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本編
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私は部屋に入ってきた彼と目が合ったが、ふいと逸らしてしまう。どういう表情をすれば良いのかがわからない。挨拶はしなければならないと、顔を逸らしたときに思い出し、立ち上がって礼をした。
ネオラが彼に来てくれたことへのお礼と挨拶を述べると、「とりあえずお二人ともお座りになってください」と言ったので私は頭をあげ、ネオラが私の隣に用意した椅子に彼が座り、それを見てから私も座った。
大丈夫だと何度も心の中で呟く。まだ彼に対する感情に整理はついていなくて、どうすれば良いのかわからない。
恨んでる、憎んでる、認めたくない。
心がそわそわしてギュッと痛んで落ち着かない。
このままではだめだとわかっているけれどどうして良いかわからず、ネオラが何か話してくれるかもしれないという期待を込めて彼女の方へと視線を向ければ、ちょうど話し始めようと口を開いたところだった。
「王太子殿下、お話の前にご確認したいことがあるのですが、少しよろしいでしょうか」
「問題ない」
彼女は言葉を選んでいるのか、少し考えてから言葉を発した。
「……王太子殿下には、前々世や前世の記憶がございますか?」
「……ああ」
彼は、彼女の言葉に驚いたように少し目を見開き、少し戸惑っているような表情でうなづいた。
私も驚いた。彼が記憶を持っていることにも、彼女がそのことを知っていたかのように確認したことにも。
彼の言動に対し何かが違うと思ったのはそのためだったのかもしれないと、少し今までのことを思い出してから考えた。ただの勘に過ぎないのだが、それは当たっているような気がした。
「俺が仕出かしたことも、全部覚えている。どれだけ彼女たちに対して酷い態度や言葉を取ったのか。……だから俺は、謝ることも償うこともさせてくれないかもしれないとわかっていたけど、謝らなければならないと思って……」
「殿下のお気持ちはわかりました。ただその前に少し説明しておかなければならないことがありまして」
先ほどまでほとんど言葉を発していなかった彼が、突然何かが外れたように話し始め、ネオラはそれを落ち着かせるように両手で彼を制し話し始めた。
「まずもうすでにお気づきのようですが、シェーヌお嬢様には殿下と同じように、前々世のシェーヌ・エヴラール様と、前世の鷹田咲良様の記憶がございます。
ちなみに私には前世の記憶があります。お嬢様の勘が当たっていれば、殿下の知っている人なのですが、前世の私は木下愛由美という名前でした。鷹田咲良様の友人です。一応言っておくと、前々世の記憶はありません」
彼は一度座りなおし彼女の話を聞くと、信じられないというような顔をしていた。
私も再び驚いた。記憶があるだけでなく彼女曰く、私が記憶があることに気づいていたという。その話をしていたときの彼の反応からして、それは間違っていなかったようだ。ただ、同じく彼女の言葉と彼の反応からして、ネオラの前世が愛由美であることには気づいていなかったらしい。
「……木下、愛由美。祐介は君のことを、少し厄介と思っていたね」
「そのようですね。彼は咲良にベタ惚れのようでしたので、よく絡んでいた愛由美のことをよく睨んでおられたようですし」
愛由美の記憶を思い出してか、少しニヤつきながら話す彼女に、彼は申し訳なかったと言う。あの様子だと、ネオラも愛由美も特に気にしていなかったようだが。
それにしても、彼はあっさりネオラの前世が愛由美であったことに納得しているが、疑わなかったのだろうか。私は彼女を見て話を聞かなくとも気づいたが、彼は話を聞いただけだ。もしかしたら、なんとなくそうかもしれないと気づきかけていたのかもしれないなと、1人で納得する。
「とりあえず本題に入りましょう。殿下の謝罪などは話が全て終わってからでもよろしいでしょうか。なぜ今話せないのかという説明は時間がないので後にさせていただきますね」
私と彼は縦に首を振る。彼がいつ記憶を思い出したのかはわからない。けれど彼はネオラがいた私とは違って、相談などをできる相手がいなかったはずだから、聞きたいことはたくさんあるのだと思う。それを口にしないのは、これから話すことが記憶に関することだと察したからなのかもしれない。
私は少し考えた後、今は彼女の話を聞かなければと顔を上げた。
「まず殿下に質問なのですが、最近不思議なことが身に起こりませんでしたか?」
「つい先程まで起こっていたよ」
「それはどんなものでしょうか」
「…自分が自分でなくなるような感じ、だ。もう少し細かく話すと、初めて異変が起きたときは俺の体が勝手に動き始めた。別の場所に行こうとしても声を出そうとしても、言う通りに動かない。
気がついたら目の前にシュゼット嬢がいて、彼女と視線がぶつかったと同時に、視界が見えなくなって、身体の感覚も消えて、俺と彼女が話している声だけが聞こえていた。俺は何も発していないのに、俺の声が聞こえたんだ。
また身体やらを動かそうとしたんだがやっぱり動かなくて、そうしていたら頭の中に声が流れてきたんだ。俺と似た声をしていた。
その声が聞こえたら、視界が戻ってきた。体を動かすことも声を出すこともできたよ。ただ、そこから動いていたのは俺じゃなくて……何て言えばいいかわからないんだけど、見た目は俺だけど俺の意識がなくなった別人、みたいな……」
ゆっくりと今までのことを思い出すように話していた。彼女はその話を聞いてやっぱりな、と納得するような表情だった。
彼も私と同じだったのか、と私は複雑な心境で聞いていた。私が苦しい思いをしていたように、彼もきっと苦しかったのだろう。自分の身体を自由に動かせないというのはかなり辛いもので、さらに自分の身体や感情が"自分ではない自分"という存在に動かされているということは、動かされている間の自覚はなくとも、我に帰ったときにゾッとするのだ。
「他にはもう、ありませんか」
「そうだな……そのよくわからない状態のときの記憶がおかしかった、かな。 今まで起こってきたことは全部、結果としてしか思い出せなかった。会話の内容などは思い出せなくて、『お茶会をした』『会話をした』というような結果のみ。……ああでも、シュゼット嬢に関する記憶だけははっきりとしていたな。会話の内容もかなりはっきり覚えている。
彼女に関することで思い出したのだが、その状態の間のとき、彼女が近くにいると操られているような自分が自分でないような、気持ち悪い感覚に襲われていた。彼女と離れた場所にいると、少しだけ自我が強かった気がする。自我が少し強い間は、自分がおかしいということに気づいていたのだが、数分後には考えていた内容も、何かについて考えていたという結果さえもなくなっていた。
それと今は、今まであったこと全てちゃんと覚えている。その状態になる以前もなった後のことも」
"シュゼット"という名前に身体がピクリと反応する。私も、彼女との記憶ははっきりしていた。怒りや妬みも、彼女の姿を見かけた瞬間に爆発したかのように、突然湧き上がってくるのだ。
彼も私と同じく、"強制力"というものに操られていた。きっとそういうことなのだろう。だとすれば、彼がシュゼットに興味を向けた理由もそれの影響かもしれないと考え、心は軽くなる。確証などないけれど、そうだったら良いと、どうしようもなく期待してしまう。
「なるほど。それは今世に限られたことですか?」
「いや、前々世も前世も同じような症状が起きていた。前々世のときは今回と同じようにシュゼット嬢と出会ったときからで、前世では中西……そう、中西茜という名前の女性と話をしたときから、その状態に陥った」
「……中西、茜、ですか」
「ああ、そうだ」
ネオラは"中西茜"という名前に反応する。考え込むように下を向き、もしかしたら、そういうことかなどの言葉をぼそりと呟いた。
私は、咲良の記憶を思い出していた。彼女の知り合いの中に、中西茜という名前の女性はいない。彼女が周りに興味がなかったために覚えていないという可能性もあったが、1人、"中西茜"という女性かもしれないという人が思い当たる。
彼女が服を買いに出掛けていたとき、偶然見つけた祐介とともにいた女性。咲良に向けられていたはずの目が、その人へと向けられていたことに気づき、酷く傷ついたときの記憶だ。
私は目をぎゅっと閉じて開いた。よく考えれば、彼らが別の人を好きになったことを全て、彼らの所為にしていたが、彼らの気持ちを私のもとへ留めておくことができなかった私も悪い。
だからこそ私は、この話をしっかりと聞いておかなければならないのだろうと気合を入れ直した。
ネオラが彼に来てくれたことへのお礼と挨拶を述べると、「とりあえずお二人ともお座りになってください」と言ったので私は頭をあげ、ネオラが私の隣に用意した椅子に彼が座り、それを見てから私も座った。
大丈夫だと何度も心の中で呟く。まだ彼に対する感情に整理はついていなくて、どうすれば良いのかわからない。
恨んでる、憎んでる、認めたくない。
心がそわそわしてギュッと痛んで落ち着かない。
このままではだめだとわかっているけれどどうして良いかわからず、ネオラが何か話してくれるかもしれないという期待を込めて彼女の方へと視線を向ければ、ちょうど話し始めようと口を開いたところだった。
「王太子殿下、お話の前にご確認したいことがあるのですが、少しよろしいでしょうか」
「問題ない」
彼女は言葉を選んでいるのか、少し考えてから言葉を発した。
「……王太子殿下には、前々世や前世の記憶がございますか?」
「……ああ」
彼は、彼女の言葉に驚いたように少し目を見開き、少し戸惑っているような表情でうなづいた。
私も驚いた。彼が記憶を持っていることにも、彼女がそのことを知っていたかのように確認したことにも。
彼の言動に対し何かが違うと思ったのはそのためだったのかもしれないと、少し今までのことを思い出してから考えた。ただの勘に過ぎないのだが、それは当たっているような気がした。
「俺が仕出かしたことも、全部覚えている。どれだけ彼女たちに対して酷い態度や言葉を取ったのか。……だから俺は、謝ることも償うこともさせてくれないかもしれないとわかっていたけど、謝らなければならないと思って……」
「殿下のお気持ちはわかりました。ただその前に少し説明しておかなければならないことがありまして」
先ほどまでほとんど言葉を発していなかった彼が、突然何かが外れたように話し始め、ネオラはそれを落ち着かせるように両手で彼を制し話し始めた。
「まずもうすでにお気づきのようですが、シェーヌお嬢様には殿下と同じように、前々世のシェーヌ・エヴラール様と、前世の鷹田咲良様の記憶がございます。
ちなみに私には前世の記憶があります。お嬢様の勘が当たっていれば、殿下の知っている人なのですが、前世の私は木下愛由美という名前でした。鷹田咲良様の友人です。一応言っておくと、前々世の記憶はありません」
彼は一度座りなおし彼女の話を聞くと、信じられないというような顔をしていた。
私も再び驚いた。記憶があるだけでなく彼女曰く、私が記憶があることに気づいていたという。その話をしていたときの彼の反応からして、それは間違っていなかったようだ。ただ、同じく彼女の言葉と彼の反応からして、ネオラの前世が愛由美であることには気づいていなかったらしい。
「……木下、愛由美。祐介は君のことを、少し厄介と思っていたね」
「そのようですね。彼は咲良にベタ惚れのようでしたので、よく絡んでいた愛由美のことをよく睨んでおられたようですし」
愛由美の記憶を思い出してか、少しニヤつきながら話す彼女に、彼は申し訳なかったと言う。あの様子だと、ネオラも愛由美も特に気にしていなかったようだが。
それにしても、彼はあっさりネオラの前世が愛由美であったことに納得しているが、疑わなかったのだろうか。私は彼女を見て話を聞かなくとも気づいたが、彼は話を聞いただけだ。もしかしたら、なんとなくそうかもしれないと気づきかけていたのかもしれないなと、1人で納得する。
「とりあえず本題に入りましょう。殿下の謝罪などは話が全て終わってからでもよろしいでしょうか。なぜ今話せないのかという説明は時間がないので後にさせていただきますね」
私と彼は縦に首を振る。彼がいつ記憶を思い出したのかはわからない。けれど彼はネオラがいた私とは違って、相談などをできる相手がいなかったはずだから、聞きたいことはたくさんあるのだと思う。それを口にしないのは、これから話すことが記憶に関することだと察したからなのかもしれない。
私は少し考えた後、今は彼女の話を聞かなければと顔を上げた。
「まず殿下に質問なのですが、最近不思議なことが身に起こりませんでしたか?」
「つい先程まで起こっていたよ」
「それはどんなものでしょうか」
「…自分が自分でなくなるような感じ、だ。もう少し細かく話すと、初めて異変が起きたときは俺の体が勝手に動き始めた。別の場所に行こうとしても声を出そうとしても、言う通りに動かない。
気がついたら目の前にシュゼット嬢がいて、彼女と視線がぶつかったと同時に、視界が見えなくなって、身体の感覚も消えて、俺と彼女が話している声だけが聞こえていた。俺は何も発していないのに、俺の声が聞こえたんだ。
また身体やらを動かそうとしたんだがやっぱり動かなくて、そうしていたら頭の中に声が流れてきたんだ。俺と似た声をしていた。
その声が聞こえたら、視界が戻ってきた。体を動かすことも声を出すこともできたよ。ただ、そこから動いていたのは俺じゃなくて……何て言えばいいかわからないんだけど、見た目は俺だけど俺の意識がなくなった別人、みたいな……」
ゆっくりと今までのことを思い出すように話していた。彼女はその話を聞いてやっぱりな、と納得するような表情だった。
彼も私と同じだったのか、と私は複雑な心境で聞いていた。私が苦しい思いをしていたように、彼もきっと苦しかったのだろう。自分の身体を自由に動かせないというのはかなり辛いもので、さらに自分の身体や感情が"自分ではない自分"という存在に動かされているということは、動かされている間の自覚はなくとも、我に帰ったときにゾッとするのだ。
「他にはもう、ありませんか」
「そうだな……そのよくわからない状態のときの記憶がおかしかった、かな。 今まで起こってきたことは全部、結果としてしか思い出せなかった。会話の内容などは思い出せなくて、『お茶会をした』『会話をした』というような結果のみ。……ああでも、シュゼット嬢に関する記憶だけははっきりとしていたな。会話の内容もかなりはっきり覚えている。
彼女に関することで思い出したのだが、その状態の間のとき、彼女が近くにいると操られているような自分が自分でないような、気持ち悪い感覚に襲われていた。彼女と離れた場所にいると、少しだけ自我が強かった気がする。自我が少し強い間は、自分がおかしいということに気づいていたのだが、数分後には考えていた内容も、何かについて考えていたという結果さえもなくなっていた。
それと今は、今まであったこと全てちゃんと覚えている。その状態になる以前もなった後のことも」
"シュゼット"という名前に身体がピクリと反応する。私も、彼女との記憶ははっきりしていた。怒りや妬みも、彼女の姿を見かけた瞬間に爆発したかのように、突然湧き上がってくるのだ。
彼も私と同じく、"強制力"というものに操られていた。きっとそういうことなのだろう。だとすれば、彼がシュゼットに興味を向けた理由もそれの影響かもしれないと考え、心は軽くなる。確証などないけれど、そうだったら良いと、どうしようもなく期待してしまう。
「なるほど。それは今世に限られたことですか?」
「いや、前々世も前世も同じような症状が起きていた。前々世のときは今回と同じようにシュゼット嬢と出会ったときからで、前世では中西……そう、中西茜という名前の女性と話をしたときから、その状態に陥った」
「……中西、茜、ですか」
「ああ、そうだ」
ネオラは"中西茜"という名前に反応する。考え込むように下を向き、もしかしたら、そういうことかなどの言葉をぼそりと呟いた。
私は、咲良の記憶を思い出していた。彼女の知り合いの中に、中西茜という名前の女性はいない。彼女が周りに興味がなかったために覚えていないという可能性もあったが、1人、"中西茜"という女性かもしれないという人が思い当たる。
彼女が服を買いに出掛けていたとき、偶然見つけた祐介とともにいた女性。咲良に向けられていたはずの目が、その人へと向けられていたことに気づき、酷く傷ついたときの記憶だ。
私は目をぎゅっと閉じて開いた。よく考えれば、彼らが別の人を好きになったことを全て、彼らの所為にしていたが、彼らの気持ちを私のもとへ留めておくことができなかった私も悪い。
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