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みつお、清正と幸長(よしなが)に対して身分を明かした上で、豊臣が生き残るための秘策を打ち明ける。

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 一方、鳥羽に着いたみつおは、己の視界から二人の男が回れ右して後にする様子が入り、「あれは一体、誰だ…」と首をかしげていると、そんなみつおの様子を悟った正則が、

「あれは高虎と輝政だ」

 と教えてくれた。その上で、

「もしかすると、みつおが影武者であるのを確かめて、内府殿にご注進に及ぶべく、あるいはこのわしがみつお…、影武者であるそなたの傍についていることを確かめて、そのことを内府殿にご注進に及ぶべく、回れ右して内府殿の元へと向かったのやも知れぬな…」

 正則はそう注釈をつけた。

「正則が俺の傍についている?」

「秀頼ぎみのことを良く知るこのわしが影武者であるそなたの傍についているということは、そなたを影武者と承知しながら影武者であるそなたを秀頼ぎみとみなして傍についているということに他ならず、さればいかにそなたが秀頼ぎみの影武者に過ぎぬとは申せ、わしが傍についている以上、容易に手出しはできぬ…、もっと申せば血祭りにあげるわけにはゆかぬ、ということよ…、そのことを内府殿にご注進に及ぶべく…」

「回れ右したってことか?」

「その通りだ」

 みつおと正則がヒソヒソ話に興じていると、清正と幸長(よしなが)らが近付いて来た。

 既に、秀頼(ひでより)薨去(こうきょ)の事実を知らされていた清正と幸長(よしなが)は秀頼(ひでより)に扮(ふん)したみつおの姿を見て、複雑な表情をしてみせた。これで正則が傍(そば)についていなければその場にて斬り捨てていたやも知れぬ。だが正則がいるということは、正則もまた影武者の事実を承知しており、そのような正則を斬ることは清正にはできなかった。幸長(よしなが)にしてもそれは同じであった。

 ともあれ、清正と幸長(よしなが)は鳥羽から二条城まで秀頼(ひでより)、もとい木下みつおと正則たちを案内することにした。

 鳥羽から二条城までの道中、秀頼(ひでより)に扮(ふん)したみつおと正則一行はここでも町衆から熱烈な歓迎を受けた。そして道中、正則は適当な場所…、原っぱを見つけては、

「ここで一休みしようぞ」

 そう提案した。これで親徳川の…、何より家康の意を汲んで、一刻も早く偽物の秀頼(ひでより)、もとい、木下みつおなる影武者を二条城に連れて来ようと欲する高虎(たかとら)や輝政(てるまさ)がいようものなら、そのようなわがままが聞き入れられる筈もなかったであろう。

 無論、徳川方からも家康の九男の義利(よしとし)と十男の頼将(よりのぶ)がいたものの、二人ともまだ12歳と10歳に過ぎず、正則の言葉に逆らえる筈もなかった。

 正則は人の波を掻き分けるようにして、みつおらを引き連れて原っぱへと足を向けると、重成(しげなり)に目配せした。重成(しげなり)も正則のその「アイコンタクト」の意味をすぐに悟(さと)ると、みつおと正則たちついて来ようとした義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)、それに長益(ながます)と且元(かつもと)を沿道に足止めした。なぜならこれから豊臣家の行末(ゆくすえ)について話し合うためであり、そこへ徳川方や徳川に通じている者たちがいれば邪魔で仕方がないからだ。

 正則は沿道で足止めされている義利(よしとし)や頼将(よりのぶ)ら一行から大分(だいぶ)離れた場所までみつおらを引き連れ、そこで腰をおろすと、みつおらも腰をおろして車座(くるまざ)となった。

 みつおはそこで改めて清正と幸長(よしなが)の二人と向き合った。正則によると、左が清正で右が幸長(よしなが)であった。二人共、決して怖い顔をしているわけでもなかったが、それでも全身から独特の威圧感が滲(にじ)み出ていた…、そしてそれは正則や重成(しげなり)にも共通するものであり、それに比して長益(ながます)と且元(かつもと)からはそれを感じることはなかった…。

「もう気づいてると思うが…。俺は偽物だ。本物の秀頼(ひでより)君(ぎみ)は大坂城で死ん…、薨去(こうきょ)した」

 みつおはそう切り出した。すると清正と幸長(よしなが)は互いに顔を見合ったものの、それでも驚きはなかった。やはり知っているらしい。

「それなれば既に存じておる。長益(ながます)殿と且元(かつもと)殿の連署のある書状にて知ったゆえな」

 清正がそう答えたのでみつおも正則も、やはり長益(ながます)と且元(かつもと)は家康に内通していたのだと改めて思い知らされたものである。

「そうか。それじゃあ俺の本名も知ってるってことだな?」

 みつおが確かめるように尋ねると、二人は頷き、「木下みつおであろう」と幸長(よしなが)が答えた。

「そうだ」

 みつおはそれから自分が400年以上も未来の世界でいじめを苦にして身を投げたこと、にもかかわらずコンクリート…、地面に叩きつけられる代わりにこの時代の、それも大坂城の濠(ほり)に転移をしたこと、そしてここで新しく生まれ変わったつもりで自分の身を本気で案じてくれる正則や重成(しげなり)が忠義立てをする豊臣家のために一肌(ひとはだ)脱ごうと決意したこと…、それら身の上話を清正と幸長(よしなが)の二人に縷々(るる)説明してから、昨日、船中にて正則にしたのと同じ内容の秘策…、豊臣が生き残る秘策を打ち明けた。みつおはその秘策を打ち明けている間、チラリと重成(しげなり)の様子を窺(うかが)った。重成(しげなり)はきちんと己の役目を果たしていたので…、自分らの元へと人を近づけさせないよう目を光らせていたので、みつおはホッとして清正と幸長(よしなが)の方へと視線を戻した。
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