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意知逮捕

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 翌日、意知は朝早くに警備の人間に叩き起こされた。いつもの起床時間よりも2時間は早い午前5時であった。

「早く起きて下さいっ!」

 警備を担う主任のサトーはそう高い声を発して意知を起こしたのであった。

「なに…」

 意知はとりあえず眼をこすりながらではあったがベッドから起き上がり、サトー警備主任と向かい合った。

「警務隊が訪れております」

 サトーから意外な、それも驚くべき言葉が発せられ、それで意知は完全に目が覚めた。

「警務隊が?」

「ええ。すぐに玄関に…」

 意知はサトーにそう促されると、急ぎ足で玄関へと向かった。

 玄関には既に、警務隊の連中が立っており、意知はその前に立った。

「オキトモ主計局長ですね?」

 警務隊の連中の真ん中に立っていた男よりそう問われた意知は「そうです」と答えた。

「私は財務省大臣官房所属、警務隊隊長のアタゴと申します。只今よりこの官舎を捜索いたします」

 アタゴ警務隊長よりいきなりそう告げられた意知は思わず「えっ」と声を上げると、

「それはまた、一体、何の嫌疑で?」

 当然の疑問を発した。

「通貨偽造の疑いです」

「通貨、偽造?」

「ええ。昨晩、アソー大臣より通報がありまして…」

「通報…」

「ええ。造幣局に勤務するサカシタなる職員より相談を受けたと…」

「相談?一体、サカシタが大臣に何を相談したと?」

「オキトモ主計局長より偽札造りを命じられたと…、サカシタは随分と困った様子で俺に相談を持ちかけたと…、アソー財務大臣はそのように我々、警務隊に…」

「馬鹿な…」

 意知は思わず呻いた。

「それを…、果たして馬鹿なことか否かを調べるべく、只今より官舎の捜索をいたします。これがそのための令状です…」

 アタゴ警務隊長は意知の前に異世界裁判所より発せられた捜索差押許可状を掲げてみせた。これで意知にはもはや断る術はなかった。

 こうしてアタゴ警務隊長指揮の下、官舎の捜索が行われた。と言っても、さして時間はかからなかった。それと言うのも10分後にはもう、お目当ての「証拠品」を見つけたからだ。

「ありましたぁっ!」

 庭を捜索していた警務隊の隊員の大声が響いたことから、他の場所を捜索していた隊員も一斉に庭へと殺到した。意知と、それに意知を警備する連中も一斉に庭へと向かった。

 そしてそこで無造作に放置されていた大量に札束を発見したのであった。

「これは?」

 しゃがみ込んで大量の札束を見定めたアタゴ警務隊長はそれから呆然と立ち尽くす意知を見上げつつ尋ねた。

「知らない…」

 意知はそう答えるのが精一杯であった。

「知らねぇはずねぇだろうが」

 アタゴ隊長の言葉が崩れた。いや、崩れたのは言葉だけでなく、その態度もであった。

 アタゴ隊長は立ち上がると、意知の前に立ったかと思うといきなり、意知の胸倉を掴んだのであった。

「てめぇが職人に造らせたんだろ?偽札を…」

「知らない…」

 意知は苦しげにそう答えた。

 それから暫くの間、意知の胸倉を掴んだままのアタゴ隊長であったが、悲鳴が聞こえたことからその手を離した。

 意知の胸倉を掴んでいたその手を離したアタゴ隊長は悲鳴がした方角に向かって、「どうしたっ!」と怒声を上げた。それは官舎のすぐ隣の広場からであった。

「ひっ、人が死んでおりますっ!」

 隊員のそんな悲鳴が聞こえたことから、これは捨て置けぬと、アタゴ隊長は走り出すと塀を乗り越えて広場へと足を踏み入れ、他の隊員も、のみならず意知を守るはずの警備課の連中もそのあとに続き、その場に意知が一人、取り残された格好であった。

 暫くの間、呆然と立ち尽くしたままの意知であったが、気を取り直して意知も同じようにして広場へと急いだ。すると意知の到着を待っていたかのように、アタゴ隊長がまたしても意知を詰問した。

「てめぇが殺したんだな?」

 いきなりアタゴ隊長よりそう問われた意知は「はっ?」と声を上げた。するとアタゴ隊長はそんな意知に対して、

「すっとぼけてんじゃねぇぞっ!」

 そう怒声を上げたのであった。

「とぼけるも何も…」

 意知は完全に困惑していた。

「こいつらは見たところどうやら造幣局の職人のようだ。所持していた身分証から分かったが…」

「それが?」

「それが、だと?ふん、まぁ、良い。あくまでとぼけるつもりなら教えてやる。てめぇはこいつらに偽札を造らせ、そしてこの官舎へと運ばせると、用済みとばかりこいつらを…、9人もの職人を斬り殺したんだ」

「馬鹿な…、俺一人でそんな真似ができるはずもないだろう…」

 意知はそう反論した。

「ああ。勿論、てめぇ一人でやったわけじゃねぇだろう。いや、それどころか実際に手を下したんはてめぇじゃねぇだろう。恐らくはならず者でも雇って、それでこいつらの口を封じたんだろ」

 アタゴ隊長はそう断定した。

「そんな…、そんなことするわけがない…」

 意知は声を震わせた。そんな意知をアタゴ隊長は嘲笑うかのように「まぁ良い」と応ずるや、

「オキトモ、お前を通貨偽造の容疑で緊急逮捕する」

 意知に対してそう告げたのであった。財務省大臣官房所属の警務隊は特別職の公務員として逮捕権が与えられており、不正を働いたと思しき財務官僚を逮捕する権限が与えられていたのだ。

 勿論、裁判所に公訴を提起するまでの権限は与えられてはいなかった。裁判所に公訴を提起する権限、起訴権限はあくまで検察が独占しており、ゆえに警務隊が出来るのは送検までであった。

 それでも警務隊より送検された被疑者については検察はほぼ自動的に起訴すると言っても過言ではない。つまり、こうして警務隊の手に落ちた時点で起訴はほぼ間違いなかった。

 意知はアタゴ隊長に身柄を拘束されると馬車に乗せられ、財務省本省にある警務隊の取調室へと連行された。
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