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第3話 百年前の残滓
百年前の残滓 03
しおりを挟む「常に…」
彼のその発言はゲーデルゲにとって意外な内容だった
魔界の中で、力の誇示を訴える過激派の代表であり、話を聞く限りザヴァルグと『親衛隊』に対して怒りを覚えているような話の内容でありながら、話の中で出てきた裏切りもせずに近くにいた発言に対して
だがクラスタスは、怒りの面持ちは悲痛な表情をにじませながら苦々しく天井を見上げる
「普通ならば、目的を得る為の手段として戦争を行うものだ
中には殺戮本能を満たす奴も己の力を示すための戦いをする連中もいたが、奴らは違う
奴らは世界規模で戦争をそのものを目的として動いていた
その後のことなんてまるで考えちゃいない
裏切り者を放置していたのも自分達の脅威を外へと伝染させ、敵対者を増やす為だ
そしてーー」
とクラスタスは一旦間を置いて、上を見上げた顔を正面へと向ける
まるでクラスタスにだけ見える幻の敵を見据えるように
そこに何が見えているかはゲーデルゲにはわからなかったが、少なくとも過去の誰かを見据えている事だと理解して彼の話を待つ
「『親衛隊』筆頭で赤い鎧のアルファーデというバケモノは時期を見計らって、オレたちの目の前で小国を二つ、瞬く間に焦土に変えて敵対者の焦りを煽ったのさ」
その時、クラスタスの正面に写っていた幻の影にあの『赤い鎧』が一瞬だけ色味を帯びたように感じた
「それを見た当時のオレはヤツの力の前に完全に平伏した
抗う気持ちも裏切る勇気も無く、奴らの機嫌だけを伺って自己保身に走っていた!
今の魔界と同じようにな!」
感情を隠しきれず、握り拳を固めて歯軋りの音を鳴らすクラスタスの話を聞いてゲーデルゲは初めて理解した
かつての弱い自分を嫌悪し、それを振り払うように魔界最強と呼ばれるような実力をつけた理由も
そして現魔界の保守的な姿勢をかつての自分と重なっているからこそ発破をかけようとしていることも
「オレは力に屈したのさ、だが『皇子』は違った」
「『皇子』ーースタード・ジークフリートですね…」
スタード・ジークフリート…ザヴァルグを打倒し、魔界を救った立役者の一人
ゲーデルゲにとっては自分が生まれる前の過去の人物でしかないが、今の魔界でも英雄視され、語り継がれている聴き慣れた名前だった
「あの人は即座にザヴァルグから離反して、同じ反逆者や人間達を束ね、一大勢力を築き上げた。
そうして様々な国家と協力して最終的にはあのザヴァルグをも自らの手で倒した」
そう語るクラスタスの怒りに満ちていた眼差しは羨望を含めた静けさに変わっていた
「現実逃避しかできなかったオレと違ってな」
まるで当時の自分自身を悔いているような顔を見せられてゲーデルゲはなんともいえない気持ちになり、佇んだままかける言葉を模索する
そうして言葉を掛けようとしたゲーデルゲが口を開く前にクラスタスは席を立ち上がり、近くのカウンターテーブルの上にあるボトルを取り出して、テーブルに持たれかかるように腰を預けた
「結局あの人は魔界に戻ることはなかったが、上昇志向が強く魔界を救ったあの人をオレは尊敬はしている
なにせ、当時ザヴァルグ打倒後にあの人自身が作った『カンパニー産業国』を『瑠璃世界』を最大軍事国家に仕立て上げたんだからな」
蝋燭に照らされた顔色にはもはや怒りも静けさはなく、目的を見据え、不敵な笑みさえ浮かんでいた
いずれ己も憧れの人物と同じところに立たんと言わんばかりに
それを見たゲーデルゲは口に出そうとしていた「後悔しているんですか?」言葉を自身の中に飲み込みクラスタスに別の質問を返す
「でも、あの『カンパニー産業国』の基盤を作った人ですよ?
クラスタスさんは恨めしくは思わないんですか?」
ゲーデルゲ自身は英雄スタードに対して恨みの感情は一切持たないものの、『カンパニー産業国』を強く敵視しているクラスタスは別だ
内なる怒りの感情が増幅し、都度抑えきれない彼にとって多少なりともそう言った感情を持ち合わせているものだと思っての発言だったが、その予想に反して意外な返答が返ってきた
「オレは別に『カンパニー産業国』が創られたことに関してなんの恨みも感じていなかった
オレが恨んでいるのは、弱体化した魔界に甘んじている連中とそれをいいことに悪魔を利用しようとする『カンパニー産業国』の重鎮どもだ」
もし、恨んでいるとしたらなーーーと付け加え、クラスタスは言葉を紡いでいく
「あの国を建国に助力していることを理由に、滅びかけていた魔界を人間に任せて放置していたことに関しては少なからず恨んでいるがな」
「確か魔界に助力した人間はゼルラージでしたよね…」
「そうだ」
今現在の情勢下では、直ぐには状況を変えることはできないし
クラスタス自身そんな突飛なことを期待している訳ではない
だが、少なくとも気持ちを変えていく事はできる
それすらもせず、状況に平伏せて弱者の如く生きている悪魔達がクラスタスにとって、とてつもなく嫌いだった
故に、彼の目的はただ一つーーー
「だからこそ、オレは必ずーーー100年前を取り戻す」
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