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秀忠は大久保党の頭領の忠隣(ただちか)とその後見役にして叔父に当たる忠佐・忠為・忠教の三兄弟にみつおのことを打ち明ける
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それから程なくして大久保党の頭領とも言うべき忠隣(ただちか)と、それに三人の叔父たち…、忠佐(ただすけ)・忠為(ただため)・忠教(ただのり)の三兄弟が家康と秀忠、そしてみつおの前に姿を見せた。既に朝餉(あさげ)の膳は片付けられていた。
「朝早くから済まなんだ…」
秀忠は忠隣(ただちか)にそう声をかけた。この時代の将軍の家臣に対する物言いとしては柔らか過ぎる、丁寧過ぎるきらいがあるほどであり、それは忠隣(ただちか)が秀忠の寵臣(ちょうしん)だから、というだけでは説明がつかない、秀忠と忠隣(ただちか)とは単なる将軍とその家臣以上の関係であることが伺(うかが)えた。
一方、忠隣(ただちか)は…、それに後見役とも言うべき忠佐(ただすけ)・忠為(ただため)・忠教(ただのり)の三兄弟にしても、家康と秀忠の他にもう一人、秀頼までが控えていたので…、実際にはみつおという単なる影武者に過ぎないのだが…、大いに恐縮し、平伏(へいふく)したものである。忠隣(ただちか)たちも秀頼と謁見歴があったので、秀頼の顔を見知っていたからだ。
「あっ、俺にはそんな平伏(へいふく)なんていらないですから…」
目の前で平伏(へいふく)する忠隣(ただちか)たちに対し、みつおがそう声をかけると、忠隣(ただちか)たちは少しだけ頭を上げると、互いに顔を見合った。秀頼もとい、みつおの今の言葉が理解出来なかったからだ。
「お前に対して平伏(へいふく)しているわけではないぞ…」
大御所・家康を真ん中に挟(はさ)んで、秀忠が苦笑まじりに秀頼もとい、みつおにそう声をかけたので、忠隣(ただちか)たちは益々(ますます)もって理解し難(がた)かった。なるほど、秀頼は確かに秀忠の娘婿ではあるものの、しかし、如何(いか)に秀忠が秀頼の岳父(がくふ)とは言え、秀頼のことを「お前」呼ばわりするなど、あり得ないことであった。
にもかかわらず、秀忠は今、秀頼のことを「お前」呼ばわりしたので、忠隣(ただちか)たちは訳が分からなかったのだ。
「ああ…、面(おもて)を上げぃ…」
秀忠は思い出したように忠隣(ただちか)たちの頭を上げさせると、忠隣(ただちか)たちを呼び寄せた理由について秀頼もとい、木下みつおの身元をも交えて説明した。
一方、忠隣(ただちか)たちは主君・秀忠の説明により秀頼だと思っていたその男が実は影武者の木下みつおだと知り、大いに目を丸くした。しかも未来からやって来たなどと説明された日には笑い出すなという方が無理であろう。
だが忠隣(ただちか)たちは目を丸くこそしたものの、笑い出すことはしなかった。
「左様でござりましたか…」
秀忠の説明が終わるなり、忠隣(ただちか)は納得したような声を発した。他の三兄弟にしても頷(うなず)いており、これにはみつおの方が驚かされた。
「えっ…、今の説明に納得いったんですか?」
みつおは思わず尋ねた。すると忠隣(ただちか)が「はい、それが真実ゆえ…」と答え、みつおを驚かせた。
「いや、確かにその通りなんだけど…」
実際、その通りではあるが、しかし秀忠の説明にこうもあっさりと信じるとは、みつおは驚きを禁じ得なかった。
「ときにこのことを…、秀頼(ひでより)君(ぎみ)が実は影武者であることを存じておりまするは他には…」
忠佐(ただすけ)が尋ねた。これには家康が答えた。
「されば本多正信とそれに藤堂高虎、池田輝政らが存じておる」
「らが…、と申しますと他にも?」
「ああ。福島正則ら…、それに申すまでもなきことだが、豊臣家は申すに及ばずだ」
「されば別段、秘するものではないと?」
「ああ…、なれどわざわざ触れ回るものでもあるまい?」
確かに家康の言う通り、いずれは秀頼が実は既に亡くなっており、今、こうして秀頼のふりをいているのは影武者の木下みつおだということが周囲に明らかになるとしても、今の段階でそれをわざわざ積極広報する必要はなかった。
「確かに…」
忠佐(ただすけ)は頷(うなず)いた。
「そこでだ、この秀頼に扮(ふん)せし、みつおを二ノ丸に住まわせようと思うておるのだ…」
秀忠がそう口を挟(はさ)み、再び、忠隣(ただちか)たちを驚かせた。
「この江戸城に住まわせると?」
忠隣(ただちか)は聞き間違いではないのかと、確かめるように尋ねた。
「その通りぞ」
「なれど仮に影武者だとしても…、秀頼(ひでより)君(ぎみ)として恐れ多くも上様に臣従を誓われし後には…」
「大和郡山辺りに所領を与えて大名として生きさせるのが順当…、そう申したいのであろう?」
秀忠が忠隣(ただちか)にそう問い質(ただ)すと忠隣(ただちか)は、「御意(ぎょい)」と答えた。
「いや、実は父もわしもそう思うておったのだが、なれどこれな秀頼もとい、みつお当人が大名になりたくないと申してな…」
「何と…」
忠隣(ただちか)は絶句し、三兄弟にしても信じられないといった顔付きでみつおを眺めた。
「いや、まことぞ…」
秀忠はそれからさらに、みつおが大名になりたくない理由についても説明し、忠隣(ただちか)たちを呆れさせた。
「まぁ、斯(か)かる事情ゆえ、二ノ丸御殿にでも住まわせようと思うておるのだが、生憎(あいにく)とまだ二ノ丸御殿は造営されておらず、今から急いで造営しても半年、いや、一年はかかるであろうから、その間、忠為(ただため)よ、そなたの屋敷でみつおを預かってはもらえまいか?」
秀忠は将軍として家臣に対してどんな無理難題でも命じられる立場にありながら、しかし、忠為(ただため)に対しても忠隣(ただちか)に対するのと同様、あくまで低姿勢でお願いしてみせたのだ。
無論、忠為(ただため)にしても、「良いですよ」などと答えるほど馬鹿ではない。「ははぁっ」と平伏(へいふく)してみせたのだ。
「それではみつおよ、本日よりは忠為(ただため)が屋敷で暮らすが良いぞ…」
秀忠はみつおにそう命じたので、みつおも不恰好ながら、平伏(へいふく)してみせた。
「朝早くから済まなんだ…」
秀忠は忠隣(ただちか)にそう声をかけた。この時代の将軍の家臣に対する物言いとしては柔らか過ぎる、丁寧過ぎるきらいがあるほどであり、それは忠隣(ただちか)が秀忠の寵臣(ちょうしん)だから、というだけでは説明がつかない、秀忠と忠隣(ただちか)とは単なる将軍とその家臣以上の関係であることが伺(うかが)えた。
一方、忠隣(ただちか)は…、それに後見役とも言うべき忠佐(ただすけ)・忠為(ただため)・忠教(ただのり)の三兄弟にしても、家康と秀忠の他にもう一人、秀頼までが控えていたので…、実際にはみつおという単なる影武者に過ぎないのだが…、大いに恐縮し、平伏(へいふく)したものである。忠隣(ただちか)たちも秀頼と謁見歴があったので、秀頼の顔を見知っていたからだ。
「あっ、俺にはそんな平伏(へいふく)なんていらないですから…」
目の前で平伏(へいふく)する忠隣(ただちか)たちに対し、みつおがそう声をかけると、忠隣(ただちか)たちは少しだけ頭を上げると、互いに顔を見合った。秀頼もとい、みつおの今の言葉が理解出来なかったからだ。
「お前に対して平伏(へいふく)しているわけではないぞ…」
大御所・家康を真ん中に挟(はさ)んで、秀忠が苦笑まじりに秀頼もとい、みつおにそう声をかけたので、忠隣(ただちか)たちは益々(ますます)もって理解し難(がた)かった。なるほど、秀頼は確かに秀忠の娘婿ではあるものの、しかし、如何(いか)に秀忠が秀頼の岳父(がくふ)とは言え、秀頼のことを「お前」呼ばわりするなど、あり得ないことであった。
にもかかわらず、秀忠は今、秀頼のことを「お前」呼ばわりしたので、忠隣(ただちか)たちは訳が分からなかったのだ。
「ああ…、面(おもて)を上げぃ…」
秀忠は思い出したように忠隣(ただちか)たちの頭を上げさせると、忠隣(ただちか)たちを呼び寄せた理由について秀頼もとい、木下みつおの身元をも交えて説明した。
一方、忠隣(ただちか)たちは主君・秀忠の説明により秀頼だと思っていたその男が実は影武者の木下みつおだと知り、大いに目を丸くした。しかも未来からやって来たなどと説明された日には笑い出すなという方が無理であろう。
だが忠隣(ただちか)たちは目を丸くこそしたものの、笑い出すことはしなかった。
「左様でござりましたか…」
秀忠の説明が終わるなり、忠隣(ただちか)は納得したような声を発した。他の三兄弟にしても頷(うなず)いており、これにはみつおの方が驚かされた。
「えっ…、今の説明に納得いったんですか?」
みつおは思わず尋ねた。すると忠隣(ただちか)が「はい、それが真実ゆえ…」と答え、みつおを驚かせた。
「いや、確かにその通りなんだけど…」
実際、その通りではあるが、しかし秀忠の説明にこうもあっさりと信じるとは、みつおは驚きを禁じ得なかった。
「ときにこのことを…、秀頼(ひでより)君(ぎみ)が実は影武者であることを存じておりまするは他には…」
忠佐(ただすけ)が尋ねた。これには家康が答えた。
「されば本多正信とそれに藤堂高虎、池田輝政らが存じておる」
「らが…、と申しますと他にも?」
「ああ。福島正則ら…、それに申すまでもなきことだが、豊臣家は申すに及ばずだ」
「されば別段、秘するものではないと?」
「ああ…、なれどわざわざ触れ回るものでもあるまい?」
確かに家康の言う通り、いずれは秀頼が実は既に亡くなっており、今、こうして秀頼のふりをいているのは影武者の木下みつおだということが周囲に明らかになるとしても、今の段階でそれをわざわざ積極広報する必要はなかった。
「確かに…」
忠佐(ただすけ)は頷(うなず)いた。
「そこでだ、この秀頼に扮(ふん)せし、みつおを二ノ丸に住まわせようと思うておるのだ…」
秀忠がそう口を挟(はさ)み、再び、忠隣(ただちか)たちを驚かせた。
「この江戸城に住まわせると?」
忠隣(ただちか)は聞き間違いではないのかと、確かめるように尋ねた。
「その通りぞ」
「なれど仮に影武者だとしても…、秀頼(ひでより)君(ぎみ)として恐れ多くも上様に臣従を誓われし後には…」
「大和郡山辺りに所領を与えて大名として生きさせるのが順当…、そう申したいのであろう?」
秀忠が忠隣(ただちか)にそう問い質(ただ)すと忠隣(ただちか)は、「御意(ぎょい)」と答えた。
「いや、実は父もわしもそう思うておったのだが、なれどこれな秀頼もとい、みつお当人が大名になりたくないと申してな…」
「何と…」
忠隣(ただちか)は絶句し、三兄弟にしても信じられないといった顔付きでみつおを眺めた。
「いや、まことぞ…」
秀忠はそれからさらに、みつおが大名になりたくない理由についても説明し、忠隣(ただちか)たちを呆れさせた。
「まぁ、斯(か)かる事情ゆえ、二ノ丸御殿にでも住まわせようと思うておるのだが、生憎(あいにく)とまだ二ノ丸御殿は造営されておらず、今から急いで造営しても半年、いや、一年はかかるであろうから、その間、忠為(ただため)よ、そなたの屋敷でみつおを預かってはもらえまいか?」
秀忠は将軍として家臣に対してどんな無理難題でも命じられる立場にありながら、しかし、忠為(ただため)に対しても忠隣(ただちか)に対するのと同様、あくまで低姿勢でお願いしてみせたのだ。
無論、忠為(ただため)にしても、「良いですよ」などと答えるほど馬鹿ではない。「ははぁっ」と平伏(へいふく)してみせたのだ。
「それではみつおよ、本日よりは忠為(ただため)が屋敷で暮らすが良いぞ…」
秀忠はみつおにそう命じたので、みつおも不恰好ながら、平伏(へいふく)してみせた。
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