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魔王城の悲鳴

2話

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 勇者は想像していたような筋骨隆々の男じゃなかった。セーレの頭一つほど高い身長で体格は筋肉質ではないが鍛えていることがわかるようだった。肩ほどの銀髪は雑に纏められて、その顔つきも少しだけタレ目な瞳と通った鼻筋、薄い唇は体格も相まって美形と形容していいものだが、硬く結んだ唇と整った顔つきに乗せられた無表情が冷たい雰囲気を伝える。
 氷のように無表情な勇者が何も発さないまま、歩みを進める。

カツ、カツ、カツ、

「、ひ!……ゆ、ゆうしゃっよ、われのっもとにひざまずくとい、ぅのか、?」
「……」
 
 勇者の足音が響く中でセーレは後悔に苛まれた。せめてもの虚勢は震えて舌がもつれて拙い聞こえになった。
 百年間、魔王城どころか魔物の森を突破できる勇者が現れず、退屈だからと半ば無理やり祖父に押し付けられた魔王の座。前魔王である祖父は魔王というのに相応しい魔力を持っているが、セーレには並の魔物ほどの魔力しかない。カミラがいるから、と鍛錬もそこそこにしてきたセーレの身体は貧弱で、魔王城にいる中で最弱と言っていいだろう。
 つまり、カミラが倒されたらその先は死しかないのだ。
 鍔迫り合いの末に勇者の峰打ちによって目の前で倒れたカミラを前に恐怖で震えが止まらない。

「ひ、ッ!!あ、ぃ……っ~~、!!!」

 ついに目の前まで着いてしまった勇者に声にならない悲鳴を押し殺す。王座を無表情で見下ろす勇者に萎縮したセーレは宙に焦点を彷徨わせながら打開策を考える。けれど、一歩踏み出せば触れるこの距離で逃げれば、背中をばっさり切られて終わりの未来しか見えない。

「かわいい……名前は?」
「せ、せせ……せーれ、……っひ、!!」
「セーレって言うの、かわいいな」

 踏み出した勇者に恐怖で硬直した身体を襲ったのは剣の鋭い痛みではなく、獣の皮でできた装備の体温だった。鞣された獣の皮越しに伝わる勇者の体温は温かいが、その温かさはセーレを混乱と恐怖に貶める。強張ったセーレの身体は興奮のままに強くなる勇者の腕の力に苦しさを覚える。
 王座の前で膝をつき、セーレを抱きしめる勇者はセーレの名前を噛み締めては無表情を緩めた。しかし、その柔らかな表情も抱きしめられているセーレには伝わらず、いつ殺されるかと捕食される寸前の獣のように強く目を瞑って待ち続ける。

「セーレ、俺のものにする、」
「、ぃ……ひ、!!、……ッ、!!…………」

 恐怖で内容さえも入らないが耳元で聞こえる勇者の声はセーレの恐怖心を煽って、苦しさを覚える身体の耐えきれない恐怖に引き攣った声をあげてガクリ、と失神してしまった。そのまま重心がずれたセーレは勇者の身体にもたれかかる。

「よし、連れて帰ろう」

 失神してしまったセーレをこれ幸いと勇者はお姫様抱っこで抱き直す。
 勇者の思考回路は魔物を斬滅することから一目惚れした魔王であるセーレを連れ帰ることに塗り替えられた。
 倒された配下が広がる魔王城を堂々とセーレを連れ去る勇者の姿に魔王城は悲鳴で包まれた。
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