12 / 48
会見前夜
しおりを挟む
日付が変わって27日未明、二条城では家康が寝所にて侍女とたわむれていた。家康は今年でおんとし70だが、未だ精力絶倫であった。
そこへ重臣、というよりは謀臣の本多正信が手燭を手にして姿を見せた。
「殿」
正信が口にしたのはただその一言だけである。だがその一言で家康には正信が何か重大事を携えていることを、阿吽の呼吸でそれを悟ると、侍女を残して独り、寝所をあとにすると、正信を従えて別間へと移動した。
正信は別間に置かれていた行燈に手燭の火を移し、部屋を照らすと…、といっても薄明かりだが…、家康と向き合った。
「いかが致した?」
家康は正信と向き合うなり、単刀直入に尋ねた。する正信は懐中より一通の書状を取り出して、家康に差し出した。
「これは?」
「されば片桐且元が家人より届けられし書状にて…」
「且元の家人より届けられた書状とな?」
「御意」
家康には書状を届けに来たのが豊臣家の家来ではなく、且元の家来という点が引っ掛かったようだ。
とりあえず家康は封を解いて、中から綺麗に畳まれた書状を取り出して広げると、それに目を通し始めた。別間は薄明かりであったが、それでもあかりが灯っていたので、書状を読むのに支障はない。
「何と…、秀頼が死んだぞ…」
家康は書状を読みながら、そうつぶやいた。
「えっ…」
いついかなる時も冷静沈着が身上の正信も思わずそう声を上げた。
「しかも…、愚かなことに、豊臣方では身代わりを立てようと企んでおるぞ…」
家康は書状を読み終えたらしく、正信にその書状をよこした。正信は家康より書状を受け取ると、速読した。
「なるほど…、それで豊臣家の臣ではのうて、且元が家人が届けに参ったので御座りまするな…」
「左様…、しかもその書状…、長益と且元めの必死さが何とも滲み出て来る書状ではあるまいか…」
家康はクックッと失笑して見せた。
「末尾にありまする、二人の署名で御座りまするな?」
正信が尋ねると、家康は頷いた。
「身代わりを内府殿に引き合わせることにつきては我らは無実、それが証にこの旨、内府殿にお報せ申し上げたと、まぁ大方、そんなところで御座りましょう」
正信がそう解説してみせると、家康はまたしても頷いた。
「それにしても…、何とも頭の足りない連中よ…」
家康はそうつぶやいてから、「されば明日の会見だが…」と切り出した。
「中止で御座りまするか?」
そう尋ねる正信に対して家康は頭を振った。
「例え、偽物でも会う価値はある」
家康はニヤリと笑って見せた。
「なるほど…、秀頼ぎみ薨去の事実を隠し、あまつさえ、身代わりを立てて殿に会わせんとたくらむはこれ、謀反の疑いあり…、格好の開戦理由で御座りまするな?」
正信は口元を歪めてみせ、
「しかも今や、秀頼ぎみはもうない、となれば豊臣恩顧の諸大名も気兼ねのう殿に力を致しましょうぞ」
そう続けて、家康を大いに頷かせた。
「されば明日の会見は予定通りということで…」
正信がそう告げると、家康は頷いた。その上で、
「但しじゃ、高台院にはお越し願う必要はないでな…」
高台院とは秀吉の未亡人である。今回の二条城会見の仲立ちをしたのはこの高台院であり、明日の会見でも陪席する予定であった。高台院は大坂城を出て、今はここ京都にある高台寺に隠棲していた。
「老婆に血を見せては心の臓に悪いからのう…」
家康はそうつぶやくと、残忍な笑みを浮かべた。
そこへ重臣、というよりは謀臣の本多正信が手燭を手にして姿を見せた。
「殿」
正信が口にしたのはただその一言だけである。だがその一言で家康には正信が何か重大事を携えていることを、阿吽の呼吸でそれを悟ると、侍女を残して独り、寝所をあとにすると、正信を従えて別間へと移動した。
正信は別間に置かれていた行燈に手燭の火を移し、部屋を照らすと…、といっても薄明かりだが…、家康と向き合った。
「いかが致した?」
家康は正信と向き合うなり、単刀直入に尋ねた。する正信は懐中より一通の書状を取り出して、家康に差し出した。
「これは?」
「されば片桐且元が家人より届けられし書状にて…」
「且元の家人より届けられた書状とな?」
「御意」
家康には書状を届けに来たのが豊臣家の家来ではなく、且元の家来という点が引っ掛かったようだ。
とりあえず家康は封を解いて、中から綺麗に畳まれた書状を取り出して広げると、それに目を通し始めた。別間は薄明かりであったが、それでもあかりが灯っていたので、書状を読むのに支障はない。
「何と…、秀頼が死んだぞ…」
家康は書状を読みながら、そうつぶやいた。
「えっ…」
いついかなる時も冷静沈着が身上の正信も思わずそう声を上げた。
「しかも…、愚かなことに、豊臣方では身代わりを立てようと企んでおるぞ…」
家康は書状を読み終えたらしく、正信にその書状をよこした。正信は家康より書状を受け取ると、速読した。
「なるほど…、それで豊臣家の臣ではのうて、且元が家人が届けに参ったので御座りまするな…」
「左様…、しかもその書状…、長益と且元めの必死さが何とも滲み出て来る書状ではあるまいか…」
家康はクックッと失笑して見せた。
「末尾にありまする、二人の署名で御座りまするな?」
正信が尋ねると、家康は頷いた。
「身代わりを内府殿に引き合わせることにつきては我らは無実、それが証にこの旨、内府殿にお報せ申し上げたと、まぁ大方、そんなところで御座りましょう」
正信がそう解説してみせると、家康はまたしても頷いた。
「それにしても…、何とも頭の足りない連中よ…」
家康はそうつぶやいてから、「されば明日の会見だが…」と切り出した。
「中止で御座りまするか?」
そう尋ねる正信に対して家康は頭を振った。
「例え、偽物でも会う価値はある」
家康はニヤリと笑って見せた。
「なるほど…、秀頼ぎみ薨去の事実を隠し、あまつさえ、身代わりを立てて殿に会わせんとたくらむはこれ、謀反の疑いあり…、格好の開戦理由で御座りまするな?」
正信は口元を歪めてみせ、
「しかも今や、秀頼ぎみはもうない、となれば豊臣恩顧の諸大名も気兼ねのう殿に力を致しましょうぞ」
そう続けて、家康を大いに頷かせた。
「されば明日の会見は予定通りということで…」
正信がそう告げると、家康は頷いた。その上で、
「但しじゃ、高台院にはお越し願う必要はないでな…」
高台院とは秀吉の未亡人である。今回の二条城会見の仲立ちをしたのはこの高台院であり、明日の会見でも陪席する予定であった。高台院は大坂城を出て、今はここ京都にある高台寺に隠棲していた。
「老婆に血を見せては心の臓に悪いからのう…」
家康はそうつぶやくと、残忍な笑みを浮かべた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる