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Sideマーカス
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「なぜですか父上ッ!」
ブレナバン王国の謁見室。
マリアベルの元婚約者にして同国の第四王子であるマーカス・ブレナバンは端正な顔を歪ませていた。
睨みつけるような視線の先にいるのは自らの父にして国王。白くなった髭にしわの刻まれた顔は老いを感じさせるものの、鷹のような鋭い眼光の男だった。
「なぜ私とニミミ嬢の婚約を認めて下さらないのですかッ!」
「決まっている……お主が聖女マリアベルをむざむざと失ったからだ」
「なっ!? 婚約が仮初のものだと説明したのは父上ではありませんか!」
「左様。じゃが、同時に聖女の有用性についても説明したはずじゃ」
「……」
「覚えておらぬか。聖女の死体を使い、王都に結界を張ると説明しておいたじゃろう。じゃが、すでに死体は魔物の腹の中じゃ。ファーガソン侯爵令嬢には申し訳ないが、お主は廃嫡とし、別の婚約者をあてがうことになるじゃろうな」
「は、廃嫡? 私が!? その上、ニミミをほかの男にッ……ふざけないでいただきたい!」
「ふざけてなどおらん。嫌ならば王都に守護結界を張る方法を奏上せよ。そうじゃの……ひと月やろう。それまでに良い案を出せなければお主は廃嫡じゃ」
退室を促されたマーカスが向かうのは自室ではない。己の腹心である第四騎士団のいる詰所。それも、騎士団長の執務室だ。
「入るぞ、トムソン」
「マーカス殿下。いまお茶を用意します」
不機嫌を隠そうともしないマーカスは人払いを終えたのを確認して先ほどのやり取りを話す。自らの進退に関わる重要事項だが、騎士団長のトムソンはマーカスの腹心であり、さらに言えば婚約者のミニニ・ファーガソンの従兄だった。
婚約は家同士の結びつきでもある。
マーカスとミニニの婚約が御破算となればファーガソン一族全体に影響を与えることもあり、一蓮托生の存在だった。
「……あの雑巾の代わりですか……一応、エクゾディス大樹林に部下を派遣しますか? 魔物の食い残しでも見つかればもしかしたら結界を張るために使えるかもしれません」
「頼む。……大樹林に送るのは下っ端を二、三名で良い。できるだけ戦力を削るな」
「かしこまりました。しかし、王都で待機しているのに戦力とは……?」
「分からないか? 戦わねば、倒さねばならぬ者がいるだろう?」
マーカスの言葉にしかし、トムソンは心当たりがなかった。
政敵らしい貴族もいないことはないが、武力制圧できるような口実は手に入れていない。第一王子はすでに亡くなっており、王位を争う第二王子とも武力衝突をするような場面ではなかった。
ちなみに第三王子は民衆にすら暗愚だと言われる始末で、王位争いからは最初から外れている。万が一参戦しようとしても誰ひとりとして味方をしないはずだ。
「……父上はもう御年だ」
「王を退位させるおつもりですか!?」
普通に考えれば悪手である。武力による王位の簒奪などすれば、政敵に付け入る隙を与えるだけである。
第二王子派閥からすれば格好の攻撃材料になるし、中立を保っている貴族たちを説得する材料にも使われるだろう。
「このまま私が廃嫡になればファーガソン家とて困るだろう?」
「それはそうですが」
「父上を弑するのではない。退位を迫り幽閉するだけだ。影響力は限界まで削ぐが、手中に収めれば中立派を抑えることも可能。父上の意思で私を指名したと言い切れば第二王子とて手出しできないだろう」
それが薄氷の上に立つような可能性の一つでしかないことは、トムソンはおろかマーカスですら気づいていた。
しかしマリアベルの代わりを用意できないのであれば選択肢は残されていなかった。
「計画を詰める。……その前に、ミニニに会いに行くか」
「ぜひ。妹も殿下を待ちわびていることでしょう」
マーカスはこうしてまた一歩、引き返せない道を進んだ。
ブレナバン王国の謁見室。
マリアベルの元婚約者にして同国の第四王子であるマーカス・ブレナバンは端正な顔を歪ませていた。
睨みつけるような視線の先にいるのは自らの父にして国王。白くなった髭にしわの刻まれた顔は老いを感じさせるものの、鷹のような鋭い眼光の男だった。
「なぜ私とニミミ嬢の婚約を認めて下さらないのですかッ!」
「決まっている……お主が聖女マリアベルをむざむざと失ったからだ」
「なっ!? 婚約が仮初のものだと説明したのは父上ではありませんか!」
「左様。じゃが、同時に聖女の有用性についても説明したはずじゃ」
「……」
「覚えておらぬか。聖女の死体を使い、王都に結界を張ると説明しておいたじゃろう。じゃが、すでに死体は魔物の腹の中じゃ。ファーガソン侯爵令嬢には申し訳ないが、お主は廃嫡とし、別の婚約者をあてがうことになるじゃろうな」
「は、廃嫡? 私が!? その上、ニミミをほかの男にッ……ふざけないでいただきたい!」
「ふざけてなどおらん。嫌ならば王都に守護結界を張る方法を奏上せよ。そうじゃの……ひと月やろう。それまでに良い案を出せなければお主は廃嫡じゃ」
退室を促されたマーカスが向かうのは自室ではない。己の腹心である第四騎士団のいる詰所。それも、騎士団長の執務室だ。
「入るぞ、トムソン」
「マーカス殿下。いまお茶を用意します」
不機嫌を隠そうともしないマーカスは人払いを終えたのを確認して先ほどのやり取りを話す。自らの進退に関わる重要事項だが、騎士団長のトムソンはマーカスの腹心であり、さらに言えば婚約者のミニニ・ファーガソンの従兄だった。
婚約は家同士の結びつきでもある。
マーカスとミニニの婚約が御破算となればファーガソン一族全体に影響を与えることもあり、一蓮托生の存在だった。
「……あの雑巾の代わりですか……一応、エクゾディス大樹林に部下を派遣しますか? 魔物の食い残しでも見つかればもしかしたら結界を張るために使えるかもしれません」
「頼む。……大樹林に送るのは下っ端を二、三名で良い。できるだけ戦力を削るな」
「かしこまりました。しかし、王都で待機しているのに戦力とは……?」
「分からないか? 戦わねば、倒さねばならぬ者がいるだろう?」
マーカスの言葉にしかし、トムソンは心当たりがなかった。
政敵らしい貴族もいないことはないが、武力制圧できるような口実は手に入れていない。第一王子はすでに亡くなっており、王位を争う第二王子とも武力衝突をするような場面ではなかった。
ちなみに第三王子は民衆にすら暗愚だと言われる始末で、王位争いからは最初から外れている。万が一参戦しようとしても誰ひとりとして味方をしないはずだ。
「……父上はもう御年だ」
「王を退位させるおつもりですか!?」
普通に考えれば悪手である。武力による王位の簒奪などすれば、政敵に付け入る隙を与えるだけである。
第二王子派閥からすれば格好の攻撃材料になるし、中立を保っている貴族たちを説得する材料にも使われるだろう。
「このまま私が廃嫡になればファーガソン家とて困るだろう?」
「それはそうですが」
「父上を弑するのではない。退位を迫り幽閉するだけだ。影響力は限界まで削ぐが、手中に収めれば中立派を抑えることも可能。父上の意思で私を指名したと言い切れば第二王子とて手出しできないだろう」
それが薄氷の上に立つような可能性の一つでしかないことは、トムソンはおろかマーカスですら気づいていた。
しかしマリアベルの代わりを用意できないのであれば選択肢は残されていなかった。
「計画を詰める。……その前に、ミニニに会いに行くか」
「ぜひ。妹も殿下を待ちわびていることでしょう」
マーカスはこうしてまた一歩、引き返せない道を進んだ。
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