148 / 162
重村の暴走 ~ライバル・島津重豪より先んじて家格の上昇を狙う伊達重村は意知に味方する~ 大奥の事情 4
しおりを挟む
かくして座敷牢へとぶち込まれた兵部はそこで半ば、否、完全に強制的に離縁状を書かされ、玉澤は漸くに兵部と別れられたのであった。この間、二月以上かかり、年は明和2(1765)年に改まっていた。
そして明和2(1765)年の正月に玉澤は駒井の家を出た。愛息は愚父・兵部とは正反対に明朗快活、その上、母・玉澤に対しては実に孝養を尽くすタイプであり、玉澤の身を案じて、これからも駒井の家で暮らすように勧めたそうな。
だが玉澤は愛息・半蔵の心遣いには感謝しつつも、しかしそれを謝絶した。
玉澤は半蔵のことはそれこそ、
「目に入れても痛くない…」
それ程に愛おしかったが、しかしその反面、駒井の家は玉澤にとってはおぞましい存在に外ならず、まるで悪魔の館のようであり、これ以上、駒井の家の空気は吸いたくなかったのだ。
そこで玉澤は半蔵に案じられつつ駒井の家を出ると、大奥に採用されるまでの間、妹を頼った。
いや、本来なれば実家である本田家に身を寄せるべきところであろう。
だがこの時…、明和2(1765)年の正月には本田家は玉澤が従弟の頼母正堯がその家督を継いでおり、のみならず、祝言を上げたばかりであった。
本田頼母は明和元(1764)年の暮に医師の千賀道隆久頼の三女を娶ったばかりであった。
千賀道隆は医師とは言え、それこそ将軍の御側近くに仕える奥医師などではなく、一介の市井医、つまりは町医者に過ぎなかった。
いや、唯の町医者ではなく、囚獄医を兼ねていた。
囚獄医とは小傳馬町の牢屋敷にて収容されている囚人を診察する医師のことであり、所謂、
「ムショ医」
というやつであった。
その囚獄医は一応、その牢屋敷を支配する囚獄、所謂、牢屋奉行の石出帯刀の支配下にあるものの、しかし囚獄医は微禄であり、それだけでは食べてはゆけず、それゆえ町医者をも兼ねているのが普通であり、千賀道隆もその例外ではなかった。
唯の町医者なら兎も角、囚獄医を兼ねているような者の娘を娶るなど、少なくとも旗本においてはあり得ないと断言出来た。何しろ囚獄には、
「穢れ…」
その要素が付き纏うからであり、それが証に囚獄を支配する石出帯刀は歴とした幕臣でありながら、囚獄という最も穢れのある場所を支配しているということもあり、同じ幕臣からは、
「不浄役人…」
として忌み嫌われ、石出帯刀当人もそのことを誰よりも自覚していたので、それゆえ御城への登城も自主的に控えていた。
無論、石出家に娘を嫁がせようとする旗本や御家人もおらず、それゆえ石出家では代々、養子を迎えてその命脈を保ってきたのだ。
にもかかわらず、その旗本である本田頼母はそのような石出帯刀の支配下にある囚獄医の千賀道隆の三女を娶ったのである。本来ならば正気の沙汰とは思われない本田頼母のその決断にも、しかしそれなりの理由があったのだ。
千賀道隆は実は、
「今をときめく…」
田沼意次と親しく交際もしていたのだ。
その当時…、明和、更にその前の宝暦の時分には意次は将軍・家治に仕える御側御用取次として幕府の実力者として知られていた。
そのような意次が囚獄医である千賀道隆と親しく交際していることもまた、
「正気の沙汰とは思われない…」
というものであろう。それも本田頼母が千賀道隆の娘を娶る以上であろう。
にもかかわらず意次が千賀道隆と親しく交際していたのは偏に、道隆が意次が甥の田沼能登守意致の麻疹を治癒したことによる。
そして明和2(1765)年の正月に玉澤は駒井の家を出た。愛息は愚父・兵部とは正反対に明朗快活、その上、母・玉澤に対しては実に孝養を尽くすタイプであり、玉澤の身を案じて、これからも駒井の家で暮らすように勧めたそうな。
だが玉澤は愛息・半蔵の心遣いには感謝しつつも、しかしそれを謝絶した。
玉澤は半蔵のことはそれこそ、
「目に入れても痛くない…」
それ程に愛おしかったが、しかしその反面、駒井の家は玉澤にとってはおぞましい存在に外ならず、まるで悪魔の館のようであり、これ以上、駒井の家の空気は吸いたくなかったのだ。
そこで玉澤は半蔵に案じられつつ駒井の家を出ると、大奥に採用されるまでの間、妹を頼った。
いや、本来なれば実家である本田家に身を寄せるべきところであろう。
だがこの時…、明和2(1765)年の正月には本田家は玉澤が従弟の頼母正堯がその家督を継いでおり、のみならず、祝言を上げたばかりであった。
本田頼母は明和元(1764)年の暮に医師の千賀道隆久頼の三女を娶ったばかりであった。
千賀道隆は医師とは言え、それこそ将軍の御側近くに仕える奥医師などではなく、一介の市井医、つまりは町医者に過ぎなかった。
いや、唯の町医者ではなく、囚獄医を兼ねていた。
囚獄医とは小傳馬町の牢屋敷にて収容されている囚人を診察する医師のことであり、所謂、
「ムショ医」
というやつであった。
その囚獄医は一応、その牢屋敷を支配する囚獄、所謂、牢屋奉行の石出帯刀の支配下にあるものの、しかし囚獄医は微禄であり、それだけでは食べてはゆけず、それゆえ町医者をも兼ねているのが普通であり、千賀道隆もその例外ではなかった。
唯の町医者なら兎も角、囚獄医を兼ねているような者の娘を娶るなど、少なくとも旗本においてはあり得ないと断言出来た。何しろ囚獄には、
「穢れ…」
その要素が付き纏うからであり、それが証に囚獄を支配する石出帯刀は歴とした幕臣でありながら、囚獄という最も穢れのある場所を支配しているということもあり、同じ幕臣からは、
「不浄役人…」
として忌み嫌われ、石出帯刀当人もそのことを誰よりも自覚していたので、それゆえ御城への登城も自主的に控えていた。
無論、石出家に娘を嫁がせようとする旗本や御家人もおらず、それゆえ石出家では代々、養子を迎えてその命脈を保ってきたのだ。
にもかかわらず、その旗本である本田頼母はそのような石出帯刀の支配下にある囚獄医の千賀道隆の三女を娶ったのである。本来ならば正気の沙汰とは思われない本田頼母のその決断にも、しかしそれなりの理由があったのだ。
千賀道隆は実は、
「今をときめく…」
田沼意次と親しく交際もしていたのだ。
その当時…、明和、更にその前の宝暦の時分には意次は将軍・家治に仕える御側御用取次として幕府の実力者として知られていた。
そのような意次が囚獄医である千賀道隆と親しく交際していることもまた、
「正気の沙汰とは思われない…」
というものであろう。それも本田頼母が千賀道隆の娘を娶る以上であろう。
にもかかわらず意次が千賀道隆と親しく交際していたのは偏に、道隆が意次が甥の田沼能登守意致の麻疹を治癒したことによる。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる