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異世界カジノ贈収賄事件 ~ガーニー官房長官の犯罪を暴け~ 1

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 異世界最高裁で捜査における指紋の有用性について実演、立証してみせた一兵が法廷を出るとタテとジュンが待ち受けていた。

「ああ。こりゃどうも…」

 一兵は反射的に頭を下げた。

「お疲れ様でした…」

 タテも頭を下げ、ジュンもそれに倣い、頭を下げた。

「こちらこそ、恐れ入ります…」

 一兵が礼を述べたのは他でもない。今朝、この異世界最高裁行きの馬車を仕立ててくれたのがタテとジュンの手配によるからだ。その礼であった。

「いえ、礼を言わなければならないのはこちらの方ですよ。イッペイさんのそのシモンの技術があればこの異世界の犯罪のうち、かなりの件数が解明されるというものですよ」

 タテが嫌味ではなしに心底、そう口にしていることは一兵にも感じ取れた。だからこそ余計に一兵は心苦しかった。

「そう仰って下さるのは恐縮ですがね…、指紋照合はあくまで捜査の一助に過ぎません。やはり捜査は足で稼ぐものですよ…」

 一兵のこの言葉は決して謙遜ではなしに、事実であった。タテもまた、一兵のその言葉が謙遜ではなしに真実であると感じ取ったらしく、「なるほど…」と感嘆したような口ぶりでそう応じた。

「…タクボクさん、このあと、お食事は…」

 ジュンが控え目な口調でそう一兵とタテの間に割って入った。するとタテも頷いてみせると、「そろそろ昼時ですので…」と付け加えた。それで一兵は、「なるほど、もう昼か…」と思ったものである。異世界に来てから時間の感覚がなくなっていた。

 ともあれ今が昼であることは一兵の腹時計からも明らかであり、

「タテさんとジュンさんさえ宜しければご一緒しても…」

 一兵がタテとジュンの誘いに応じるかのように答えた。するとタテは微笑んで、

「勿論、そのつもりです。いえね、裁判所の近くにいいパン屋があるんですよ。まぁ、例のごとく、ニホン人の転生者でしてね、現世では無職だったのが、この異世界に転生してから本気を出した輩ですが、味は確かですよ…」

 そう意地の悪い注釈を加えて一兵を苦笑させたものである。

 ともあれ一兵はタテとジュンの間に挟まれる格好で裁判所の出口へと向かって歩き出した。

「タクボクさん」

 タテとジュンの間に挟まれて歩く一兵の後姿に向かってそう声をかける者があった。他にもタクボクの苗字を持つ者が、すなわち日本からこの異世界へと転生してきたタクボク姓の人間がいるかも知れず、もしかしたら自分のことではないのかも知れないがと、一兵はそれでも一応、立ち止まった。タテとジュンも勿論、立ち止まり、一兵たちは同時に声の主へと振り返った。

「あっ、長官…」

 タテが最初にそう声を上げ、相棒のジュンはその「長官」なる者に対して腰を90度折り曲げた。タテも会釈した。

「あなたは…、確か最高検察庁長官の…」

 一兵もその「長官」なる者、もとい異世界最高検察庁長官の顔には見覚えがあった。何しろ、彼女は検察官席で一兵の指紋照合の実演の折、固唾を呑んで見守っていたからだ。

「ワセダと申します」

「啄木一兵と申します」

 ワセダなる女長官から自己紹介を受けた一兵は改めて自己紹介した。

「タクボクさんのシモンの技術、心底、感嘆いたしました…」

 ワセダは心の底からそう褒め称え、一兵もそれが分かるだけに照れくさかった。

「いえ、その…、恐れ入ります…」

 一兵は頭を掻きながらそう応じた。

「ついてはタクボクさんにお願いの儀がありまして…」

 お願いの儀とはまた随分と古風な言い回しだな…、一兵はそう妙な感動を覚えつつ、「何でしょう」と応じた。

 するとワセダは一兵の問いに答える前にタテとジュンを見やった。どうやら外してくれとのサインらしく、タテとジュンもそうと察すると、

「それでは私どもはこれで…、パン屋はまたの機会に…」

 タテはそう告げてジュンと共に一兵の元から立ち去った。

「それでお願いとは…」

 一兵はタテとジュンを見送りながら、改めてワセダ長官に尋ねた。

「詳しい話は馬車の中で…」

 ワセダはそう言うと一兵を馬車に案内した。

 異世界最高検察庁長官専用の馬車ともなるとさすがにゆったりとしていた。一兵がここ異世界最高裁まで乗せてもらってきた馬車がカローラならば、ワセダの乗る馬車はさしずめレクサスのそれもls600hlといったところであろうか。

 ともあれ一兵は馬車に案内されるとワセダと向かい合った。

「それでお願いとは…」

 三度目の正直ではないが、一兵の三度目のアタックでようやくワセダは打ち明けた。

「単刀直入に申し上げますが…、我々の捜査に力を貸して欲しいのです」

「我々の捜査…、ってことはつまりは異世界最高検の捜査って意味ですか?」

「ええ。それも特別捜査部の…」

 異世界にも特捜部があるのかよ…、一兵は二度目の感動を覚えた。

「特捜…、特別捜査部の捜査ってことはサンズイ?それもバッジの?」

 一兵はいつもの癖で、ついそんな警察用語を口にしてしまった。当然、ワセダからは、「サンズイ?バッジ?」と聞き返されてしまった。

「あっ…、サンズイってのは汚職…、いや、分かんないか…、異世界の人には漢字は…、いえ、日本の警察では汚職のことをサンズイ、って言いましてね、で、バッジは議員バッジのことでして…、つまりは政治家の贈収賄案件ですかって尋ねているわけでして…」

 一兵が噛み砕いてそう説明すると、ワセダは「正しくその通りです」と即答した。
 
「で、誰を狙ってるんです?って、保秘ですよね…」

「ホヒ?」

「ああ、秘密保持、俺みたいな外部には明かせませんわな…」

 一兵は別段、期待していたわけでなかった。だが一兵の案に相違し、

「タクボクさんが、いえ、タクボク捜査官が我々の捜査に手を貸して下さるならば、情報開示いたします」

 ワセダはそう提案したのであった。それはもっともな提案であり、一兵は即座に、「協力しましょう」と答えた。自分の技術が贈収賄事件の捜査に役立つならば迷うことはなかった。

 するとワセダは、「官房長官のガーニーを狙っております」と実にあっさりと答えたのであった。
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