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白い痛み
18話
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「いない、?」
定刻に階段を降りるとそこにはあの銀髪は見えなかった。いるのは食器を洗うブノワだけで、指された椅子に腰掛けた。すっかりこの生活に慣れてしまったことには目を瞑って寝起きの倦怠感に瞬きをすると、なにも言わずとも目の前に皿が置かれる。
「悪いな、ナヴィは教会に呼ばれちまってよ。日暮れごろには帰ってくるはずだ」
「あ、いえ、ありがとうございます」
「今日のパンはな、胡桃を練り込んでみたんだ。いっぱい食えよ」
掌に収まらないほどの大きさのパンはごろごろと木の種が混ざっていた。何度か食べたそれは魔王城を抜け出してつまみ食いをした種の味がした。亀裂を入れれば焼きたてで熱い中の生地と湯気に落としそうになる。勇者が勝手にちぎり放り込んでくれるから、油断していた。無意識の自分に勇者の影を感じて、この数日でいかに甘え、甘やかされたか実感しては苦々しく咀嚼を繰り返した。
「パンは好きか?こんな外れにいるとパンを振る舞う相手もナヴィしかいなくてな」
「柔らかくて、おいしいです」
「そういえば、あの子もパンが好きだったな」
「あの、子?」
目尻を緩めたブノワは懐かしさに浸っているように見えた。初めて聞くあの子という人の気配に瞠目すると少しの興味が湧いた。基本、ブノワとはご飯か勇者の話しかしない。そんなブノワが零したあの子にセーレが繰り返すと腕を組んだブノワが大きく頷いた。
「だいぶ昔だが、俺の酒屋に七つか八つかの子供が来てな。昔はもっと遠くの街で酒屋をしてたんだが、夕方になるとふらふら周りを歩くもんだから心配でな」
「ナヴィも九つとかで友達もいなくてな、いつのまにか遊び相手になっちまって。ナヴィが連れてくるもんだから飯を食わせてたんだよ」
郷愁に浸るブノワがパンに齧り付くと、与えたものの中でパンが最も反応が良かったと話す。勇者が幼い頃の思い出を交えて語られるそれらは勇者とその子の馴れ初めのように感じた。聞くに、勇者はその子に心酔していたらしい。
「来た場所も名前も話さないやつでな、何を聞いても首を振って帰ろうとするから俺もナヴィも聞かなかったんだが、今思えば名前だけでも聞き出せばよかったな」
そういうとブノワは話しすぎたというように残りのパンを頬張り、皿を水場に置くと仕込みの準備を始めた。ブノワは話さなかったその子との離別が未だ座られていない席を眺める瞳に現れている。少し低めの椅子が二脚置かれたそこは二人が遊んでいた風景が思い浮かぶのだろう。
「ありがとうございました」
「おう、ナヴィを迎えにいくのか?」
「はい」
いってらっしゃい、と温かくかけられる声に気まずさを覚えながら獣道を進む。
ブノワの話を聞いて決心ができた。勇者はあの子が今も好きなのだ。ブノワの口ぶりから確定なそれに胸が痛むが、どうしようもない。それに、種族の違いに目を瞑ったとしても、セーレと勇者には因縁しかない。セーレ自身に祖父がもっていた野望や征服心などないけれど、自ら魔物の討伐に動く勇者は魔物に憎悪を抱いているはずだ。
「こんなんだから、カミラに怒られるんだよな」
アイスを片手にため息を吐いた。
決心したのは本当。けれど、あの無表情を一目見たくなってしまった。気づけば街に脚を踏み入れていた。二転三転する行動と考えの甘さは何度カミラに釘を刺されたかわからない。「ビビリのくせに懐に入れればなんでも良くなると思ってる」と堂々罵倒されたこともある。さすがに不敬だと思ったのかその後、好物を出されたのを覚えている。
定刻に階段を降りるとそこにはあの銀髪は見えなかった。いるのは食器を洗うブノワだけで、指された椅子に腰掛けた。すっかりこの生活に慣れてしまったことには目を瞑って寝起きの倦怠感に瞬きをすると、なにも言わずとも目の前に皿が置かれる。
「悪いな、ナヴィは教会に呼ばれちまってよ。日暮れごろには帰ってくるはずだ」
「あ、いえ、ありがとうございます」
「今日のパンはな、胡桃を練り込んでみたんだ。いっぱい食えよ」
掌に収まらないほどの大きさのパンはごろごろと木の種が混ざっていた。何度か食べたそれは魔王城を抜け出してつまみ食いをした種の味がした。亀裂を入れれば焼きたてで熱い中の生地と湯気に落としそうになる。勇者が勝手にちぎり放り込んでくれるから、油断していた。無意識の自分に勇者の影を感じて、この数日でいかに甘え、甘やかされたか実感しては苦々しく咀嚼を繰り返した。
「パンは好きか?こんな外れにいるとパンを振る舞う相手もナヴィしかいなくてな」
「柔らかくて、おいしいです」
「そういえば、あの子もパンが好きだったな」
「あの、子?」
目尻を緩めたブノワは懐かしさに浸っているように見えた。初めて聞くあの子という人の気配に瞠目すると少しの興味が湧いた。基本、ブノワとはご飯か勇者の話しかしない。そんなブノワが零したあの子にセーレが繰り返すと腕を組んだブノワが大きく頷いた。
「だいぶ昔だが、俺の酒屋に七つか八つかの子供が来てな。昔はもっと遠くの街で酒屋をしてたんだが、夕方になるとふらふら周りを歩くもんだから心配でな」
「ナヴィも九つとかで友達もいなくてな、いつのまにか遊び相手になっちまって。ナヴィが連れてくるもんだから飯を食わせてたんだよ」
郷愁に浸るブノワがパンに齧り付くと、与えたものの中でパンが最も反応が良かったと話す。勇者が幼い頃の思い出を交えて語られるそれらは勇者とその子の馴れ初めのように感じた。聞くに、勇者はその子に心酔していたらしい。
「来た場所も名前も話さないやつでな、何を聞いても首を振って帰ろうとするから俺もナヴィも聞かなかったんだが、今思えば名前だけでも聞き出せばよかったな」
そういうとブノワは話しすぎたというように残りのパンを頬張り、皿を水場に置くと仕込みの準備を始めた。ブノワは話さなかったその子との離別が未だ座られていない席を眺める瞳に現れている。少し低めの椅子が二脚置かれたそこは二人が遊んでいた風景が思い浮かぶのだろう。
「ありがとうございました」
「おう、ナヴィを迎えにいくのか?」
「はい」
いってらっしゃい、と温かくかけられる声に気まずさを覚えながら獣道を進む。
ブノワの話を聞いて決心ができた。勇者はあの子が今も好きなのだ。ブノワの口ぶりから確定なそれに胸が痛むが、どうしようもない。それに、種族の違いに目を瞑ったとしても、セーレと勇者には因縁しかない。セーレ自身に祖父がもっていた野望や征服心などないけれど、自ら魔物の討伐に動く勇者は魔物に憎悪を抱いているはずだ。
「こんなんだから、カミラに怒られるんだよな」
アイスを片手にため息を吐いた。
決心したのは本当。けれど、あの無表情を一目見たくなってしまった。気づけば街に脚を踏み入れていた。二転三転する行動と考えの甘さは何度カミラに釘を刺されたかわからない。「ビビリのくせに懐に入れればなんでも良くなると思ってる」と堂々罵倒されたこともある。さすがに不敬だと思ったのかその後、好物を出されたのを覚えている。
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