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多額納税者議員の田丸(たまる)越山(えつざん)が勅撰(ちょくせん)議員の大久保利武を連れて義意たち侯爵議員の元に挨拶に訪れる

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 その田丸(たまる)越山(えつざん)が義意(よしおき)たちの元へと…、所謂(いわゆる)、長老席に陣取(じんど)る侯爵議員の元へと近付いて来た。しかも一人ではなく、勅撰(ちょくせん)議員の大久保(おおくぼ)利武(としたけ)を連れていた。

 大久保(おおくぼ)利武(としたけ)は勅撰(ちょくせん)議員にして、今は最大会派である研究会に所属しており、しかも利武(としたけ)は義意(よしおき)とは通路を挟(はさ)んだ向こう側に座っている侯爵議員の大久保(おおくぼ)利和(としなか)の実弟であった。

 侯爵議員は田丸(たまる)越山(えつざん)のことを嫌っていた。その金権ぶりが嫌われていたのだ。ゆえに田丸(たまる)越山(えつざん)本人だけが侯爵議員の議席の元へと姿を見せたとしても、誰も相手にしなかったであろう。いや、礼儀正しい浅野(あさの)長勲(ながこと)ならば、それに義意(よしおき)にしても越山(えつざん)から挨拶されれば、挨拶ぐらいは返すであろうが、しかし、積極的に言葉を交わすことはないだろう。

 長勲(ながこと)や義意(よしおき)ですらこのような反応が予想されるのだから、他の侯爵議員の反応たるや、

「推して知るべし…」

 というものであろう。

 このことは誰よりも越山(えつざん)当人が一番良く自覚しているところであり、そこで越山(えつざん)は利武(としたけ)を担ぎ出したわけだ。利武(としたけ)はただの勅撰(ちょくせん)議員ではない。侯爵議員の大久保(おおくぼ)利和(としなか)の実弟にして、何より維新三傑の一人である大久保(おおくぼ)利通(としみち)の息子なのである。その毛並(けな)みの良さは義意(よしおき)たち侯爵議員は元より、公爵議員にしても認めるところであった。

 越山(えつざん)はその利武(としたけ)を連れて義意(よしおき)たち侯爵議員の元へと姿を見せたのであり、そうである以上、侯爵議員としても越山(えつざん)を無下(むげ)にすることはできなかった。それでも何ゆえに越山(えつざん)のような金権の腐臭(ふしゅう)漂(ただよ)う男に担がれるのかと、義意(よしおき)たち侯爵議員は利武(としたけ)に対してそのような不満を抱いたもので、それは利武(としたけ)の実兄の利和(としなか)にしても同様であった。

 ともあれ義意(よしおき)たち侯爵議員は利武(としたけ)を担ぐ格好で挨拶(あいさつ)に訪れた越山(えつざん)を無視することはできず、義意(よしおき)たちは立ち上がりこそしなかったものの、それでも嫌々(いやいや)ではあるものの、利武(としたけ)と並んで立つ越山(えつざん)に対して会釈(えしゃく)してみせた。

「いやぁ、これはこれは丁寧なるご挨拶(あいさつ)、痛み入ります…」

 越山(えつざん)はそう言うと、それまで左手で扇(あお)いでいた扇子(せんす)をパチリと止めると、それまで掲(かか)げていた右手も下ろして、深々(ふかぶか)と頭を垂れてみせた。誰に対しても頭を下げることを厭(いと)わないのが越山(えつざん)の美点、それも最大の美点の一つと言え、会釈(えしゃく)程度の挨拶(あいさつ)で済ませた義意(よしおき)たち侯爵議員の意表(いひょう)を突(つ)くのに充分であった。隣に立つ利武(としたけ)ですらギョッとしていた。

 さて、それからかなりの間、越山(えつざん)は頭を下げたままであり、それこそ義意(よしおき)が「いい加減、頭を上げられよ…」と声をかけようかと思っていた頃になって漸(ようや)くに越山(えつざん)は頭を上げた。
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