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第27話 お誘い(強制)
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増員された侍女たちが慌ただしく屋敷の中を動いている。
整備やら仕事の分担を行い、まだまだ慣れない作業に苦戦しているが、ソフィア自身は随分と慣れてきた。
エルネストはぶっきらぼうながらもまっすぐな優しさを見せてくれる。ドレスも少しずつ届けられ、その度にお礼を兼ねて見せれば『着たところがみたい』とねだられ、そして蕩けてしまいそうな笑みととも褒めてくれる。
デートにもたびたび誘われ、その度に宝飾品を贈られた。ソフィアが借りると口にするたびに悲しそうな顔をすることもあって、いくつかはプレゼントされているのが実状だった。
貰い過ぎて心苦しかったけれど、他の誰でもなくソフィアだけを見てくれるというのは何ともくすぐったいものだ。
(せめて、何か役に立たないと)
そう考えたソフィアが行っているのはエルネストに近づく精霊を追い払うことだ。
未だに自分が『練習相手』だと信じているソフィアはリハビリのために何かアドバイスできることはないか、と考えてはいるのだが、エルネストの立ち回りはすでに完璧の域を超えていた。
何しろ自分がドキドキしてしまって冷静に物事を考えるのが難しくなってしまうのだから。
自分が『練習ではないご令嬢』ならば、考えるまでもなくエルネストに好意を抱くことだろう。
(よく考えたら、これって人選ミスよね?)
自分なんかよりも恋愛経験が豊富な人の方が良かったのでは、と考えると少しずつ気分が落ち込んでくる。
溜息を吐きかけたが、周囲に侍女が控えていることを思い出して慌てて深呼吸に切り替えた。
「けほっ」
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「大丈夫、むせちゃっただけ」
侍女が安堵の笑顔を見せる。
先日の発熱騒動の後、エルネストの厳命によって侍女たちはソフィアの体調に過敏になっていた。咳の一つでシロップはどうですか、食事は取れそうですか、寒いならばお召しかえを、と案じてくれるのだ。
実家にいた者達とは大違いで、ここでは誰もソフィアのことを邪険にしない。ハズレだとも思っていないようだし、無礼な態度を取ることもなかった。
それどころか壊れ物の如く丁寧に扱ってくれた。
(なんだか、本当に貴族の令嬢みたいね)
事実、ソフィアは貴族の令嬢なのだが、今までではあり得なかった厚遇がどうしても他人事のようだった。
紅茶を用意してもらおうと声を掛ける。シトリーは新しい人員の教育やら差配に忙しいらしく顔をみせる頻度が減ったが、それでも不自由のないように必ず侍女を付けてくれていた。
今は試用期間ということもあって日替わりだが、どの侍女も優秀だった。
控えていた侍女が紅茶を用意するために下がり、室内にはソフィアだけとなる。
「トト。……天蓋の裏ね?」
『……順調すぎてムカつくわね』
「出来てるんだから褒めてよ」
『これだけ出来てて何でエルネストについてる竜が見えないのよ! 絶対に変!』
ベッドの天蓋に潜んでいたトトがぷりぷりしながら顔を出した。
トト曰く、精霊の御子としての訓練は順調そのものだった。筋が良いのか、才能があるのか。トトは「リディアの孫だから」と断言していたが、すぐにでもエルネストに憑りついた精霊が見えてもおかしくはないとのことだった。
『まぁソフィアの場合は鍛えられてないというよりも、麻痺してる可能性もあるから仕方ないけど。鍛えがいのない子よねぇ』
「麻痺って、何で?」
『契約してないもん。内緒よ』
取り付く島もないトトにやや不満を感じるが、ソフィアとしても契約するつもりなんてないので仕方ない。
しばらく待っていると、ドアがノックされた。
入室を許可すれば、入ってきたのはワゴンを押したシトリーである。ティーセットにスコーンが載っているのでソフィアが頼んだ紅茶に間違いはない。
「シトリー、新人の教育で忙しいんじゃないの?」
「はい。ですが、ちょっと相談事がありまして」
紅茶を淹れ、クロテッドクリームが添えられたスコーンとともに供される。
一息つくだけの時間を空けてからシトリーが取り出したのは一枚の手紙だ。
「お嬢様宛てです」
「……私に?」
この屋敷にソフィアがいることを知っている者が何名いるだろうか。
もちろんゼロではないが、知己の少ないソフィアには心当たりがなかった。気まずそうに差し出されたので受けとって宛名を確認すれば確かにソフィア宛てであった。
それも、セラフィナイトの家名までが記されている。
(お父様……の文字ではないわ。女性かしら)
ペーパーナイフを借りて開けてみれば、それはお茶会のお誘いだった。礼儀正しい文面に、ぜひともソフィアと仲良くなりたい旨が記されている。
問題は差出人だ。
「……これ、本物ですか?」
「ええ」
「……お誘いというか、実質命令ですよね?」
「お誘いです。断ることが出来る人間を私は知りませんが」
そこに記されているのはエルネストと同じ家名。いかに社交に疎いソフィアといえどもーー否、この国の人間であれば誰であってもわかってしまう名前が記されていた。
「なんで女王陛下が私を!?」
「恐らく、どこかからエルネスト様と良い関係を築かれていることが伝わったのかと」
「わ、私はただの『練習相手』ですよ!?」
婚約者のふり、ということで敬語も敬称も取っ払っていたのだが、思わず素の敬語に戻ってしまうソフィア。普段ならば主従を気にして咎められるところだが、シトリーもそれどころではなくスルーされる。
「残念ながら練習相手だとは伝わっていないようですね。きっと本当に婚約者に相応しいのか確かめるおつもりなのでしょう」
「……お腹痛くなりそう」
「大丈夫です。女王陛下は公平で理知的なお方ですから」
「知ってるの?」
知人を語るかのような口調を疑問に思い、訊ねる。
「……有名な話ですよ」
整備やら仕事の分担を行い、まだまだ慣れない作業に苦戦しているが、ソフィア自身は随分と慣れてきた。
エルネストはぶっきらぼうながらもまっすぐな優しさを見せてくれる。ドレスも少しずつ届けられ、その度にお礼を兼ねて見せれば『着たところがみたい』とねだられ、そして蕩けてしまいそうな笑みととも褒めてくれる。
デートにもたびたび誘われ、その度に宝飾品を贈られた。ソフィアが借りると口にするたびに悲しそうな顔をすることもあって、いくつかはプレゼントされているのが実状だった。
貰い過ぎて心苦しかったけれど、他の誰でもなくソフィアだけを見てくれるというのは何ともくすぐったいものだ。
(せめて、何か役に立たないと)
そう考えたソフィアが行っているのはエルネストに近づく精霊を追い払うことだ。
未だに自分が『練習相手』だと信じているソフィアはリハビリのために何かアドバイスできることはないか、と考えてはいるのだが、エルネストの立ち回りはすでに完璧の域を超えていた。
何しろ自分がドキドキしてしまって冷静に物事を考えるのが難しくなってしまうのだから。
自分が『練習ではないご令嬢』ならば、考えるまでもなくエルネストに好意を抱くことだろう。
(よく考えたら、これって人選ミスよね?)
自分なんかよりも恋愛経験が豊富な人の方が良かったのでは、と考えると少しずつ気分が落ち込んでくる。
溜息を吐きかけたが、周囲に侍女が控えていることを思い出して慌てて深呼吸に切り替えた。
「けほっ」
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「大丈夫、むせちゃっただけ」
侍女が安堵の笑顔を見せる。
先日の発熱騒動の後、エルネストの厳命によって侍女たちはソフィアの体調に過敏になっていた。咳の一つでシロップはどうですか、食事は取れそうですか、寒いならばお召しかえを、と案じてくれるのだ。
実家にいた者達とは大違いで、ここでは誰もソフィアのことを邪険にしない。ハズレだとも思っていないようだし、無礼な態度を取ることもなかった。
それどころか壊れ物の如く丁寧に扱ってくれた。
(なんだか、本当に貴族の令嬢みたいね)
事実、ソフィアは貴族の令嬢なのだが、今までではあり得なかった厚遇がどうしても他人事のようだった。
紅茶を用意してもらおうと声を掛ける。シトリーは新しい人員の教育やら差配に忙しいらしく顔をみせる頻度が減ったが、それでも不自由のないように必ず侍女を付けてくれていた。
今は試用期間ということもあって日替わりだが、どの侍女も優秀だった。
控えていた侍女が紅茶を用意するために下がり、室内にはソフィアだけとなる。
「トト。……天蓋の裏ね?」
『……順調すぎてムカつくわね』
「出来てるんだから褒めてよ」
『これだけ出来てて何でエルネストについてる竜が見えないのよ! 絶対に変!』
ベッドの天蓋に潜んでいたトトがぷりぷりしながら顔を出した。
トト曰く、精霊の御子としての訓練は順調そのものだった。筋が良いのか、才能があるのか。トトは「リディアの孫だから」と断言していたが、すぐにでもエルネストに憑りついた精霊が見えてもおかしくはないとのことだった。
『まぁソフィアの場合は鍛えられてないというよりも、麻痺してる可能性もあるから仕方ないけど。鍛えがいのない子よねぇ』
「麻痺って、何で?」
『契約してないもん。内緒よ』
取り付く島もないトトにやや不満を感じるが、ソフィアとしても契約するつもりなんてないので仕方ない。
しばらく待っていると、ドアがノックされた。
入室を許可すれば、入ってきたのはワゴンを押したシトリーである。ティーセットにスコーンが載っているのでソフィアが頼んだ紅茶に間違いはない。
「シトリー、新人の教育で忙しいんじゃないの?」
「はい。ですが、ちょっと相談事がありまして」
紅茶を淹れ、クロテッドクリームが添えられたスコーンとともに供される。
一息つくだけの時間を空けてからシトリーが取り出したのは一枚の手紙だ。
「お嬢様宛てです」
「……私に?」
この屋敷にソフィアがいることを知っている者が何名いるだろうか。
もちろんゼロではないが、知己の少ないソフィアには心当たりがなかった。気まずそうに差し出されたので受けとって宛名を確認すれば確かにソフィア宛てであった。
それも、セラフィナイトの家名までが記されている。
(お父様……の文字ではないわ。女性かしら)
ペーパーナイフを借りて開けてみれば、それはお茶会のお誘いだった。礼儀正しい文面に、ぜひともソフィアと仲良くなりたい旨が記されている。
問題は差出人だ。
「……これ、本物ですか?」
「ええ」
「……お誘いというか、実質命令ですよね?」
「お誘いです。断ることが出来る人間を私は知りませんが」
そこに記されているのはエルネストと同じ家名。いかに社交に疎いソフィアといえどもーー否、この国の人間であれば誰であってもわかってしまう名前が記されていた。
「なんで女王陛下が私を!?」
「恐らく、どこかからエルネスト様と良い関係を築かれていることが伝わったのかと」
「わ、私はただの『練習相手』ですよ!?」
婚約者のふり、ということで敬語も敬称も取っ払っていたのだが、思わず素の敬語に戻ってしまうソフィア。普段ならば主従を気にして咎められるところだが、シトリーもそれどころではなくスルーされる。
「残念ながら練習相手だとは伝わっていないようですね。きっと本当に婚約者に相応しいのか確かめるおつもりなのでしょう」
「……お腹痛くなりそう」
「大丈夫です。女王陛下は公平で理知的なお方ですから」
「知ってるの?」
知人を語るかのような口調を疑問に思い、訊ねる。
「……有名な話ですよ」
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