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定信は明日の将軍・家治より白河松平家の家督相続が許される儀式の司会進行役に意知も加わっていることがお気に召さない 2
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将軍への初御目見得という儀式の司会進行は優秀な奏者番でなければ勤まらず、それゆえ将軍たる家治は意知と乗完の二人に任せたのであった。
家治は同時に、その翌日に執り行われる予定であった白河藩主の松平定邦から養嗣子の定信へと家督の相続を許すその儀式の司会進行をも委ねたのであった。家督相続の許可の司会進行もまた、優秀な奏者番でなければ勤まらず、そこで家治はそれなればと、そのまま意知と乗完の二人に家督相続の許可の司会進行をも任せることにしたのだ。
こうして大役を任された意知と乗完は儀式を、
「恙無く…」
終えるべく、土屋健次郎や土井鐵蔵、そして松平定信の「教授役」を務めることになったのだ。将軍の御前に出る際に失敗らないように、である。
そのための習礼が繰り返された。具体的には意知と乗完が各々の上屋敷へと出向いて、習礼を繰り返すのであった。
土屋健次郎と土井鐵蔵は意知と乗完の指導に素直に従ったものだが、しかし、定信はそれとは正反対の姿勢を示した。
否、定信は乗完の指導には耳を傾けるのだが、しかし、意知の指導には決して耳を傾けようとはしなかったのだ。
それどころか定信は露骨なまでに意知を無視する始末であり、これには養父たる定邦も眉を顰めたものであり、定邦は養嗣子たる定信に対してその意知への態度を改めるよう何度も訓戒を与えたものの、しかし定信の意知への態度が改まることは決してなかった。
そこで意知と乗完は談合の上、土屋健次郎と土井鐵蔵への指導は主に意知が担うこととし、一方、定信への指導は主に乗完が担うこととした。
尤もそれで意知が全く定信への指導には関知しないというわけではなく、ましてや上屋敷に足を運ばない、というわけでもなく、
「必要に応じて…」
乗完を介して定信に助言を与えた。意知当人からの助言では定信は絶対に受け付けないからだ。
そして今日はその習礼の最終日であった。
だが定邦は習礼を迎えるに当たって、意知と乗完、それに順節に対して、意知が若年寄へと進む件については、
「決して定信の耳には入れてくれるな…」
そう懇願したのであった。
重村が意知が若年寄へと進む件について、即ち、意知は次期将軍であった家基の死の真相を探るべく、それも一橋治済の「兇行」であることを立証すべく若年寄へと進むことを御城にて大広間詰や帝鑑之間詰の諸侯らが居並ぶ前にて暴露したために、
「あっという間に…」
そのことが城中に広まり、それゆえ今はもう知らぬ者はないと言っても過言ではなかった。
だがそれはあくまで御城に登城した者に言えることであり、未だ登城してはいない定信には当て嵌まらない。
それゆえ今日は一日、屋敷より一歩も外には出ていない定信の耳には未だ、意知が若年寄へと進む件について届いてはいなかった。
これで例えばスマホなどの便利な通信機器でもあれば、例え定信が登城せずとも、城中での出来事を知るのは容易かろうが、生憎とこの時代はスマホなどの便利な通信機器は影も形もなかった。
ともあれ定邦は将軍・家治より定邦から定信へと家督相続が許される儀式の「最終リハーサル」を迎えるに当たって、意知たちにそう希ったのである。
それに対して意知たちはと言うと、直ぐに養父・定邦の意図を察したものである。それと言うのも定信が未だに実家である田安家へと、それも当主として「凱旋帰国」を果たしたがっていることは周知の事実で、そのような定信が意知が若年寄へと進む件について耳にしようものなら、またぞろ、
「田安家に当主として返り咲きたい…」
そう言い出しかねないだろうと、意知たちはその危険性を見越していたので、定邦の意図を直ぐに察することが出来たのであった。
「されば今日は無論のこと、明日も十分に気をつけ申すが良いのでござりまするな?」
意知が先回りしてそう確かめるように尋ねた。つまりは、
「明日も…、定信が正式に白河藩を相続するまでは己が若年寄へと進む件について定信の耳には入れないよう、注意を払えば良いのだな…」
意知はそう訊いていたのだ。
それに対して定邦はと言うと、話の早い意知に心底ホッとさせられた。
家治は同時に、その翌日に執り行われる予定であった白河藩主の松平定邦から養嗣子の定信へと家督の相続を許すその儀式の司会進行をも委ねたのであった。家督相続の許可の司会進行もまた、優秀な奏者番でなければ勤まらず、そこで家治はそれなればと、そのまま意知と乗完の二人に家督相続の許可の司会進行をも任せることにしたのだ。
こうして大役を任された意知と乗完は儀式を、
「恙無く…」
終えるべく、土屋健次郎や土井鐵蔵、そして松平定信の「教授役」を務めることになったのだ。将軍の御前に出る際に失敗らないように、である。
そのための習礼が繰り返された。具体的には意知と乗完が各々の上屋敷へと出向いて、習礼を繰り返すのであった。
土屋健次郎と土井鐵蔵は意知と乗完の指導に素直に従ったものだが、しかし、定信はそれとは正反対の姿勢を示した。
否、定信は乗完の指導には耳を傾けるのだが、しかし、意知の指導には決して耳を傾けようとはしなかったのだ。
それどころか定信は露骨なまでに意知を無視する始末であり、これには養父たる定邦も眉を顰めたものであり、定邦は養嗣子たる定信に対してその意知への態度を改めるよう何度も訓戒を与えたものの、しかし定信の意知への態度が改まることは決してなかった。
そこで意知と乗完は談合の上、土屋健次郎と土井鐵蔵への指導は主に意知が担うこととし、一方、定信への指導は主に乗完が担うこととした。
尤もそれで意知が全く定信への指導には関知しないというわけではなく、ましてや上屋敷に足を運ばない、というわけでもなく、
「必要に応じて…」
乗完を介して定信に助言を与えた。意知当人からの助言では定信は絶対に受け付けないからだ。
そして今日はその習礼の最終日であった。
だが定邦は習礼を迎えるに当たって、意知と乗完、それに順節に対して、意知が若年寄へと進む件については、
「決して定信の耳には入れてくれるな…」
そう懇願したのであった。
重村が意知が若年寄へと進む件について、即ち、意知は次期将軍であった家基の死の真相を探るべく、それも一橋治済の「兇行」であることを立証すべく若年寄へと進むことを御城にて大広間詰や帝鑑之間詰の諸侯らが居並ぶ前にて暴露したために、
「あっという間に…」
そのことが城中に広まり、それゆえ今はもう知らぬ者はないと言っても過言ではなかった。
だがそれはあくまで御城に登城した者に言えることであり、未だ登城してはいない定信には当て嵌まらない。
それゆえ今日は一日、屋敷より一歩も外には出ていない定信の耳には未だ、意知が若年寄へと進む件について届いてはいなかった。
これで例えばスマホなどの便利な通信機器でもあれば、例え定信が登城せずとも、城中での出来事を知るのは容易かろうが、生憎とこの時代はスマホなどの便利な通信機器は影も形もなかった。
ともあれ定邦は将軍・家治より定邦から定信へと家督相続が許される儀式の「最終リハーサル」を迎えるに当たって、意知たちにそう希ったのである。
それに対して意知たちはと言うと、直ぐに養父・定邦の意図を察したものである。それと言うのも定信が未だに実家である田安家へと、それも当主として「凱旋帰国」を果たしたがっていることは周知の事実で、そのような定信が意知が若年寄へと進む件について耳にしようものなら、またぞろ、
「田安家に当主として返り咲きたい…」
そう言い出しかねないだろうと、意知たちはその危険性を見越していたので、定邦の意図を直ぐに察することが出来たのであった。
「されば今日は無論のこと、明日も十分に気をつけ申すが良いのでござりまするな?」
意知が先回りしてそう確かめるように尋ねた。つまりは、
「明日も…、定信が正式に白河藩を相続するまでは己が若年寄へと進む件について定信の耳には入れないよう、注意を払えば良いのだな…」
意知はそう訊いていたのだ。
それに対して定邦はと言うと、話の早い意知に心底ホッとさせられた。
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作者さんの意図と違うかもしれないのですが今作の方が正明や忠明や西の丸で人事を意図的にいじった者たちなどの関与の重さを改めて実感しました。
それにしても前作では同じ内容でも家名断絶どころか当人の切腹もほとんどなく正明や忠明はかなり厳しくなったものの役職残留となっている辺りの違和感が強くなりました。
そうそう家の断絶などでいないとかいろいろ大人の事情かなと思うようにしていましたが側近といってよい位置にいる家臣にここ迄されているのにどうなるんだろうと感じました。
話はあちこちに飛ぶものの基本的に将軍が集められた情報を一気に出している形で密度の濃い時間ですよね。