天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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長谷川玄通は本丸奥医師の池原良誠が西之丸の主であった次期将軍の家基の鷹狩りに従ったことに疑惑を抱く2

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「だが実際、本来なら西之丸にしのまるかしら家基いえもと様のたかりにしたがはずのねぇ本丸ほんまるおくの池原がしたがったわけで…、こいつは一体、どう解釈かいしゃくしたら良いんだ?」

 益五郎ますごろうが尋ねると、やはり玄通げんつうが答えてくれた。

「恐らくは本丸ほんまる小納戸こなんど、それも御膳ごぜんばん小納戸こなんど指図さしずだろうな…」

「ごぜんばん?」

 益五郎ますごろうが聞き慣れない言葉にやはりそうかえすと、玄通げんつうが嫌な顔をせずにまたしても説明してくれた。

 すなわち、小納戸こなんどには奥之番おくのばん御膳ごぜんばん、その二つのばん兼務けんむする者がおり、これを所謂いわゆる

りょうかかり」

 と称するそうな。ともあれ奥之番おくのばんおく坊主ぼうずおく六尺ろくしゃくなどを、一方、御膳ごぜんばんおく医師いしをそれぞれ差配さはいする。

「なぁる…、つまりその御膳ごぜんばんとやらを兼務けんむする小納戸こなんどが指示したからこそ…、おく医師いしの池原に、家基いえもと様のたかりについて行けって指示したからこそ、池原は家基いえもと様のたかりに同行どうこうしたがうことができたってわけか?」

 益五郎ますごろうがそう確かめるように尋ねると、玄通げんつうも、「その通りだ」と認めた。

「それでその当時の、その御膳ごぜんばん小納戸こなんど一体いってぇ誰だ…」

 益五郎ますごろうがそうつぶやくと、しかし今度は玄通げんつうにも答えられず、そこで益五郎ますごろう意知おきともと、さらに平蔵をも見たのだが、二人共、首をかしげるばかりであった。

「こればかりは当人に尋ねる以外、小納戸こなんど頭取とうどりしゅうか、あるいは小納戸こなんどしゅうにでも尋ねるより他にあるまいて…」

 意知おきともはそう答えた。

小納戸こなんどか…」

 益五郎ますごろうがそうつぶやいたので、「どうした?」と平蔵が反応した。

「いや…、小姓こしょうならツテがあるんだが…」

「本当か?」

 平蔵は目を丸くした。

「ああ。山本やまもと茂孫もちざねって言うんだが…」

 益五郎ますごろうがそう答えるや、すかさず意知おきともが「伊予いよ殿か…」と茂孫もちざねの官職名を正確に答えてみせたので、これにはさしもの益五郎ますごろうも驚かされた。

「よくご存知ぞんじで…」

「いや、山本殿は父祖ふその頃より、中奥なかおくつかえておられるゆえ、それで…」

 意知おきともの父・意次も中奥なかおくを足がかりに、今の老中へと栄達えいたつげた。しかも意次は老中という表向おもてむきの役人としての顔の他にも、もう一つ、中奥なかおく役人としての顔も持ち合わせていた。将軍・家治より特に、

中奥なかおく兼帯けんたい

 を命ぜられていたからだ。この中奥なかおく兼帯けんたいとは、

中奥なかおくのこともつかさどる…」

 要は中奥なかおくに自由に出入りでき、御側おそば御用ごようにんや、あるいは御側おそば御用ごよう取次とりつぎかいさずして、直接に将軍に…、今の場合には将軍・家治に己の意見を遠慮えんりょなく申し述べることが出来る、わば権利のようなものであった。

 そうであれば畢竟ひっきょう中奥なかおくくわしくなるというものである。

「ところで伝手つてと申したが、具体的には…」

 意知おきとも流石さすがにそこまでは知らないようだ。それはつまりは父・意次も知らないということであろう。いや、知ってはいたが、そこまでせがれに打ち明けていないとも考えられるが、ともあれ、山本やまもと茂孫もちざねの正確なる官職名を口にしただけで、驚きものであった。

「いや、俺の上の…、一番上のあねがその、山本やまもと茂孫もちざね養女ようじょなんすよ…」

 益五郎ますごろうは鼻をかきながらそう答えた。すると意知おきともは目を丸くした。

「そうであったか…、いや、茂孫もちざね殿、いや、伊予いよ殿にはご長女とご長男が一人ずつおられるゆえ…、それもどちらも養子で…、そのうちのご長女が益五郎ますごろう殿のあねうえであられたか…」

 意知おきともがそう答えたので、やはりと言うべきか、益五郎ますごろうが目を丸くする番であった。

 確かに意知おきともの言う通り、茂孫もちざねには娘とせがれが一人ずつおり、しかもどちらも養子ようしであった。

「いや、その山本殿なれば立派な伝手つてぞ…」

 意知おきともはそう告げると、己のその言葉に何度もうなずいてみせた。

「どういうことです?」

 益五郎ますごろうは首をかしげた。

「いや、今も申した通り、山本殿にはご長女とご長男が一人ずつおられ、しかもどちらも養子…、ご長女はそなたのあねうえで、さればご長男は本郷ほんごう伊勢守いせのかみ泰行やすゆき殿が四男よんなんなのだ…」

「良くご存知ぞんじで…」

 益五郎ますごろうなか感嘆かんたんしつつも、なかあきれていた。

「よくもまぁ、それだけ他人の家の事情について知ってるもんだ…」

 それが益五郎ますごろうなか感嘆かんたんさせ、なかあきれさえた理由であった。

「それで…、その本郷ほんごうなんとかって野郎の四男よんなん山本やまもと茂孫もちざねが養子にむかえてるから、何だって言うんです?」

 益五郎ますごろう真顔まがおでそう尋ねたものだから、これには意知おきともあきれた。いや、あきれたのは意知おきともばかりではない。平蔵や、さらに益五郎ますごろうとは「博打ばくち仲間なかま」であるはず玄通げんつうまでが益五郎ますごろうのその無知むちぶりにあきれている様子であった。

 ともあれ意知おきともはそんな益五郎ますごろうのためにくわしく解説してくれた。

本郷ほんごう伊勢守いせのかみ殿は今は小姓こしょうぐみ番頭ばんがしらかくおくづとめのお役にあるのだ…」

 意知おきともはそこで言葉を区切った。それで益五郎ますごろうにも事情がめただろうと、意知おきともはそうはや合点がてんしたからであったが、しかし、益五郎ますごろうはと言うと、「それで?」とあいわらず、表情一つ変えずにそううながしたことから、意知おきとも盛大せいだい溜息ためいきをついた後で先を続けた。

「…小姓こしょうぐみ番頭ばんがしらかくおくづとめと申せば、御側おそば御用ごよう取次とりつぎ見習みならいゆえ、日頃ひごろより御側おそば御用ごよう取次とりつぎの下で、修行をしているのだ…」

「まぁ、見習いならそれが普通でしょうね…、で?それが何か?」

「良いか?されば御側おそば御用ごよう取次とりつぎ小姓こしょう小納戸こなんどをその支配しはいに置いているゆえ…」

 それで益五郎ますごろうにもようやくに意知おきともの言わんとすることに気が付いた。

「ああ…、つまり、山本、本郷を辿たどり、で、本郷から御側おそば御用ごよう取次とりつぎへと、かくかくしかじかと、事情を打ち明けた上で、その御側おそば御用ごよう取次とりつぎ手下てした小納戸こなんどに俺たちの探索たんさく…、聞き込みに協力させようって腹積もりっすね?」

 益五郎ますごろうがあけすけに尋ねると、意知おきとも流石さすがいやな顔をしたものの、それでも益五郎ますごろうの主張そのものはまったくもってその通りであるので、意知おきともいやな顔をしつつもうなずいた。
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