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白い痛み
19話
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一目、一目みるだけでいい。もし、勇者と一緒に居れたところでいい未来など訪れるはずがないから。これから何百年引きこもるためにも、人間は寿命が短いから。一度だけでいいから見ておきたい。
「ぁ、」
いた。絹のように滑らかな銀髪は勇者しかいない。
遠目に教会から出てきた勇者は魔法使いを従え、神官と言葉を交わしている。思わず漏れた声は喧騒に混ざり、酷く情けない音をしていた。
遠目に姿が確認できるほどの距離は何を話しているのかわからない。和やかとは言えずとも険悪ではないと感じる雰囲気に強く後悔を浮かべる。なんで人間なんて好きになってしまったんだ。劣等感とどうしようもない渇望感。いつのまにか、心に蝕んでいた勇者の存在が失うことに悲鳴をあげる心が吐きそうなほどの痛みを訴える。
「ゆ、うしゃ、」
動悸で揺れる視界と狭まった喉で呼んだ声はか細く震えた。聞こえるはずがないとわかっていても振り向かないその姿にはくはくと荒く呼吸を繰り返す。
取り残された空間に呆然としているセーレの肩にぶつかる人の波は引き摺るように追いやっていく。抵抗する気力もないまま数十軒の露店を見送ると洋館の前に流された。
「おや?勇者さまと一緒にいた方ですよね?」
「え、?」
露店を過ぎた通りは忙しなく人が通り過ぎるのみで自分じゃないと聞き逃したが、勇者の聞こえに反射的に振り向いた。一瞬、判別がつかなかったコート姿は柔らかな声色と色鮮やかな配色を使いこなす出立ちに赤い衣服を仕立てた人物だと気づく。飾りのない黒の衣服を着ているはずなのに、と強張るセーレにトン、と自身の顔を指して黒布だと教えた。
「今日はお一人ですか?そちらの服も私が仕立てたんです」
「お似合いで」と微笑むその人物の意図がわからない。セーレの影に勇者をみて媚を売っているんだろうか、なんて失恋と決別にぐちゃぐちゃに崩れた心の邪推が止まらず脳内が騒がしい。このままだと八つ当たりでもしそうなほどに荒れた精神はいつ醜態を晒すかわからないと逃げ出すように足を踏み出した。
「あっ!待って、あの頼み事がありましてっ」
「なにもできないです」
「いえ、いえ!座っていていただけるだけで構わないのです」
未だ仕立て屋としては未熟なのだと語る彼は構想を物にするためにモデルが必要という。突然のことに怪訝な表情をするしかないセーレに焦りを浮かべるとお願いですから、と手を引かれる。
建物の中に入らせようとする動きに流石のセーレも抵抗を返した。幸いなことに筋力は拮抗していて、有効な魔法を打つ素振りのない彼とセーレは一歩も譲らず、純粋な力のみで意地を張り合う。
何の企みがあるのかわからないけど勇者に伝えられでもして、酒屋に戻るのはもう辛いから、離してほしい。
「っえい!」
「、は?ぇ、あ」
「、っほんとにごめんなさい!でも、来てもらいます!」
上半身を覆う衣服が一瞬だけ布に変わると素肌を吹いた風の冷たさに力が緩んだ。踏ん張っていた足先が弛緩して、油断した身体ごと抱えるように建物の中に引き摺り込まれた。
「っ、」
ここまで必死にセーレを確保しようとする姿は尋常ではない。まさか、魔物だとバレて通報されるのだろうか、その可能性が浮かんでしまっては一瞬にして青褪めた。勇者と懇意だからといって油断してはならなかった。
「強引なことしてごめんなさい。すこしだけ待っててもらえますか、」
「は、はなして、ここからだして」
この状況でもあの穏やかな笑顔に希望をかけてしまう。けれど、申し訳なさそうに首を振られる。
脳裏に浮かぶ勇者の姿も逃げ出した自分は口に出すことすら許されない。浅く吐くばかりの呼吸を繰り返して大粒の汗が頬を伝った。
「ぁ、」
いた。絹のように滑らかな銀髪は勇者しかいない。
遠目に教会から出てきた勇者は魔法使いを従え、神官と言葉を交わしている。思わず漏れた声は喧騒に混ざり、酷く情けない音をしていた。
遠目に姿が確認できるほどの距離は何を話しているのかわからない。和やかとは言えずとも険悪ではないと感じる雰囲気に強く後悔を浮かべる。なんで人間なんて好きになってしまったんだ。劣等感とどうしようもない渇望感。いつのまにか、心に蝕んでいた勇者の存在が失うことに悲鳴をあげる心が吐きそうなほどの痛みを訴える。
「ゆ、うしゃ、」
動悸で揺れる視界と狭まった喉で呼んだ声はか細く震えた。聞こえるはずがないとわかっていても振り向かないその姿にはくはくと荒く呼吸を繰り返す。
取り残された空間に呆然としているセーレの肩にぶつかる人の波は引き摺るように追いやっていく。抵抗する気力もないまま数十軒の露店を見送ると洋館の前に流された。
「おや?勇者さまと一緒にいた方ですよね?」
「え、?」
露店を過ぎた通りは忙しなく人が通り過ぎるのみで自分じゃないと聞き逃したが、勇者の聞こえに反射的に振り向いた。一瞬、判別がつかなかったコート姿は柔らかな声色と色鮮やかな配色を使いこなす出立ちに赤い衣服を仕立てた人物だと気づく。飾りのない黒の衣服を着ているはずなのに、と強張るセーレにトン、と自身の顔を指して黒布だと教えた。
「今日はお一人ですか?そちらの服も私が仕立てたんです」
「お似合いで」と微笑むその人物の意図がわからない。セーレの影に勇者をみて媚を売っているんだろうか、なんて失恋と決別にぐちゃぐちゃに崩れた心の邪推が止まらず脳内が騒がしい。このままだと八つ当たりでもしそうなほどに荒れた精神はいつ醜態を晒すかわからないと逃げ出すように足を踏み出した。
「あっ!待って、あの頼み事がありましてっ」
「なにもできないです」
「いえ、いえ!座っていていただけるだけで構わないのです」
未だ仕立て屋としては未熟なのだと語る彼は構想を物にするためにモデルが必要という。突然のことに怪訝な表情をするしかないセーレに焦りを浮かべるとお願いですから、と手を引かれる。
建物の中に入らせようとする動きに流石のセーレも抵抗を返した。幸いなことに筋力は拮抗していて、有効な魔法を打つ素振りのない彼とセーレは一歩も譲らず、純粋な力のみで意地を張り合う。
何の企みがあるのかわからないけど勇者に伝えられでもして、酒屋に戻るのはもう辛いから、離してほしい。
「っえい!」
「、は?ぇ、あ」
「、っほんとにごめんなさい!でも、来てもらいます!」
上半身を覆う衣服が一瞬だけ布に変わると素肌を吹いた風の冷たさに力が緩んだ。踏ん張っていた足先が弛緩して、油断した身体ごと抱えるように建物の中に引き摺り込まれた。
「っ、」
ここまで必死にセーレを確保しようとする姿は尋常ではない。まさか、魔物だとバレて通報されるのだろうか、その可能性が浮かんでしまっては一瞬にして青褪めた。勇者と懇意だからといって油断してはならなかった。
「強引なことしてごめんなさい。すこしだけ待っててもらえますか、」
「は、はなして、ここからだして」
この状況でもあの穏やかな笑顔に希望をかけてしまう。けれど、申し訳なさそうに首を振られる。
脳裏に浮かぶ勇者の姿も逃げ出した自分は口に出すことすら許されない。浅く吐くばかりの呼吸を繰り返して大粒の汗が頬を伝った。
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