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グラスネス

4話

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「ああっ勇者様!良い果実があるんだが、買わないかい?」
「一つ、もらおうか」

 賑やかな商人と客の声が響く町であるここは分断された国土の最も北にあるグラスネスである。分断された割れ目に行けば、魔物の住む森と人間が称したバーウェアが肉眼で見えるほど魔物にも魔王城にも近い町であるが、活気と鮮度の良い果実を誇る町である。
 実はセーレも良く暇つぶしに来ていた町であり、数日前にも秘密で来てカミラに怒られたばかりだ。セーレは果実を好むけれど、魔物は甘い果実を食べる習慣が無いから町に来て買わないと食べられなくて暇があれば来ていた。

「……」

 けれど、勇者と一緒で魔物だとバレるかもしれない状況では全然楽しくない。
 露店が並ぶ道の真ん中ではセーレが頭に黒布を被って、勇者が果実を買う様子を無言で眺める。目が覚めれば勇者に布を選ばされて、町に連れてこられたセーレは勇者の思惑が分からず、辺りを見回して警戒を続けていた。いつもなら声を跳ね上げる甘い匂いが気分を重く引き下げる。

「食べるか?」
「……あぇ、はぃ」

 差し出された紅の果実は先ほど露店で勇者が買っていたもので毒は塗られていなかった。昨日の干し肉とは違い毒殺の危険性は少ないし、何よりセーレは昨日の昼から何も口にしていなく、空腹である。
 おずおず受けとり、そのまま齧れば好物の果汁が口内を満たして、自棄になって口に全部放り込む。

「気に入ってくれてよかった」

 甘ったるくてとろみのある果汁が口の端から垂れて勇者が拭う。悪意も何も感じない手つきにされるがままになりながら、嚥下する。
 訳がわからない。敵側の親玉を捕まえて拘束もせず、食糧を分け与えるなど頭がおかしくなったとしか思えない。けれど、カミラを一瞬で倒す力量のある勇者に毒も武器も持っていないセーレができることなど勇者の隙を見計らうことだけである。

「これと、あとこれももらえるか」

 セーレが完食したことを確認した勇者は忙しなく露天を回り始めた。
 グラスネスの名産品である果実は紅の果実以外にも複数の種類があり、その数は勇者の両手では足りないほどである。そのことをわかっていながらも勇者は買えるだけの果実を抱えて、無言で勇者の行動を眺めるセーレの元に戻った。

「これも食べないか」
「あ、はい……」

 買っているところを眺めていたセーレはそのまま差し出された果実を受け取る。この勇者はまだセーレを毒殺する気がないことを自分の目で確認したからだ。それに果実一個では満腹になっていなかった。
 青、紫、黄色、白、と色も形もさまざまな果実を受け取ったセーレは幼子のようにまじまじと見つめていた。そして、これらも食べられる果実であることに内心で驚いていた。
 セーレが初めて町に来た時は人間の食べ物と装飾品が判別できずにとりあえず、人間が歩きながら食べていた紅の果実を買って食べていた。甘い味に満足したセーレは町に降りたときは紅の果実だけを購入していたため、青や紫の球体が装飾品ではないことに驚いていた。

「っ、!」

 意を決してセーレは六角形にゴツゴツした黄色の果実に齧りついた。けれど、牙に伝わるのは柔らかい果肉の感触ではなく、木のように硬く牙を弾き返す感触だった。ある程度のものは噛み砕ける魔物の鋭い牙が貫通しない果実にセーレは首を傾げた。
 こんな硬いものが本当に果実なのか、俺は騙されたのでは、と懐疑心を深め果実を見つめていると隣の勇者が気づく。

「ぁあ、これは割るんだ」

 隣で紅の果実を食んでいた勇者がセーレの黄色の果実を攫うとバキリと音を立てて、手で果実を真っ二つに割ってしまった。中は黄色の実が詰まっていたが、中身も硬いのでは、と疑うセーレはそのまま手をつけなかった。
 他人に世話をしてもらうのは魔王城でカミラと一緒にいる時のようで、丁寧に実を取り出す勇者の仕草を眺めているうちに、セーレは無意識に警戒心を解いていた。

「この実を削いで、ほら……っ」
「っ、ん」

 勇者が差し出した実を躊躇なく咥えたセーレ。雛鳥のように口を開けて実を咀嚼したセーレはポカン、と目を丸くする勇者にやっと、自分がした行動を理解する。
 頭の中にいたカミラが崩れて、恐ろしい勇者の様相に変わった。

「、~!これはっいやちがくて、」

 瞬間、羞恥に頬を染めたセーレは、勇者が与えたまま硬直した姿に口を引き結んで青褪めさせた。あわあわと忙しなく回転する頭の中は勇者の行動に神経が集中して、剣で斬られた無惨な姿が鮮明に浮かぶ。
 それに対して、勇者の頭の中は先ほどのセーレの姿で埋め尽くされている。一目惚れのままに理性を放り出して連れてきたセーレが初めて自身に気を許してくれた姿は勇者には破壊力が抜群だった。今ばかりは明晰な頭が上手く回転せずに、表情を緩めるだけで機能していなかった。
 しかし、勇者が呆然とセーレを見ていた数分で、セーレは沈んだ思考に引き篭もり青白い顔で俯いていた。

「え、ぁあ……ってどうしたっ?」

 手に抱えた果実はセーレの震えと共にカタカタと音を立てる。
 そんな姿にどれほど自身が怯えられていることを理解していない勇者は舞い上がった頭から解決策を探した。

「良い酒場があるんだ、行かないか?」
「……は、はいっ」

 今にも倒れそうなセーレに勇者が出した答えは異なる食糧を与えることだった。幾ら果実が好きでも魔物の身体は果実だけでは足りなかった、と勇者は考察したのだ。
 勇者が持つ剣に釘付けなセーレは頷く。数分前の行動を巻き戻したくて仕方がないが、時間の魔法も使えないセーレができることは、逆らって殺されるよりも従うことである。

「こっちだ」

 未だ俯いたままのセーレから果実を引き取った勇者は歩き出した。
 僅かに距離をとって着いていくセーレは黒い布の中で絶望を顔に表している。それも自分の行動の所為なのだから手に負えない。魔王の血族だからと幼少期から甘やかされ、即位後もカミラに頼り甘えた影響が弊害となってしまった。
 勇者に背中を向けられてすぐに斬りつけられる力があれば、こんなことにならなかったのに、と過ぎた後悔を繰り返すセーレは、勇者の目的は自身を殺すことだと信じて疑わなかった。
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