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清水重好の更なる拷問、そして将軍・家治は家斉に替わり、腹違いの弟である重好を将軍家御養君、即ち、次期将軍に指名する

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 岩本いわもと喜内きない正信まさのぶが「自白じはく」におよんだのは重好しげよしが「取調とりしらべ」を開始かいししてからちょうど四半しはんとき(約30分)が経過けいかしたころであった。

 重好しげよしの「取調とりしらべ」、それは岩本いわもと喜内きないが「サンドバッグ」よろしく、重好しげよしなぐられつづけたことを意味いみしており、それも顔面がんめん四半しはんとき(約30分)ほどなぐられつづけた。

 そのかげ岩本いわもと喜内きない顔面がんめんはすっかり変形へんけいし、まさに「おいわさん」と言えた。

 それも元祖がんそ、「おいわさん」よりひどい。なにしろ、岩本いわもと喜内きない場合ばあい頬骨ほおぼねはな重好しげよしこぶしによってつぶされたからだ。

 このよう有様ありさま岩本いわもと喜内きないには最早もはや正常せいじょう判断はんだん能力のうりょくのこっておらず、

田安家たやすけ侍女じじょ廣瀬ひろせおよびそれにつづ池原いけはら良明よしあきら刺殺事件しさつじけん良明よしあきら刺殺事件しさつじけん実行犯じっこうはんであるもと清水家しみずけ用人ようにん小笠原おがさわら主水もんど口封くちふうじ、それに戸田とだ要人水死事件かなめすいしじけん、そして自害じがいせかけての深谷ふかや盛朝もりとも刺殺事件しさつじけん、これら一連いちれん事件じけんもまた、一橋ひとつばし治済はるさだ指図さしずによるものであろう…」

 重好しげよしにそうせまられれば、うんうんとうなずくよりほかになかった。

 そこで重好しげよしさらに、

実行犯じっこうはん小笠原おがさわら主水もんどくちふうじたのは岩本いわもと喜内きないよ、うぬであろうぞ…、また戸田とだ要人かなめ一橋家ひとつばしけ上屋敷かみやしきないにて、それもいけにおいて水死すいしさせたは、うぬと、それにうぬの実兄じっけい普請ふしん奉行ぶぎょう岩本正利いわもとまさとしとそのそくにして本丸ほんまる小納戸こなんど正五郎しょうごろう、そして目附めつけ深谷ふかや盛朝もりとも自害じがいせかけて刺殺しさつせしは盛朝もりとも縁者えんじゃにして一橋ひとつばし家臣かしん横山よこやま善太郎ぜんたろう直重なおしげであろうぞ…」

 岩本いわもと喜内きないにそうもせまり、やはり喜内きないにこれをみとめさせたのであった。

 すると重好しげよしの「取調とりしらべ」に陪席ばいせきしていた、それも岩本いわもと喜内きないりょう足首あしくびおさえつけていた清水家老しみずかろう吉川從弼よしかわよりすけ早速さっそく口書くちがき自白じはく調書ちょうしょ作成さくせいした。

 と言っても実際じっさいには重好しげよしひとごとであったが、吉川從弼よしかわよりすけはそれをさも、岩本いわもと喜内きない自白うたったよう口書くちがきとしてしたためると、岩本いわもと喜内きない爪印つめいんさせたのであった。

 いや岩本いわもと喜内きない最早もはや爪印つめいんしたという認識にんしきさえなかったやもれぬ。

 だがかく、これで「かたち」はととのった。

 重好しげよしいで横山よこやま善太郎ぜんたろう穿鑿せんさく取調とりしらべがおこなわれているくらへとあしはこび、やはり重好しげよしみずから、横山よこやま善太郎ぜんたろうの「取調とりしらべ」をおこなうことにした。

 重好しげよしはまずは横山よこやま善太郎ぜんたろう岩本いわもと喜内きない口書くちがき自白じはく調書ちょうしょ突付つきつけ、そのうえ横山よこやま善太郎ぜんたろうにも深谷ふかや盛朝殺もりともごろしを自白じはくするようせまったのだ。

 無論むろん横山よこやま善太郎ぜんたろうにとっては一向いっこうおぼえのないことであったので否定ひていした。

 そこで重好しげよしはこの横山よこやま善太郎ぜんたろうをも「サンドバッグ」とした。

 もっとも、横山よこやま善太郎ぜんたろう岩本いわもと喜内きないよりはほねがあり、頬骨ほおぼねはな、それにられても中々なかなか深谷ふかや盛朝殺もりともごろしをみとようとはせず、そこで重好しげよしゆびはじめた。

 重好しげよしはまずは横山よこやま善太郎ぜんたろう右手みぎて親指おやゆびからはじめ、薬指くすりゆびまでったところで、さしもの横山よこやま善太郎ぜんたろうつい陥落かんらく深谷ふかや盛朝殺もちろもごろしをみとめたのであった。

 重好しげよしはこうして岩本いわもと喜内きないつづいて横山よこやま善太郎ぜんたろうよりも「自白じはく」をると、その口書くちがき自白じはく調書ちょうしょたずさえて家老かろう吉川從弼よしかわよりすけともふたたいそ御城えどじょうへと登城とじょう将軍しょうぐん家治いえはる面会めんかいもとめた。

 そして重好しげよし家治いえはるたいして、岩本いわもと喜内きないおよ横山よこやま善太郎ぜんたろう両名りょうめい口書くちがき自白じはく調書ちょうしょ差出さしだした。

 家治いえはるはそれにとおすと、一橋ひとつばし治済はるさだたいするいかりのあまりからであろう、ワナワナとふるわせたものである。

 家治いえはるいで、側用人そばようにん水野みずの忠友ただとも岩本いわもと正五郎しょうごろう捕縛ほばく逮捕たいほめいじたのであった。

 岩本正利いわもとまさとしこそ田沼たぬま意知暗殺おきともあんさつ未遂事件みすいじけん共犯者きょうはんしゃとして逮捕たいほされ、その身柄みがら高取藩主たかとりはんしゅ植村うえむら右衛門佐うえもんのすけ家利いえとしもとあずけられていた。

 岩本正利いわもとまさとし家禄かろくこそ500石と、意知暗殺おきともあんさつ未遂事件みすいじけん実行犯じっこうはん佐野さの善左衛門ぜんざえもんのそれとおなじであり、そうであるならば岩本正利いわもとまさとし佐野さの善左衛門ぜんざえもんおなじく小傳馬町こでんまちょうろう屋敷やしきへとおくられるべきところ、そうはならずに大名家だいみょうけあずけとなったのはひとえに、普請ふしん奉行ぶぎょうつとめていたことによる。

 すなわち、普請ふしん奉行ぶぎょう役高やくだかは2000石であり、それゆえ、その普請ふしん奉行ぶぎょうつとめていた岩本正利いわもとまさとし家禄かろくが2000石の旗本はたもと看做みなされ、そこで大名家だいみょうけに、それも高取藩主たかとりはんしゅ植村家利うえむらいえとしもとあずけられることに相成あいなったのだ。

 そしてそのそく本丸ほんまる小納戸こなんど岩本いわもと正五郎しょうごろうはと言うと、意知暗殺おきともあんさつ未遂事件みすいじけん関与かんよしたというかくたるあかしはなく、無論むろん家基暗殺いえもとあんさつ事件じけん関与かんよしたというそれもなく、そこでいま虎ノとらの門内もんないにある屋敷やしきにて謹慎きんしんしており、御城えどじょうへの出仕しゅっしひかえていた。

 だが、重好しげよしから差出さしだされた調書しらべがきにより、岩本正利いわもとまさとし正五郎しょうごろう父子ふし戸田とだ要人水死事件かなめすいしじけん関与かんよ、それも実行じっこうしたことはあきらかであり、こうなれば正五郎しょうごろう逮捕たいほ出来できる。

 そこで家治いえはる側用人そばようにん水野みずの忠友ただとも岩本いわもと正五郎しょうごろう逮捕たいほめいじたのであった。

 岩本いわもと正五郎しょうごろう旗本はたもとせがれであり、本来ほんらいならば目附めつけ逮捕たいほを|命じるべきところ、家治いえはるはそうはせずに水野みずの忠友ただとも逮捕たいほめいじたのはほかでもない、正五郎しょうごろう中奥役人なかおくやくにんであるためであった。

 岩本いわもと正五郎しょうごろうはここ中奥なかおくにて将軍しょうぐん家治いえはる小納戸こなんどとして近侍きんじしており、そこで家治いえはる中奥なかおく最高さいこう長官ちょうかんとして中奥役人なかおくやくにん頂点ちょうてん側用人そばようにんたる水野みずの忠友ただとも岩本いわもと正五郎しょうごろう逮捕たいほめいじたのであった。

 そのさい重好しげよし家治いえはるたいして、岩本いわもと正五郎しょうごろう穿鑿せんさく取調とりしらべをも願出ねがいで家治いえはるもこれをゆるすと忠友ただともたいして岩本いわもと正五郎しょうごろう身柄みがら大番頭おおばんがしら大久保おおくぼ忠恕ただみもとへと移送いそうするようめいじたのであった。

 家治いえはるさらかせて、岩本正利いわもとまさとし身柄みがらをも大久保おおくぼ忠恕ただみもとへと移送いそうすることにした。

岩本正利いわもとまさとしめも、重好しげよし料理りょうりしたいのであろう?」

 家治いえはるじつ底意地そこいじわるみをかべて重好しげよしにそうみずけるや、重好しげよしも「おそりまする…」と降参こうさんしてせた。まさしくそのとおりであったからだ。

 家治いえはるはそんな重好しげよし態度たいど呵呵大笑かかたいしょうしてせると、今度こんど中奥兼帯なかおくけんたい老中ろうじゅう田沼たぬま意次おきつぐ召出めしだし、岩本正利いわもとまさとし身柄みがら高取藩たかとりはん上屋敷かみやしきから大番頭おおばんがしら大久保おおくぼ忠恕ただみ屋敷やしきへと移送いそうするよう意次おきつぐめいじたのであった。

 すると意次おきつぐ意外いがいにも難色なんしょくしめした。

かりにも岩本内膳いわもとないぜん役高やくだか2000石の旗本はたもとなれば…」

 家禄かろく2000石の旗本はたもと同様どうようあつかうべきではないか、つまりはこれまでどおり、大名家だいみょうけにてあずけるべきではないかと、それが意次おきつぐ岩本内膳いわもとないぜんこと内膳正ないぜんのかみ正利まさとし旗本はたもとである大久保おおくぼ忠恕ただみ屋敷やしきへと移送いそうすることに難色なんしょくしめした理由わけであった。

 成程なるほど意次おきつぐ言分いいぶんには一理いちりあったが、しかしいま家治いえはる私情しじょう優先ゆうせんさせた。

 家治いえはる重好しげよしってきた調書しらべがき意次おきつぐにも突付つきつけ、

「さればここまで愚弄ぐろうせし岩本内膳いわもとないぜんめは最早もはや、2000石の旗本はたもととしてぐうするにはおよばずっ」

 家治いえはるはそうだんじたのだ。

 すると意次おきつぐもこうなってはさからいがたく、「ははぁっ」とおうずるよりほかになかった。

 こうして岩本いわもと正五郎しょうごろう虎ノとらの門内もんない屋敷やしきにて逮捕たいほされ、大久保おおくぼ忠恕ただみ屋敷やしきへと移送いそうされ、一方いっぽう岩本正利いわもとまさとしおなじく高取藩たかとりはん上屋敷かみやしきより大久保おおくぼ忠恕ただみ屋敷やしきへと移送いそうされ、岩本正利いわもとまさとし正五郎しょうごろう父子ふしはこうして大久保おおくぼ忠恕ただみ屋敷やしきにて、「なみだ対面たいめん」をたすことになった次第しだいである。

 もっとも、「なみだ対面たいめん」もつか岩本正利いわもとまさとし正五郎しょうごろう父子ふし早速さっそく重好しげよしの「取調とりしらべ」をけることになった。

 重好しげよしとしては岩本正利いわもとまさとしにしろ正五郎しょうごろうにしろ、すこしくはほねのあるところを期待きたいしたのだが、そのあわ期待きたい裏切うらぎられ、親子おやことも、重好しげよしによって十数発じゅうすうはつなぐられたところで、じつにあっさりと「自白じはく」におよんだ。

 重好しげよしとしては今少いますこし、岩本正利いわもとまさとし正五郎しょうごろう父子ふしを「サンドバッグ」にしたいところであったが、しかし素直すなおに「自白じはく」したとあらば、それも出来できなかった。

 こうして重好しげよしとしてはいささか、「不完全ふかんぜん燃焼ねんしょう」のきらいはあったものの、岩本正利いわもとまさとし正五郎しょうごろう父子ふしをも「自白じはく」に追込おいこむと、すなわち、戸田とだ要人水死事件かなめすいしじけんへの関与かんよ、それも岩本いわもと喜内きないとも実行じっこうしたことをみとめさせると、このことをやはり口書くちがき自白じはく調書ちょうしょとしてまとめ、岩本正利いわもとまさとし正五郎しょうごろう父子ふし爪印つめいんさせた。

 重好しげよしはそのうえで、その口書くちがき自白じはく調書ちょうしょたずさえて、家老かろう吉川從弼よしかわよりすけしたがえて本日ほんじつ三度目さんどめ登城とじょうたすと、家治いえはるにその口書くちがき自白じはく調書ちょうしょをも差出さしだしたのであった。

うやった…」

 家治いえはる心底しんそこ重好しげよしねぎらうとつづけて、

「されば重好しげよしよ…、此度こたびのそなたのはたらきぶりにはおおいにかんったぞ…、そこでだ重好しげよしよ、家斉いえなりめにわりて、そなたが養君ようくんになってはくれぬか?」

 将軍家しょうぐんけ養君ようくんすなわ次期じき将軍しょうぐんになってはくれぬかと、腹違はらちがいのおとうとである重好しげよしにそう持掛もちかけたのであった。

 重好しげよしまさにそれがねらいでここまではたらいてきた、いやあぶないはしわたってきた次第しだいで、そのよう重好しげよしにとって家治いえはるのその申出もうしでまさ大願成就たいがんじょうじゅ

つつしんで、おいたしまする…」

 重好しげよしがそう即答そくとうしたのは言うまでもない。

 それは天明4(1784)年3月の晦日みそか、29日のよるのことであった。
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