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第29話 お茶会
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『突然呼び立ててごめんなさいね。この国の女王を務めるスカーレットです』
微笑みながら女王が発したのはこの国の言葉ではなく、西方の国で使われる言葉だった。
よくよく見ればテーブルの上に用意された茶器も、配置の仕方が西方式だった。
少しだけ驚いたが国主を前に固まっているわけにもいかないので、西方式のカーテシーをしながら挨拶を返す。
『本日はお招きいただきありがとうございます。お初にお目にかかります、ソフィアと申します』
【ふふ。良い子ね。座って頂戴】
今度は東国の言葉。
何かを試されているのか、それとも遊ばれているのか。
女王の意図するところが分からずに混乱するも、歯向かえる相手ではないのでソフィアの精一杯を返すしかなかった。
【ありがたく存じます。失礼致します】
【発音、とても綺麗ね】
【浅学なれどお褒めに預かり光栄です。幼い頃、メイヤー侯爵夫人からご指導をいただきました】
スカーレットの侍女が椅子を引いてくれたので、それに合わせて着席をした。提供されるお茶請けは再び別の国の特産品とも言えるものだった。
その国でのマナーを必死に頭から引っ張り出し、何とか無礼にならないように振舞う。華やかな洋酒の香りがする紅茶がサーブされるが、その間にも会話は続く。
女王の口から出てきたのはさらに違う国の言葉だ。
〈メイヤー侯爵夫人からあなたのことは聞いているわ〉
〈幼い頃から多くのことを教わりました。とても情熱的な先生でした〉
〈実は彼女とは茶飲み友達なの。あなたのこと、褒めていたわ〉
〈夫人は語学だけでなくその国の風習やマナーも詳しかったので、私はついていくだけで精一杯でした。家庭教師を辞されてからはほとんど交流もなかったのですが、お元気でしょうか?〉
良い点を取ったことを詰られてすぐ、メイヤー侯爵夫人は伯爵に解雇された。ソフィアは跡から聞かされたため、碌に挨拶すらできずに別れて、それきりである。
〈ええ。あなたと同年代のお孫さんに手を焼いているわ〉
くすりと微笑んだところで、女王は自らの両手をパンと叩いた。
妙にぴりぴりした空気が霧散する。笑みがどんどん深まり、そして両手で万歳をした。
「合格~~~!!!」
今度こそ、この国の言葉だった。
「メイヤー公爵夫人が『絶対に大丈夫だ』って言うから試してみたけど、本当に優秀なのね!」
「えっと、ありがとうございます……?」
「突然話しかけられてもしっかり対応できるし、その国のマナーも完璧! すごいわ!」
唐突に朗らかな雰囲気になった女王についていけずに目をぱちくりさせるソフィアだが、女王本人は気にした風もなく言葉を続ける。
「『私が教えた中で、一番優秀で一番頑張り屋さんだ』って自慢されたから、つい試したくなっちゃったのよ! ごめんなさいね?」
「い、いえ。まさか夫人にそこまで評価して頂けているとは思いませんでした」
「もう、言葉遣いも態度も堅いわよ? これから義家族になるんですから、もっと楽にして頂戴!」
義家族と言う言葉にドキリとする。
「あの、えっと……あの?」
「隠さなくて良いのよ。あのエルがあなたにベタぼれって噂で城内は持ちきりなんだから」
にこにこと微笑む女王だが、ソフィアとしては笑えない。
女王を現在進行形で騙しているというのももちろんだが、噂になっていると聞かされて面食らったのだ。
(あれ、私のことが噂になっちゃったら、エルネスト様の婚約者探しに支障がでるのでは……?)
ようやく自分のやっていることがエルネストの恋人探しに繋がらないことに気付いたが、すでに噂にまでなっているのだから払拭するのも難しかった。
「浮かない顔ね。もしかして、エルが王族だから断れないだけ? 本当は嫌?」
「そんなことありません! エルネスト様は私なんかにはもったいないくらい優しくしてくださいます!」
「私なんか、ねぇ……」
必死に否定するソフィアを見て、スカーレットの笑みに苦いものが混ざった。
血のつながりなど無いはずなのに、心配そうな眼差しはどこかエルネストに似ていた。
「マナーは他国のものまでしっかり習得している。表情の取り繕い方はまだまだだけど、場数を踏めばなんとかなるでしょう。語学に至っては出身国がわからないくらい完璧なのに、ずいぶんと自己評価が低いのね」
女王は優しげな眼差しをソフィアに向ける。
まっすぐな視線。
「失礼だけど、大切な息子に関わることですからあなたのことを調べさせていただきました」
「それは当然のことと存じます」
本来であれば王族の婚姻は多くの人間によって選定がなされる一大事だ。
それがポッと出の、それも家名すら定かではない人間だなどという噂が流れれば心配の一つもしたくなるというものだろう。
もちろん権力や派閥だけではなく、女王本人が口にした大切な息子、という言葉も嘘偽りないものだろうが。
「なかなか大変な父君と妹君ね?」
「えっと、その……………………すみません」
「ふふ。本当に良い子ね。まぁ後でちょっと言わなきゃいけないこともあるんですけど、今はさっくり概要だけ話しちゃうわね。間違いがあったら教えてちょうだい」
女王の口から説明されたのは、ほぼ間違いなくソフィア自身が体験したことだ。逃げ出してきた王都で人攫いにかどわかされそうになったことや、洋服店でのソフィアとエルネストのやりとりなどまでしっかり把握されていた。
父であるセラフィナイト伯爵から修道院入りを勧められたことまで把握されていた時はさすがにぞくりとしてしまったが。
(あのガゼボには隠れる場所なんて絶対にないのに……『女王の切り札』って本当にすごいわ)
侍女から聞き出したのか、それとも何か特別な方法があるのか。どちらにせよとんでもない情報収集能力だった。
「頑張り屋さんで学んだことをきちんと自分のモノにしていることも、ご両親や妹さんを責めずに前を向いているところも評価のポイントね!」
「評価、ですか」
「ええ。合格って言ったでしょう? エルネストのこと、どうかよろしくね?」
はっきりと口に出されてしまって言葉に詰まる。
(エルネスト様にとって私は練習相手だもの)
何故だかこころがチクリと痛む気がして、慌てて取り繕うような笑みをつくる。父や妹の対応で慣れたはずのそれが、何故だか酷く苦しかった。
「はい。精一杯頑張らせていただきます」
微笑みながら女王が発したのはこの国の言葉ではなく、西方の国で使われる言葉だった。
よくよく見ればテーブルの上に用意された茶器も、配置の仕方が西方式だった。
少しだけ驚いたが国主を前に固まっているわけにもいかないので、西方式のカーテシーをしながら挨拶を返す。
『本日はお招きいただきありがとうございます。お初にお目にかかります、ソフィアと申します』
【ふふ。良い子ね。座って頂戴】
今度は東国の言葉。
何かを試されているのか、それとも遊ばれているのか。
女王の意図するところが分からずに混乱するも、歯向かえる相手ではないのでソフィアの精一杯を返すしかなかった。
【ありがたく存じます。失礼致します】
【発音、とても綺麗ね】
【浅学なれどお褒めに預かり光栄です。幼い頃、メイヤー侯爵夫人からご指導をいただきました】
スカーレットの侍女が椅子を引いてくれたので、それに合わせて着席をした。提供されるお茶請けは再び別の国の特産品とも言えるものだった。
その国でのマナーを必死に頭から引っ張り出し、何とか無礼にならないように振舞う。華やかな洋酒の香りがする紅茶がサーブされるが、その間にも会話は続く。
女王の口から出てきたのはさらに違う国の言葉だ。
〈メイヤー侯爵夫人からあなたのことは聞いているわ〉
〈幼い頃から多くのことを教わりました。とても情熱的な先生でした〉
〈実は彼女とは茶飲み友達なの。あなたのこと、褒めていたわ〉
〈夫人は語学だけでなくその国の風習やマナーも詳しかったので、私はついていくだけで精一杯でした。家庭教師を辞されてからはほとんど交流もなかったのですが、お元気でしょうか?〉
良い点を取ったことを詰られてすぐ、メイヤー侯爵夫人は伯爵に解雇された。ソフィアは跡から聞かされたため、碌に挨拶すらできずに別れて、それきりである。
〈ええ。あなたと同年代のお孫さんに手を焼いているわ〉
くすりと微笑んだところで、女王は自らの両手をパンと叩いた。
妙にぴりぴりした空気が霧散する。笑みがどんどん深まり、そして両手で万歳をした。
「合格~~~!!!」
今度こそ、この国の言葉だった。
「メイヤー公爵夫人が『絶対に大丈夫だ』って言うから試してみたけど、本当に優秀なのね!」
「えっと、ありがとうございます……?」
「突然話しかけられてもしっかり対応できるし、その国のマナーも完璧! すごいわ!」
唐突に朗らかな雰囲気になった女王についていけずに目をぱちくりさせるソフィアだが、女王本人は気にした風もなく言葉を続ける。
「『私が教えた中で、一番優秀で一番頑張り屋さんだ』って自慢されたから、つい試したくなっちゃったのよ! ごめんなさいね?」
「い、いえ。まさか夫人にそこまで評価して頂けているとは思いませんでした」
「もう、言葉遣いも態度も堅いわよ? これから義家族になるんですから、もっと楽にして頂戴!」
義家族と言う言葉にドキリとする。
「あの、えっと……あの?」
「隠さなくて良いのよ。あのエルがあなたにベタぼれって噂で城内は持ちきりなんだから」
にこにこと微笑む女王だが、ソフィアとしては笑えない。
女王を現在進行形で騙しているというのももちろんだが、噂になっていると聞かされて面食らったのだ。
(あれ、私のことが噂になっちゃったら、エルネスト様の婚約者探しに支障がでるのでは……?)
ようやく自分のやっていることがエルネストの恋人探しに繋がらないことに気付いたが、すでに噂にまでなっているのだから払拭するのも難しかった。
「浮かない顔ね。もしかして、エルが王族だから断れないだけ? 本当は嫌?」
「そんなことありません! エルネスト様は私なんかにはもったいないくらい優しくしてくださいます!」
「私なんか、ねぇ……」
必死に否定するソフィアを見て、スカーレットの笑みに苦いものが混ざった。
血のつながりなど無いはずなのに、心配そうな眼差しはどこかエルネストに似ていた。
「マナーは他国のものまでしっかり習得している。表情の取り繕い方はまだまだだけど、場数を踏めばなんとかなるでしょう。語学に至っては出身国がわからないくらい完璧なのに、ずいぶんと自己評価が低いのね」
女王は優しげな眼差しをソフィアに向ける。
まっすぐな視線。
「失礼だけど、大切な息子に関わることですからあなたのことを調べさせていただきました」
「それは当然のことと存じます」
本来であれば王族の婚姻は多くの人間によって選定がなされる一大事だ。
それがポッと出の、それも家名すら定かではない人間だなどという噂が流れれば心配の一つもしたくなるというものだろう。
もちろん権力や派閥だけではなく、女王本人が口にした大切な息子、という言葉も嘘偽りないものだろうが。
「なかなか大変な父君と妹君ね?」
「えっと、その……………………すみません」
「ふふ。本当に良い子ね。まぁ後でちょっと言わなきゃいけないこともあるんですけど、今はさっくり概要だけ話しちゃうわね。間違いがあったら教えてちょうだい」
女王の口から説明されたのは、ほぼ間違いなくソフィア自身が体験したことだ。逃げ出してきた王都で人攫いにかどわかされそうになったことや、洋服店でのソフィアとエルネストのやりとりなどまでしっかり把握されていた。
父であるセラフィナイト伯爵から修道院入りを勧められたことまで把握されていた時はさすがにぞくりとしてしまったが。
(あのガゼボには隠れる場所なんて絶対にないのに……『女王の切り札』って本当にすごいわ)
侍女から聞き出したのか、それとも何か特別な方法があるのか。どちらにせよとんでもない情報収集能力だった。
「頑張り屋さんで学んだことをきちんと自分のモノにしていることも、ご両親や妹さんを責めずに前を向いているところも評価のポイントね!」
「評価、ですか」
「ええ。合格って言ったでしょう? エルネストのこと、どうかよろしくね?」
はっきりと口に出されてしまって言葉に詰まる。
(エルネスト様にとって私は練習相手だもの)
何故だかこころがチクリと痛む気がして、慌てて取り繕うような笑みをつくる。父や妹の対応で慣れたはずのそれが、何故だか酷く苦しかった。
「はい。精一杯頑張らせていただきます」
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