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最終話「精霊姫は魔王陛下の加護の中」
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王都近郊の小高い丘。森の木々に隠されたそこに、ソフィアとエルネストは遠乗りに来ていた。
といってもソフィアはエルネストに抱きかかえられていただけだ。
「良かったんですか? 護衛の方々やシトリーを置いてきてしまって」
「良いんだよ。たまには息抜きも必要だ」
にやりと笑ったエルネストはソフィアの髪を撫でた。心地よい感覚にとろかされ、遠くで二人を探す声が気にならなくなる。
「それに、二人きりにもなりたかったしな」
『アタシはいるけどね』
『我もいるぞ』
普段は気配を隠してばかりの精霊たちが主張を始めたことにくすりと笑う。
「どうした?」
「精霊様たちが、『自分達もいる』って」
「なるほど……さすがに精霊様がたを振り切る方法はわからないな。残念だ」
ため息交じりに肩をすくめるエルネストに首をかしげる。
「何が残念なんですか?」
「せっかく人目がないんだから、いつもより大胆なことができるかと思って」
言いながら髪を撫でる指先が頬を伝い、首筋をなぞったところで言葉の意味に気付かされる。
「だ、大胆って……!」
「嫌か?」
「えうっ、あの、そのっ」
「それとも期待してる?」
「し、してませんっ!」
耳まで赤くしたソフィアから指を離す。
「冗談だ」
エルネストの視線は遠く、城壁に囲まれた王都に向いていた。
「王妃教育、大変じゃないか?」
「大丈夫です」
エルネストが王太子になったということは、ソフィアは王太子妃になるということだ。まだ立太子の儀は正式には行われていないものの、有力なライバルがいるわけでもないのでこのまま決まるだろう。
「メイヤー侯爵夫人にまたご指導いただいています」
「……厳しいだろ?」
「あら、ご存じなんですか?」
「小さい頃、ちょっとな」
複雑そうな表情。どうやらメイヤー侯爵夫人は苦手なようだった。
(どんなことでも卒なくこなせると思っていたけど)
「私も小さい頃に色々教わってたんですけど、やっぱりすごい人ですよね」
「ああ……色んな意味でな」
「もう。厳格ですけど、熱心な方ですよ?」
お墨付きとまではいかないものの、明確な目標と努力を認めてくれる人がいるのであれば、学ぶことも楽しかった。
「立太子の儀を終えたらまずはリディア様の霊廟を移設だ」
「はい。おばあ様も、ようやくおじい様の横で眠れますね」
「その後は『宮殿』の取り壊し。そしたら貴族憲章の見直しだ」
「やることがたくさんですね。頑張ります」
「息苦しくないか?」
心配げに様子を窺うエルネスト。
エルネストのことばに応じて貴族達の意識は少しずつ変わり始めている。旧態依然とした感覚の者も多い中でソフィアが『宮殿』に入っていないのは、その結果でもある。
それでも制約は多く、自由というにはいささか窮屈なのもまた事実だった。
「かごに入れられてしまえば、きっとソフィアは息が詰まるだろう?」
「もう加護に入れてもらっていると思いますけど」
「すまない。そうならないように努力はしているつもりなんだが」
「えっと? その、守っていただけて、私は嬉しいですよ?」
噛み合わない二人に、竜の頭に乗ったトトが大きな溜息をつく。
『かご違いよ。エルネストが言ってるのは入れ物の方』
「あっ」
「? どうした?」
「いえ、その……私は、エルネスト様の加護に守ってもらってます」
「……そういう意味か。それなら、良い王様にならないとな」
「良い王様に、ですか」
意図が分からずオウム返しに訊ねれば、エルネストは少年のような笑みを返した。
「俺の加護が国の端にまで届けば、ソフィアも息苦しくないだろ?」
『魔王陛下の御威光が国の端まで届くって、要するに恐怖政治じゃない?』
混ぜっ返すトトが、竜が頭を振ったことで軽く飛ばされる。
『何するのよこの、』
『邪魔をするでない』
激昂したトトだが、文句を言い終わる前に竜がパクリと咥えて口を閉じてしまう。ソフィアとエルネストを一瞥した竜は、そのままノシノシと少し離れたところまで移動した。
契約者としての繋がりから無事なことはわかるので、どうやら本当に邪魔をさせないためにトトを口の中に入れたらしい。
「そんなに大きなかごだったら、入ってることにも気付かないかもしれません」
「かごの存在なんて忘れて、自由に過ごせるのが一番だろう」
その代わり、とエルネストはことばを区切る。
「我が愛しの精霊姫様に不埒な輩が寄ってこないよう、俺は睨みを利かせておく」
力強く抱きしめられる。
染みわたるような熱が伝わり、ソフィアの鼓動が早まっていく。
再び護衛達が二人を探す声が響く。護衛と一緒に置いてけぼりにされたルーカスの声も聞こえてきた。
「どこにいやがったあの暗黒大魔王!! お前の怖さでここらの草木が死滅する前に帰るぞー!!」
罵詈雑言にも近い大声に、思わず二人で顔を見合わせて笑う。
「酷い言われようですね」
「別に良いさ。その方が君を守りやすい。……ルーカスは後で特別訓練だが」
声がした方に一瞬だけ鋭い視線を向けたエルネスト。
「でも、そろそろシトリーも心配すると思いますよ?」
「いえ。私ならここに控えておりますので」
「ッ!?」
気付けば、音もなくすぐ近くにシトリーが立っていた。
身を強張らせた二人を見て、シトリーはにんまり笑う。
「さぁ、そろそろ戻りましょう。いかに若様のお願いといえども、婚姻前のソフィア様に不埒な真似をさせるわけにはいきませんから」
「不埒な真似ってお前な……」
「でも、するつもりだったでしょう?」
「ちょっと、シトリー!」
「ご不満は後で聞きます。二人とも国の最重要人物なのです。こともあろうに自ら護衛を振り切るなど、あってはなりません」
ぐぅの音もでない正論だった。
有能すぎる侍女に追い立てられるようにして、二人は歩き始めた。それを見送るように視線を向けたシトリーは二人に聞こえないほどの小さな声で呟く。
「やがてはお二人が気兼ねなく、どこにでも出かけられるようになりますよ。この丘も、王都も、街道も、魔王陛下の加護の中になれば、いずれ」
シトリーは固く手をつないだ二人を見て、眩しそうに目を細めた。
それからすぐに二人の後を追い、音もなく歩き始める。
誰もいなくなった丘に、風が吹き抜ける。草木のざわめきに混じって誰のものでもない声が響いた。
『聞いた?』
『聞いた!』
『素敵だったね!』
『うん。素敵だった』
姿は見えず、くすくすと楽しげな笑い声だけが響いた。誰にも聞こえない声がどんどん増えていく。
『何の話をしているの?』
『素敵な話さ』
『今そこで聞いたんだ』
『ボクにも教えて』
『聞きたい聞きたい!』
ぽわん、と丘の上に幽かな光が灯った。
『精霊姫は魔王陛下の加護の中、だって!』
〈Fin〉
※お読みいただきありがとうございました。次話から番外編が始まります!
※近々新作も投稿予定です。フォローしていただけると見つけやすいかと思います!
といってもソフィアはエルネストに抱きかかえられていただけだ。
「良かったんですか? 護衛の方々やシトリーを置いてきてしまって」
「良いんだよ。たまには息抜きも必要だ」
にやりと笑ったエルネストはソフィアの髪を撫でた。心地よい感覚にとろかされ、遠くで二人を探す声が気にならなくなる。
「それに、二人きりにもなりたかったしな」
『アタシはいるけどね』
『我もいるぞ』
普段は気配を隠してばかりの精霊たちが主張を始めたことにくすりと笑う。
「どうした?」
「精霊様たちが、『自分達もいる』って」
「なるほど……さすがに精霊様がたを振り切る方法はわからないな。残念だ」
ため息交じりに肩をすくめるエルネストに首をかしげる。
「何が残念なんですか?」
「せっかく人目がないんだから、いつもより大胆なことができるかと思って」
言いながら髪を撫でる指先が頬を伝い、首筋をなぞったところで言葉の意味に気付かされる。
「だ、大胆って……!」
「嫌か?」
「えうっ、あの、そのっ」
「それとも期待してる?」
「し、してませんっ!」
耳まで赤くしたソフィアから指を離す。
「冗談だ」
エルネストの視線は遠く、城壁に囲まれた王都に向いていた。
「王妃教育、大変じゃないか?」
「大丈夫です」
エルネストが王太子になったということは、ソフィアは王太子妃になるということだ。まだ立太子の儀は正式には行われていないものの、有力なライバルがいるわけでもないのでこのまま決まるだろう。
「メイヤー侯爵夫人にまたご指導いただいています」
「……厳しいだろ?」
「あら、ご存じなんですか?」
「小さい頃、ちょっとな」
複雑そうな表情。どうやらメイヤー侯爵夫人は苦手なようだった。
(どんなことでも卒なくこなせると思っていたけど)
「私も小さい頃に色々教わってたんですけど、やっぱりすごい人ですよね」
「ああ……色んな意味でな」
「もう。厳格ですけど、熱心な方ですよ?」
お墨付きとまではいかないものの、明確な目標と努力を認めてくれる人がいるのであれば、学ぶことも楽しかった。
「立太子の儀を終えたらまずはリディア様の霊廟を移設だ」
「はい。おばあ様も、ようやくおじい様の横で眠れますね」
「その後は『宮殿』の取り壊し。そしたら貴族憲章の見直しだ」
「やることがたくさんですね。頑張ります」
「息苦しくないか?」
心配げに様子を窺うエルネスト。
エルネストのことばに応じて貴族達の意識は少しずつ変わり始めている。旧態依然とした感覚の者も多い中でソフィアが『宮殿』に入っていないのは、その結果でもある。
それでも制約は多く、自由というにはいささか窮屈なのもまた事実だった。
「かごに入れられてしまえば、きっとソフィアは息が詰まるだろう?」
「もう加護に入れてもらっていると思いますけど」
「すまない。そうならないように努力はしているつもりなんだが」
「えっと? その、守っていただけて、私は嬉しいですよ?」
噛み合わない二人に、竜の頭に乗ったトトが大きな溜息をつく。
『かご違いよ。エルネストが言ってるのは入れ物の方』
「あっ」
「? どうした?」
「いえ、その……私は、エルネスト様の加護に守ってもらってます」
「……そういう意味か。それなら、良い王様にならないとな」
「良い王様に、ですか」
意図が分からずオウム返しに訊ねれば、エルネストは少年のような笑みを返した。
「俺の加護が国の端にまで届けば、ソフィアも息苦しくないだろ?」
『魔王陛下の御威光が国の端まで届くって、要するに恐怖政治じゃない?』
混ぜっ返すトトが、竜が頭を振ったことで軽く飛ばされる。
『何するのよこの、』
『邪魔をするでない』
激昂したトトだが、文句を言い終わる前に竜がパクリと咥えて口を閉じてしまう。ソフィアとエルネストを一瞥した竜は、そのままノシノシと少し離れたところまで移動した。
契約者としての繋がりから無事なことはわかるので、どうやら本当に邪魔をさせないためにトトを口の中に入れたらしい。
「そんなに大きなかごだったら、入ってることにも気付かないかもしれません」
「かごの存在なんて忘れて、自由に過ごせるのが一番だろう」
その代わり、とエルネストはことばを区切る。
「我が愛しの精霊姫様に不埒な輩が寄ってこないよう、俺は睨みを利かせておく」
力強く抱きしめられる。
染みわたるような熱が伝わり、ソフィアの鼓動が早まっていく。
再び護衛達が二人を探す声が響く。護衛と一緒に置いてけぼりにされたルーカスの声も聞こえてきた。
「どこにいやがったあの暗黒大魔王!! お前の怖さでここらの草木が死滅する前に帰るぞー!!」
罵詈雑言にも近い大声に、思わず二人で顔を見合わせて笑う。
「酷い言われようですね」
「別に良いさ。その方が君を守りやすい。……ルーカスは後で特別訓練だが」
声がした方に一瞬だけ鋭い視線を向けたエルネスト。
「でも、そろそろシトリーも心配すると思いますよ?」
「いえ。私ならここに控えておりますので」
「ッ!?」
気付けば、音もなくすぐ近くにシトリーが立っていた。
身を強張らせた二人を見て、シトリーはにんまり笑う。
「さぁ、そろそろ戻りましょう。いかに若様のお願いといえども、婚姻前のソフィア様に不埒な真似をさせるわけにはいきませんから」
「不埒な真似ってお前な……」
「でも、するつもりだったでしょう?」
「ちょっと、シトリー!」
「ご不満は後で聞きます。二人とも国の最重要人物なのです。こともあろうに自ら護衛を振り切るなど、あってはなりません」
ぐぅの音もでない正論だった。
有能すぎる侍女に追い立てられるようにして、二人は歩き始めた。それを見送るように視線を向けたシトリーは二人に聞こえないほどの小さな声で呟く。
「やがてはお二人が気兼ねなく、どこにでも出かけられるようになりますよ。この丘も、王都も、街道も、魔王陛下の加護の中になれば、いずれ」
シトリーは固く手をつないだ二人を見て、眩しそうに目を細めた。
それからすぐに二人の後を追い、音もなく歩き始める。
誰もいなくなった丘に、風が吹き抜ける。草木のざわめきに混じって誰のものでもない声が響いた。
『聞いた?』
『聞いた!』
『素敵だったね!』
『うん。素敵だった』
姿は見えず、くすくすと楽しげな笑い声だけが響いた。誰にも聞こえない声がどんどん増えていく。
『何の話をしているの?』
『素敵な話さ』
『今そこで聞いたんだ』
『ボクにも教えて』
『聞きたい聞きたい!』
ぽわん、と丘の上に幽かな光が灯った。
『精霊姫は魔王陛下の加護の中、だって!』
〈Fin〉
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