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服部(はっとり)半蔵(はんぞう)より正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)による木下みつおの暗殺計画を知らされた家康はこれを認めることに

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 時を同じくして家康の下に服部半蔵が音もなく参上した。

「申し上げます…」

 部屋に入ることを許可した覚えはないものの、いつの間にか半蔵は家康の傍(そば)に控(ひか)えていた。家康も半蔵に対してそれを許していた。大事な情報源だからだ。

「何だ?」

 家康は早速(さっそく)、尋(たず)ねた。

「されば上様の下(もと)を本多(ほんだ)正純(まさずみ)と柳生(やぎゅう)宗矩(むねのり)が訪れましてござります」

「それは二人して一緒に、という意味か?」

「いえ、まずは正純(まさずみ)が小姓に伴(ともな)われて上様の下(もと)を…」

「されば秀忠が正純(まさずみ)を呼んだと?」

「御意(ぎょい)…」

「そしてそれから宗矩(むねのり)が秀忠の下(もと)を訪れた、と?」

「御意(ぎょい)…」

「無論、如何(いか)な話し合いが行われたか、把握(はあく)しているのであろうな?」

 家康は半蔵に対してそう尋ねた。いや、尋ねたというのは建前(たてまえ)で、実際には半蔵が密談を把握(はあく)しているのを前提とし、その内容を話せと命じているに等しかった。

 一方、半蔵もそれは承知していたので、密談の内容を家康に告げた。即(すなわ)ち、木下みつおの暗殺計画を告げたのであった。

「なるほど…」

 家康はそれから正信(まさのぶ)を呼びつけた。既に正信(まさのぶ)を退(さ)がらせた後だったので、家康は半蔵に命じて正信(まさのぶ)を連れて来させた。

 家康の前に再び召(め)し出された正信(まさのぶ)は半蔵より息(そく)・正純(まさずみ)の姦計(かんけい)を聞かされ、苦虫(にがむし)を噛(か)み潰(つぶ)したような表情となった。

「まったく…、相変わらず小賢(こざか)しい…」

 半蔵より聞かされるや、正信(まさのぶ)はそう吐(は)き捨てたものである。成程(なるほど)、正純(まさずみ)のその頭の良さは父・正信(まさのぶ)も認めるところであった。それは決して親の贔屓目(ひいきめ)ではなしに、客観的に見ても頭が良かった。正に、

「目から鼻へ抜ける…」

 それほどの頭の回転の速さを誇っていたものの、しかし、惜しむらくは人間の機微(きび)といったものに疎(うと)く、才に溺(おぼ)れる危うさを孕(はら)んでいた。多分に石田三成のような、そんな危うさであり、そこが苦労人の父・正信(まさのぶ)との違いであった。

 それに対して家康は正純(まさずみ)をフォローするかのように、「いやいや…」と口にした。

「小賢(こざか)しいと切って捨てるには及ぶまいて…、それどころか中々に妙案(みょあん)やも知れぬな…」

「されば上様はみつおを?」

 正信は今でも将軍職を退(しりぞ)いた家康のことを、「上様」と呼ぶ。

「いや…、さすがに射殺するまでには及ばぬが…、なれど重傷程度なれば良いやも知れぬな…」

 家康はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべたかと思うと、今度は小姓に命じて正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)を連れて来させた。半蔵に連れて来させたのでは正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)を警戒させてしまうからだ。それは半蔵が他でもない、家康の情報源であるからで、そのことは徳川家では周知の事実だったからだ。

 一方、正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)だが、秀忠との密談の直後に家康に呼ばれただけあって、流石(さすが)にただならぬものを感じたらしい。だが家康の命令である以上、勿論、拒否などできよう筈(はず)もない。それも、現将軍の秀忠以上に拒否が許されない相手と言えるだろう。

 それでも正純(まさずみ)は途中、秀忠の下(もと)へと寄ろうとした。家康に呼ばれたことを…、さらには木下みつおの暗殺計画が家康に知れたのではないかと、それを伝えるためであったが、しかしそこは家康である。正純(まさずみ)のこの行動を事前に予期し、小姓には正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)には…、とりわけ正純(まさずみ)にはどこへも立ち寄らせずに連れて来るよう命じておいたのだ。それゆえ正純(まさずみ)が途中、秀忠の下(もと)へと寄ろうとしたものの、小姓がそれを阻(はば)んだのであった。流石(さすが)に正純(まさずみ)は気色(けしき)ばんだものの、

「畏(おそ)れ多くも大御所(おおごしょ)様の命(めい)なれば…」

 小姓のその言葉で正純(まさずみ)の動きは封じられた。それは宗矩(むねのり)にしても同じであった。

 こうして家康の下(もと)へと呼び出された正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)であり、その場には正信(まさのぶ)が陪席(ばいせき)していたことで、正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)は瞬間的に木下みつおの暗殺計画が家康と正信(まさのぶ)にバレたことを悟(さと)った。

「何ゆえに呼ばれたか、分かるか?」

 家康のその問いに対して正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)は一瞬の間を置いた。認めるべきか、惚(とぼ)けるべきか、それを思案していたのだ。

 が、結局、先手を打つべく何もかも認めることにした。正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)はその思惑で一致すると先に口を開いたのは正純(まさずみ)であった。先にその思案に辿(たど)り着いたのが正純(まさずみ)であったからだ。やはり正純(まさずみ)は頭の回転が尋常ならざるほどに速かった。

「されば木下みつおの暗殺計画でござりましょうや?」

 正純(まさずみ)がそう尋ねると、家康は感心した様子で、「ほう…」と声を上げた。

「わしの意表(いひょう)を突(つ)くべく…、先手を打つべく認めるとは流石(さすが)よの…」

 家康は正純(まさずみ)の判断力を褒(ほ)めた。

「畏(おそ)れ入り奉(たてまつ)りまする…」

 正純(まさずみ)は低頭(ていとう)した。

「されば話は早い。この際、木下みつおの暗殺計画、認めてやっても良いぞ…」

「えっ…」

 これには正純(まさずみ)の方が意表(いひょう)を突(つ)かれた格好であり、それは隣に座っていた宗矩(むねのり)にしても同じであった。

 家康はそんな二人に対して、「但し、だ…」と釘を刺すように続けた。

「殺してはならん」

 家康のその言葉に正純(まさずみ)と宗矩(むねのり)はほぼ同時に、「えっ?」と声を上げた。

「木下みつおにはまだまだ利用価値がある…、されば重傷程度が良い…」

「殺さず…、致命傷には至らぬ部位に銃弾を命中させよと、そういうことでござりまするか?」

 宗矩(むねのり)が尋ね、「左様…」と家康は頷(うなず)いた。

「なれど…、こればかりは保証できかねます…、何しろ相手の動きが予測がつきかねませぬゆえ…」

 成程(なるほど)、宗矩(むねのり)の言う通りであり、これで木下みつおに対して例えば、

「事前に銃でもって致命傷に至らない部位を撃つから動かないでくれ…」

 そのように言い含めておいて、動かない状態の木下みつおを撃(う)つならばそれも可能やも知れぬが、しかし、まさかにそのようなことをみつおにぶちまけるわけにはゆかなかった。いや、仮に言い含めたところで、みつおは確実にビビるに違いなく、下手をすれば大坂城の濠(ほり)を埋める工事の陣頭指揮など執りたくないと、そう言い出す恐れすらあり得た。それゆえみつおにはあくまで秘密にしなければならなかった。

 だがそうなると当たり前だがみつおの動きが予測がつかない。致命傷に至らない部位に照準(しょうじゅん)を合わせた瞬間、みつおが動いてしまい、結果、心臓に照準(しょうじゅん)が合わさることとなるやも知れなかった。

 宗矩(むねのり)がその可能性を示唆(しさ)すると家康も、「分かっておる」と答えた。

「あくまで努力義務のようなものぞ…」

「努力義務、でござりまするか?」

 宗矩(むねのり)は怪訝(けげん)な表情で聞き返した。

「左様…、無論、お前には…、実際にはお前の手の者に撃(う)たせることと相成(あいな)るであろうが…、ともあれ全力を尽(つ)くしてもらわねばならぬが…、つまりはあくまで致命傷に至らぬよう、みつおに重傷を負わせてもらいたいが、なれど、全力を尽(つ)くしても尚(なお)、運悪くみつおが死ぬるようなことと相成(あいな)ったとしても、それはそれで致し方なし。所詮(しょせん)、みつおの運はそこまでだったということよ…」

 家康のその酷薄(こくはく)な言葉に宗矩(むねのり)も、そして正純(まさずみ)も心底、身震いした。
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