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番外編:アンダンテな恋をして
第01話 離れ離れの憂鬱
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「はぁ」
ソフィアの溜息が窓の外、どんよりとした曇り空に溶けて消える。
「ご不安ですか?」
「シトリー……戻ってたのね」
「はい。今朝がた任務が終わりましたので」
部屋の中、人には言えない副業を隠し持った侍女が現れた。音もなければ気配もないが、ソフィアもいい加減に慣れてきたのか特に反応はしない。
シトリーはそれをややつまらなそうに眺めながらも紅茶を淹れる。
「大丈夫ですよ。今回の紛争は、爵位を持たないウルヴァリア族が王族の耳に訴えを届けるためのものです。争いというよりも、話を聞いて不満を解決する類のものですよ」
「それは分かってるけど。でも、戦争なんでしょう?」
「エルネスト様の強さは半年前のデビュタントパーティーでお分かりでしょう。きっとソフィア様に会いたくてイライラしてますよ」
シトリーの軽口に思わず噴き出すが、それでも不安が消えたわけではない。
「騎士団長としての最後の任務って言ってたけど、もう二ヶ月になるのに手紙もないんだもの。私もついて行ければよかったのに」
「ソフィア様が戦地に立たれて万が一のことがあれば、トト様はお怒りになるでしょうしエルネスト様も平常心ではいられないでしょう。トト様と竜の精霊様が暴走なさってウルヴァリア族とその領地は永遠の氷と炎で、人が住めない土地になると思います」
自らが口にしたことが無理なことは分かっていた。
だからと言って、最愛の恋人が二月も戦地にいるとなれば平常心でいられなくて当然である。それを慮ったのか、シトリーは穏やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。もうすぐエルネスト様からお手紙が届きますし、それで無事なことも、いつ帰ってくるかもわかるはずです」
「……それは嬉しいんだけど、なんでシトリーがそれを知ってるのかがすごく気になるわ」
「副業です副業」
「女王の切り札って本当にすごいわ……精霊の御子よりよっぽど奇跡だと思うんだけど」
「精霊姫様にそう言っていただけるとは光栄です。エルネスト様が王位に就かれましたら、一族そろってご挨拶に伺いますよ」
シトリーの言葉に少し遅れて、部屋の扉がノックされた。
ソフィアが許可する前に扉を開けて入ってきたのは紛争解決に同行していたはずのエルネストの副官、ルーカスだった。戦地から直接来たのか、土汚れが目立つ彼を見てシトリーの目がつり上がる。
「ルーカス、ノックは許可を取るためにするものです! 万が一、お嬢様が着替え中だったらどうするんですか! 私に八つ裂きにされるだけでなくエルネスト様にも八つ裂きにされますよ!」
「えっ!? シトリーにも八つ裂きにされんの!?」
「当たり前です! 身なりを整えずにここに来た時点で二つ裂きです! 礼儀を払いなさい! ソフィア様はエルネスト様の婚約者で、精霊姫様なんですから! 本来なら直視しただけでも三つ裂きです!」
「裂かれすぎるだろ。俺の身体は何等分される予定なんだよ……」
はぁ、と溜息を吐いたルーカスはソフィアを前にして頭をさげた。
「ご無礼をお詫びします。ですが、ことは一刻を争うのです。エルに手紙を書いてください!」
「はい、……え?」
「ルーカス。それでは何も伝わりません。そもそもあなたはルーカス様の手紙を届ける役目でしょう? ほら、説明!」
シトリーにせっつかれて、ルーカスは思い出したかのように手紙を取り出した。流麗な筆致で『愛しい君へと綴られたそれはエルネストからのもので間違いない。
「到着初日に必要物資を輸送していた馬車が襲撃されちまって」
「えっ!? 大丈夫だったんですか!?」
「人的被害はゼロ。でも食料を半分以上やられて、紙やらインクもほとんどダメになっちまったんです」
シトリーの話しから想像していた『不満を聞いて話し合いをする』とはかけ離れた事態に目を丸くするソフィアだが、事態はそれだけに留まらなかった。
「そもそもウルヴァリア族の反乱ってのもエルを誘い出すための嘘だったんです」
顔色を真っ青にして思わず立ち上がったソフィアに、天蓋の上から声が掛かる。ソフィアの契約精霊、トトだ。白パンみたいなふかふかな見た目に似合わず、鋭い声でソフィアを咎める。
『落ち着きなさい! あの竜がついてるんだから大丈夫に決まってるでしょ!』
「でも!」
『でもも何もないわ。シトリーも何も言わないし、本当に危なければルーカスが帰ってくる余裕もないでしょ! まずは話を聞きなさい!』
「……ルーカス、続きをお願い」
ルーカスの話によれば、今回の件はエルネストが王位に就くとは思っておらず、体調不良をあげつらって馬鹿にしていた貴族たちが企てた暗殺計画だった。
「まぁエルがそうそう暗殺なんてされるわけはないんですけども」
反乱を知ったエルネストは即座に敵を見定め、部下を引き連れて戦ったらしい。反乱そのものは圧倒的な力と戦略、そして周囲の人々を惹きつける魅力でさっさと鎮圧したとのこと。
ところが『どうせ処刑されるなら道連れに』と反乱貴族たちは領地の穀倉地帯と収穫したものをしまっておく倉庫に火を放った。その鎮火と民を飢えさせないため食料の調達に忙しくて手紙を書く暇も無かった、というのがことの顛末だった。
「で、ソフィア様の顔を見ることもできず、連絡することもできなかったストレスでエルの不機嫌さは限界を超えてます」
(……また精霊にいたずらされて体調崩してたりしないかしら)
「捕まえた反乱貴族なんて、睨まれただけで泡吹いてましたもん」
『まぁ、竜のヤツが何かしたんでしょうね』
「そんな訳で、俺は早馬を乗り継ぎ飲まず食わずでここまで来たんです。ソフィア様、なにとぞエルネスト様にお返事のお手紙を……!」
言いながらルーカスはばったりと倒れた。
「ちょっ、ルーカスっ!?」
「大丈夫です。寝てるだけです」
「寝てるだけって……本当に飲まず食わずだったんだ」
「とりあえずお手紙の返事をお願いできますか? 私は客人用の寝室でルーカスを介抱してきますので」
シトリーはそう告げると、ルーカスの足を持って引きずりながら退室した。
ソフィアの溜息が窓の外、どんよりとした曇り空に溶けて消える。
「ご不安ですか?」
「シトリー……戻ってたのね」
「はい。今朝がた任務が終わりましたので」
部屋の中、人には言えない副業を隠し持った侍女が現れた。音もなければ気配もないが、ソフィアもいい加減に慣れてきたのか特に反応はしない。
シトリーはそれをややつまらなそうに眺めながらも紅茶を淹れる。
「大丈夫ですよ。今回の紛争は、爵位を持たないウルヴァリア族が王族の耳に訴えを届けるためのものです。争いというよりも、話を聞いて不満を解決する類のものですよ」
「それは分かってるけど。でも、戦争なんでしょう?」
「エルネスト様の強さは半年前のデビュタントパーティーでお分かりでしょう。きっとソフィア様に会いたくてイライラしてますよ」
シトリーの軽口に思わず噴き出すが、それでも不安が消えたわけではない。
「騎士団長としての最後の任務って言ってたけど、もう二ヶ月になるのに手紙もないんだもの。私もついて行ければよかったのに」
「ソフィア様が戦地に立たれて万が一のことがあれば、トト様はお怒りになるでしょうしエルネスト様も平常心ではいられないでしょう。トト様と竜の精霊様が暴走なさってウルヴァリア族とその領地は永遠の氷と炎で、人が住めない土地になると思います」
自らが口にしたことが無理なことは分かっていた。
だからと言って、最愛の恋人が二月も戦地にいるとなれば平常心でいられなくて当然である。それを慮ったのか、シトリーは穏やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。もうすぐエルネスト様からお手紙が届きますし、それで無事なことも、いつ帰ってくるかもわかるはずです」
「……それは嬉しいんだけど、なんでシトリーがそれを知ってるのかがすごく気になるわ」
「副業です副業」
「女王の切り札って本当にすごいわ……精霊の御子よりよっぽど奇跡だと思うんだけど」
「精霊姫様にそう言っていただけるとは光栄です。エルネスト様が王位に就かれましたら、一族そろってご挨拶に伺いますよ」
シトリーの言葉に少し遅れて、部屋の扉がノックされた。
ソフィアが許可する前に扉を開けて入ってきたのは紛争解決に同行していたはずのエルネストの副官、ルーカスだった。戦地から直接来たのか、土汚れが目立つ彼を見てシトリーの目がつり上がる。
「ルーカス、ノックは許可を取るためにするものです! 万が一、お嬢様が着替え中だったらどうするんですか! 私に八つ裂きにされるだけでなくエルネスト様にも八つ裂きにされますよ!」
「えっ!? シトリーにも八つ裂きにされんの!?」
「当たり前です! 身なりを整えずにここに来た時点で二つ裂きです! 礼儀を払いなさい! ソフィア様はエルネスト様の婚約者で、精霊姫様なんですから! 本来なら直視しただけでも三つ裂きです!」
「裂かれすぎるだろ。俺の身体は何等分される予定なんだよ……」
はぁ、と溜息を吐いたルーカスはソフィアを前にして頭をさげた。
「ご無礼をお詫びします。ですが、ことは一刻を争うのです。エルに手紙を書いてください!」
「はい、……え?」
「ルーカス。それでは何も伝わりません。そもそもあなたはルーカス様の手紙を届ける役目でしょう? ほら、説明!」
シトリーにせっつかれて、ルーカスは思い出したかのように手紙を取り出した。流麗な筆致で『愛しい君へと綴られたそれはエルネストからのもので間違いない。
「到着初日に必要物資を輸送していた馬車が襲撃されちまって」
「えっ!? 大丈夫だったんですか!?」
「人的被害はゼロ。でも食料を半分以上やられて、紙やらインクもほとんどダメになっちまったんです」
シトリーの話しから想像していた『不満を聞いて話し合いをする』とはかけ離れた事態に目を丸くするソフィアだが、事態はそれだけに留まらなかった。
「そもそもウルヴァリア族の反乱ってのもエルを誘い出すための嘘だったんです」
顔色を真っ青にして思わず立ち上がったソフィアに、天蓋の上から声が掛かる。ソフィアの契約精霊、トトだ。白パンみたいなふかふかな見た目に似合わず、鋭い声でソフィアを咎める。
『落ち着きなさい! あの竜がついてるんだから大丈夫に決まってるでしょ!』
「でも!」
『でもも何もないわ。シトリーも何も言わないし、本当に危なければルーカスが帰ってくる余裕もないでしょ! まずは話を聞きなさい!』
「……ルーカス、続きをお願い」
ルーカスの話によれば、今回の件はエルネストが王位に就くとは思っておらず、体調不良をあげつらって馬鹿にしていた貴族たちが企てた暗殺計画だった。
「まぁエルがそうそう暗殺なんてされるわけはないんですけども」
反乱を知ったエルネストは即座に敵を見定め、部下を引き連れて戦ったらしい。反乱そのものは圧倒的な力と戦略、そして周囲の人々を惹きつける魅力でさっさと鎮圧したとのこと。
ところが『どうせ処刑されるなら道連れに』と反乱貴族たちは領地の穀倉地帯と収穫したものをしまっておく倉庫に火を放った。その鎮火と民を飢えさせないため食料の調達に忙しくて手紙を書く暇も無かった、というのがことの顛末だった。
「で、ソフィア様の顔を見ることもできず、連絡することもできなかったストレスでエルの不機嫌さは限界を超えてます」
(……また精霊にいたずらされて体調崩してたりしないかしら)
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『まぁ、竜のヤツが何かしたんでしょうね』
「そんな訳で、俺は早馬を乗り継ぎ飲まず食わずでここまで来たんです。ソフィア様、なにとぞエルネスト様にお返事のお手紙を……!」
言いながらルーカスはばったりと倒れた。
「ちょっ、ルーカスっ!?」
「大丈夫です。寝てるだけです」
「寝てるだけって……本当に飲まず食わずだったんだ」
「とりあえずお手紙の返事をお願いできますか? 私は客人用の寝室でルーカスを介抱してきますので」
シトリーはそう告げると、ルーカスの足を持って引きずりながら退室した。
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