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治済は家基の最期の鷹狩りに随わせ、毒見役をも務めた小納戸を全て清水家の縁者で固めただけでなく、書院番や小姓組番についても手を入れた疑いが。

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 するとそこで意知おきともが「もしや…」と口をひらいたかと思うと、

「二番組の小姓こしょう組番が…、二番組をたばねし番頭ばんがしら酒井さかい紀伊きいがその当時とうじ…、おそおおくも大納言だいなごん様が最期さいごのご放鷹ほうようの折には風邪かぜにて療養りょうよう中にもかかわらず、態々わざわざその、あるじ不在ふざいとももうましょう二番組の小姓こしょう組番が大納言だいなごん様が最期さいごのご放鷹ほうよう供奉ぐぶせしもやはり、一橋ひとつばし殿が清水しみず殿につみかずこうとせし一環いっかんにて…、例えば、組頭くみがしら清水しみず家とかかわりのありし者とか…」

 意知おきともはそうかんはたらかせ、これには家治も心底しんそこ感嘆かんたんさせられた。

流石さすが意知おきともよ…、中々なかなかに良いかんをしておるわ…」

 家治は意知おきとものそのかんさをめそやしつつ、そのかん首肯しゅこうした。

「されば意知おきともかんばたらきのとおり、如何いかにも組頭くみがしらもまた、清水しみず家とかかわりのありし者にて…、さればその苗字みょうじとおり、清水しみず権之助ごんのすけ義永よしながなる者にて、この清水しみず権之助ごんのすけだが、その父である権之助ごんのすけ政永まさながは実ははた奉行をつとめし蔭山かげやま数馬かずま親廣ちかひろ三男さんなんにて、さればその嫡男ちゃくなんにして権之助ごんのすけ政永まさなが実兄じっけいである新十郎しんじゅうろう廣邦ひろくに四男よんなん新五郎しんごろう久廣ひさひろ清水しみずやかたにて重好しげよし物頭ものがしらとしてつかえておるのだ…」

 家治がそう説明するやいなや、

「されば清水しみず権之助ごんのすけとそれなる蔭山かげやま新五郎しんごろう久廣ひさひろなる者とは従兄弟いとこ同士どうし間柄あいだがらというわけでござりまするな?」

 意知おきともはまたしてもかんさ、と言うよりは頭の回転かいてんはやさを見せつけ、端的たんてきにそうまとめてみせた。

如何いかにもそのとおりぞ…、されば治済はるさだはそこに…、家基いえもとつかえし小姓こしょう組番のうち、二番組の組頭くみがしら清水しみず家とかかわりがありしことに目をつけ、それゆえにその時には二番組の番頭ばんがしらたる酒井さかい忠聴ただとく風邪かぜにて病気びょうき療養りょうよう中であったのを承知しょうちの上で、小笠原おがさわら若狭わかさめを使嗾しそういたして二番組をしたがわせたのではあるまいかと…」

「それもまた、一橋ひとつばし殿がおのれつみ清水しみず殿にかずきし一環いっかん…、というわけでござりまするか…」

 意知おきともがしみじみそう言うと、家治も「それこそが盛朝もりとも見立みたてぞ…」とそうおうじた。

「ところで書院番しょいんばんにつきましては…」

 意知おきともおもしたようにそう切り出すと、

「やはり、組頭くみがしらか、あるいは番頭ばんがしら清水しみず殿とかかわりがありし者にて?」

 そうつづけた。

 するとそれに対して家治は「いや…」とおうじた。

「されば家基いえもと最期さいご放鷹ほうよう供奉ぐぶせし書院番しょいんばんは三番組にて…、番頭ばんがしら酒井さかい對馬守つしまのかみ忠美ただあきら組頭くみがしら内藤ないとう左七さしち尚庸なおつねにて…」

 家治がそう答えると、意知おきともとなりにてひかえる意次おきつぐは家治より手渡てわたされた書状しょじょう…、深谷ふかや式部しきぶ盛朝もりとも作成さくせいした、家基いえもと最期さいご鷹狩たかがりにしたがった「メンバー表」に目をとしながらうなずいた。

酒井さかい忠美ただあきらにしろ内藤ないとう左七さしちにしろ、清水しみず家とのえにしはないものの、そのわりに一橋ひとつばし家とのえにしもない…」

 家治がそうげると、またしても意知おきともかんはたらかせた。

「もしや…、ほかの…、一番組と二番組、そして四番組の書院番しょいんばんにつきましては…、その番頭ばんがしらか、あるいは組頭くみがしらか、しくはその両者りょうしゃ一橋ひとつばし殿とかかわりがあり、それゆえに大納言だいなごん様が最期さいごのご放鷹ほうよう供奉ぐぶせしむるわけにはゆかぬと、一橋ひとつばし殿は然様さよう判断はんだんなされ、そこで清水しみず殿とはかかわりがないものの…、清水しみず殿につみかずきしことはあきらめざるを得ないものの、一橋ひとつばし殿ともかかわりのなき三番組を供奉ぐぶせしむることといたしましたわけでござりまするか?」

 意知おきともたしかめるようにたずねた。

然様さよう、それこそが盛朝もりとも見立みたてであるぞ…、もっとも、東海とうかいにて家基いえもとくちにせし茶菓子ちゃがし毒見どくみにないし三人もの小納戸こなんど重好しげよし、いや、清水しみず家とかかわりのありし者でめさせただけでも十分じゅうぶんであるがの…」

 たしかに家治の言うとおりであった。仮令たとえ家基いえもと最期さいご鷹狩たかがりに供奉ぐぶした書院番しょいんばん、三番組をたばねる番頭ばんがしらとその直属ちょくぞく部下ぶかである組頭くみがしらとも清水しみず家とは何らかかわりがないとしても、すで外出がいしゅつさきにおける家基いえもと毒見どくみ役をにな小納戸こなんど全員ぜんいん清水しみず家とかかわりがある者でめさせただけでも、清水しみず家の当主とうしゅたる重好しげよし家基いえもと謀殺ぼうさつ毒殺どくさつつみかずくに十分じゅうぶんぎると言うものであろう。

 それでも治済はるさだは、

ねんにはねんを…」

 そうわんばかりに、小姓こしょう番組については清水しみず家とかかわりのある組頭くみがしらのいる二番組を供奉ぐぶ警衛けいえいに当たらせることにし、しかし、書院番しょいんばんについては生憎あいにくと言うべきか、番頭ばんがしらにしろ、その直属ちょくぞく部下ぶかである組頭くみがしらにしろ清水しみず家とかかわりのある者がおらず、それどころか三番組の書院番しょいんばんのぞいて、一橋ひとつばし家とかかわりがあるゆえに、そこで治済はるさだ次善じぜんさくとして、清水しみず家とはかかわりがないものの、そのわり一橋ひとつばし家ともかかわりのない三番組を供奉ぐぶ警衛けいえいたらせることにし、やはり小笠原おがさわら信喜のぶよし使つかって三番組に供奉ぐぶ警衛けいえいめいじたということか。
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