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田安家の壽桂尼の「訓戒」 ~寶蓮院は「我が子」である松平定信に若年寄の田沼意知の暗殺を断念させる~

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 さて、田安屋敷たやすやしき大奥おおおくにある一室いっしつ奥座敷おくざしきにて定邦さだくにが「女主おんなあるじ」の寶蓮院ほうれんいんかいうなり、ここでもやはり定邦さだくに不意ふい訪問ほうもんびた。

 それから定邦さだくに早速さっそく本題ほんだいはいった。

 すなわち、昨日きのう一橋ひとつばし治済はるさだ主催しゅさい茶会ちゃかい出席しゅっせきした定信さだのぶがそのせきにて、やはり治済はるさだによってまねかれていた意知おきとも治済はるさだによって、

部屋へやずみのまま、若年寄わかどしよりからさら老中ろうじゅうへとすすまれる…」

 そう持上もちあげられたことから、定信さだのぶ意知おきとも暗殺あんさつ決意けついし、あまつさえ、おのれよごしてでもと、その気構きがまえでおり、

「このままでは白河しからわ11万石もあやうく…」

 下手へたをすれば白河しらかわ松平家まつだいらけ取潰とりつぶされるやもれず、非常ひじょう難儀なんぎしており、

「そこで寶蓮院様ほうれいんさまより定信さだのぶをおいさめしてくださりたく…」

 定邦さだくにまえ端座たんざする寶蓮院ほうれんいんにそう泣付なきついたのであった。

 それにたいして寶蓮院ほうれんいんも「うけたまわりましてござる」とおうじてくれたので、

しからば早速さっそくにも定信さだのぶを…」

 定邦さだくに養子ようし定信さだのぶをここ、寶蓮院ほうれんいんまえれてるべくこしかしかけたところで、

「なりませぬ」

 寶蓮院ほうれんいんから結構けっこうつよ調子ちょうしでそれをせいせられた。

貴方様あなたさまかりにも定信さだのぶおやなれば、おや案内役あないやくなどをつとめましてはあなどられましょう…」

 それが寶蓮院ほうれんいん定邦さだくにせいした理由わけであった。

 だが、寶蓮院ほうれんいん定信さだのぶいさめてもらうには、たりまえだが、定信さだのぶ寶蓮院ほうれんいんまえれて必要ひつようがあった。

 まさかに寶蓮院ほうれんいん定信さだのぶもとへとあしはこわけにもゆくまい。

 なにしろ、寶蓮院ほうれんいんもまた、定信さだのぶおや、もう一人ひとり母親ははおやなのである。

 そのよう寶蓮院ほうれんいんである定信さだのぶいさめるべく、態々わざわざおやである寶蓮院ほうれんいん定信さだのぶもとへとあしはこんではそれこそ、あなどられるもととなる。

 寶蓮院ほうれんいんもそれは承知しょうちしていたので、そこでもう一人ひとり廣敷用人ひろしきようにんである竹本たけもと又八郎またはちろうきた八丁堀はっちょうぼりにある白河藩しらかわはん上屋敷かみやしきへと差向さしむけた。

 定信さだのぶがここ田安屋敷たやすやしき大奥おおおくにてらしていたころ、その大奥おおおくつかえる男子だんし役人やくにんである廣敷用人ひろしきようにんいまおなじく、杉浦すぎうら猪兵衛いへえ竹本たけもと又八郎またはちろう毛利もうり斎宮さいぐうの3人であり、定信さだのぶはそのなかでも竹本たけもと又八郎またはちろう一番いちばんひいきひいきにしていた。

 それはおそらくは、「竹本たけもと」なるせい由来ゆらいするにちがいなかった。

 すなわち、定信さだのぶちちにして、田安たやす徳川家とくがわけ始祖しそである宗武むねたけ母堂ぼどう、つまりは定信さだのぶ祖母そぼ古牟こん竹本たけもと茂兵衛もへえ正長まさなが長女ちょうじょであったのだ。

 ちなみに松平まつだいら定邦さだくに定信さだのぶ養嗣子ようししもらけるべく、定信さだのぶ養母ようぼである寶蓮院ほうれんいんとの交渉こうしょうため田安屋敷たやすやしきかよっていたころ番頭ばんがしらつとめていた竹本たけもと要人かなめはその縁者えんじゃ―、古牟こん実弟じっていである竹本たけもと茂兵衛もへえ正堅まさかた嫡男ちゃくなん、つまりはおいたる。

 もっとも、廣敷用人ひろしきようにん竹本たけもと又八郎またはちろう古牟こんとは無関係むかんけいであり、偶々たまたま苗字みょうじおなじというだけにぎなかった。

 それは定信さだのぶ勿論もちろん承知しょうちしていたが、しかし、偶々たまたまとはもうせ、おのれ祖母そぼである古牟こん実家じっかせいおなじくする竹本たけもと又八郎またはちろうたいして、定信さだのぶおおいにシンパシーをかんじたようで、それゆえ定信さだのぶ竹本たけもと又八郎またはちろう贔屓ひいきにしていたのだ。

 寶蓮院ほうれんいんもそのことは定信さだのぶ養母ようぼそだてのおやとしてつぶさ定信さだのぶたりにしてきただけに、承知しょうちしていた。

 そこで定信さだのぶれてさせるならば、竹本たけもと又八郎またはちろう一番適任いちばんてきにんであろうと、寶蓮院ほうれんいんはそう判断はんだんして、竹本たけもと又八郎またはちろう定信さだのぶもとへと差向さしむけ、定信さだのぶれてさせることにしたのであった。

 それから半刻はんとき(約1時間程)がったころであろうか、竹本たけもと又八郎またはちろう寶蓮院ほうれんいんもとに、いや、いま寶蓮院ほうれんいんともならんで着座ちゃくざする定邦さだくにもとにも定信さだのぶれてた。

 その定信さだのぶだが、寶蓮院ほうれんいん呼出よびだされたときより―、竹本たけもと又八郎またはちろうより寶蓮院ほうれんいんんでいるとげられたころより、その理由わけおのれ寶蓮院ほうれんいん呼出よびだされる理由わけさっしがいた。

田沼たぬま意知おきとも暗殺あんさつなどめよ…」

 養母上ははうえはそれをめいじるべく、おのれ呼出よびだしたに相違そういあるまいと、定信さだのぶ直感ちょっかんした

 そしてその「直感ちょっかん」を裏付うらづけるように、寶蓮院ほうれんいんとなりには養父ようふ定邦さだくにじつ居心地いごこちわるそうにすわっていた。

「さては養父上ちちうえ養母上ははうえ泣付なきつかれたか…」

 定信さだのぶ寶蓮院ほうれんいん定邦さだくにまえにすると、そうも直感ちょっかんした。

 事実じじつ、そのとおりであり、寶蓮院ほうれんいん定信さだのぶまえにすると、意知暗殺おきともあんさつなどと、

馬鹿ばか真似まねかんがえるでない」

 まずは定信さだのぶをそう一喝いっかつしてみせた。

 寶蓮院ほうれんいんおんなであり、そうである以上いじょう定信さだのぶ意識いしきとしては、いや、定信さだのぶのみならず、この時代じだいにおける武士ぶし全体ぜんたい意識いしきでもあろうが、

おなごおとこ世界せかいくちはさむでないっ」

 といったところであろうが、しかし寶蓮院ほうれんいんおんなであると同時どうじ定信さだのぶ養母ようぼそだてのおやでもあった。

 それゆえ定信さだのぶ寶蓮院ほうれんいんまえにしてはそれこそ、

りてきたねこのよう…」

 本能的ほんのうてき大人おとなしくなった。

 寶蓮院ほうれんいんはそうして定信さだのぶ大人おとなしくさせたところで、口調くちょうやわらげた。

よろしいか?賢丸殿まさまるどの…」

 寶蓮院ほうれんいんえて定信さだのぶ幼名ようみょうくちにした。そだてのははであることを、そのははよりの諫言かんげん忠言ちゅうげんであるということを定信さだのぶ認識にんしきさせるためであった。

「そなたは一橋ひとつばし民部みんぶ殿どのに…、治済殿はるさだどのあやつられているのですよ?」

「えっ?この定信さだのぶあやつられている、と?」

左様さよう…、ここでかり賢丸殿まさまるどの短慮たんりょこさば…、田沼たぬま山城やましろ打果うちはたしたところで、だれ一番いちばんよろこぶと…、言うなればとくをするとおもわれるか?」

「それは…」

治済殿はるさだどのよ…」

「そは…、また何故なにゆえにて?」

いか?治済殿はるさだどの将軍家しょうぐんけ養君ようくん…、次期じき将軍しょうぐんたる家斉公いえなりこう父君ふくんにて、されば家斉公いえなりこうれて将軍しょうぐんと…、上様うえさまとなりしあかつきには治済殿はるさだどの上様うえさま父君ふくんとして、いままで以上いじょう権勢けんせいるおうとおもうておられるはず…」

たしかに…」

「そのようときに、治済殿はるさだどのにとって目障めざわりとなるのが田沼たぬま山城やましろ…、ともうすよりは田沼たぬま主殿とのも山城やましろ父子ふしに、そして賢丸殿まさまるどの貴方あなたなのですよ」

「えっ!?」

治済殿はるさだどの権勢けんせいるうには、まず、前代ぜんだいつかえし…、家治公いえはるこう近侍きんじせしもの一掃いっそうせねばならず…」

 かり家斉いえなり家治いえはるいで新将軍しんしょうぐんとなり、治済はるさだ新将軍しんしょうぐんとなったせがれ家斉いえなり実父じっぷとしておおいに権勢けんせいるうにさいして、成程なるほど先代せんだい家治いえはるつかえていた、それも側近そばちかくにつかえていたもの目障めざわ以外いがい何物なにものでもなかろう。

 治済はるさだ新将軍しんしょうぐん実父じっぷとしておおいに権勢けんせいるうにはみずからがえらんだものたちで新将軍しんしょうぐんすなわち、せがれ家斉いえなり側近そばちかくをかためさせたほうなにかと都合つごういからだ。

 先代せんだいからの遺物いぶつ、いや、異物いぶつとも言うべき家治いえはる側近そばちかくにつかえていたものたち、とりわけ、田沼たぬま父子ふしなどは治済はるさだにとってはいまや…、せがれ家斉いえなり次期じき将軍しょうぐんえらばれたいまとなっては最早もはや目障めざわりな存在そんざいであった。

 仮令たとえ、その田沼たぬま父子ふし、ことに父親ちちおやである意次おきつぐ家斉いえなり次期じき将軍しょうぐん推挙すいきょしてくれた、まさ治済はるさだにとっては恩人おんじんであったとしてもだ。

 寶蓮院ほうれんいんはそのてん指摘してきし、定信さだのぶおおいにうなずかせた。

田沼たぬま父子ふし治済殿はるさだどのにとって目障めざわりな存在そんざいしていることはかりもうしたが、何故なにゆえにこの定信さだのぶまでが治済殿はるさだどのにとって目障めざわりな存在そんざいに?」

 定信さだのぶくびかしげた。

定信さだのぶとて、治済殿はるさだどのおなじく、八代様はちだいさままごだともうすに…」

 おな八代はちだい将軍しょうぐん吉宗よしむねまご同士どうし治済はるさだ何故なにゆえおのれ目障めざわりにおもうのか、それが定信さだのぶにはからなかった。

「それは、さればこそ、ですよ」

「えっ?」

治済殿はるさだどの賢丸殿まさまるどの、そなたとはおなじく八代様はちだいさま孫故まごゆえに、そなたを目障めざわりにおもうのですよ…」

「そは一体いったい…」

よろしいか?かりに、治済殿はるさだどの上様うえさま父君ふくんとしておおいに権勢けんせいるううえ一番いちばん脅威きょういとなるのは…、治済殿はるさだどのまえかべとしてちはだかるはだれだとおもわれるか?」

「それは…」

賢丸殿まさまるどの、そなたよ…」

「えっ?この定信さだのぶが?」

左様さよう…、治済殿はるさだどのおおいに権勢けんせいるおうにも、おなじく八代様はちだいさままごである賢丸殿まさまるどのがおられれば…、それこそ賢丸殿まさまるどのひからせておれば、治済殿はるさだどのとて、そう、おいそれとは権勢けんせいるえず…」

「この定信さだのぶひからせるなどとは…」

「いえ、仮令たとえ賢丸殿まさまるどの貴方あなたにそのつもりがなくとも、治済殿はるさだどのにしてみれば、賢丸殿まさまるどのひかっておると…、つまりは賢丸殿まさまるどの存在そんざいおそれているのですよ」

治済殿はるさだどのがこの定信さだのぶおそれている、と?」

左様さよう…、治済殿はるさだどの権勢けんせいを…、わるもうさば跳梁ちょうりょう掣肘せいちゅう出来でき唯一ゆいいつ存在そんざい治済殿はるさだどのおなじく、八代様はちだいさままごである賢丸殿まさまるどの、そなただからですよ…」

「そは…、治済殿はるさだどの左様さようおもわれている、と?」

左様さよう…」

「いや、なれど…、八代様はちだいさままごなれば、この定信さだのぶほかにもおられましょう…」

たしかに…、上様うえさま…、いま上様うえさまであらせられし家治公いえはるこう舎弟しゃてい清水宮内しみずくないきょうさま筆頭ひっとうに、豊丸殿とよまるどの…、定國殿さだくにどの松平まつだいら越前殿えちぜんどのがおられましょう…」

 清水しみず宮内くないきょう重好しげよし豊丸殿とよまるどのこと伊豫いよ松山まつやま藩主はんしゅである松平まつだいら隠岐守おきのかみ定國さだくに、そして越前殿えちぜんどのこと福井ふくい藩主はんしゅ松平まつだいら越前守えちぜんのかみ重富しげとみの3人もまた、八代はちだい将軍しょうぐん吉宗よしむねまごであった。

「なれど清水宮内しみずくないきょうさま柔弱にゅうじゃくなところがありいささか…、一橋ひとつばし民部みんぶ殿どの跳梁ちょうりょう掣肘せいちゅうするにはいささ心許こころもとく…」

 たしかに、清水しみず重好しげよしには柔弱にゅうじゃくなところがあり、到底とうてい一橋ひとつばし治済はるさだの「かべ」とはならないだろう。

「また、定國殿さだくにどのいささか、粗忽そこつ…」

 定國さだくに定信さだのぶ実兄じっけい、それも同母兄いろせであり、定國さだくにもやはり寶蓮院ほうれんいんによってそだてられた。

 それゆえ寶蓮院ほうれんいんおもわず、「豊丸とよまる」と定國さだくに手許てもとにてそだてていたころくせで、そのおり散々口さんざんくちにした幼名ようみょうをついくちにしたもので、また、寶蓮院ほうれんいん定國さだくにそだてのおやだけあって、定國さだくにのその気性きしょう熟知じゅくちしていた。

 つまりは定國さだくに粗忽そこつようは「おっちょこちょい」であり、これではやはり治済はるさだの「かべ」とはならず、治済はるさだかるくあしらわれるのがオチであろう。

 そして松平まつだいら重富しげとみいたっては、治済はるさだ実兄じっけいであり、家斉いえなりにとっては伯父おじたるので、そのよう重富しげとみもとより治済はるさだの「かべ」になどなろうはずもなく、それどころか家斉いえなり伯父おじという立場たちば利用りようして、治済はるさだとも跳梁ちょうりょうほしいままにするにちがいない。

 それゆえ八代はちだい将軍しょうぐん吉宗よしむねまごなかで、治済はるさだの「かべ」となりそうなのは、その跳梁ちょうりょう阻止出来そしできそうなのは定信さだのぶいてほかにはなく、そのことはだれよりも治済はるさだ自身じしん一番いちばんかっているに相違そういない。

 寶蓮院ほうれんいんからそうさとされて、定信さだのぶようやくに事態じたい呑込のみこめた。

「されば一橋ひとつばし殿どのはこの定信さだのぶけしかけて、田沼たぬま山城やましろめと相討あいうちにさせようとたくらんでいる、と?」

 定信さだのぶたしかめるようたずねると、寶蓮院ほうれんいんうなずいた。

賢丸殿まさまるどの田沼たぬま山城やましろ相討あいうちに…、共倒ともだおれと相成あいなれば、治済殿はるさだどのにとってはこれほど都合つごういことはほかにはござるまいて…」

 寶蓮院ほうれんいんはそう補足ほそくした。

成程なるほど…、それにしても何故なにゆえ父親ちちおや田沼主殿たぬまとのもめではなく、そのそく田沼山城たぬまやましろめにて?」

 治済はるさだ何故なにゆえ田沼たぬま意次おきつぐではなく、そのせがれである意知おきともおのれ相討あいうち、共倒ともだおれにさせようとほっするのか、それが定信さだのぶにはからなかった。

 おのれとの共倒ともだおれをねらうとすれば、意知おきともではなく、ちち意次おきつぐほうさそうにおもえたからだ。

ちち主殿とのも賢丸殿まさまるどの相討あいうち、共倒ともだおれにさせたところで、山城やましろちち主殿とのも引継ひきついで治済殿はるさだどのかべとなるだけのこと…、なにしろ山城やましろはこれからの御仁ごじん…、言うなれば将来性しょうらいせいがあり…、ひるがえって主殿とのも最早もはや壮年そうねんにてせがれ山城やましろとはことなり、あとくだざかにて…、されば山城やましろ賢丸殿まさまるどの相討あいうち、共倒ともだおれに出来できれば、主殿とのも決定的けっていてき打撃だげきあたえることが出来できもうす…、いや、嫡子ちゃくしうしなわせることになるゆえに、田沼家たぬまけそのものに決定的けっていてき打撃だげきあたえることにも…」

 意知おきとも将来性しょうらいせいがあるとは、定信さだのぶはそのてんいささか、承服しょうふく出来できかねたが、それはかく成程なるほどうなずかされた。

 意次おきつぐよりも意知おきともおのれ相討あいうち、共倒ともだおれにさせれば、意次おきつぐにしてみれば期待きたいしていた嫡子ちゃくしうしなうことを意味いみし、決定的けっていてき打撃だげきをもあたえられよう。

「さればそれゆえに、主殿とのも落胆らくたんし、治済殿はるさだどのかべとしてちはだかるだけの気力きりょくをもうしなわせましょう…」

 意知おきとも先立さきだたれれば、意次おきつぐ気力きりょくをもうしなわせることが出来できるので、治済はるさだにとっては一石二鳥いっせきにちょうというわけだ。

 いや、定信さだのぶ現職げんしょく若年寄わかどしよりである意知おきとも討果うちはたしたとあらば、定信さだのぶさえも破滅はめつさせることが出来でき、そうなれば治済はるさだおも存分ぞんぶん権勢けんせいるえる、ようはやりたい放題ほうだい、し放題ほうだい約束やくそくされるというわけで、一石二鳥いっせきにちょうどころか三鳥さんちょう、いや、四鳥よんちょうもの効果こうか見込みこめよう。

 もっとも、それはあくまで表向おもてむきの理由りゆうぎない。

 治済はるさだ定信さだのぶ意知おきとも討果うちはたさせようとしているまこと理由りゆうべつにあり、

若年寄わかどしよりとして家基いえもと真相しんそう探索たんさく指揮しき意知おきとも目障めざわりになったから…」

 それこそが治済はるさだ意知おきとも暗殺あんさつしようと、それも定信さだのぶ討果うちはたさせようとしているまこと理由りゆう相違そういなかった。

 寶蓮院ほうれんいんもまた、家治いえはるよりひそかに、意知おきとも家基いえもと真相しんそう探索たんさくさせるべく、その指揮しきらせるべく若年寄わかどしよりへとすすませたことを耳打みみうちされていたのだ。

 無論むろん、その探索たんさく状況じょうきょうについてまでは寶蓮院ほうれんいんらないが、治済はるさだ意知おきとも暗殺あんさつ決意けついしたということは、治済はるさだ意知おきとも若年寄わかどしよりへとすすんだまこと理由りゆう勘付かんづき、のみならず、その意知おきとも家基いえもと真相しんそう近付ちかづきつつあるからではないか…、寶蓮院ほうれんいん定邦さだくにより定信さだのぶ治済はるさだそそのかされて、意知おきとも暗殺あんさつしようとしているのでなんとかしてしいと泣付なきつかれたときぐにそうと気付きづいた。

 だが定信さだのぶもとより定邦さだくにさえも、意知おきとも家基いえもと真相しんそうさぐっていることはらない。

 それゆえ寶蓮院ほうれんいんとしても定信さだのぶ意知暗殺おきともあんさつ断念だんねんさせるにたってそのことを、治済はるさだ意知おきとも暗殺あんさつしようとしているまこと理由りゆう定邦さだくに定信さだのぶまえくちにするわけにはゆかず、そこでわりに、

治済はるさだ将軍しょうぐん家斉いえなり実父じっぷとして権勢けんせいるおうとしており、それには意知おきとも定信さだのぶ邪魔じゃまである云々うんぬん…」

 そのよう口実こうじつをもうけたのだ。

 いや、これとてあながち間違まちがいではなかろう。治済はるさだのことである。仮令たとえ意知おきとも家基いえもと真相しんそう探索たんさくという「密命みつめい」をびておらずとも、いずれは、それもれて家斉いえなり新将軍しんしょうぐんとなったあかつきには田沼たぬま父子ふし定信さだのぶをまとめて始末しまつしようとかんがえるに相違そういなかった。

 将軍しょうぐん実父じっぷとして権勢けんせいるうには、やりたい放題ほうだい、し放題ほうだい、そのかぎりをくすにはかならずや田沼たぬま父子ふしとそれに定信さだのぶ目障めざわりとなるからだ。

 ともあれ定信さだのぶいまや、ようやくにめたらしく、

養母上ははうえのおはなしかりもうした…」

 定信さだのぶ寶蓮院ほうれんいんまえにして、たたみ両手りょうていてそうおうじたのであった。

 それは定信さだのぶ意知暗殺おきともあんさつ完全かんぜん断念だんねんした瞬間しゅんかんであった。
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