天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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波乱の月次御礼 ~準松からの頼み~

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 さて、その時斗之間とけいのま肝煎きもいり坊主によって案内された御側衆おそばしゅう御談おだん部屋べやとは御側おそば御用ごよう取次とりつぎ詰所つめしょであり、今は御側おそば御用ごよう取次とりつぎを務めるこの横田よこた準松のりとしと、その相役あいやく…、同僚どうりょうである稲葉いなば越中守えっちゅうのかみ正明まさあきらが使用していた。

 刻限こくげん刻限こくげんなだけに、まだ稲葉いなば正明まさあきらの姿はなく、準松のりとしとしては心置こころおきなく、源太郎げんたろうと語り合うことができた。

 準松のりとし源太郎げんたろうと向かい合うなり、

鷲巣わしのす家との縁談えんだん相成あいなった?」

 そう単刀たんとう直入ちょくにゅうに斬り込んできたので、これにはさしもの源太郎げんたろうも驚かされた。鷲巣わしのす家…、いや、益五郎ますごろうとの縁談えんだんについてはまだ準松のりとしにも打ち明けていないことであった。

 よもや妻女さいじょ静榮しずえが亭主であるこの俺に断りもなく、準松のりとしの野郎にらしたか…、源太郎げんたろうはふとそう思ったが、違った。

 準松のりとし源太郎げんたろう胸中きょうちゅうを察っしたらしく、「いや、実は伊予いよ殿よりうかがったのだ…」とその伝達ルートについて答えた。

伊予いよ殿?」

 源太郎げんたろうは首をかしげた。伊予いよと言うからには官職名の伊予守いよのかみに相違なく、しかし、源太郎げんたろうに分かるのはその程度であった。生憎あいにく源太郎げんたろうの思いつく限りにおいては伊予守いよのかみという官職名を持つ者はいなかったからだ。

「ああ。お小姓の山本やまもと伊予守いよのかみ茂孫もちざね殿よりうかがったのだ…」

 源太郎げんたろうには初耳はつみみの名であった。するとやはりそうと察した準松のりとしがさらに答えてくれた。

「されば山本殿は鷲巣わしのす清貞きよさだ殿が娘御むすめごを養女としてもらい受けているのだ」

 源太郎げんたろうはそれを聞いて思わず、「えっ」と声を上げていた。はしたないことであったが、それでも驚かずにはいられなかった。

「それでは…、益五郎ますごろう妹御いもうとごにて?」

 源太郎げんたろうはすっかり益五郎ますごろう婿むこにでもした心持ちで、益五郎ますごろうと呼び捨てにしてそう尋ねた。

「いや、姉御あねごだそうだ…、いや、待て、源太郎げんたろう殿は知らんのか?」

 今度は準松のりとしが驚く番であった。それはそうだろう。何しろ己が婿むこにと考えているその者の家族構成を知らないとは。

 だが源太郎げんたろうは悪びれる様子もなく、

身共みどもはあくまで鷲巣わしのす益五郎ますごろうという一人の男にれたのであって、ほかの者については…、姉がいようがいまいが、そのようなことは興味もなく、身共みども関知かんちするところではござらぬ」

 胸を張って平然とそう答えたものだ。すると源太郎げんたろうのその態度にやはり準松のりとしは苦笑させられた。

「なるほど…、いかにも似た者同士よ…」

 己が益五郎ますごろうと似た者同士とは、それは源太郎げんたろうにとってはめ言葉であり、「おそれ入る」と謝意しゃいを示した。

「…いや、それなれば大いに結構なことよ…」

 準松のりとしがそんな感想をらしたので、源太郎げんたろうにはそんな感想を洩らす準松のりとし胸中きょうちゅうが分からず、首をかしげつつ、「結構とは?」と聞き返した。

「いや、言葉通りよ。この縁談えんだん是非ぜひとも調ととのえてもらいたい…」

 準松のりとしからそう頼まれて、源太郎げんたろうはいよいよわけが分からなくなった。何ゆえに準松のりとしからそのように頼まれなければならないのかと。

 するとやはりそうと察した準松のりとしが「絵解えとき」をしてくれた。

「いや…、源太郎げんたろう殿にとっては不快ふかいなことやも知れぬが…、鷲巣わしのす家と横田家との縁談えんだんは大いにありがたいことなのだ…」

 鷲巣わしのす家と横田家との縁談えんだん…、準松のりとし益五郎ますごろうと冬の縁談えんだんを家同士の縁談えんだんとらえているようで、やはりそれ自体、何ら不思議なことではなかった。むしろ当然の|捉《とら」え方と言えよう。それがこの時代の常識だからだ。

 だが源太郎げんたろうには今の準松のりとしの言葉にはそのような「常識」ではおさまらない、何か含むところがあるような気がしてならなかった。元より、準松のりとし御側おそば御用ごよう取次とりつぎという権力の頂点にいる男である。その男の言葉にはすべて含むところがあると考えて差しつかえなかった。

 そしてこの時もそうであった。

「これからの話は他言たごん無用むようぞ…」

 準松のりとしはそう切り出した。元より、源太郎げんたろうは秘密を守る男であり、「他言たごん無用むよう」とわざわざ前置まえおき、あるいは念押ねんおしされたことについては例えその身が切り刻まれようとも絶対に口を割らぬ男である。源太郎げんたろうはそう自負じふしており、また準松のりとしにしてもそこは信用していたので、源太郎げんたろううなずいてみせると、安心して言葉をいだ。
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