天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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養父と実父

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 準松のりとしはそれから鶴松つるまつ豊千代とよちよ御伽おとぎ衆に加えるための工作について、その詳しい「内容」を源太郎げんたろう赤裸々せきららに打ち明けたのであった。

 将軍家しょうぐんけ御養君ごようくん…、次期将軍がまだ弱年じゃくねんの場合には小姓や小納戸こなんどの他に、

「遊び相手…」

 としての御伽おとぎ衆が置かれる。無論、まだ弱年じゃくねんの次期将軍の「遊び相手」であるので、御伽おとぎ衆にしても将軍と同世代の者が選ばれるわけで、それも、由緒ゆいしょある家柄いえがらを持つ旗本の子弟していから選ばれるのが慣例であった。

 実際、家基いえもとが次期将軍として西之丸にしのまるにいた頃にも御伽おとぎ衆は存在しており、そしてそのほとんどの者が御伽おとぎ衆を振り出しに、諸大夫しょだいぶ役である小姓へと移り、そして家督かとく相続前であるにもかかわらず、

従五位下じゅごいのげ…」

 に叙任じょにんされたのであった。

 そして今度もまた、わずか10歳の豊千代とよちよ将軍家しょうぐんけ御養君ごようくん…、次期将軍として西之丸にしのまる入りを果たすことが内定していたので、その豊千代とよちよの遊び相手としてつかえる御伽おとぎ衆の選考があった。

 この御伽おとぎ衆の選考基準だが、幕閣ばっかく推薦すいせん名簿を作り、その推薦すいせん名簿にせられた者の中から、将軍が選ぶのであった。

 もっとも、推薦すいせん名簿と言ってもそう何十人もの名前が登載とうさいされているわけではない。実際には3人程度であり、それを将軍がそのまま追認ついにんするのが実態であり、それゆえ御伽おとぎ衆に選ばれるには、幕閣ばっかくが将軍に提出するための推薦すいせん名簿を作成する時点が勝負であった。

 つまり準松のりとしの言う「工作」とは、将軍に対して御伽おとぎ衆の推薦すいせん奏薦そうせん権を持つ幕閣ばっかくに対するそれに他ならない。

 もっとも、準松のりとしが務める御側おそば御用ごよう取次とりつぎ職掌しょくしょうには未決みけつの人事も含まれており、そこには当然、御伽おとぎ衆の人事も含まれていた。

 御側おそば御用ごよう取次とりつぎ未決みけつの人事も取り扱うために、例えば仮にだが、準松のりとし幕閣ばっかくに対する、

「工作」

 をはぶいたために、将軍に提出する御伽おとぎ衆の推薦すいせん名簿に鶴松つるまつの名がれたとしても、準松のりとしのその御側おそば御用ごよう取次とりつぎとしての権限をフルに行使して、鶴松つるまつ御伽おとぎ衆に加えてくれるようにと、将軍に対して、

意見いけん具申ぐしん…」

 そうすることも可能であったのだ。

 無論、あくまで、

意見いけん具申ぐしん…」

 それに過ぎないために、将軍がそれに応じない場合も理論上はあり得たものの、しかし、実際には御側おそば御用ごよう取次とりつぎからのその、

意見いけん具申ぐしん…」

 に対しては将軍はほとんど、うなずくものであった。

 それゆえ御側おそば御用ごよう取次とりつぎ幕閣ばっかくの決めた人事に対して変更を加えることも十分に可能であり、これこそが、

未決みけつの人事を取り扱う…」

 その「正体しょうたい」である。と同時にこれこそが御側おそば御用ごよう取次とりつぎの、

「力の源泉げんせん…」

 とも言えた。

 だが準松のりとしとしてはそのような「荒業あらわざ」を駆使くしするよりもここは、

正攻せいこう法を使うべき…」

 そう判断したのであった。

 すなわち、幕閣ばっかくへの工作である。

 そうでなくとも御側おそば御用ごよう取次とりつぎ幕閣ばっかくから何かと、

「目のかたき…」

 にされがちであり、それは恐らく将軍の御側おそば近くにつかえることへの、

嫉妬しっと心…」

 それからであろうが、そこへもってきて、幕閣ばっかくが決めた人事をいじったとなれば、いよいよ幕閣ばっかくから、

「目のかたき

 にされるというものである。

 そこで準松のりとしは他家へ…、と言っても分家だが、分家に養子に出したとは言え、可愛い我が子であることに変わりはないその鶴松つるまつのために、幕閣ばっかくに対してそれこそ、

「下げたくもない頭を下げ…」

 のみならず、少なからぬ金品をも使用してまで何とか鶴松つるまつ御伽おとぎ衆の推薦すいせん名簿にせてもらうことに成功したのであった。

 いや、準松のりとしが工作した相手は幕閣ばっかくだけにとどまらない。

 何と、豊千代とよちよの実父である一橋ひとつばし治済はるさだをもその、「工作」の対象としたのであった。

 これが家基いえもとの場合であったならばそのような必要性はなかった。それと言うのも家基いえもとの実父は他ならぬ将軍・家治自身だからだ。

 将軍・家治ならば、準松のりとし自身が日頃、御側おそば御用ごよう取次とりつぎとして近侍きんじ、つまりは接しているので、いつでも頼む機会はある。

 だが豊千代とよちよの場合はそうはいかない。何しろ養父ようふこそ、準松のりとし自身が日頃、近侍きんじする将軍・家治だが、実父はまた別におり、治済はるさだこそが豊千代とよちよの実父であるからだ。

 準松のりとしはこれまで、治済はるさだには見向きもしなかった。それも当然と言うべきで、何しろ将軍・家治には家基いえもとという立派な次期将軍がいたからで、そうであれば如何いか治済はるさだが将軍家の家族である御三卿ごさんきょう一橋ひとつばし家の当主と言えども、一橋ひとつばし家には、

「出番はない…」

 それゆえに準松のりとし一橋ひとつばし家の当主である治済はるさだに見向きもしなかったのも当然であった。

 それが家基いえもとが亡くなり、治済はるさだの実子の豊千代とよちよ家基いえもとに代わって将軍家しょうぐんけ御養君ごようくん…、次期将軍として西之丸にしのまる入りを果たすことが内定したことで事情が変わった。

 豊千代とよちよは一応、将軍・家治の養嗣子ようししになるわけだが、それで実父である治済はるさだとの縁が切れるわけではない。

 治済はるさだにしても次期将軍たる豊千代とよちよの実父として大いに権力を振るうつもりでいるに違いなく、そうであればそれは当然、豊千代とよちよの「遊び相手」である、すなわち、将来の出世が約束されているポストとも言うべきその、御伽おとぎ衆の人事についても言えることであった。

 すなわち、治済はるさだは大事な我が子の「遊び相手」となる御伽おとぎ衆の人事についても容喙ようかいするに違いなく、人事権者である幕閣ばっかくにしても、そして将軍・家治でさえも、次期将軍たる豊千代とよちよの実父である治済はるさだの人事への容喙ようかいにはこうしきれまい。
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