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家康はみつおに対して大坂城の濠(ほり)を埋める工事の陣頭指揮を執ることとひきかえに江戸城で遊んで暮らすことを認める
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だが個人的感情はさておいて、家康はみつおの身勝手な要求を呑むつもりでいた。それと言うのも、
「影武者とは言え、秀頼を江戸城に封じ込めるのは悪くはない…」
そう思えたからだ。秀頼がどこぞの所領の大名として存在する限り、いつ、徳川に叛旗(はんき)を翻(ひるがえ)すやも知れなかったからだ。いや、秀頼もとい、みつお自身にその気がなくとも、徳川に敵意を抱く者が…、とりわけお家が取り潰され、浪人の身となった者が一発逆転を狙って秀頼もとい、みつおを担ぎ出そうとも限らない。
だが秀頼もとい、みつおを江戸城に住まわせればその動きも封じ込められるというものである。謀臣(ぼうしん)・正信(まさのぶ)とも相談の上、正式に腹を決めるつもりであったが、しかし、家康の腹は半ば決まっていた。
「良かろう…、みつおの望み、秀忠に呑ませようぞ…」
「ほんと?」
「但し、条件がある」
「なに?」
「淀殿と千がことぞ…」
「千って…、ああ、千姫のこと?」
「そうだ」
「その二人がどうかした?」
「どうかしたではないわ。あの二人も大坂城から出なければ話にならぬわ」
確かに大坂城を徳川幕府の管理下に置くには秀頼もとい、みつお一人が江戸城に引き移っても無意味だろう。淀殿と千姫…、とりわけ淀殿が大坂城にいる限りは、やはり家康は枕を高くしては眠れないだろう。
「確かにそうかも知れないけどさ、でも、俺にできることは何もないぜ?まさか、この俺が大坂城に戻って、二人を説得しろってか?秀頼であるこの俺が徳川に臣従したんで、以後、大坂城は幕府の所有物になるから早く出て行きましょうね、とでも言って説得しろってか?千姫はともかく、淀殿は絶対に耳を貸さないと思うぜ?それどころかこの俺を大坂城に軟禁(なんきん)して、牢人衆だっけか?それらを募集し始めるかも知れないぜ?」
みつおの言葉に家康は唸(うな)った。その通りだと直感したからだ。
さりとて、淀殿をこのままにしておいて良いわけもなく、家康は頭を悩ませた。
みつおはそんな家康の胸中を慮(おもんぱか)り、あるアイディアを授けた。
「要は大坂城を無効化しちゃえば良いんでない?」
「無効化、だと?」
「そっ、篭城(ろうじょう)には適していない御城にしちゃえば良いんでない…、家康様は恐らくは淀殿が大坂城に立て篭(こ)もり、んで、牢人衆を募集して、家康様に戦いを挑まれることを恐れてる…、でしょ?」
家康は何も答えなかった。沈黙は肯定と受け取れた。
「まぁ、家康様はとりわけ城攻めは弱い、ってのが後世の定説になってますからねぇ…」
「話を前に進めろ」
「失礼。で、そこで難攻不落の大坂城を篭城には適していない御城にしちゃえば良いわけさ。そうすれば淀殿だって家康様に抵抗するのを諦めるだろうし、牢人衆にしたって明らかに勝ち目がないと分かれば大坂城に見向きもしないだろうしさ…」
「なれど、具体的には?」
「家康様も分かってんじゃない?濠(ほり)をすべて埋めちゃえば良いのよ。そうすればそういうの、裸城(はだかじろ)、って言うんだっけか?そうなるでしょ?」
「うむ…、だが容易ではあるまいぞ?」
「どうして?」
「どうしてって…、大坂方の抵抗が予想されるではあるまいか」
「この俺が…、秀頼であるこの俺が濠(ほり)を埋めても良いですよ…、じゃ弱いな…、徳川幕府安泰のために、戦の素(もと)となる濠(ほり)は埋めなさいって命令すれば済む話っしょ?」
「確かに…、されば陣頭指揮を執ってくれるか?」
「えっ?誰が?」
「決まっておろうが。みつお、お前だ」
「どうして俺が…」
「そなたの命令だけでは弱い。秀頼であるそなたが陣頭指揮を執ってこそ、大坂方の抵抗を封じ、濠(ほり)を埋めるのも容易となる…、いや、それどころか捗(はかど)ると申すものにて…」
「何だか、めんどいな…」
「嫌なら、そなたの望みもないものと思え?」
家康にそう言われては、みつおとしても両手をあげるより他になかった。
「分かったよ…、でもその前に、江戸城であんたと、あんたの倅(せがれ)に臣従しなけりゃならないんだろ?」
「みつお、そなたが言い出したことぞ?」
「わぁってるよ。でもその代わり、俺の出した条件、ディスカウ…、値引きしないでよ?」
「分かっておる…、ところで淀殿は如何(いかが)致す?」
「いかがいたす…、どうする、ってか?」
「そうだ」
「どうするって言われても…」
「江戸城にて、そなたと一緒に暮らすか?」
冗談じゃないっ…、みつおは悲鳴を上げた。
「何が悲しくてあんなババアと一緒に暮らさなきゃいけないのよっ!冗談じゃないよっ、本当に…」
「それではどこか尼寺にでも…」
「ああ、もう適当にどこかに住まわせてよ。でも絶対に江戸城内にはいれないでよね?」
縁も所縁(ゆかり)もないご夫人と暮らすほど、みつおは酔狂ではなかった。いや、淀殿は実際、ババアというほどの年齢ではないものの、しかしあの性格は受け付けない。とても一緒に暮らすなど耐えられない。
「相分かった…、なれど千姫は江戸城にて引き取ることと相成ろうぞ…、秀忠は必ずやそう致すであろうぞ…」
「大事な愛娘だもんね…、まぁ、好きにしたら良いさ…」
「他人事だな…」
「だって他人事だもん…」
「そなたの女房ぞ…」
「なに?」
「だから、千はそなたの女房ぞ…」
「冗談…」
「冗談だと思うか?」
「ああ。だって俺は秀頼って言っても所詮(しょせん)は影武者に過ぎないもの…、つまりは秀頼じゃない。千姫だってそれは分かってるだろう。だからまさか俺の女房だなんて、思っちゃいないだろ?」
「それは分からぬぞ?」
馬鹿馬鹿しい…、みつおは一笑に付すと、「ともかく、千姫には新しい亭主でも見つけてやるんだな」と言ってこの話を終わらせた。
「影武者とは言え、秀頼を江戸城に封じ込めるのは悪くはない…」
そう思えたからだ。秀頼がどこぞの所領の大名として存在する限り、いつ、徳川に叛旗(はんき)を翻(ひるがえ)すやも知れなかったからだ。いや、秀頼もとい、みつお自身にその気がなくとも、徳川に敵意を抱く者が…、とりわけお家が取り潰され、浪人の身となった者が一発逆転を狙って秀頼もとい、みつおを担ぎ出そうとも限らない。
だが秀頼もとい、みつおを江戸城に住まわせればその動きも封じ込められるというものである。謀臣(ぼうしん)・正信(まさのぶ)とも相談の上、正式に腹を決めるつもりであったが、しかし、家康の腹は半ば決まっていた。
「良かろう…、みつおの望み、秀忠に呑ませようぞ…」
「ほんと?」
「但し、条件がある」
「なに?」
「淀殿と千がことぞ…」
「千って…、ああ、千姫のこと?」
「そうだ」
「その二人がどうかした?」
「どうかしたではないわ。あの二人も大坂城から出なければ話にならぬわ」
確かに大坂城を徳川幕府の管理下に置くには秀頼もとい、みつお一人が江戸城に引き移っても無意味だろう。淀殿と千姫…、とりわけ淀殿が大坂城にいる限りは、やはり家康は枕を高くしては眠れないだろう。
「確かにそうかも知れないけどさ、でも、俺にできることは何もないぜ?まさか、この俺が大坂城に戻って、二人を説得しろってか?秀頼であるこの俺が徳川に臣従したんで、以後、大坂城は幕府の所有物になるから早く出て行きましょうね、とでも言って説得しろってか?千姫はともかく、淀殿は絶対に耳を貸さないと思うぜ?それどころかこの俺を大坂城に軟禁(なんきん)して、牢人衆だっけか?それらを募集し始めるかも知れないぜ?」
みつおの言葉に家康は唸(うな)った。その通りだと直感したからだ。
さりとて、淀殿をこのままにしておいて良いわけもなく、家康は頭を悩ませた。
みつおはそんな家康の胸中を慮(おもんぱか)り、あるアイディアを授けた。
「要は大坂城を無効化しちゃえば良いんでない?」
「無効化、だと?」
「そっ、篭城(ろうじょう)には適していない御城にしちゃえば良いんでない…、家康様は恐らくは淀殿が大坂城に立て篭(こ)もり、んで、牢人衆を募集して、家康様に戦いを挑まれることを恐れてる…、でしょ?」
家康は何も答えなかった。沈黙は肯定と受け取れた。
「まぁ、家康様はとりわけ城攻めは弱い、ってのが後世の定説になってますからねぇ…」
「話を前に進めろ」
「失礼。で、そこで難攻不落の大坂城を篭城には適していない御城にしちゃえば良いわけさ。そうすれば淀殿だって家康様に抵抗するのを諦めるだろうし、牢人衆にしたって明らかに勝ち目がないと分かれば大坂城に見向きもしないだろうしさ…」
「なれど、具体的には?」
「家康様も分かってんじゃない?濠(ほり)をすべて埋めちゃえば良いのよ。そうすればそういうの、裸城(はだかじろ)、って言うんだっけか?そうなるでしょ?」
「うむ…、だが容易ではあるまいぞ?」
「どうして?」
「どうしてって…、大坂方の抵抗が予想されるではあるまいか」
「この俺が…、秀頼であるこの俺が濠(ほり)を埋めても良いですよ…、じゃ弱いな…、徳川幕府安泰のために、戦の素(もと)となる濠(ほり)は埋めなさいって命令すれば済む話っしょ?」
「確かに…、されば陣頭指揮を執ってくれるか?」
「えっ?誰が?」
「決まっておろうが。みつお、お前だ」
「どうして俺が…」
「そなたの命令だけでは弱い。秀頼であるそなたが陣頭指揮を執ってこそ、大坂方の抵抗を封じ、濠(ほり)を埋めるのも容易となる…、いや、それどころか捗(はかど)ると申すものにて…」
「何だか、めんどいな…」
「嫌なら、そなたの望みもないものと思え?」
家康にそう言われては、みつおとしても両手をあげるより他になかった。
「分かったよ…、でもその前に、江戸城であんたと、あんたの倅(せがれ)に臣従しなけりゃならないんだろ?」
「みつお、そなたが言い出したことぞ?」
「わぁってるよ。でもその代わり、俺の出した条件、ディスカウ…、値引きしないでよ?」
「分かっておる…、ところで淀殿は如何(いかが)致す?」
「いかがいたす…、どうする、ってか?」
「そうだ」
「どうするって言われても…」
「江戸城にて、そなたと一緒に暮らすか?」
冗談じゃないっ…、みつおは悲鳴を上げた。
「何が悲しくてあんなババアと一緒に暮らさなきゃいけないのよっ!冗談じゃないよっ、本当に…」
「それではどこか尼寺にでも…」
「ああ、もう適当にどこかに住まわせてよ。でも絶対に江戸城内にはいれないでよね?」
縁も所縁(ゆかり)もないご夫人と暮らすほど、みつおは酔狂ではなかった。いや、淀殿は実際、ババアというほどの年齢ではないものの、しかしあの性格は受け付けない。とても一緒に暮らすなど耐えられない。
「相分かった…、なれど千姫は江戸城にて引き取ることと相成ろうぞ…、秀忠は必ずやそう致すであろうぞ…」
「大事な愛娘だもんね…、まぁ、好きにしたら良いさ…」
「他人事だな…」
「だって他人事だもん…」
「そなたの女房ぞ…」
「なに?」
「だから、千はそなたの女房ぞ…」
「冗談…」
「冗談だと思うか?」
「ああ。だって俺は秀頼って言っても所詮(しょせん)は影武者に過ぎないもの…、つまりは秀頼じゃない。千姫だってそれは分かってるだろう。だからまさか俺の女房だなんて、思っちゃいないだろ?」
「それは分からぬぞ?」
馬鹿馬鹿しい…、みつおは一笑に付すと、「ともかく、千姫には新しい亭主でも見つけてやるんだな」と言ってこの話を終わらせた。
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