎に対しても頭を下げることになるのでは…、それこそが茂孫をして意知に対して叩頭することを躊躇わせた原因であった。
茂孫は益五郎の姉を養女として迎え入れていた。してみると、益五郎はその養女の弟というわけで、その養父の立場からすれば、成程、養女の弟に当たる益五郎に対してまで頭を下げることに躊躇いを感ずるのも当然と言えば当然であった。
だがこうして意知と向かい合った上は頭を下げないわけにはゆかない。茂孫は、
「あくまで意知様に頭を下げるのだ…」
そう自分に言い聞かせて、意知に頭を下げたのであった。すると意知も勿論、頭を下げ、益五郎にしても会釈程度に頭を下げた。
益五郎はまずは冗談めかしてそう切り出し、平蔵を苦笑させた。
それから益五郎はすぐに真顔になると、
「だが、まじな話、どうにも気に入らねぇんだよ…」
そう告げた。すると平蔵も益五郎につられて真顔になると、「気に入らねぇ?」と聞き返した。
「ああ。どうにも出来すぎっつうか…、何だかこう、気に入らねぇんだよ…、二人も揃って重好様と関係があるのが…」
都合が良過ぎるだろう…、益五郎はそう付け加えた。
「うむ…、確かに…」
平蔵は一橋治済こそが黒幕だとする己の主張が受け入れられたからということもあるが、益五郎のその「勘働き」に頷いてみせた。
「いや、まぁ、俺の勘働きだから、当てにはならねぇが…」
益五郎は再び、冗談めかして、自嘲気味にそう言った。
するとそれに対して平蔵は真顔のまま、「そんなことはない」と強い調子で、それこそ益五郎を諫めるように益五郎の今の自嘲を否定してみせた。
「その手の勘働きは大事ぞ。決して侮ってはならぬ…」
平蔵はそう付け加えた。「勘働き」の重要性を誰よりも知っている平蔵の言葉だけに説得力があった。
「そりゃどうも…」
益五郎は首を竦めてみせた。
「ともあれ、まずは事実の確認こそが肝要ぞ…」
意知はそう言うと、立ち上がった。どうやら意知自ら、「聞き込み」に当たるようだ。そうと理解した益五郎は思わず、「いってらっしゃい」と意知を見送ろうとした。
「何を暢気に構えておる…、益五郎殿、そなたも共に参るのだ」
意知にそう言われると、平蔵からも「行け」と目で促されたので、益五郎もそれで渋々立ち上がった。
意知はそれから平蔵と玄通に対してどうするか尋ねた。
それに対して平蔵は、
「聞き込みをしたい相手がおりますゆえ…」
そのためにもう早いが下城することを告げ、意知もこれに納得すると、次いで玄通を見た。
すると意知の視線に気付いた玄通は、日記と名簿をもう少し読み込みたいと願い出て、やはり意知はこれを了承した。
そして意知はそれこそ、
「意気揚々…」
益五郎を従えて、まずは山本茂孫の詰めている小姓部屋へと足を向けたのであった。
小姓の詰所は御側御用取次衆の詰所、通称、談部屋のすぐ隣にあり、意知と益五郎がその小姓部屋へと足を踏み入れるなり、小姓頭取衆と共に、お目当ての人物とも言うべき茂孫によって出迎えられた。
「これはこれは意知様、いえ、大和守様…」
小姓頭取衆の一人、新見大炊頭正則はとりわけ…、小姓頭取衆の中でも誰よりも意知を歓迎した。
それは意知と益五郎が小姓部屋に姿を見せるや、誰よりも真っ先に立ち上がり、あまつさえ、「意知様」と意知の諱を口にしたことからもそれは察せられた。
「大炊頭様…」
意知もその新見正則に対してそう返すや、深々と腰を折ってみせた。意知は仮にも大名、それも今をときめく老中・田沼意次の息である。
その意知が旗本を相手に腰を折るとは、それも深々と折ってみせるとは異例なことであったが、それでも意知があえて旗本である彼らに深々と腰を折ってみせたのは他でもない、彼らがただの旗本ではなく、将軍・家治に近侍する小姓だからだ。
意知は幼少の砌より父・意次から中奥役人の重要性について、それこそ、
「耳に胼胝《たこ》ができるほどに…」
懇々と諭されてきたものである。それゆえ意知は最早、条件反射的に中奥役人に対しては腰を低くする習慣が身についていたのだ。
一方、他の小姓頭取衆や、それに山本茂孫を含めたその他の小姓にしても、仮にも大名、それも老中・田沼意次の息・意知に頭を下げられたとあっては、それも深々と頭を下げられたとあっては、如何に将軍・家治に近侍する中奥役人、それも将軍・家治の側近中の側近とも言うべきその小姓と言えども、これをやり過すわけにはまいらなかった。
他の小姓頭取衆や、それに茂孫を含めた他の小姓らも皆、一斉に立ち上がると、意知に対して深々と頭を下げたものである。それゆえ意知の隣に立っていた益五郎も嫌々ではあったが、会釈程度ではあったが頭を下げたのであった。
それから皆が頃合を見計らって頭を上げると
「して、大和守様。本日は一体、何用で?やはり…、探索の件で?」
正則が声を潜ませてそう尋ねた。どうやら意知たちが家基の死の真相について…、つまりは家基の殺害と、そこから派生したと思われる今回の奥医師・池原良誠斬殺事件、それら一連の事件について将軍・家治より直々に探索を命じられたことは少なくともここ中奥においては既に、
「周知の事実…」
その様子であるようだった。
ともあれ意知としてはその通りであったので、「左様…」と答えると、
「されば御小姓の山本伊予守殿に頼みがあって斯様に参りました次第にて…」
意知はあくまで低姿勢でそう告げた。
すると正則にもそんな意知の「誠意」が十二分に伝わったのか、
「左様でござりましたか…、伊予」
正則は、「伊予」と山本茂孫を呼びつけた。
茂孫は正則の隣へと進み出ると、「ははっ」と正則に対して叩頭してみせた。
「聞いての通りぞ。大和守様がそちに頼みがあるそうな…、謹んで承るが良いぞ…」
正則は茂孫にそう命じた。すると茂孫はやはり、正則に対して「ははっ」と頭を下げ、そして顔を上げると、今度は意知と、それにその隣に立つ益五郎の方へと向くと、茂孫はしかし、一瞬だが躊躇いを覗かせた後、意知に対して改めて叩頭した。
茂孫が一瞬とは言え、意知に対して叩頭することをに躊躇いを覗かせたのは他でもない、それは意知がどこぞの馬の骨とも分からぬ下賤なる成り上がり者だから…、では勿論なく、意知の隣に益五郎までが並んで立っていたからだ。
意知に頭を下げるということは即ち、意知の隣に立つ益五郎に対しても頭を下げることになるのでは…、それこそが茂孫をして意知に対して叩頭することを躊躇わせた原因であった。
茂孫は益五郎の姉を養女として迎え入れていた。してみると、益五郎はその養女の弟というわけで、その養父の立場からすれば、成程、養女の弟に当たる益五郎に対してまで頭を下げることに躊躇いを感ずるのも当然と言えば当然であった。
だがこうして意知と向かい合った上は頭を下げないわけにはゆかない。茂孫は、
「あくまで意知様に頭を下げるのだ…」
そう自分に言い聞かせて、意知に頭を下げたのであった。すると意知も勿論、頭を下げ、益五郎にしても会釈程度に頭を下げた。
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