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番外編:アンダンテな恋をして
第08話 望みは
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シトリーは一分もしない内に戻ってきた。
(どういう身支度をしたらこうなるのかしら)
真っ赤になっていたはずの目元は、泣いていた痕跡すらない。すっかりいつも通りの姿だ。
「御見苦しいところをお見せしました」
「ううん。いっつも助けてくれるもん。少しでも助けになれたなら嬉しい」
ソフィアが微笑めば、シトリーも穏やかな微笑みを返す。
採光の良いサロンで微笑みあっていたところで、ノックが響いた。
返事を待ってから入ってきたのは、もうすぐ見納めとなる騎士服に身を包んだエルネストだ。
「ソフィア……謝らないといけないことがある」
「何でしょうか」
「夜のパーティーなんだけど」
「義母上に王太子としての仕事を仰せつかった。一緒に入場するのが難しくなってしまった」
濡れた仔犬のような姿に、本当に気落ちしているのが窺えた。
婚約しておきながら一人で入場というのは、外聞が良いものではない。先の精霊騒動でエルネストとソフィアの仲は知れ渡っているのでそうそう変な噂が立つことも無いだろうが、何もないところからでも煙を立てようとするのが貴族の習性なのだ。
寂しいのは間違いないが、わがままを言ってエルネストを困らせたくもなかった。
「私は一人で入場ですか?」
「いや。精霊姫様も特別待遇で最初からの列席になる」
エルネストの説明では、参加者ではなく運営者に近い立ち位置で功労者をねぎらう役割を担うらしい。
「それから、すごく不安なんだが」
「大丈夫ですよ?」
「義母上からの伝言で『パーティーのどこかで、精霊姫として祝福して差し上げて』とのことだ」
「どこかってどこですか……?」
訊ねるも、エルネストは首を横に振った。
どうやら詳しい説明や指示はなかったらしい。
「できるだけ頑張ってみます」
「すまない」
「大丈夫です。特別席でしたら私も後ろに控えることになりますし、何かあれば合図を出します」
シトリーの言葉にソフィアが頷く。
仲良さげに微笑みあう二人を見てエルネストが首を傾げたが、何かを訊ねられる前にシトリーが手を叩いた。
「さぁソフィア様。支度をなさいましょう」
***
パーティーが始まる。
続々と出席者が到着し、にぎやかな雰囲気にソフィアの心も躍る。
壇上の脇に作られた席に国の重鎮たちとともに列席するのは緊張したが、背後に控えるシトリーが心強かった。
「今回の騒動を収めた功労者を呼ぶ。国と民の安寧に尽力した者達に、心からの敬意を」
女王が威厳たっぷりに告げ、周囲が静寂に包まれる。
勲一等としてエルネスト・ノエル・ユークレースの名が呼ばれる。下賜される物が読み上げられ、エルネストが跪いたまま目録を受けとれば次はルーカスの番だ。
「ルーカス・マルゴット」
「はっ!」
「我が義息子の命、よく救ってくれた。そなたのように勇敢な者が次代の騎士団長に相応しいだろう」
「光栄の極みです」
女王の前で跪いたルーカスに拍手が贈られ、エルネストと同じように下賜される品々が読み上げられた。
騎士団長、ということばに関係のない貴族たちも色めき立っていた。
いたずらっぽい笑みを浮かべた女王が、下賜品の目録を手渡しながら訊ねる。
「何かこれ以外に欲しいものはないか。我が息子の命を救ってくれた礼に、そなたの望みを何か一つだけ叶えよう」
国の最高権力者からの提案に、参加している上位貴族はおろか、エルネストさえも驚いた顔をしていた。誰一人として想定していなかった流れだ。
ルーカス自身も目を丸くしたが、頭を軽く振って気持ちを切り替えていた。
「畏れながら申し上げます。私の望みは、陛下とて叶えられるものではありません」
「ほう。私程度では叶えられないと?」
棘のある視線がルーカスに刺さった。
(どういう身支度をしたらこうなるのかしら)
真っ赤になっていたはずの目元は、泣いていた痕跡すらない。すっかりいつも通りの姿だ。
「御見苦しいところをお見せしました」
「ううん。いっつも助けてくれるもん。少しでも助けになれたなら嬉しい」
ソフィアが微笑めば、シトリーも穏やかな微笑みを返す。
採光の良いサロンで微笑みあっていたところで、ノックが響いた。
返事を待ってから入ってきたのは、もうすぐ見納めとなる騎士服に身を包んだエルネストだ。
「ソフィア……謝らないといけないことがある」
「何でしょうか」
「夜のパーティーなんだけど」
「義母上に王太子としての仕事を仰せつかった。一緒に入場するのが難しくなってしまった」
濡れた仔犬のような姿に、本当に気落ちしているのが窺えた。
婚約しておきながら一人で入場というのは、外聞が良いものではない。先の精霊騒動でエルネストとソフィアの仲は知れ渡っているのでそうそう変な噂が立つことも無いだろうが、何もないところからでも煙を立てようとするのが貴族の習性なのだ。
寂しいのは間違いないが、わがままを言ってエルネストを困らせたくもなかった。
「私は一人で入場ですか?」
「いや。精霊姫様も特別待遇で最初からの列席になる」
エルネストの説明では、参加者ではなく運営者に近い立ち位置で功労者をねぎらう役割を担うらしい。
「それから、すごく不安なんだが」
「大丈夫ですよ?」
「義母上からの伝言で『パーティーのどこかで、精霊姫として祝福して差し上げて』とのことだ」
「どこかってどこですか……?」
訊ねるも、エルネストは首を横に振った。
どうやら詳しい説明や指示はなかったらしい。
「できるだけ頑張ってみます」
「すまない」
「大丈夫です。特別席でしたら私も後ろに控えることになりますし、何かあれば合図を出します」
シトリーの言葉にソフィアが頷く。
仲良さげに微笑みあう二人を見てエルネストが首を傾げたが、何かを訊ねられる前にシトリーが手を叩いた。
「さぁソフィア様。支度をなさいましょう」
***
パーティーが始まる。
続々と出席者が到着し、にぎやかな雰囲気にソフィアの心も躍る。
壇上の脇に作られた席に国の重鎮たちとともに列席するのは緊張したが、背後に控えるシトリーが心強かった。
「今回の騒動を収めた功労者を呼ぶ。国と民の安寧に尽力した者達に、心からの敬意を」
女王が威厳たっぷりに告げ、周囲が静寂に包まれる。
勲一等としてエルネスト・ノエル・ユークレースの名が呼ばれる。下賜される物が読み上げられ、エルネストが跪いたまま目録を受けとれば次はルーカスの番だ。
「ルーカス・マルゴット」
「はっ!」
「我が義息子の命、よく救ってくれた。そなたのように勇敢な者が次代の騎士団長に相応しいだろう」
「光栄の極みです」
女王の前で跪いたルーカスに拍手が贈られ、エルネストと同じように下賜される品々が読み上げられた。
騎士団長、ということばに関係のない貴族たちも色めき立っていた。
いたずらっぽい笑みを浮かべた女王が、下賜品の目録を手渡しながら訊ねる。
「何かこれ以外に欲しいものはないか。我が息子の命を救ってくれた礼に、そなたの望みを何か一つだけ叶えよう」
国の最高権力者からの提案に、参加している上位貴族はおろか、エルネストさえも驚いた顔をしていた。誰一人として想定していなかった流れだ。
ルーカス自身も目を丸くしたが、頭を軽く振って気持ちを切り替えていた。
「畏れながら申し上げます。私の望みは、陛下とて叶えられるものではありません」
「ほう。私程度では叶えられないと?」
棘のある視線がルーカスに刺さった。
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