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異世界警察VS財務省警務隊

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 意知が財務省本省の警務隊の取調室へと連行される少し前、サカシタの遺体が発見された。遺体発見現場は帰宅徒上、と言うよりは造幣局を出て少し歩いた所であり、新聞配達員が第一発見者であった。

 サカシタはうつ伏せに倒れており、背中には刺さったままのナイフが突っ立っていた。勿論、刺殺であり、抜こうとした形跡が見られたが、どうやら被疑者はナイフを体から抜くことができないまま逃げ去ったものと思われる。

 身元はすぐにサカシタと判明した。所持品からサカシタの身分証が発見されたためである。財務省造幣局職員としての身分証が遺されていたのだ。

 いや、遺されていたのは身分証ばかりではない、財布なども手付かずのまま遺されており、それゆえ臨場した所轄警察署の刑事たちは物取りによる殺人ではなく怨恨による殺人の線だと睨み、その旨、異世界警察庁に直ちに入電し、異世界警察庁でもその線を認め、所轄警察署に特別捜査本部を設置し、異世界警察庁から俊英の刑事たちを送り込むことに決定した。

 同時に、サカシタの一人娘であるキオイにも直ちに警察から連絡が取られた。実はキオイは昨晩から父・サカシタが帰ってこないのを心配し、アパートに程近い交番に届け出ていたのだ。

 ともあれキオイは父・サカシタと警察署内の霊安室にて無言の対面を果たすこととなった。刑事たちもさすがに遠慮し、霊安室にはキオイと寝台に寝かされているサカシタとの二人きりにすることにした。

 そうして霊安室から出て来た所轄刑事たちを呼び止める者があった。てっきり異世界警察庁から派された刑事たちと思ったがそうではなかった。

「私、財務省警務隊隊長のアタゴと申します」

「警務隊?財務省の…」

 所轄刑事はそれですぐに事件を…、財務省造幣局職員殺しを召し上げるつもりかと、高度警戒準備態勢に入った。

「ええ。ここの方ですよね?」

 アタゴよりそう問われた所轄刑事は礼儀として名乗ることにした。

「いかにも、殺人係のミトシと申します」

「そうですか。それでは話は早い」

 アタゴ警務隊長は勝手に話を進める様子であった。

「何が早いと?」

 ミトシ所轄刑事はとぼけてみせた。するとアタゴ警務隊長はそんなミトシ所轄刑事の「おとぼけ」などお見通しと言わんばかりの態度で、「申すまでもありません」とピシャリと撥ね退けるように言った。

「遺体を引き渡して頂きたい」

 殺人事件の被害者を引き渡す、それは事件が召し上げられることと同義語であり、今度はミトシ所轄刑事がピシャリと撥ね退ける番であった。

「お断りします」

「何ですと?」

 アタゴ警務隊長は血相を変えた。まさか一介の所轄刑事から即座に撥ね退けられるとは予想だにしなかったのであろう。

「遺体の身元が誰であろうと、例え、財務省の職員であろうとも…、それが財務大臣であろうとも第一次的捜査権は我々、警察にあります。お引き取りを」

「何を言うか。我々、警務隊にも捜査権はあるぞ」

「それは財務省内部の犯罪に限った話でしょう。だがことは殺人、しかも公道で遺体が発見された。財務省の警務隊如きが出る幕はありませんよ」

 財務省の警務隊如き…、ミトシ所轄刑事のそのフレーズはアタゴ警務隊長を激怒させるに十分過ぎた。

「貴様ぁっ!誰にものを言っとるんだっ!」

 アタゴ警務隊長はここが最も静謐さを要求される霊安室に通ずる廊下だとは知らないらしく、あるいはあまりの頭の悪さのためにそこまで思いが至らないのか平然と大声を上げてみせた。

 それに対してミトシ所轄刑事はと言うと、アタゴ警務隊長の挑発に乗る格好で大声を出すようなそんな頭の悪い真似はしなかった。ただ静かに、「警務隊長如き、ですが?」と冷静に繰り返して益々、アタゴ警務隊長を激高させた。

「貴様ぁっ…、財務省の警務隊長と言えば所轄警察署の署長レベル、いや異世界警察庁の主要課長レベルなんだぞっ!貴様らヒラのクズ刑事とは身分が違うんだぞっ!」

 アタゴ警務隊長は益々、ヒートアップし、背後に控える警務隊の隊員らはミトシ所轄刑事に憎悪を見せるよりも、隊長の激高ぶりにハラハラさせられ通しであった。

 するとミトシ所轄刑事はそんなアタゴ警務隊長のヒートぶりを冷ますべく、「それがどうかしましたか」と返してアタゴ警務隊長を絶句させたものだった。なるほど、確かにアタゴ警務隊長のその足りない頭を一時的に冷却する効果はあったが、しかし、冷却作用が持続することはなかった。

「霊安室はこの先なんだな?」

 アタゴ警務隊長はミトシ所轄刑事に確かめるように尋ねた。どうやらアタゴ警務隊長たちの権威に屈して霊安室の場所を教えた馬鹿者、あるいは裏切者がこの署内にいるらしい。

 ともあれミトシ所轄刑事としてはアタゴ警務隊長の質問に親切に、そして正直に答えてやるつもりは毛頭なかったので、「さあ」とすっとぼけて見せた。

 するとアタゴ警務隊長は、「まぁ良い」と答えると、ミトシ所轄刑事の脇をすり抜けて霊安室へと向かおうとしたので、ミトシ所轄刑事はすれ違いざま、アタゴ警務隊長の腕を掴んだ。

「待て」

「なに?」

「今、霊安室では父と娘が別れを惜しんでいるんだ。そこへノコノコ入ることは許さん」

 ミトシ所轄刑事は真顔でそう抗議した。するとアタゴ警務隊長はそんなミトシ所轄刑事に対して薄ら笑いを見せたかと思うと、

「なに甘いこと言ってんだ?あっ?」

 そう応じて、ミトシ所轄刑事の腕を振り解こうとしたので、ミトシ所轄刑事は容赦なく司法警察職員としての職権を行使することにした。

 ミトシ所轄刑事は自分の腕を振り解こうとしたアタゴ警務隊長の腕を逆に捻じ伏せたかと思うと、その腕に手錠をかけたのであった。

「何をするっ!」

 アタゴ警務隊長は痛さで顔を歪ませつつ、当然ながら猛抗議した。

「じたばたするんじゃねぇっ」

 ミトシ所轄刑事はまずは静かに一喝するや、

「公務執行妨害で現行犯逮捕」

 アタゴ警務隊長の被疑事実を告げたかと思うと、時刻とそれにミランダルールを告げたのであった。アタゴ警務隊長の配下の隊員はそのサマ、いや、ザマをなす術もなく見守るしかなかった。自分たちも同じ目に遭うのは真っ平ごめん…、どの顔もそう告げており、それだけでアタゴ警務隊長という男の人望が窺い知れるというものであった。
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