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大正13年12月26日、第50回帝國議会開院式 1

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  義意(よしおき)が家令(かれい)の運転する自動車で帝國議事堂に到着したのは午前10時15分であった。帝國議事堂はここ千代田区永田町にあり、すぐ近くでは新しい帝國議事堂が建設中であった。

 義意(よしおき)は議事堂の正面玄関、車寄で降車するとそのまま玄関へと進み、玄関の右脇にある議院警察出張所において貴族院議員であることの証明書である貴族院議員証を出張所に詰めている警官に呈示した。これをしないことには議会には入れなかった。尤(もっと)も、侯爵議員である吉良(きら)義意(よしおき)はそれなりに顔を知られており、警官にしても一々、確かめるまでもなかったが、それでも一応規則なので仕方がない。

 さて、通行を許された義意(よしおき)は今度はさらに玄関の左脇、即(すなわ)ち、議院警察出張所の真向(まむ)かいにある受付で正しく到着の受付を済ませると、今度こそ中へと進んだ。

 義意(よしおき)はそれから八角形階段ノ間において右折し、そのままさらに真っ直ぐに進んで整衣室へと辿り着きいた。整衣室とはその名の通り、衣服を整える場所であり、いわば更衣室のようなものであった。

 と言っても義意(よしおき)は既にきちんとした身形(みなり)をしており、それは義意(よしおき)に限った話ではなく、それゆえ今さら衣服を整える必要などないようにも思えるが、しかし、今日のような12月の寒空(さむぞら)ともなると外套(がいとう)を羽織(はお)っており、外套(がいとう)を身につけたままでは議場へは入れないので、そこでこの整衣室にて外套(がいとう)を脱ぎ、置いておくのだ。人によっては帽子(ぼうし)もそうである。やはり帽子(ぼうし)を身につけたまま議場に入ることは許されないからだ。

 さて、整衣室にて外套(がいとう)を脱ぎ、スーツ姿となった義意(よしおき)はその整衣室から貴族院の議場へと通じる入口から貴族院の議場へと入った。

 既に時刻は午前10時20分を過ぎており、議場の議席は半分以上が埋(う)まっていた。

 義意(よしおき)の席は議場の最奥(さいおう)部、所謂(いわゆる)、長老席であり、通路側に義意(よしおき)の隣があった。そして通路側にある義意(よしおき)の席の隣は既に埋(う)まっており、義意(よしおき)と同じく侯爵議員にして無所属である浅野(あさの)長勲(ながこと)の席であり、浅野(あさの)長勲(ながこと)は義意(よしおき)に気付くと今年…、大正13(1924)年の8月に御齢(おんとし)82を迎えたものの、今尚(いなまお)、矍鑠(かくしゃく)としており、その上、礼儀正しく、長勲(ながこと)より遥かに若い、それこそ子供と言っても過言ではない40歳の義意(よしおき)に対して腰を上げて頭を下げたのであった。これには義意(よしおき)もいつものこととは言え、それでも身が引き締まるものであり、義意(よしおき)も姿勢を正して長勲(ながこと)に対して深々と頭を下げた。

 するとその様子を目(ま)の当たりにしていた、長勲(ながこと)の隣に座る大久保(おおくぼ)利和(としなか)が、

「浅野殿と吉良殿が挨拶を交わされるとは、これまた珍妙(ちんみょう)なり…」

 そう声を上げて、周囲を笑わせたものである。言うまでもなく、忠臣蔵でも有名な松之廊下での刃傷(にんじょう)にひっかけてのことである。確かに、吉良(きら)上野介(こうずけのすけ)義央(よしひさ)の流れを汲(く)む義意(よしおき)が浅野と挨拶を交わすなど珍妙(ちんみょう)ではあった。

 ともあれ利和(としなか)の冗談に対して義意(よしおき)は笑って受け流し、一方、長勲(ながこと)は仏頂面(ぶっちょうづら)であった。既に幾度(いくど)となく繰り返されてきた冗談だからだ。

 利和(としなか)は長勲(ながこと)と同じく明治23(1890)年の2月に侯爵議員として貴族院に議席を置くようになったが、しかし齢(とし)の方は利和(としなか)の方が長勲(ながこと)よりも若く、65歳であった。まだ40歳の義意(よしおき)とは違い、65歳の利和(としなか)は82歳の長勲(ながこと)とは親子ほど年が離れているわけではなく、さしずめ兄弟のようなものであろうか。いや19歳の父親などざらにいるので、やはり親子ほど年が離れていると言っても過言ではないかも知れない。

 その利和(としなか)は65歳だと言うに、この手の冗談が好きな男であり、とても大久保利通の長男とも思えなかった。
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