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第41話 後始末
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あれから数日。精神的にも肉体的にもボロボロになっていた二人はすべての予定をキャンセルし、屋敷でゆっくりと羽根を伸ばしていた。
といってもエルネストは肉体的なダメージも大きく、ほとんどがベッドの上だ。
神業のような剣技をもってしても、竜の尻尾をそらすだけで身体中の筋肉を全力で酷使しなければならなかったのだ。特に両腕は痛みが酷く、持ち上げることすら出来ないありさまだった。
困ったのはその世話である。
本来ならば屋敷で働く侍女か、そうでなければ王宮付の侍女が行うべきなのだが、
「……俺をみて泣き出す始末だもんなぁ」
竜が覚醒したことでエルネストの纏う剣呑な空気がさらに悪化した。慣れ切っているはずのシトリーですらやや引いており、慣れていない者は震えが止まらないなんてことさえあった。
当然ながらお世話どころの話ではなくなってしまい、結果的にエルネストの世話は精霊姫が行うこととなった。
「あの時とは反対ですね」
「ソフィアが熱を出したとき?」
「そうです。私、あの時恥ずかしかったんですからね? 何か仕返しをしないと気がすみません」
甲斐甲斐しく世話を焼きながらも仕返しを宣言したソフィアに、エルネストは笑みを向ける。
「そうだな、仕返しか。例えば」
いたずらっ子のような笑みを浮かべたエルネストが見つめるのはソフィア自身だ。
「俺に膝枕をして、果物を食べさせたり?」
「ッ?! そ、そんなことしませんっ!」
「そうか。それじゃあ、服を脱がせて体を拭いてくれたり?」
「むむむ無理です! 絶対無理!」
「ソフィアが聞いてくれたからお願いしているのだが」
「そ、そんなことより! 何か食べたいものはありますか!? 普通に食べさせるくらいならできますよ!」
仕返しどころかからかわれているソフィアは、何とか話を逸らすために訊ねた。
「ヘーゼルナッツが食べたい」
「……厨房においてあるでしょうか。聞いてきますね」
「いやいや。目の前にあるだろう?」
「目の前……えぇっ!?」
髪に口付けられたことを思い出して赤面するソフィアだが、エルネストは止まらない。
「手が使えれば自分で食べるんだが」
「自分でって……!?」
「無理そうだ。ソフィアに食べさせてもらいたい」
「むむむっ、無理ですっ! どういう状況なんですか――!?」
必死で手を振るソフィアを見て、エルネストは満足げにうなずいた。
困り果てたソフィアを救ったのは、いつの間にか室内にいたシトリーである。
「セクハラですよ若様」
「シトリー。来てたのか」
「何で残念そうなんですか――!?」
「もうちょっとソフィアを眺めたかった」
臆面もなく言い放ったエルネストに、シトリーが書簡を示して見せた。
腕が使えないこともあり、そのままサイドボードに置く。
「アルフレッド様とフィーネ様、そしてセラフィナイト伯爵家の処遇が決まりましたよ」
まず、セラフィナイト伯爵は投獄されることとなった。
ソフィアを助けるべく秘密裡にセラフィナイト家を調べていた女王は、領地の税収に関して不正を発見。セラフィナイト伯爵家は領地と爵位を取り上げられ裁判に掛けられることとなった。
メアリは何も知らなかったらしいがパーティーで貴族としてあり得ない醜態をさらした彼女に救いの手を差し伸べる者はおらず、修道院に入ることが決まった。
「なんでよ! お父様が勝手にやったことだわ! 私は関係ない! だれか助けなさいよ! 私が困っているのよ!」
泣き叫んで嫌がったメアリだったが、女王の言葉にぽっきりと心を折られ静かになったらしい。
「色恋沙汰に悩まされるよりもずっと穏やかな生活が待っています。あなたの父君がお姉さまに勧めるくらいですから、心配はいりません」
ソフィアが出奔する前に伯爵から言われた言葉そのままである。
どうして一言一句漏らさずに知っているのか、『女王の切り札』について改めて恐怖を覚えているソフィアだが、報告はそれに留まらなかった。
セラフィナイト伯爵がいなくなって宙に浮いた領地だが、偶然にも適任と思われる貴族が見つかった。幼いころから国の運営に関わり、王族にも負けず劣らずの知識と経験を積んだ、若い貴族だ。
とある事故で隻腕になってしまっているようだが、王妃教育と同じくらい様々なことを学んだ婚約者が甲斐甲斐しく支えているため、問題はないだろうとのこと。
「もちろん、ソフィア様の生まれ育った土地ですので、見ず知らずの者に治められるのがお嫌であればこの話は無かったことにして、別の者を推挙しますが」
「それって、アルフレッド殿下よね?」
「アルフレッド殿下とその婚約者フィーネ様は、突然の心臓発作によって一昨日お亡くなりになりました。ああ、おいたわしや」
白々しい台詞とともに、無表情のままハンカチで目尻を押さえるシトリーの言葉に、ソフィアは小さく苦笑した。当然ながら、涙は一粒も流れていない。
隠す気はないが、公にはそういう扱いだという意味だろう。
公然の秘密というやつだ。書類上はアルフレッドを亡き者としておかなければ、遠い将来、彼やその子孫を旗頭にして反乱が起きないとも限らない。
それを防ぐための措置だ。
「お任せします。決して簡単ではないでしょうけれど」
メアリのワガママとそれを叶える伯爵によって随分散財したはずのセラフィナイト領を思い浮かべる。特産品もなく、王都からも遠い土地だ。
縁もゆかりもないところに送られ、助力も望めない状態で領地経営をするのは決して簡単なことではないだろう。
「元殿下――こほん。とある新興貴族様はまるでどこかの王族かのごとく重要で難しい仕事もたくさん熟していたので、問題ないかと」
「もう言っちゃってるじゃない」
「『数々の無礼を働いたにも関わらず、温情を掛けていただいたことに感謝する』と仰っていました」
「その、腕は……?」
「愛する者を守った勲章だと」
首を振りながら答えたシトリーに、ソフィアがやや眉を下げながら頷くが、ベッド上のエルネストは不満そうである。
やや唇を尖らせた表情は魔王というよりも少年に見える。
「ソフィアにきちんと謝罪してないな」
「エルネスト様、別に私は大丈夫ですよ」
「しかしだな」
「そのことですが」
納得のいかないエルネストを宥めていると、シトリーが羊皮紙を巻き直しながらことばを続けた。
「フィーネ様ですが、誰もいないところでぽつっと『酷いことしちゃったわ』って言ってました。あと、『あんなに素敵な子なら、エル様も好きになって当然よね』とも。恐らく、ですけどソフィア様に対する言動を反省なされているものかと」
「まぁ、それなら良いか」
「……ちょっと待って? 誰もいないところでぽつっと言っただけの言葉を、どうしてシトリーが知っているの?」
訊ねると、エルネストは苦笑して顔を背け、シトリーは今まで見たこともないくらいにんまりと良い表情で笑った。
「ようやく気付いてくださいましたか。私の副業でございます」
「えっ……副業?」
「ソフィア。義母上に呼び出された時のこと、覚えているか?」
「はい。ドレスが届いた日までご存じで――」
驚いたところで『女王の切り札』の話を聞かされたのだ。
まさか、と視線を向ければ、エルネストが補足する。
「侍女が女王陛下からの手紙を持ってくるはずないんだ。基本的には間違いがないよう使者が直接渡す」
「ソフィア様がいつ気付いてくださるか、楽しみにしてたんです」
「ちなみに普通の侍女は女王の庭まで入場できないし、第二王子のことを『若様』なんて呼ばないぞ。恐らくだが、他にもソフィアに気付いてもらうために色々とおかしなことをしてると思う」
「ええっと……?」
「シトリーの主人は義母上だ。だから俺は『若様』なんだよ」
事態が飲み込めないソフィアに、シトリーが良い笑顔でスカートを摘まんでカーテシーを行った。
「改めまして自己紹介させていただきます。『女王の切り札』において『ハートのエース』を拝命しております、シトリーと申します」
「ええええええええええっ!?」
驚愕の声をあげたソフィアを見て、シトリーは満足げに頷いた。
「さて、私はソフィア様の驚いた表情も見れましたし、そろそろ別の任務に向かいますね」
「ソフィア、驚くにはまだ早いぞ? 二十年ほど前、まだ若かった義母上が女王になった時もシトリーはこうやって驚かせてたんだが、その時から容姿が――」
「若様? こないだ看病をしたあと、ソフィア様が寝た後にこっそり、」
「シトリー! 俺が悪かった!」
「えっ? えっ!?」
「ソフィアは何も気にしなくて良い。さぁシトリー、『女王の切り札』の仕事、頑張ってきてくれ」
「待って! 何をしたんですか? エルネスト様!? シトリー!?!?」
動揺するソフィアを尻目に、シトリーは笑みを崩さぬまま退出した。
といってもエルネストは肉体的なダメージも大きく、ほとんどがベッドの上だ。
神業のような剣技をもってしても、竜の尻尾をそらすだけで身体中の筋肉を全力で酷使しなければならなかったのだ。特に両腕は痛みが酷く、持ち上げることすら出来ないありさまだった。
困ったのはその世話である。
本来ならば屋敷で働く侍女か、そうでなければ王宮付の侍女が行うべきなのだが、
「……俺をみて泣き出す始末だもんなぁ」
竜が覚醒したことでエルネストの纏う剣呑な空気がさらに悪化した。慣れ切っているはずのシトリーですらやや引いており、慣れていない者は震えが止まらないなんてことさえあった。
当然ながらお世話どころの話ではなくなってしまい、結果的にエルネストの世話は精霊姫が行うこととなった。
「あの時とは反対ですね」
「ソフィアが熱を出したとき?」
「そうです。私、あの時恥ずかしかったんですからね? 何か仕返しをしないと気がすみません」
甲斐甲斐しく世話を焼きながらも仕返しを宣言したソフィアに、エルネストは笑みを向ける。
「そうだな、仕返しか。例えば」
いたずらっ子のような笑みを浮かべたエルネストが見つめるのはソフィア自身だ。
「俺に膝枕をして、果物を食べさせたり?」
「ッ?! そ、そんなことしませんっ!」
「そうか。それじゃあ、服を脱がせて体を拭いてくれたり?」
「むむむ無理です! 絶対無理!」
「ソフィアが聞いてくれたからお願いしているのだが」
「そ、そんなことより! 何か食べたいものはありますか!? 普通に食べさせるくらいならできますよ!」
仕返しどころかからかわれているソフィアは、何とか話を逸らすために訊ねた。
「ヘーゼルナッツが食べたい」
「……厨房においてあるでしょうか。聞いてきますね」
「いやいや。目の前にあるだろう?」
「目の前……えぇっ!?」
髪に口付けられたことを思い出して赤面するソフィアだが、エルネストは止まらない。
「手が使えれば自分で食べるんだが」
「自分でって……!?」
「無理そうだ。ソフィアに食べさせてもらいたい」
「むむむっ、無理ですっ! どういう状況なんですか――!?」
必死で手を振るソフィアを見て、エルネストは満足げにうなずいた。
困り果てたソフィアを救ったのは、いつの間にか室内にいたシトリーである。
「セクハラですよ若様」
「シトリー。来てたのか」
「何で残念そうなんですか――!?」
「もうちょっとソフィアを眺めたかった」
臆面もなく言い放ったエルネストに、シトリーが書簡を示して見せた。
腕が使えないこともあり、そのままサイドボードに置く。
「アルフレッド様とフィーネ様、そしてセラフィナイト伯爵家の処遇が決まりましたよ」
まず、セラフィナイト伯爵は投獄されることとなった。
ソフィアを助けるべく秘密裡にセラフィナイト家を調べていた女王は、領地の税収に関して不正を発見。セラフィナイト伯爵家は領地と爵位を取り上げられ裁判に掛けられることとなった。
メアリは何も知らなかったらしいがパーティーで貴族としてあり得ない醜態をさらした彼女に救いの手を差し伸べる者はおらず、修道院に入ることが決まった。
「なんでよ! お父様が勝手にやったことだわ! 私は関係ない! だれか助けなさいよ! 私が困っているのよ!」
泣き叫んで嫌がったメアリだったが、女王の言葉にぽっきりと心を折られ静かになったらしい。
「色恋沙汰に悩まされるよりもずっと穏やかな生活が待っています。あなたの父君がお姉さまに勧めるくらいですから、心配はいりません」
ソフィアが出奔する前に伯爵から言われた言葉そのままである。
どうして一言一句漏らさずに知っているのか、『女王の切り札』について改めて恐怖を覚えているソフィアだが、報告はそれに留まらなかった。
セラフィナイト伯爵がいなくなって宙に浮いた領地だが、偶然にも適任と思われる貴族が見つかった。幼いころから国の運営に関わり、王族にも負けず劣らずの知識と経験を積んだ、若い貴族だ。
とある事故で隻腕になってしまっているようだが、王妃教育と同じくらい様々なことを学んだ婚約者が甲斐甲斐しく支えているため、問題はないだろうとのこと。
「もちろん、ソフィア様の生まれ育った土地ですので、見ず知らずの者に治められるのがお嫌であればこの話は無かったことにして、別の者を推挙しますが」
「それって、アルフレッド殿下よね?」
「アルフレッド殿下とその婚約者フィーネ様は、突然の心臓発作によって一昨日お亡くなりになりました。ああ、おいたわしや」
白々しい台詞とともに、無表情のままハンカチで目尻を押さえるシトリーの言葉に、ソフィアは小さく苦笑した。当然ながら、涙は一粒も流れていない。
隠す気はないが、公にはそういう扱いだという意味だろう。
公然の秘密というやつだ。書類上はアルフレッドを亡き者としておかなければ、遠い将来、彼やその子孫を旗頭にして反乱が起きないとも限らない。
それを防ぐための措置だ。
「お任せします。決して簡単ではないでしょうけれど」
メアリのワガママとそれを叶える伯爵によって随分散財したはずのセラフィナイト領を思い浮かべる。特産品もなく、王都からも遠い土地だ。
縁もゆかりもないところに送られ、助力も望めない状態で領地経営をするのは決して簡単なことではないだろう。
「元殿下――こほん。とある新興貴族様はまるでどこかの王族かのごとく重要で難しい仕事もたくさん熟していたので、問題ないかと」
「もう言っちゃってるじゃない」
「『数々の無礼を働いたにも関わらず、温情を掛けていただいたことに感謝する』と仰っていました」
「その、腕は……?」
「愛する者を守った勲章だと」
首を振りながら答えたシトリーに、ソフィアがやや眉を下げながら頷くが、ベッド上のエルネストは不満そうである。
やや唇を尖らせた表情は魔王というよりも少年に見える。
「ソフィアにきちんと謝罪してないな」
「エルネスト様、別に私は大丈夫ですよ」
「しかしだな」
「そのことですが」
納得のいかないエルネストを宥めていると、シトリーが羊皮紙を巻き直しながらことばを続けた。
「フィーネ様ですが、誰もいないところでぽつっと『酷いことしちゃったわ』って言ってました。あと、『あんなに素敵な子なら、エル様も好きになって当然よね』とも。恐らく、ですけどソフィア様に対する言動を反省なされているものかと」
「まぁ、それなら良いか」
「……ちょっと待って? 誰もいないところでぽつっと言っただけの言葉を、どうしてシトリーが知っているの?」
訊ねると、エルネストは苦笑して顔を背け、シトリーは今まで見たこともないくらいにんまりと良い表情で笑った。
「ようやく気付いてくださいましたか。私の副業でございます」
「えっ……副業?」
「ソフィア。義母上に呼び出された時のこと、覚えているか?」
「はい。ドレスが届いた日までご存じで――」
驚いたところで『女王の切り札』の話を聞かされたのだ。
まさか、と視線を向ければ、エルネストが補足する。
「侍女が女王陛下からの手紙を持ってくるはずないんだ。基本的には間違いがないよう使者が直接渡す」
「ソフィア様がいつ気付いてくださるか、楽しみにしてたんです」
「ちなみに普通の侍女は女王の庭まで入場できないし、第二王子のことを『若様』なんて呼ばないぞ。恐らくだが、他にもソフィアに気付いてもらうために色々とおかしなことをしてると思う」
「ええっと……?」
「シトリーの主人は義母上だ。だから俺は『若様』なんだよ」
事態が飲み込めないソフィアに、シトリーが良い笑顔でスカートを摘まんでカーテシーを行った。
「改めまして自己紹介させていただきます。『女王の切り札』において『ハートのエース』を拝命しております、シトリーと申します」
「ええええええええええっ!?」
驚愕の声をあげたソフィアを見て、シトリーは満足げに頷いた。
「さて、私はソフィア様の驚いた表情も見れましたし、そろそろ別の任務に向かいますね」
「ソフィア、驚くにはまだ早いぞ? 二十年ほど前、まだ若かった義母上が女王になった時もシトリーはこうやって驚かせてたんだが、その時から容姿が――」
「若様? こないだ看病をしたあと、ソフィア様が寝た後にこっそり、」
「シトリー! 俺が悪かった!」
「えっ? えっ!?」
「ソフィアは何も気にしなくて良い。さぁシトリー、『女王の切り札』の仕事、頑張ってきてくれ」
「待って! 何をしたんですか? エルネスト様!? シトリー!?!?」
動揺するソフィアを尻目に、シトリーは笑みを崩さぬまま退出した。
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